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第22話 【I・H予選(6) 初日終了】

 I・H編、第22話です。

辛くも中村 香澄に勝利したナミ。だが、その代償として受けたダメージは無視するには大きいものであった。だが、闘いはまだ終わらない……










 I・H神奈川県予選、初日。最後の試合となる3回戦で、ピン級の順子が優勝候補筆頭の選手にあっさりとRSC負けを喫してしまう。それは、快調だった光陵女子部員たちに全国への道程が決して平坦な一本道などではない事を改めて認識させる機会となった。
全国への最有力候補に名を連ねる、主将の下司 ナミも2回戦での中村 香澄との激闘によるダメージは決して無視出来るものではなく、全国への道が如何に厳しいのかを物語っているように思える。

今の所無傷に近いのは、次に試合を控えている柊だけという有様。アンナも心も、少なからずダメージを受けており、神奈川県のレベルの高さを痛感していた。
皆が一様に全国への壁を感じて緊張感を高めていく中、ただ1人柊だけは実にあっけらかん……自然体であった。彼女にしてみれば、このぐらいのプレッシャーは何ら憂慮すべき事ですらないのかも知れない。

少なくとも、肝の太さは光稜一と言えるだろう。

「んじゃ行ってくる。ちゃんと寝とけよ、下司」

長椅子に横たわったままのナミに一言残し、柊は由起らに囲まれ控え室を出ていく。その背中に気負いやプレッシャーは微塵も感じられない。
大したものね、とナミや他の部員たちは素直に柊の胆力を賞賛するのであった。





カンカンカンカンカンカーン!



 けたたましく鳴り響くゴングの乱打音に、ニュートラルコーナーに凭れ掛かった柊は無言・無表情のまま右腕でグイッとアゴに伝う汗を拭う。柊の大胆さは、その肝だけに留まらなかった。
実戦の最中、何と左のクロスカウンター……レフトクロスを決めてみせたのである。これに驚いたのは、敵側よりはむしろ味方側。
実は、夏合宿の際カウンターの名手である心からこっそりとクロスカウンターのコツなどを教わっていたのだ。最も、これに関して柊本人は偶然決まっただけだ……と頑なに主張し続けたのだが。

続くナミの3回戦。出番か、とどこか気怠そうな面持ちで長椅子から身体を持ち上げる。こんな調子で試合は大丈夫なのか? と部員たちは皆、自分の事もそっちのけで主将の心配をしてしまう。
が、その心配はすぐに杞憂と化す。即ち、対戦相手が棄権したのである。

2回戦の際に右拳を痛めてしまったらしく、顧問が出場を辞退させたのだという。普段なら残念に思うナミであるが、今回ばかりはこの棄権に感謝したい心境であった。
それ程に、中村 香澄との試合は肉体的にも精神的にも苦しいものであったから。

ナミの不戦勝の報は、フェザー級の心の気分を幾分か和らげる事に到った。というよりは、ナミに対する気遣いが無くなった分余裕が出てきた、という方が正しい。
面にこそ出さないが、心は今回出場している自分以外の全ての部員に対し、少なからぬ心労を抱いていた。だから、都亀や順子が負けてしまった時、1番失意の気分を受けたのは恐らく彼女であったろう。

都亀が負け、順子が敗退し、今またナミは不戦勝という偶然の産物により準決勝にコマを進めた。少なくとも、アンナを除いて初日の試合は全て終えた。
それは、心にとって見えざる足枷から1つずつ解放されていく事を意味する。つまり、何の遠慮呵責もなく存分に試合に専念出来る、という事なのだ。

基本的にポーカーフェイスの心が珍しく高揚した表情を見せたのは、係員から3回戦の呼び出しが掛かった時である。

「心!」

由起と陽子と共に控え室を出ようとした時、正面からアンナに呼び掛けられ視線を移す。そこには、バンテージに包まれたアンナの左手。ニィッと口の端を軽く歪めると、心はパァンッ! とジャブを当て、控え室のドアを潜り抜けていった。



ワァァァァーーッ!



 客席から大歓声が上がっている。初日もこの3回戦で終わるからか、熱気も最高潮に達しているように心は思う。が、特に浮わつくでもなく淡々とリングインしていく。
ブランクを考慮に入れても、光陵の部員の中ではナミに次ぐキャリアを誇る心。中学時代にはナミと同様U-15の全国大会にも出た実績を持っている彼女にとって、この程度のプレッシャーはプレッシャーたり得ない。
むしろ、今は一刻も早くこの高揚感を相手にぶつけたい心持ちであった。

程なくして、対戦相手も堂々のリングインを果たす。心にとって、初日最後の試合……準決勝戦が始まろうとしていた。



カァァァァンッ!



 試合開始のゴングが鳴る。お互い挨拶代わりのグローブタッチを交わし、一旦間合いを離す。両者とも右構えのオーソドックススタイルで、反時計回りで相手との間合いを計っていく。
先手を打ったのは、相手選手であった。自分から仕掛ける事はせず、相手のパンチを見切ってからカウンターの一点狙いというのが、心の基本戦術である。
準決勝戦に於いても、その戦術に変化は見られない。これが彼女にとってのベストであり、最も信頼の置けるスタイルなのだろう。

相手の左ジャブをサイドスウェーで難なくかわす。続く攻撃にも冷静に対処し、大きな有効打は許さない。が、さすがに県予選の準決勝まで勝ち上がった相手の実力は並ではないらしく、数発腹に被弾してしまう。
パンチ力、オフェンス・ディフェンス各テクニック、ステップワ-ク。いずれも卓越した能力を有する心だが、ただ1つ不安要素を挙げるなら、それは間違いなくスタミナであろう。
元々スタミナには難のある選手だった上、中学からのブランクもある。以前、高校に入学してからグローブを交える事になった空手部主将、『鬼東』こと東 久野と、入部のきっかけを作ってくれたアンナの両名には、このスタミナ不足が元で敗北を喫しているのだ。

(チッ、さすがに全部かわすのは無理か)

あまり腹を打たれて無駄にスタミナを消耗するのを嫌った心は、一旦バックステップを踏み距離を離しつつ体勢を立て直す。それを見た相手は、好機と見て追撃をかけてきた。どうやら、腹打ちを嫌がっていると捉えたようだ。
相手はボディー打ちをメインに、心を攻め立てていく。その攻め手は、決して間違いではない。相手のウィークポイントを攻めるのは、勝負事の常道なのだから。
ただ、この場合は相手が悪かった、という他ないだろう。大きく分けて顔か腹、どちらか一方を集中的に攻めるという事は、裏を返せばパンチの飛んでくる部位が特定出来る……或いは狙いが絞りやすくなる、という事になる。
密着した間合いならまた話は変わったが、この相手はどうやら中間距離を最も得意としているらしい。それは、心にとっても実に都合が良かった。
カウンターを狙うに当たり、心にとってもってこいの距離こそが、他ならないこの中間距離だったのだから。



カァァァァンッ!



結局第1Rは相手がほぼ一方的に攻め、心はパンチスピードや癖を見抜く作業に終始し終了。ポイントは向こうに取られている状況だが、心に焦りは見られない。

(勝負は2R後半から2R終了までの間。それまではじっくりとパンチの打ち筋や癖を見せてもらおう)



 第2R開始のゴングが鳴る。心は相変わらずほとんど自分から手を出さない。注意を受けない程度には手を出すが、あくまで最低限の手数である。
この辺りの徹底さは、攻勢を好む他の光稜の部員たちにはないものといえた。

「シュッ」

相手が小刻みに肩を震わせフェイントを仕掛けながら右のボディーストレートを放つ。それをエルボーブロックでガードしつつ、或いはパーリングで払いつつ直撃だけは避けていく心。

「知念さん、もっと手を出して!」

エプロンコーナーから由起の大きな声が聞こえる。ディフェンスに集中する間も、由起の指示に従い数発程度のパンチは返していった。
2Rに入り1分を過ぎた頃、相手の動きに揺らぎが生じ始める。スタミナ切れ、という訳ではないだろうが、どうも戸惑いのようなものが見て取れた。
恐らくは、ずっと攻勢であるにも関わらず一向に打破出来ない事に、苛立ちや焦りが鎌首がもたげてきたのだろう。こうなると、相手の行動は大まかに2種類に大別出来る。


ひとつは一旦様子を見る為、攻勢を止める場合。
もうひとつは、よりムキになって苛烈な攻撃を加える場合である。


どうやら、相手は後者だったようだ。より強烈で迫力の伴う攻撃を、相手は心に仕掛けてきた。並の冷静さであれば、或いはこれで崩されてしまう可能性もあったかも知れない。
それ程の、迫力ある攻撃といえた。だが、これに関しても心の感情の波が些かも揺れる事はなかった。

徹底的なまでに冷静さを保ち、次第に雑になってきた相手の攻撃の中、右ストレートに狙いを絞るや……



ズシャアアッ!



心は左ストレートを相手の顔面に身体ごと潜り込ませる形で打ち込んでみせた。相手の右ストレートは心のこめかみスレスレを通り越し、逆に放った左拳が深々と相手の右頬に突き刺さると、その顔がグラッと揺れる。
汗が、唾液が霧状に飛び散り照明に照らされていく、それがレフェリーに降り注ぎ、思わず目を逸らした一瞬……



グシャッ!



返す右ストレートが今度は相手の左頬を押し潰していた。

「ぶはぁッ!」

断末魔の如き声を上げながら、マウスピースを半ば以上はみ出した相手は思い切りバランスを崩す。それを見た心は、まるで今までの防御に回っていた鬱憤を晴らすかのような勢いで攻勢に転じた。
上下左右、およそ拳を打ち込んでいいとされるあらゆる部分にパンチを浴び、相手はその度に右往左往していく。

この時点で、完全に勝敗は決していた。

心の放つ容赦のないパンチの雨に、相手は辛うじてガードを固める事しか許されずただひたすらに耐えるのみ。もはや、この時点で勝敗云々よりも相手の戦意がへし折られていたと見ていい。
せめて観客の前で無様にダウンしたくない、という意地だけで踏ん張っているに過ぎないのだ。

「ストップ!」

さすがに見兼ねたレフェリーが身体を割り入れ、試合を中断する。左のクロスカウンターから今に到るまでのラッシュで、心は全身から汗が噴き出し大きく息を吐く。
若干の呼吸苦を隠し切れない表情で、心はニュートラルコーナーへ下がっていく。棒立ちの状態でダウンカウントを聞く相手選手は、もう腕を上げ切れず戦闘続行の意思を見せられない。
というよりは、フラフラと覚束ない身体を懸命に踏ん張るので精一杯のように見えた。これ以上のカウントは無意味と判断したレフェリーがカウントを5で止め、フラつく相手を右腕で抱きとめながら残る左腕で頭上を何度も交差した。



カンカンカンカンカンカーンッ!



 試合終了のゴングが鳴り、心は相手の姿を一瞥しそのまま自コーナーへと踵を返していく。息苦しさはまだ残るものの、表情には決して出さない。
あくまで毅然とした態度で、自分が勝者である事をアピールするが如く心は平静を保つ。そこには、彼女のプライドの高さが垣間見られるようであった。





 その後ライト級のアンナもきっちり相手をKOで下し、県予選の初日は幕を閉じた。柊とナミは残り2戦、心とアンナは1戦勝てば、いよいよ全国大会への出場となる。
が、当然ながらそこまで残った相手である。これまで以上に苦しい激戦となるであろう事は明白であった。

特に柊とアンナは因縁のある相手との試合が決定している。柊は先の新人戦、決勝でグローブを交えた三笠(みかさ)女子校の獅堂(しどう)きらら。
アンナは、自分の家の使用人である“ばあや”こと白鷺(しらさぎ)たえ子の孫娘と称する洛西(らくせい)高校の白鷺 美智子(みちこ)。

美智子の実力の程は不明瞭だが、少なくともきららに関しては厳しい闘いとなるのは必死。そして……

ナミも、準決勝を勝ち抜けばその先には美智子と同じ洛西の樋口 静留(ひぐち しずる)が待ち構えているのだ。彼女もまた準決勝を勝ち抜かなければならないのは同じだが、ナミは確信に近いものを感じていた。


彼女は決勝まで勝ち上がってくるだろう


と……

「明日も出場する4人はしっかりと顔冷やしておけよ。で、桜と杉山は引き続き葉月と一緒に応援な。頼むぞ」

初日が終わり、光陵高校に戻ってきた女子ボクシング部員たち。その足で部室に向かい、何故か部室内で茶の用意をしていた男子ボクシング部の前野 裕也(まえの ゆうや)をよそに今日のミーティングを始める。
植木の言葉に全員が頷くと、最後に「明日も頑張りましょう!」というナミの一言で締め、解散の運びとなった。それぞれ散っていく女子部員たちを見送る中、ナミは植木に今日ふと疑問に思った事を問いかけてみる。

「ねえ、四五兄ィ。なんで前野くんがウチの部室にいたの?」

「さあ? 大方、桃生辺りの気配りなんじゃねえのか」

素知らぬ顔で答える植木。“あの”桃生に限って、このような気配りがあるとは到底思えないナミである。が、たまにはこういう気まぐれがあるのかも知れないな……と、とりあえず納得しておいて、本題に入る事にした。

「まあそれは置いとくとして。あのさ、四五兄ィ。わたしのコンビネーションのパターンって、もしかして気づいてた?」

「左のダブルから入るアレか? まあ一応、な」

頭をポリポリと掻きながら、植木は教え子の方を向く。

「なんで教えてくれなかったの?」

「その必要はないと思ってたからだ」

兄と慕い、また目標のボクサーとして尊敬する植木の言葉。普段ならそれで納得出来るナミなのだが、今回はその言葉に秘められた真意を知りたかった。

否、知る必要があった。

コンビネーションラッシュを武器としているナミにとって、それは致命的な欠点となる恐れがあったからである。

「必要がない?」

「ああ。何故だか知りたいか? というか、もう知りたいって顔してるな……顔に出過ぎだっての。分かった、教えてやる」

ここで一旦言葉を切り、家まで送る道すがらに教えてやるよ、と一緒に帰宅する事となった。





 共に、随分と日の暮れた夜の道を歩くナミと植木。街灯に照らされ伸びる影を目で追いながら、その途上で植木は話の続きを始めた。

「別に難しい理由があるって訳でもないんだが……はっきり言って、お前のコンビネーションはプロの4回戦でも充分に通用するレベルだ」

俺と宗観(そうかん)が教えたんだからな、とどこか誇らしげに語る植木。

「つまりだ。今回食らいついてきた中村だって、2回目以降は反応出来てなかったんだぞ? お前のコンビネーションは、狙ったからといってそう易々とカウンターの餌食にされる程、ヤワじゃないってこった」

だから敢えて教えなかったし、もっと自信持っていいんだぞ! と太鼓判を押され、改めて悩むのも馬鹿馬鹿しいな……と思い至るナミであった。


そして翌日。県予選の最終日がやってくる。初日を凌ぐ接戦を思い描き、選手たちはそれぞれ身を引き締めていくのであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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