スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第24話 【I・H予選(8) リング上の天才対決】

 I・H編、第24話です。

きららのパワーアップしたフリッカージャブの連打を前に、突破口を掴みあぐねる柊。ボディー打ちこそ勝機と直感した柊は、何とか懐へと潜り込み右フックをきららの脇腹へと叩きつけたのであった。










 I・H神奈川県予選、最終日。高頭 柊と獅堂 きららとの2度目の対決は、共にアウトボクサーらしからぬ意外な展開で開始された。まず序盤1Rの1分を過ぎた頃、きららのフリッカージャブが柊を捉える。
これに勢いづいたきららの攻勢に対し、被弾を覚悟で突進……左肩にパンチを受けながらも、懐に潜り込む事に成功した柊の右フックがきららの脇腹に突き刺さるという、一進一退の攻防を繰り広げていた。



コンッ!



左の脇腹から伝わる痛みに耐え切れず、吐き出したマウスピースが主のシューズの上に落ち、少量の唾液を撒き散らせながら跳ね落ちる。
その間も、柊が左ストレートで追撃するべくモーションに入っているのを視認したきららは、痛みに耐え右ストレートを放つ。
柊の左ときららの右、互いの頬にグローブがめり込むと両者とも唾液を噴き出しつつ、身体をグラつかせていった。一見互角に見えた相打ち、先にパンチを届かせていた為かダメージの小さい柊の方が、早く体勢を立て直し更なる追撃に入る。

右ジャブ2発からの左ストレートを打ち込まれたきららは、辛うじて体勢を立て直しブロッキングする。だが、ガードが上に意識させられていた所へ、柊の右ストレートが腹へと突き立てられていた。

「かはッ」

軽く身体をくの字に折り曲げ、きららは苦し紛れに柊へと抱きつく。彼女にしてみれば、いつ以来かも記憶していない程に珍しいクリンチ。
だが、さすがは元・世界チャンピオンの父親に幼少より仕込まれていただけあり、そのクリンチワークも巧みなもので柊は中々振りほどく事が出来ない。

「ブレイク!」

お互い腕を絡ませ抱き合った格好の2人を引き離した後、レフェリーは試合再開を促していく。一旦イーブンな距離まで分けられた柊は、憎々しげに舌打ちをした。
出来れば、もう2~3発は腹を殴っておきたかった。今回の勝負の明暗を分けるのは、恐らく“ボディーブロー”であろうと彼女の直感が告げていたからだ。
鋭いジャブと手数、長いリーチを誇るきらら相手に接近するチャンスなど、そうそう巡ってこないだろう。だからこそ、その数少ないチャンスは逃したくなかったのである。



 「ボックス!」というレフェリーの声と共に、両者は再び臨戦態勢に入る。拳の届かない距離を左右に移動しつつ、両者は視線を絡め合う。

(さて、どうしたものか……)

柊が如何にきららの懐へ潜り込み、且つ有効打を当てたものかと思案する中、眼前の相手はまたもフリッカージャブを散弾してきた。考えのまとまらないまま、ひたすらディフェンスに徹しつつ柊は脳をフル回転させ突破口を探す。

(やっぱ何発かもらっちまうのは仕方ねーか)

こうなりゃ我慢比べだ! と、柊は直撃だけは避けるべくキッチリとガードを固め、散弾の中に身を投じていった。その瞬間、



カァァァァンッ!



第1R終了のゴングが響いた。一旦ファイティングポーズを解き、お互いグローブタッチを交わすと自コーナーに引き揚げる。両者とも、不敵としか言いようのない笑みを浮かべながら……

「ふぅッ」

スツールに座り、マウスピースを引き抜いてもらいうがいをしながら、メインセコンドの植木が柊に訊ねる。

「センセー、アイツの懐に潜り込むいいアイデアとかない?」

「う~ん……」

柊にこの質問をされるのは、1Rの途中から予想がついていた。新人戦の頃と比較しても、きららのフリッカージャブはより完成度を高めている。
そしてそれは、もはやただのジャブに留まらない必殺性を備えていると言っていい。

「さっき途中からやってた、ガードを固めながらのダッシュ……とりあえずアレは正解だ。それにサークリングも加えて徐々に入り込んでいけ!」

植木は、自分の中で考えをまとめ上げていくような仕草で柊に作戦を伝えていく。如何に不規則な動きといえど、ジャブはあくまで直線的な攻撃。左右への対処は難しい筈……
だが、この戦法はより大きい動きを要求される。果たして、この戦法を取り続けられる程にこの教え子のスタミナは豊潤であろうか? 

植木には、この選択がベストとはどこか思えなかった。が、現状ではこれ以外に方法が思い浮かばない。この柊のスピードを封殺し得る手数は、正直厄介に過ぎる。

(まさか、この短期間であれだけの成長をしてくるとはな)

これもリベンジ精神の成せる業か、はたまた天才性によるものなのか。

『セコンドアウト!』の指示が飛び、植木はリングを降りる。

「んじゃ、センセーの作戦でいってみるよ。後は現場の判断で、ってヤツだな」

口元をクイッとグローブで拭い、柊はあっけらかんと言うと、



カァァァァンッ!



ゴングと同時に飛び出していった。



 試合展開は、基本的に1R目と変わらない。きららのフリッカージャブをかわし、ブロッキングしつつ隙を見て突進を繰り返す。違う所があるとすれば、柊の動きが直線的なものから旋回的なものに変わったという所であったろうか。

「くッ」

この動きに、苦虫を噛み潰したような表情を見せるきらら。自慢のフリッカージャブが、柊を捉えられなくなってきたからである。この大会の為に徹底して左腕の強化をしてきたとはいえ、やはり片腕だけを使い続けるには限界がある。
しかも、空振りが重なってきた事で疲労感が増し、パンチが当たらなくなってきたという焦燥感が、より重く圧し掛かってきていた。だが、そんな疲労感はおくびにも出さずきららは左を繰り出し続けていく。


同じ相手に、2度も負ける訳にはいかない!


この強烈なプライドが、今のきららを支える力であった。

一方、柊もこの終わりの見えない繰り返しに焦燥感を感じていた。その場から大きく動かず、いわば点の動きのきららに対し柊はその周りを絶えず旋回する、大きな円の動きをしている。

どちらがよりスタミナの消耗が激しいかは、一目瞭然というものだ。

(くそッ、キツいなこりゃあ)

何とか懐に潜り込み数発腹を叩いたといえど、きららに乱れは感じられない。元々ボディーブローというのは遅効性であり、数発叩いただけで効くようなものではない。
だが、今の柊にはこれ以外に出来る事がなかったのも、また事実であった。

2R終盤、この永遠に続くかと思われた局面に僅かな動きが現れる。柊が何度目かの接近を試みた時、それは起こった。きららの手数が若干落ちたように見え、柊は好機とばかりにダッシュしたのだが、何故か懐に潜り込めない……というよりは、間合いが詰まらない。

「やばい! 高頭、下がれ!!」

植木の叫びが聞こえた時には、既に遅かった。



ガツッ!



敢えて手数を減らし柊のダッシュを誘ったきららがバックステップし、突っ込んできた柊のアゴに右アッパーを叩き込んだのである。

「がはぁッ」

グジュッ! という嫌な音と共に、柊の口からマウスピースがはみ出す。恐らくは、これが柊が公式戦で被弾した初めてのクリーンヒットであり、また初めて意識を刈り取られた瞬間であった。
フラフラと後退する柊に、追い討ちとばかりきららは右ストレートのモーションに入る。或いは、これこそがきららの見せた最大の隙であったかも知れない。
どんなにディフェンスが上手かったり用心深い立ち回りをする選手であれ、弱った相手にトドメを刺す瞬間には多少なりと警戒心が綻ぶものである。
それはきららとて例外ではなかったらしく、やや大振り気味の右ストレートが柊にトドメを刺す、まさにその時……



ズシャアッ!



グローブに収まった拳が、少女の右頬をしたたかに殴りつけ、「ぶはぁッ」という声と共にその肢体をキャンバスへと沈み込ませていった。
その凄まじい光景に、しばしの間沈黙が走る。そして、

「ダウン!」

その沈黙を破る声が、再び場内を沸き上がらせていた。ワァァァァーー! という会場からの大歓声に、身体を震わせ少女は……柊は我に返ったようにキョロキョロと周囲を見回し、つい今し方まで殴り合っていたきららがキャンバスに倒れているのを確認する。

「ニュートラルコーナーへ下がって」とのレフェリーの指示に、訳も分からないまま従う。

(う~ん。なにがどうなったんだ、一体……なんでアイツが倒れてんだ?)

意味もなく1人でにダウンするなど考えられないので、恐らくは自分が何かしらやったのだろう、と柊は思う。だが、どうやってダウンを奪ったのかがどう考えても思い出せない。
う~ん、と思考の糸を手繰っている間にも、レフェリーのカウントは5を過ぎようとしていた。

一方のきららはといえば、これもまたどうやって倒されたのか見当もつかないまま、気付けばレフェリーにカウント3まで数えられていた。
大の字ダウンという無様な格好を衆目に晒していた事に、痛みや疲労感よりもプライドと羞恥心の方を強く刺激されたきららは、力の伝わりにくくなっている脚に鞭を入れ立ち上がる。
が、いくら気力で踏ん張ろうとしても脚はぷるぷると小刻みに震え、身体を支える役目を拒否しようとしているようであった。

必死の思いでカウント9で構えたきらら。荒い息を吐きながらもその目に宿る光は強く、まだ闘志は失われてはいない。だが、そのダメージたるや看過するには脚の痙攣が目立ち過ぎていた。

それ程までに、きららの貰ったパンチは鋭く強いものだったのである。

(止めるべきか?)

レフェリーが判断に迷っている内に、



カァァァァンッ!



第2R終了のゴングが鳴った。両者コーナーに戻り、セコンドの処置を受ける。そんな中、

「あの局面でよくもあんな切り返しが出来たもんだな、高頭」

柊の上腕を上下に軽く振って疲労を抜いている植木が感心しながら言った。

「え、っと……なに、やったんだっけ? オレ」

植木が言うには、飛んできた右ストレートに対しヘッドスリップ(頭を横にずらし、パンチをかわしながら懐にステップインする高等技術)しつつ、左ストレートを叩き込んだのだという。
土壇場でのレフトクロス……左クロスカウンターであった。

「もしかして、お前意識なかったのか!?」

この質問に頷く柊を見て、植木や由起はただ呆れ、後ろの陽子は理解出来ず小首を傾げていた。

『セコンドアウト!』

コールに従いリング外に出る植木から、

「これが最後のRだ。くれぐれも気は抜くなよ」

とありきたりな指示を受け、柊はコーナーを後にする。最終第3Rのゴングが鳴り、レフェリーの指示の下グローブタッチを交わすと、両者とも臨戦態勢に入っていく。



 きららは相変わらずのヒットマンスタイルで、左腕を振りフェイントを仕掛けてくる。が、明らかにその振り子運動は鈍っていた。それでも、きららは果敢にフリッカージャブを打ってくる。
あくまで攻めの姿勢を崩そうとしないその態度は、柊にとって好感の持てる類のものであった。個人的な友人になってもいい、とさえ思う。だが、今は真剣勝負の最中。手を抜くなど柊の心中には微塵もなかった。

キレの鈍くなったフリッカージャブを容易に突破し、柊はきららの懐に潜り込む。キレだけでなく反応自体鈍ってきているきららの腹に、気付け薬とばかり左ストレートを叩き込む。

「ぐぅッ」

身体をぐらつかせ、唾液を吐き出しながらも、きららも負けじと右フックを打ち下ろし気味に放つ。しかし柊は捕まらない。ダッキングでパンチが上空を通過するや、伸び上がりながらの左アッパーを鳩尾に打ちつけていった。

「ふごぉッ」

一瞬呼吸が止まり、マウスピースが苦しさを体現するかのように顔を覗かせる。更に3発、柊はその拳をきららの弱った腹に見舞った。力の入らなくなってきた腹筋では、いくら柊のパンチが軽い方といえど装甲板の役割など対して期待出来そうにない。
これがナミのパンチなら、もしかしたら悶絶した挙げ句KOされていたのかも知れない。それでも、きららは力の入らなくなってきた腹筋や脚を無理やり動かし、柊にパンチを放つ。

もはや、勝敗は九分九厘決したといっても良かっただろう。だが、そんな状態にあって尚、きららの闘志は些かも衰える事はなかった。
今のきららを突き動かすもの……それは、ボクサーとしてのプライド。そして、柊と同じ15歳の少女としての意地だけであったといっていい。

未だ闘志の衰える様子のないきららに、柊は闘っている身でありながらも彼女に敬意を表したい気分であった。

(大したヤツだよ、獅堂。ガラにもなく褒めたくなるじゃねーか)

フリッカージャブをサイドスウェーでかわし、だが柊は一切気を抜かない。狙える場面では積極的にカウンターを放ち、決まる毎に一歩、また一歩と柊へと勝利の女神が近付いてくるのを感じる。
それでも彼女は、決定的な勝利が決まるまで手を一切止めなかった。勝利に対する貪欲さ、冷静な判断力は光陵女子ボクシング部員の中でも恐らく1、2を争う程、卓越したものといえよう。

そして、3R1:47。この激戦に終止符を告げる一撃が炸裂する。



グシャアッ!



 肉を押し潰す嫌な音がリングに響き渡っていく。柊の左ストレートがきららの右ストレートと交差し、きららの頬を完全に打ち砕いていた。

「ぐごぉッ」

衝撃で口からマウスピースが弾け飛び、きららは柊の頬スレスレに伸ばした右腕をそのままに、ガクンと膝を折る。脱力したきららの肢体がダンッ! と両膝をキャンバスに着くと、そのまま前のめりに倒れ伏していった。



ドサァッ!



キャンバスに打ちつけられた、きららの全身は一度大きく弾み、やがて深く沈み込んでいく。パラパラ……と纏っていた汗が飛沫となって自身の身体に降り注ぐ中、

「ダウン!」

レフェリーが叫んでいた。そしてダウンした少女の下へと慌てて駆け寄り、その顔を覗く。見開かれた両目は焦点が合わずに虚空を見つめ、口の端から垂れた唾液の小滝がキャンバスに染み込んでいくのを視認。
更にその四肢は、よく見ればひくひくと小刻みに痙攣しているのが見て取れた。

さすがにこれ以上の続行は不可能かつ危険と判断、レフェリーはその両腕を頭上で交差した。



カンカンカンカンカンカーンッ!



 試合の終了を告げる鐘の音が、高らかに響く。その音を待たずして両陣営の人間が一斉にリング内へと雪崩れ込む。植木はダメージと疲労感で今にも崩れそうな教え子の身体を支える為。
赤コーナー側のセコンドは意識のないきららの容態を確認する為。

リングドクターも交え確認の後、きららは大事を取って担架でリングを降りる事となった。2度目のクロスカウンターが鋭角に決まっていたらしく、きららは脳震盪を起こしてしまっているのだという。
慌しく動き回る赤コーナー陣営とは対照的に、柊は無言でレフェリーからの勝ち名乗りを受け左手を掲げられていく。だが、今の彼女には勝利の余韻に浸る気分など、完全に皆無であった。

きららを失神に追いやったから、ではない。

(や……休みてー………)

その意識は、一刻も早く身体を休めたい……という欲求に支配されていたからであった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。