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第20話 【I・H予選(4) 上級生の意地】

 I・H編、第20話です。ナミvs香澄戦、この辺りが1番頭を捻ったかも知れません……いつも読んで下さっている方々に楽しんでもらえたなら幸いです。


第1R早々からダウンを奪い、優勢に試合を運ぶナミ。だが、ナミの予感はリベンジに燃える香澄の、その奥に隠された狙いの影を敏感に察知するのだった。










「ダウン! ニュートラルコーナーへ」

 I・H神奈川県予選、フライ級第2試合。下司 ナミと中村 香澄……都合3度目となる因縁の試合は、第1R開始早々ナミの奇襲が功を奏し香澄からダウンを奪う、という予想外な形で開始された。
セコンドの植木による指示が上手くいった事に内心喜びたい気分であったが、ナミはそれを表面には見せず無言でニュートラルコーナーへと退いていく。

(試合はまだ始まったばかり。こんな程度で終わるような香澄先輩じゃないハズ!)

このダウンは、いわば出会い頭の1発のようなもの。確かに多少なりとダメージは与えられたかも知れないが、それで心が折れてしまう程、香澄はヤワなボクサーではないとナミは思っている。
案の定、香澄はキッチリとカウント8まで休んだ後すんなりと立ち上がってきた。ナミを睨むその目には、いきなりダウンを奪われた事に対する怒りの炎が、まじまじと見えるかのようである。

「ボックス!」

充分距離を取らせた後、レフェリーの試合続行の指示により再び対峙する両者。普通なら、ダウンを奪った勢いに乗じて一気に攻め込むのが定石。だが……


果たして、このまま攻め込んでもいいものか?


この時、ナミは得も知れぬ一抹の不安を感じていた。それは、一種の予感と言い換えても良かったかも知れない。

「なにしてる、下司ッ! 一気に攻め込めぇ!!」

そこへ、躊躇している様子のナミに向かって青コーナーサイドから植木の激が飛ぶ。その声に後押しされたように迷いを振り払うと、ナミはガードを固め香澄目掛けて突進を仕掛けた。



 ナミの攻勢に、会場内から歓声が上がる。どうやら、先の1回戦での瞬殺KO劇が尾を引いているようだ。今回もそれが見られるか!? 観客の関心は、もはや“香澄が何RでナミにKOされるか”という事に向いているようであった。
これは、ボクシングというスポーツの残酷な一面を表していたといえよう。

ナミが攻勢に入った時、香澄も同様に前へと向かってきた。その表情からは、ダウンによる動揺など微塵も感じられない。まるで、この程度は想定内だったとでも言わんばかりに、香澄は手を出す。
両者、相手を軸にして時計と反対回りに動きながら左ジャブの応酬が始まった。ナミの左ジャブをかわし、香澄も負けじとジャブを突き返す。

(なんだろう、この感じ……イヤな感じがする)

ナミはパンチの交換をする間、先程から感じている予感めいたものが振り切れずにいた。それは、香澄がダウン後立ち上がってきてから感じ始め、今この瞬間まで消し去る事が出来ずにいる感覚。
恐らく、香澄は何かしらの手札を切る機会を狙っているのだ。それも、決まれば逆転……或いは試合が終わってしまうような、とっておきのジョーカーを。



バンッ!



どうにも集中し切れていないナミの口元に、香澄の左ジャブが突き刺さった。そしてこれが、思わぬ苦戦を強いられる反逆の狼煙……その合図となるのである。



バシィンッ!



続く右ストレートも直撃し、思わずその場でたたらを踏むナミ。

「痛うッ」

意識を戻し体勢を直すと、ナミは香澄から一旦離れようとバックステップした。当然、香澄は好機と見て追いかける。どういった理由かは知らないが、ナミは攻め込むのを躊躇しているようだ。ナミが距離を取り、香澄が追撃する。誰もが予想していなかった、意外な展開であった。



 意外な展開。実はこの時、観客や植木らセコンド陣は勿論の事、もう1人だけ意外……というよりは計算外の事態に歯痒さを感じている者が1人いた。

追撃を仕掛けている、当の香澄本人である。

攻めを躊躇し逃げるナミを追い、プレッシャーを掛けロープなりコーナーなりに追い込んで、一気に攻め立ててやろうと企んだまでは良かった。だが、幾ら追いかけても上手く掴まえられない。追い込めない。
ナミの逃げ足は、香澄の予想を超えていたのである。無理やりに追撃の手を強めると、狙い済ましたかのように左ジャブでストップされてしまう。
実に巧妙且つ見事なアウトボクシングといえた。



カァァァァンッ!



結局、ナミが巧みにいなし逃げ切る、という形で第1R終了のゴングが鳴った。悔しそうな表情を隠す事もせず、赤コーナーに引き揚げる香澄。
一方のナミもスツールに腰掛けるなり、植木からアウトボクシングに切り替えた理由を問われる事になる。

「イヤな予感がね、するのよ。うかつに攻めたら痛い目に遭うような気がして仕方ないの」

ナミの言を聞き、植木は口を閉ざす。普段のナミらしからぬ言葉、それに表情。こういった時のナミの予感は、不思議と当たるのだ。

「カウンター、でしょうか?」

そんな師弟のやり取りの中、コーナーの後ろから由起がひとつの可能性を示唆する。

「かも知れん。だが………」

植木はその可能性を肯定しながら、ナミの方を見続ける。

「勿論ただのカウンターなら、ここまで脅威は感じないと思います。もし単にカウンター狙いだとしても、他になにかもうひと工夫あるような、そんな気がするんです」

結局、香澄の狙いが何であるのか結論は出ず、不安感を抱いたままナミは第2Rに挑む事となった。ナミへのリベンジを果たす事、一片の曇りもなく闘志をぶつけてくるだろう。
香澄の狙いに対して必要以上に警戒し、攻め手に精彩を欠くナミ。両者の心情は、そのまま試合運びにも影響を及ぼしていった。

香澄のパンチを数発顔面に貰い、ナミは汗と唾液を飛散させながら後退を余儀なくされてしまう。練習試合でグローブを交えた時と比べて、そのパンチ力は確かに増しているようであった。

「くッ」

香澄の狙いが何かはともかく、このままでは状況は不利になるばかり。ナミにとって、この展開は決して好ましいものではなかった。


香澄の狙う何かに警戒し過ぎてはいないか?


そう思えてきたナミは、意を決して思い切った攻勢に出る事にした。絶えず上体を振り、香澄に的を絞らせないようにしながら少しずつ接近する。
先程のアウトボクシングから一転、香澄の懐へと潜り込んでいくナミ。だが、この戦法の変更がナミに思わぬ不幸を舞い込ませてしまう。



ジャッ!



香澄の左ジャブがナミの右目を掠め、瞼から鮮血が流れ出たのである。

「うッ……」

途端、右目の中に自身の血が流れ込み視界を歪ませてしまった。



ドスゥッ!



血が目に入った事で一瞬動きの止まったナミの腹に、香澄の右ストレートが突き刺さる。

「ぐはぅッ」

腹に伝わる鈍い痛みに、一瞬呼吸が止まる。口からは唾液を纏ったマウスピースが、その姿を覗かせていた。過去2度の対戦に於いてKO勝利を収めた相手に、思わぬ苦戦を強いられるナミ。
こういう事態を想定しなかった訳ではないが、それでもナミにとってこの展開は屈辱といえた。

(マズイ……このままじゃ瞼の出血でレフェリーに止められるかも。こうなったら!)

多少強引にでも攻めて、香澄を打ち倒す以外に勝機はない。少なくとも、悠長にアウトボクシングという訳にはいかなくなったのは確実であろう。
時間が経つにつれ、右目の出血は致命的な弱点となっていく事は明白。となれば、多少の被弾は覚悟の上で短期決戦を仕掛ける必要があった。

(先輩がなにを狙ってようと関係ない……ここは全力で一気に仕留めてみせるッ!)



 はみ出したマウスピースをガチッと噛み締め、ナミは多少の被弾も止むなしと強引にステップインしていく。顔に何発もの衝撃が走る。が、ブロック越しの為ナミの動きを止めるには到らない。
一気に香澄の懐へと潜り込むと、ナミは左ジャブから右ストレート、更に左フックのワン・ツー・スリーのコンビネーションを即座に打ち付けた。



パンッ、バシッ、ビシィッ!



ナミのコンビネーションが香澄のブロッキングによって防がれていく。だが、ナミが狙うのは香澄の引き締まったそのボディであった。ナミは狙いを定め、身体を屈めながら左に体重移動(シフトウェイト)し、淀みない動きで左腕を引くと香澄の脇腹にボディーフックを放った。



ガスッ!



だがこれは予測されていたのか、香澄の肘でブロッキングされてしまう。続いてナミは伸び上がりながら右アッパーの体勢に入る。香澄はその動きも察したのか、左手でアゴ……ヒッティングポイントをカバーに入っていた。
ナミは香澄の反応の速さに正直舌を巻きながら、それでも身体は次の動作に移っていく。何千回も繰り返し反復練習してきたコンビネーション。
頭で考えるより速く、ナミの身体に染み込んだ動きであった。だからこそスムーズに力を伝える事が出来るし、フォームにも無駄がない。途中で迫っていた右アッパーが、振りかぶった瞬間に止まりナミの動きに変化が見られるのを、香澄は見逃さなかった。

そして、香澄は確信を持って心の中で歓喜していた。


勝ったッ!!


と……



 ナミは右アッパーを途中で止め左に軽く身体を振ると、振り子運動で右に移動し左フックを打ち込んだ。ナミの、フェイントを絡めた左のダブルが香澄の顔面目掛けて襲い掛かる。そして……



グシャアッ!



ナミは、間近で肉を押し潰す嫌な音を耳にし、そのまま目の前が真っ暗になっていった。



ドサァッ!



左頬をひしゃげさせ、ボロッとマウスピースを吐き出しながら虚ろな目を泳がせる。支えを失った身体は重力に従い自由落下、そのまま横倒しに倒れ込んだ。

「ダウン!」

レフェリーの叫びにガッツポーズを見せたのは……赤白のグローブとヘッドギアを着けた香澄の方であった。

試合の下馬評ではナミの圧勝。しかも第1R早々からダウンを奪いKOもあるか? と期待した矢先、急な動きの悪さを見せ思わぬ反撃を許した挙句、今逆転のダウンを喫したフライ級のリングに、会場から歓声が消えていく。
その様は、まるで冷水を頭から浴びせられたかのようであった。

意気揚々とニュートラルコーナーに下がっていく香澄。その表情は、あたかも勝ちを確信したかのようにも見える。


ライトクロスカウンター……


ナミにリベンジする為、考えに考えを重ねた結果編み出した、香澄の対ナミ用の秘密兵器であった。香澄はナミの弱点を見つけ出すべく、現存する試合の映像を何度も何度も繰り返し見た。
そして、ある事に気付いた。ナミが勝負を決める時、高い確率でボディーフックからフックという左の2連打を基点にラッシュを仕掛けているのを。

いざラッシュに入られると、もう手の施しようはない。だが、もしその直前に止める事が出来たなら? 香澄は、それこそ藁をも掴む思いでクロスカウンターという武器を身に付け、今その努力が実ったのであった。


 横倒しになったまま全く動く気配のないナミへ、レフェリーはダウンカウントを開始する。前髪で隠れてしまっている為判別しにくいが、もしかしたら失神してしまっているかも知れない。

「ぅ……」

遠くから聞こえてくる複数の声と、近くから聞こえてくる1人の何かを数える声。だが、意識が遮断される寸前のナミは、肌に伝わるキャンバスのひんやりとした感触に身を委ねたい気分になっていた。
もはや、身体を動かすのも億劫といった心持ちである。楽になりたいという誘惑に負け、両目を閉じようとした、まさにその瞬間……

「コラーーッ! なにのんびり寝てるの!? 早く立てーーーッ!!」

バンバン! とエプロンコーナーを叩く乱暴な音と、一際大きな怒声がリング内に響き渡った。由起である。由起があらん限りの声を張り上げ、ナミの覚醒を促してきたのである。

「ッ!?」

思わず隣の植木が耳を押さえてしまう程の由起の怒声は、半失神状態のナミを叩き起こすに最良の気付け薬であったらしい。ナミは一気に目を覚まし、「はいィッ!!」と答えながら飛び上がっていた。
レフェリーのカウントが7に差し掛かった時の事である。

慌ててファイティングポーズを構えるナミに、レフェリーは状態の確認をする。意識はハッキリしているようではあるが、右鼻孔と右瞼からの出血が若干多い。
レフェリーは試合再開の指示を出さず、リングドクターの出動を要請。一旦試合は中断される事となった。

(マズいなぁ……もしかしたら止められるかも)

ロープ越しに瞼の診察をされている間、ナミはどうかドクターストップになりませんように……と心の中でひたすら祈っていた。その甲斐あってか、ドクターはまだ試合続行可能な傷との判断を下す。
この時、幾つかの幸運が重なった事に植木は密かな感謝を神に捧げていた。


決して神を信じている訳ではなかったが……


この時植木が捧げた感謝とは、大きく分けて2つ。1つは、言うまでもなく傷の具合が浅かった事。もう1つは、ナミに僅かながらの休息を与えてくれた事である。
出血に気を取られていた為レフェリーは気付いていなかったようだが、植木はハッキリとその目で確認していた。ナミの両脚がぷるぷると痙攣を起こしてしまっていた事を。
或いは、本人も無自覚であったかも知れない。何にせよ、ほんの少しの時間ではあったが休憩が取れたのは大きい。植木は、その視線をリング上から電光掲示板へと移す。
残り時間は30秒弱。このぐらいの時間なら、ナミの地力を以ってすれば充分に凌げるだろう。

「大内山、綿棒を用意だ。あと氷嚢!」

植木は試合の再開されたリング上に視線を戻しつつ、由起に指示を出す。既に大方察していたのか、由起はテキパキと要領よく準備に取り掛かっていった。
ナミが香澄の猛攻に耐え、それどころか一瞬の隙を突いて右アッパーで反撃、香澄をグラつかせたのは第2R残り10秒といった局面である。
相変わらず両脚が小刻みに震えていた為、ジャストミートした割にダメージはなかったらしくダウンさせるには到らなかったが……



カァァァァンッ!



ここで、白熱した第2R終了のゴングが鳴る。ナミはゆっくりと青コーナーへと戻り、スツールに腰を下ろすや否や植木に脚のマッサージを頼んだ。

「分かってる。それにしても、よく戻ってきたな。ばっちり痙攣を止めてやる」

由起に瞼の止血を任せ、自身はナミの両脚を入念にマッサージし始める。

「それにしても……完全に狙われたな。ライトクロス」

マッサージをしたまま植木が呟く。その言葉に、ナミは無言で頷いた。

「参ったわね。まさか左のダブルのクセが見抜かれてたなんて」

どうやら、ナミは自分がラッシュに移行する際の癖を熟知していたらしい。そして、香澄がそれを見抜き逆転の1発として狙ってきた、その執念に脱帽する思いであった。

「どうするの? 下司さん」

瞼の傷から出る血を止め、綿棒で鼻孔をほじくりながら由起が訊ねる。大丈夫です、とだけ答え、ナミはマシになった両脚で身体を支えながら青コーナーを飛び出していく。
波乱の2回戦は、残り最終第3Rを残すのみであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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