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第21話 【I・H予選(5) 因縁の行く末】

 I・H編、第21話です。

ナミvs香澄の試合も、残す所最終第3Rのみ。未だ劣勢の感漂うナミは、この状況を打破出来るのだろうか?









 I・H女子ボクシング神奈川県予選の会場内は、観客席から立ち上る異様な空気と熱気に満たされていた。それは、フライ級Aブロックの2回戦を闘う少女たちによるものであった、といっても過言ではないだろう。
下司 ナミと中村 香澄。只ならぬ因縁を含んだこの試合は、第1R早々にナミが奇襲作戦により香澄をダウンさせる……という状態でスタートした。
だが、その後香澄が何かを狙っているという予感を感じナミは攻め手に精彩を欠いてしまう。その予感は第2R終盤、最悪の形で的中した。
ナミがラッシュに入る際の癖を見抜いていた香澄の、右のクロスカウンターがナミの頬を抉りダウンを奪い返す。ここに、形勢は一気に逆転の様相を呈していた。

だが、大番狂わせなるか!? といった矢先、今度はナミが一瞬の隙を突いて右アッパーを叩き込み香澄を迎撃。ここに、決着は最終第3Rへと持ち越されたのである。



カァァァァンッ!



 第3R開始のゴングが鳴る。チョンと両者左拳を合わせ、すぐさまファイティングポーズを構える。残り2分間という短い時間の中、先手を仕掛けたのは香澄。試合の流れからいって当然の選択といえるだろう。
ナミはまだ先程のクロスカウンターによるダメージから回復し切れていないのか、防戦に回っていた。



ガッ!



香澄の右ストレートをブロッキングしたナミが、フラフラと脚をフラつかせてしまう。相当弱っていると見切りをつけ、香澄は果敢にナミへと襲い掛かった。
この時、香澄は長い屈辱の時間が終幕へ向かっていた事に気が昂ぶっていたようである。だから、大事な事を見落としていた。


亀のように背中を丸めガードを固めたその奥、ナミの瞳にひと際強い光が灯っていた事を。


防戦一方のナミに対し、レフェリーがスタンディングダウンを宣告するべく動こうとした矢先、リングの上に風が吹く。それは、同時に香澄の立ち上げた反逆の狼煙が消え失せた事も意味していた。



バンッ!



 亀のようになり折り畳んでいたナミの左腕が突如として解放され、香澄の右頬を横薙ぎに殴りつけた。完全にグロッギーだった筈のナミから受けた思わぬ反撃に、殴られた痛みよりは驚きの顔で今の心情を表す香澄。

(まだ反撃する気力が残ってたの!? でもッ)

最後の悪あがきを、と内心で舌打ちをしながら、香澄は気を取り直してナミにトドメを刺すべく拳を振りかざす。だが、予想に反してナミはまたしても手を出した。
その証拠に、香澄の腹にはナミの右拳が深々と突き刺さっている。

「ぐぇッ」

どうにも締まりのない声と共に、少量の唾液をその口から吐き出した。

(な、なんで……なんで打ち返してくるの? なんで黙ってやられてくれないのよ!!)

もう少しでリベンジが成るというのに。あと少しで夢にまで見たナミ越えを果たせるというのに。なのに、その少しの何と遠い事か……
右のクロスカウンターを決めた時、香澄は文句のつけようがない手応えをその拳に感じていた。ナミがKO寸前のダメージを負っているのは、疑うべくもない。
それが、ここに来て急に息を吹き返してきた。少なくとも、今の香澄にはそう映った。

スタミナが他選手と比べても群を抜いているのは承知していたが、まさかグロッギー状態からここまでの回復を見せるとは! 香澄は、未だ自身が優勢な立場にいる事の優越感など瞬時に霧散してしまい、目の前にいる1つ年下の少女の存在が恐ろしくなってきていた。
だからこそ、自身に起こっている事にも気付けずにいたのである。


 冷静さを欠いた香澄の攻撃は、もはやちぐはぐな素人同然のものにまで退化してしまっていた。シャープなパンチはキレを失い、フォームもバラバラ。
更に決定的だったのは、闇雲に攻める香澄の吐く息が荒くなってきていた事であろうか。香澄は、恐慌に刈られたあまり自身のスタイルを忘れ、ただ闇雲にパンチを振るい続けた。
結果それが起爆剤となり、香澄はこの土壇場に来てガス欠を起こしてしまったのである。それでなくとも、ナミをダウンさせた第2R辺りからハイペースでパンチを繰り出し続けてきたのだ。
一気に勝負を決めてしまいたいという気持ちもあっただろうし、ナミのノックダウンという餌を前に気が急いてしまったのかも知れない。



バシッ!



またも香澄のガードを縫い、ナミの左ジャブがヒットする。

(間違いない。この娘……回復してる)

自身のスタミナが底を尽きかけている、という自覚の薄い香澄にとって、ナミの回復力はさぞ脅威に映っただろう。
目先の復讐心に刈られ、ペース配分を誤り一気に勝負を焦ってしまい、挙げ句の果てに見えぬ影にいらないプレッシャーを感じて自滅の道を歩んでいく……それが中村 香澄という少女の、ボクサーとしての限界であったともいえた。

ペース配分を誤ってのスタミナ切れは、前回の練習試合の際にも犯してしまった、いわば反省点。彼女も練習試合のあの敗戦を教訓に、対ナミ戦でのペース配分を何度も何度もシミュレートしてきたに違いない。
が、結果的には2Rでのクロスカウンターによるダウンからペース配分を無視した猛攻に出てしまった。技術的な部分に於いてはナミも認めている実力を備えている。
ただ、惜しむらくは“駆け引き”といった心理的な部分の未熟さが、香澄のボクサーとしての評価を下げてしまっている感は拭えない所であった。

香澄が急に乱れだした理由に関して、ナミは決して心当たりがあった訳ではない。降りかかるパンチの雨に、舌打ちしながら対策を考えていた矢先、急に失速した感じがしたので反撃したに過ぎなかった。


スタミナが切れた……?


ナミの脳裏に真っ先に浮かんだのはこれであり、息が荒くなっているのを見て確信を得るに至ったのである。

動きが鈍くなり、ガードも完全には上がり切っていない。ナミは反撃と確認を兼ねて、数発パンチを放ってみた。すると、その悉くが面白いように当たるではないか。次第にナミはその口元を僅かに歪め、眉を吊り上げて強気の表情を見せていく。



ダンッ!



ナミは左足を思い切り踏み込み、キャンバスが反響して大きな音を出す。この音に驚いたのか、それとも何かを警戒したのか、香澄は肩を震わせ数歩下がってしまう。

(よし、クロスのダメージはほとんど残ってない……いける!)

脚の踏ん張りが利くのを確認したナミは、今までの防戦から一転、この試合最後という気概を持って攻勢に出た。

「ッ!?」

本格的な攻勢へと転じてきたナミに、香澄は後ずさる。



バンッ、バシィッ!



ナミのワン・ツーが香澄の顔をきれいに捉え、返す左フックをその脇腹へと叩き込んでいく。踏ん張りの効く脚で繰り出される、力の籠もったコンビネーションに香澄は唾液を噴き、汗を撒き散らせながらヨロヨロと後退を繰り返していった。



 ナミの攻勢は更に続く。平静を保ち逆転の糸口を待ち続けたナミと、勝負を焦り徐々に自滅の道を辿っていった香澄。こうなっては、苦労して身につけたクロスカウンターも宝の持ち腐れというものだった。
左アッパーでアゴを刈られ、香澄はダメージと疲労感と焦燥感とが三重奏となって圧し掛かり、身体をガクガクと震わせてしまう。そこへレフェリーがストップ! という声と共に身体を割って入らせた。
香澄は全身から汗を噴き出し、腕をだらんと下げてレフェリーのダウンカウントを聞く。それは、屈辱のダウンカウント。


私があんなに攻めてた時はダウンを取らなかったクセに……


辛そうに呼吸を整える香澄の表情は、あたかもレフェリーの不公平さを非難しているように見えた。もう、他人の目を気にする余裕もない。その様子をニュートラルコーナーから見ていたナミは、次の攻防でフィニッシュを決める決意を固めていた。

カウント8で香澄の戦闘意思の有無を確認、レフェリーは続行を促す。「ボックス!」の掛け声と同時にナミが迫り、再び嵐のようなラッシュを開始した。
一度は破ってみせたナミの左のダブルから始まるラッシュも、スタミナが切れ思うように動かない身体では反応が思わしくないらしい。クロスカウンターはとうに錆び付き、為す術なくメッタ打ちにされる香澄。
ナミのパンチが当たる度、身体を右往左往させ汗や赤の混じった唾液の飛沫を撒き散らせていく。最初の2~3発は打ち返していた香澄も、次第に腕が止まりただ殴られるだけとなっていく。

流石にこれ以上は危険と判断したレフェリーは両者の間に割って入り、ナミを制した。その瞬間、香澄は両膝を折り脱力した四肢をキャンバスに這わせ四つん這いの恰好となる。
そして、ダンッ! という大きな音と共に香澄は四つん這いから横倒しに倒れ伏した。その口からは唾液に塗れたマウスピースが半分以上はみ出し、両の眼はとろんと濁っているのが見て取れた。



カンカンカンカンカンカーン!



レフェリーが香澄の状態を確認し、戦闘続行が不可能と判断するや、即座に両手を頭上で何度も交差させる。それに従って、試合終了を告げるゴングの音がけたたましく鳴り響いた。
はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返すナミは、その鐘の音を聞いた所でようやくファイティングポーズを解いた。

「よおし、よくやったナミ坊」

ふと後ろから声が掛かり、ナミは振り返る。そこには、両手にタオルを持った植木と由起、それと陽子の姿。

「四五兄ィ……」

フワッと肩に掛けられたタオルの柔らかい感触を感じつつ、ナミは未だ介抱を受けている先輩の方を見た。ドクターやセコンドの質問に対ししっかりと応答しており、意識は鮮明なようだ。
ナミとしてはお互いの健闘を称えたい所ではあったが、かつて自分が黒星を喫した少女に向かって言った言葉を思い返す。


“勝者が敗者に情けをかけるな!”


この言葉が、幾度となく脳裏に反芻されていく。どちらにせよ、現状あの状態では健闘を称え合う事も叶わないと思うナミであった。





『ただ今の試合、3R1:09、下司選手のRSC勝ちとなります』

 ウグイス嬢のアナウンスが読み上げられ、それに合わせてリング中央ではレフェリーがナミの左腕を上げる。結果的にはナミが香澄をKO……という形ではあったが、世間的には厳しい評価を付けられる試合と言わざるを得なかった。
また、ナミ本人としても大きな課題が残る試合といえる。左ボディーフックから顔面へのフック、左のダブルから繋がるコンビネーションのパターンが1つ見切られてしまったのは、今後大きな痛手となるだろう。
別にナミのコンビネーションがこのパターンしかない、という訳でもない。だが、この左のダブルから始まるコンビネーションブローを最も得意としているのも事実。

(相手を追い込んだ時って、大抵このパターンで仕留めてたんだよなぁ、わたし)

一度破られたからには、普通に使ったんじゃもうほとんど通用しないと考えた方がいいな、とナミは真摯に事実を受け止めていた。

「下司さん」

さてこれからどうしたものか、とコンビネーション云々の事で浮かぬ顔をしていたナミに香澄が声を掛けてきた。いきなり声を掛けられたナミは、「はいッ!?」と素っ頓狂な返事を返してしまう。
その、間の抜けたナミの表情を見た香澄は目に涙を溜めながらクスクスと笑い、右手を差し出す。

「参ったわ……私の負けよ、完全に。おめでとう、下司さん」

「先輩………え、えと、ありがとうございました!」

ナミは差し出された手を握り返しながら、香澄に頭を下げる。

「とりあえず、私の現役生活はこれで終わりね。後は卒業まで後進の指導に専念するわ」

握手を交わしたまま、香澄は現役の引退をナミに告げた。

「先輩、それって」

もしかしてわたしのせいですか? そう聞こうとする。だが、一瞬見せた香澄の厳しい表情に思わず口を噤んでしまう。

「別に貴女のせいじゃないわ。元々この大会が終わったら、ボクシングは辞めるつもりだったのよ」

まあ、引退の時期が早まったのは貴女のせいなんだけどね、と香澄は真剣とも冗談とも取れる言葉を繋げた。

「先輩。先輩は本当に強いボクサーでした。特にあのライトクロスをもらった時は、正直負けも覚悟しましたから」

ナミは、腫れのある顔に真剣さを貼り付け香澄との試合内容を振り返る。

「だから、この試合に勝てた事はわたしにとって大きな自信になる……そう思います」

そこで一旦言葉を切り、ナミは香澄の手を離す。そして、

「約束します。わたし、この拳に先輩の意思も乗せて必ず全国に行ってみせます!」

握り締めた右拳を眺めて宣言してみせた。



宣言した後の別れ際、香澄は突如どうしても言ってやりたい事が頭に浮かんだ為ナミを呼び止めた。

「ちょっと待って、ひとつ言い忘れてたわ。下司さん、貴女は私にとってとんでもない疫病神よ」

いきなり疫病神呼ばわりされ、不可解な表情を見せるナミ。やっぱり先輩はわたしの事をまだ恨んでるんじゃ? とさえ思えてくる。だが、次に続いた香澄の一言は遠巻きにナミの活躍を期待する……とも取れる内容であった。

「だから……他の選手たちからも疫病神と煙たがられなさい」

それだけ言うと、どこか晴れ晴れとした顔で香澄はリングを降りていった。





 苦しい展開ながらも、ナミが香澄との3度目の勝負を制した事を励みにしたのかどうかはさておき、残る心、アンナの両名も無事に2回戦を突破。晴れて、2回戦を闘った全員が無事3回戦へとコマを進める事となった。

初日最後の試合となる3回戦。今の所無傷に等しいのは、ディフェンステクニックに長けた柊1人だけ。だが、これは別に他の部員たちの評価を下げるものではない。むしろ、この激戦を闘って無傷に近い柊の方こそ幸運というものである。

そんな中、どこか悲壮感漂う順子が観念したかのように控え室を出ていった。3回戦を行う為である。一体どうした事かと、ナミはまたも由起のカバンを漁り順子の次なる対戦相手を確認した。

(ああ、これは……)

ナミは、対戦相手のプロフィールを見て思わず合掌してしまう。順子の3回戦目の相手は、ピン級屈指の選手で優勝候補の筆頭として挙げられている相手だったからだ。
昨年全国大会に出場し、何とベスト4にまで行った実績を持っている選手。まだ経験的にも頼りない一年生が勝てる確率は、正直無いに等しいだろう。

そんな事を考えていると、早々に順子が引き揚げてきた。先程出ていってから、まだほんの10分程も経っていない。頭にタオルを被せられ、フラフラと長椅子に座り込む順子。
タオルを取ったその顔は右頬だけがプクッと腫れ上がり、両目は死んだ魚の如く濁っていた。

「ま、相手が悪かった……としか言えんな、あれは」

植木は、そう言うのが精々といった面持ちで答えるのみ。何だか良く分からない内に試合は終了し、負けたという実感も沸かないままズキズキと痛む頬を押さえながら、順子の夏は終わりを告げたのであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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