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第25話 【I・H予選(9) 大きな一歩】

 I・H編、第25話です。

きららとのリベンジマッチを苦戦しながらも制した柊。次に控えるナミは、試合会場で思わぬサプライズゲストを迎える事となる。










 ライト・フライ級準決勝戦に於いて、高頭 柊が獅堂 きららを退け決勝戦に進出した事は、光陵女子ボクシング部の面々にとって喜ばしい報告であった。
ボクシングを始めて1年にも満たない彼女が、数々の同級生や上級生に勝利し、更には元・世界チャンピオンの娘をも2度に渡り撃破したのである。


彼女のこの戦績は、やや出来過ぎている……


この時点で一部のマスコミからそう囁かれる事があったのが、確かな事実であったのは間違いない。単に運が良かっただけに過ぎない、また他の選手たちが過大評価されていただけに過ぎない……というのが、この時点での柊に対する評価であった。

その認識が誤りであったとマスコミや世間が知るのは、まだもうしばらく先の話である。

とにかくも、光陵のメンバーがこの報告に活気づいたのは確かで、次に控えるナミとしては良い発奮材料となったようだ。

「光陵、下司選手! お願いします」

係員の声に、既に万端整っていたナミは「ハイッ」と大声で返事し、由起や陽子と共に控え室を出る。その際、「コケんじゃねーぞ」と柊が小声で呟いたのを、ナミは聞き逃さなかった。



 歓声の飛び交う舞台の上へと上がり、四方に礼するナミを確認するや、ひと際大きな声援が沸き上がっていく。聞き慣れた声の数々。が、その中に耳を疑うようなものも混じっていた。

「ナミちゃ~ん、頑張って~~!」
「下司さん、ファイトー!」
「姉ちゃん頑張れーーッ!」

越花や都亀、昨日闘った中村 香澄、そして下司家の全員が会場入りしていたのである。

(うそぉ!? 家のみんなが来るなんて聞いてなかったわよ!!)

ぶんぶんと手を振り応援する妹のサラや弟のタクトを見やりながら、半ば呆然とした表情のナミの肩をポンッと叩き、

「相変わらずいい家族だな。こりゃ下手に負ける事も出来ないぞ、ナミ坊」

植木が苦笑を漏らしていた。この余りにも突然な家族の観戦は、この時のナミにとって緊張感を、そしてそれに圧倒する歓喜をもたらす。
何故なら、彼女の記憶する限り両親が自分の応援に……少なくともボクシングの応援に会場を訪れる、といった機会はなかったから。
親として、やはり娘が殴り合いをしている場面を見るには忍びない、という心境は充分に察せられた。それだけに、今まで観戦に来て欲しいと頼んだ事など1度もない。

(四五兄ィの言う通り、こりゃヘタな真似は出来ないわね)

試合の直前にも関わらず、植木につられつい苦笑してしまうナミ。

「相手もこの準決勝まで勝ち上がってきた以上、決して弱くはない。だが、この試合は敢えて何も言わん……お前の好きに闘ってみろ!」

植木の言葉に頷き、マウスピースを銜えると両手のグローブをバンッ! とひとつ打ちつけ……



カァァァァンッ!



試合開始のゴングと共に中央へと歩んでいった。



 ナミが対戦相手とグローブを付け合っている頃、観戦者用に並べられたパイプ椅子を陣取った一団が心配そうな様子でリング上に視線を送っていた。

下司一家である。

「ねえ、あなた。大丈夫かしら、ナミは」

母・野枝(のえ)が心配そうな表情で父・克也(かつや)の方を見る。父は「あの子を信じるしかない」と、リング上で闘う娘の一挙手一投足を見逃すまいと釘付けになっていた。

「心配しすぎだって、母ちゃん。ああ見えても、姉ちゃんメチャクチャ強ぇんだから!」

自分の事でもないのに、胸を反らしながら母の心配性を窘(たしな)める弟・タクト。妹・サラは家族の会話に参加せず、ひたすらに姉の動きを注視していた。

(姉ちゃんは……“ボクサー”って、どういう動きをするんだろ? しっかり見ておかないと)

ボクサーとしての姉の動きをつぶさに観察しながら、サラは自分でも気づかない内に両の拳を握り締めていく。


ボクシングというスポーツが、自分にも果たして出来るモノだろうか?
大好きな姉と一緒にボクシングして、そしていつか……追い抜く事が出来るのだろうか?


この時のサラの思考は、密かに胸に抱き続けてきた『ボクサーとして姉を追い抜いてみたい』という、ある種の野心を根幹に動いているようであった。
だが、この時点でナミや家族たちはおろか、サラ本人にもこの野心が本物であるかどうかを知るには至っていなかった。

サラが本格的に『姉越え』を意識するには、あと数年の歳月を必要とする……



グシャアッ!



 家族たちの見守る中、ナミは左ボディーフックから顔面への左ショートフックへとダブルで繋ぐコンビネーションブローを決め、対戦相手からロープダウンを奪う事に成功。
レフェリーの指示に従いニュートラルコーナーへと下がる彼女に、面だって打たれた様子は見られない。

彼女……下司 ナミは絶好調だった。身体のキレがいい。パンチに力が乗っている。相手のパンチの軌道が手に取るように分かる。そして何よりも、気持ちが充実していた。

さしずめ、

『負ける気がしない』

といった所であろうか。

こういった、いわゆるハイテンション状態の選手というのは非常に厄介である。勢いに乗っている最中の選手には、不思議と奇妙な幸運がつく傾向にあるように思う。
恐らくは『気が大きくなり、失敗した時の事を考えない潔さ』が、良い方向へと作用するのではないか? 少なくとも、この準決勝に於けるナミにはその兆候が見られた。

ただ、ナミにとってこの試合を圧倒的優位に進められていたのは、何も運ばかりではない。昨日の中村 香澄との激闘を制した事が、彼女の中で大きな自信となり大幅なレベルアップを果たした……その結果による所も大きかった。



結果として、ナミは家族たちの見守る中で終始優勢のまま3R0:55、都合4度のダウンによるRSC勝ちを収めたのであった。激戦区とされる神奈川県予選の準決勝を、ほぼダメージらしいダメージもないまま圧勝した事により、ナミは万全といっていい状態で決勝戦へと駒を進める。

その後、程なくして決勝戦の対戦相手がナミの耳に入ってきた。


洛西高校一年、樋口 静留(ひぐち しずる).。


「やっぱりね。ブロックが違う以上、当たるのはこの決勝戦しかない訳だし」

決勝戦の相手の名を聞いた時、特に驚いた様子もなく……むしろ当然であるかのように、ナミは控え室で呟いた。
新人戦の時は減量を失敗してしまい、彼女との再戦の機会は失われてしまった。お互いにとって、これはU-15の予選大会以来、約1年越しの再戦となる。


全国に行くのはわたしよ!


決勝戦の相手としてカードが決まった時、奇しくも2人は全く同じ言葉を心の中で発していた。



 柊とナミが立て続けに決勝進出を果たして幾らかの時間が経ち、いよいよフェザー級決勝戦。知念 心の出番となった。普段と変わらぬ風の心に、

「最初ね。私は貴女の事、あんまり好ましく思ってなかったの」

グローブを着ける作業のまま由起が独り言のように語り始める。

「東先輩と勝負した時の話よ。私、不良とかって大嫌いだから……貴女の噂はあちこちでよく耳にしたし、ね」

グローブの紐を絞める間、心はただ無言で由起の話を傾聴していく。

「でもね。城之内さんと試合して、入部してからのこの何ヶ月でね。結構好きになったわ」

「ッ!?」

由起の「好き」のくだりでガタッ! と派手な音を出して立ち上がり、驚愕の表情を浮かべたのは心……ではなく、何故か隣で必要物品の点検をしていた陽子。
ご丁寧にもどういった想像をしたのか、実に分かりやすく頬を朱に染めて。

「中森さん。どんな想像をしたのかは察しがつくけれど、ハズレよ。あいにくと私は至ってノーマル、同性愛の趣味はないわ」

由起と心、2人に呆れ顔で見つめられた陽子は、自分の早合点に軽い後悔を抱きつつ点検に戻る。

「変な横槍が入ったけど……まあ要するに、貴女も興味深い1人って事」

紐を絞め終え、キツくない? と確認を取る由起に、心は大丈夫と答える。続いてテーピングに入る1つ上の先輩へ、「アタシも」と今度は心が言葉を紡ぎ出す。

「アンナや部のみんな、植木先生……それに先輩と出会えてなかったら、アタシは多分ボクシングからも人付き合いからも逃げて、ロクな人生を送ってなかったと思う」

由起はその言葉を聞き顔を上げ、そして驚いた。

「知念、さん?」

見上げた少女の頬に、涙が伝っていたからである。由起ならずとも驚こうというものだ。

「大丈夫。ちょっと嬉しかっただけ、だから」

腕で頬の涙を拭いながら、心は穏やかな笑顔を見せ予選最後の試合開始を待つ。

「光陵、知念選手! お願いします」



 決勝戦の心の相手は、都和泉(みやこいずみ)高校・関本 加代(せきもと かよ)。昨年のI・H県予選ベスト4の実力者である。また心が入部する以前に行った光陵女子ボクシング部の初の練習試合で、今は転校していった畑山 久美子(はたけやま くみこ)を完封した相手でもあった。

「資料にも書いてあったが、奴(やっこ)さんは生粋のアウトボクサーだ。一旦ペースを掴まれると、奪い返すのは難しいから注意しろ」

試合開始直前、セコンドの植木からのアドバイスを聞きつつ心は頷く。

(ペースを握られないように。今回は積極的に攻めるか……?)



心が決勝戦を闘っている頃、アンナはポニーテールに結っていた金髪を解いては結い直し、結っては解きを繰り返していた。

「少しは落ち着いたら?」

その様子を傍目で見ながら、ナミがアンナに落ち着くよう声を掛ける。

「え? う、うん。分かってるん、だけどね……」

どうにも落ち着きなく髪を結ったり解いたり、バンテージを巻き直したりシューズの紐を絞め直したりと、返事をしながらも明らかにそわそわした態度を見せ続けるアンナ。
恐らく心の事が心配なのだろう。ナミはそう思った。

それも確かにアンナの不安を掻き立てる要素のひとつではある。が、彼女は心の敗北など露にも考えていないし、また考えたくもなかった。心の事が心配なのは事実だが、それはあくまで大きな怪我をしたりしないだろうか? という点に尽きる。
金髪碧眼の少女を占める不安要素……それは、今日の決勝戦を闘う相手の事であった。


洛西高校、白鷺 美智子(しらさぎ みちこ)。


城之内家の使用人にして、約半世紀の昔、遠くアメリカの地で非公式ながらも女子ボクシングの世界チャンピオンになった事もあるという、白鷺 たえ子の孫娘を称する彼女との対戦が、アンナを不安たらしめていたのである。

負ければ全国大会への切符は彼女に渡る事になる。それだけならまだいい。だが、新人戦の後に約束させられてしまった

『勝った方が、たえ子が世界を獲った時に履いていたリングシューズを貰う』

というのを果たさなければならない。アンナは、それをこそ不安に思っているのである。


なら、勝てば万事収まるのではないか?


確かにその通りであろう。だが、今回に限ってはアンナの直感がある結論を述べ続けていた。『美智子に勝てる気がしない』と……


普段のバトルジャンキーはナリを潜め、そこにはただ不安に押し潰されそうな15歳の女の子がいるだけ。それもその筈、美智子に関しての情報は極端に少なく、

・今年の5月に急遽この神奈川に引っ越してきた事
・ずっとアメリカの方に住んでいた事
・黒い右目と碧い左目を持つ虹彩異色症(オッドアイ)である事
・全米Jr.アマチュアボクシングの最優秀選手に選ばれた事

ぐらいしか情報が記載されていなかったのだ。

情報戦と化している現代に於いて、ことボクシングに関してもそれは例外ではない。由起の収集・整理された相手選手の情報を元に、光陵女子部は闘い勝利してきたといっても過言ではないだろう。
アンナは、そういう意味では直感を信じて闘う、理性より野生が勝るタイプのボクサーである。だが、だからこそ美智子の危険性を直感で感じ取っているのかも知れない。

(白鷺さん……メチャクチャ強いんだろうなぁ。どういう闘い方してくるんだろ? 勝てるかなぁ、私。あ、そういえば心はどうなったんだろ。もう試合終わったかな? 大ケガとかしてなければいいんだけど)

普段あまり悩むような事のないアンナは、いざ悩み出したらあれこれと思考が纏まらず頭の中がぐるぐると回っているようである。その様子を見かねたナミと柊が何事かを相談し合い、ジャンケンで負けたナミがアンナの下に向かおうとした矢先、控え室のドアが静かに開け放たれた。

中に入ってきたのは、先だって決勝戦に臨んでいた心本人。右の瞼が腫れ、眼球も充血しているのが見て取れるものの、その表情は実に清々しい笑顔に満ちていた。

「心ッ!」

その姿を瞳に映したアンナは、たった今まであれこれ悩んでいた事など完全に忘却の彼方へダストシュートし、心の下へと駆け寄っていく。ナミや柊も、アンナに続いて心に声を掛ける。
特にナミとしては、ジャンケンに負けて『アンナを笑わせて和ませる』という指令をうやむやに出来た事を感謝したい気分も、多分に含まれていたのだが……
それはともかくとして、心の勝敗はやはり大きな関心事といえよう。この結果如何によっては、女子ボクシング部創設の年にしてI・Hの全国大会出場が決まるのである。
それは、女子部設立の際に男子部主将、桃生が危惧した『実績』を残したという、確かな証となるのだ。

「心……」

試合はどうなった? という、そのたった一言が続かない。聞きたい気持ちと聞きたくない気持ち、思いは半々といった所か。その心情を理解したのだろう、心は赤みの差した顔で

「悪いね、みんな……お先!」

とだけ答えた。

若干の沈黙。心の答えた言葉の意味を理解するのに要した時間だけ、その場が停滞する。やがてその言葉の意味する所に思い至ったナミが満面の笑みを浮かべ、

「おめでとう! 知念さん!!」

元・不良の少女が成した功績を称えてみせた。その後すぐ察した柊とアンナも、それぞれ賞賛の声を掛ける。


お先に全国行きを決めてきたよ


そういう意味であった。



 何はともあれ、これは部にとって大きな一歩といえるだろう。ギリギリの綱渡りをしている気分だった……心は後にそう語る程の接戦を制した。
また知らない事とはいえ、久美子の雪辱を間接的にでも晴らしてくれた事に対して、応援席の順子は感無量であったという。

「みんなも続いてよ」

呟く心の言葉に3人は頷き、係員に呼ばれたアンナは神妙な面持ちで控え室を出ていくのであった。彼女の決勝戦が、今始まろうとしている。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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