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第18話 【I・H予選(2) ダークホース、光陵高校】

 I・H編、第18話です。

ナミが瞬殺KOで1回戦を無事に突破し、勢いに乗り始める光陵女子ボクシング部。次は、公式戦デビューとなるバンタム級、杉山 都亀の出番となった。









 I・H神奈川県予選、初日。光陵女子ボクシング部主将、下司 ナミが第1試合を僅か40秒足らずで勝ち進んだという報は、フライ級の出場者……とりわけ別ブロックの為控え室で待機中だった洛西(らくせい)高校の樋口 静留(ひぐち しずる)に大きな衝撃を与えていた。
一年生とはいえ、U-15の全国大会で準優勝という、無視出来ない肩書きを持つナミである。
既に優勝候補の一角としてその名は挙がっていたし、当然他校からマークもされていた。
だが、上級生を仕留めるのに1発のパンチすら打たせてはいないのだ。

警戒心が増さずにはいられなかった。

一方、ナミをはじめとした光陵女子ボクシング部は全員一年生ながら、既に順子、柊、ナミと3名もの選手が2回戦進出を決めており、大会関係者やマスコミからざわめきが起こり始めていた。
それもその筈、ここ神奈川は東京・北海道・鹿児島と並ぶ全国屈指の激戦区だったからである。特に、全くの無名ながら先の新人戦に於いて元・世界チャンピオンの娘である獅堂(しどう)きららを下して優勝した高頭 柊には、その類稀なる麗しい容姿と相まってささやかな注目が集まっていた。
しかも、黙っていれば絶世の美少女であろう柊は、試合の事前に突如現れたインタビュアーに対し無言で対応している。柊としては集中力を乱されるのを嫌っての無言だったのだが、インタビュアーにしてみればそれは奥ゆかしい態度に映ったらしい。

絶世の容姿に奥ゆかしい性格、ボクシングの実力も確かなものであの下司 ナミと同じクラブの仲間……ときては、注目されない筈がなかった。

と、本人の意思と関係なく世間から勝手で都合のいい群像を打ち立てられているなどとは露にも知らない柊は、青コーナー側の控え室で緊張している都亀にエールを送っていた。

「まぁ、練習してきた通りにやればなんとかなるんじゃねーの? とりあえず悔いのないようにだけすりゃいいと思うぜ」

「うん。ありがとう、高頭さん」

柊なりのエールを受けた都亀はコクッと頷く。が、その表情は未だ強張ったままであり、とても緊張がほぐれたようには見えない。

「光陵高校、杉山選手。出番です」

係員の呼ぶ声がする。都亀は静かに立ち上がると、由起と陽子に付き添われ控え室を出ていった。





「ふぅ……ガチガチだったな、杉山のヤツ。大丈夫かよ」

「仕方ないわよ。デビュー戦がいきなりこんな大きな大会なんだもの。わたしたちは杉山さんの勝利を願う以外にないわ」

 柊とナミが、リングへと向かった都亀の事に思いを馳せている間、次に試合を控えている心やアンナは終始無言だった。他人の試合より、自身のコンディションや対戦への不安を振り払う事の方が重要だったからである。
それは極めて当然と思われた為、誰もこの2人の一見冷たく見える態度に、苦言を呈する事などなかった。

ただ、この時ナミは一抹の不安を感じていた。

(四五兄ィ、杉山さんを守ってあげてよ……)



一方、リング上の都亀は生涯で最大級の緊張を味わっている最中であった。まず、四方を埋め尽くす観客から飛び交う歓声を聞いた途端、あれこれと考えていた作戦やらが一瞬の内に霧散してしまう。
次いでリングインした時、今まで見た事のない光景に度肝を抜かれていた。かつて着席する側だった観客席が、今は目線よりも低い所に乱立している。
自ずと今自分がリングに上がっているのだと理解させられると、急速に恥ずかしさが込み上げてきて逃げ出したい衝動に駆られてくる。
そして対角の赤コーナー側から対戦相手が歩いてくるのを見た瞬間、都亀は破裂してしまうのではないか? と思う程に心臓がドクンドクンと脈打つのを感じていた。


 レフェリーから試合上の注意を受ける間、都亀は下を俯き相手の顔をまともに見る事は叶わなかった。注意を終えグローブタッチを交わすと、お互い自コーナーへと戻る。
コーナーポストの外からロープ越しに植木の指示を聞く都亀。だが、周囲の異様な雰囲気に呑まれ植木の指示は右から左へと通り過ぎていた。

「はい、口開けて」

由起の手によって口元まで持ってこられたマウスピースを銜え、ゴムが挟まる気持ち悪い感覚に耐えながらグローブで位置を直す都亀。



カァァァァン!



試合開始のゴングが鳴り、都亀はリング中央へと歩み寄りグローブタッチを交わす。チョン、と軽く触れた瞬間、対戦相手はすぐさま後方へ下がり距離を取った。
その一方で、都亀はその場に立ち尽くし中途半端な構えのまま呆然と相手の動きを見やるのみ。

「なにやってる杉山!? ガード上げろッ!!」

歓声に負けない程の、植木の大きな叱咤が都亀の耳に届く。舞い上がっていた都亀はその声にハッ、と正気に戻る。が、その瞬間……



バンッ、バァンッ!



相手の左ジャブから右ストレートのワン・ツーが都亀のその口元に叩き込まれていた。

「ぶッ、ぶふッ」

突如襲った痛みに眉を顰め、涙目の都亀は後ろへと後退する。その後退を怯んだものと直感したのだろう。相手は猛然と間合いを詰め都亀に迫る。

「退くな杉山! 前に出て打ち合えッ!」

植木の怒声が響く。それによって内なる勇気を呼び起こされた都亀は、歯を食いしばり腕を上げて左ジャブを放った。



ビュンッ、ヒュッ、ブンッ!



都亀のジャブが、悉く空を切る。だが、これは都亀のジャブがお粗末というよりは常に上体を振り的を絞らせない相手のディフェンスにこそ、賞賛を送るべきであろう。
それでも尚、ジャブを放ち続ける都亀のその間隙を縫って相手は返しのジャブやストレートを都亀の顔へ、腹へと打ち込んできた。

「ぐッ、はぅッ! か、はぁッ………」

パンチを貰う度、都亀は呻き声を上げ後退を余儀なくされていく。そして、右のフックが都亀の左頬を打ち抜いた瞬間、上唇からマウスピースが盛り上がり唾液を噴きながら膝を大きく折り体勢を崩してしまった。
パンチの衝撃で動きを止めてしまった都亀にとどめを指すべく、更に迫り来る相手の間に「ストップ!」の掛け声と共にレフェリーが割って入る。
近くにあったロープの最上段に右腕を絡ませ、何とか倒れるのを阻止した都亀へレフェリーはダウンの宣告。小さくガッツポーズを取ると、相手は意気揚々とニュートラルコーナーへと退いていった。

ダウンカウントが数え上げられる中、都亀は明らかな敵意を持って自分へと飛来し殴打する相手のパンチに恐怖し、その表情を引き攣らせていた。
その恐怖心はやがて全身に蔓延していったのか、次第に都亀の両脚がぷるぷると震え出す。肉体的ダメージは、実の所大した事はない。殴られた痛みも、動きに影響を及ぼすに至ってはいなかった。
だが、初めての公式試合……しかも練習試合などといった擬似的なものも体験せず、つい3ヶ月程前まで全くの素人だった娘にいきなりI・H予選という大舞台は荷が重かったのかも知れない。

歓声、照明の光、レフェリーのダウンカウント、ニュートラルコーナーに鎮座する対戦相手……そういった全てが、まるで見えざる圧力となって迫り、やがて全身を押し潰す。都亀には、そう思えた。
震える脚がとうとう都亀の身体を支える柱の役目を放棄し、ガクンとひと際大きく崩れる。その脚は正座の状態で半分に折り畳まれ、キャンバスに座り込んでしまった。

レフェリーは構わずダウンカウントを続ける。が、それがシックスに差し掛かった頃、突如数えるのを止め両手を頭上で何度も交差した。
座り込んだ都亀の瞳に、怯えや恐怖などが色濃く浮かんでいるのを見たからである。



カンカンカンカンカンカーン!



あまりにも呆気ない試合終了のゴング。だが、その乱打音を聞いた瞬間、ニュートラルコーナーにいた対戦相手が初めてその表情を綻ばせ、大きくガッツポーズを取った。
一見余裕に見えたこの試合も、彼女たちにしてみれば決して優しいものなどではなかっただろう。どんな結果であれ、それは生き残りを賭けた大事な試合なのだという、まさに良い証拠だったのかも知れない。

ただの1発もパンチを貰う事のなかった綺麗な顔に、隠し切れない程の喜色を湛え赤コーナーの少女は勝ち誇る。一方敗者となった都亀は、未だキャンバスに座り込んだまま動こうとはしない。
ただ、その目からは涙が流れ出ていた。それは、果たして恐怖から解放された事による安堵の涙なのか、それともあっさりと試合を止められてしまった事による、己の不甲斐なさに対する涙なのだろうか……


依然座り込んだままの都亀は、フワ……と柔らかく優しい感触を両肩に感じて我に返る。眼前には、複雑そうな心情を湛えた目で都亀を見つめる顧問の姿。
その顔は、今まで都亀の見た事のない実に穏やかで包み込むような包容力に満ちていた。



「先…生ぇ……」

 その、喩えようのない植木の表情に、試合が終わったのだと改めて思い知らされた都亀は再び涙を見せる。植木は肩に掛けてやったタオルを都亀の頭からすっぽりと覆い、顔が見えなくなってから右腕でグイッと抱き寄せた。

「すまん、杉山。完全に俺の判断ミスだ」

都亀を青コーナーに連れ帰り、スツールに座らせるなり植木はただ謝罪の言葉を口に乗せる。

「え………?」

その謝罪の意味が分からず、返答に窮する都亀。

「まだお前は公式戦に出すには早過ぎた。誰もが高頭や城之内のようにはいかないんだ、って事を失念していたんだ」

続く植木の言葉は、ある意味では残酷に過ぎる一言であろう。


お前は柊やアンナのような特別な存在じゃない


つまり、自分は柊やアンナのようにはなれない。そう言われたも同然なのだ。だが、自分が非凡ならざる身である事など、当の都亀本人が1番理解していた。

「そう、ですよね……ボクには…高頭さんや城之内さんみたいに才能、ないから」

タオルに覆われた奥から、憔悴した都亀の声が響く。一方的な展開で試合に負けた事でなけなしの自信を失い、今また植木から見放されたような気分に満たされた都亀の声に、勢いなどあろう筈もない。

(ボクにはボクシングなんて到底無理だったんだ)

と悲観的な心境にさえ陥ってしまう。そんな都亀の後ろから、突如別な声がその鼓膜を存分に震わせた。

「違うわ、杉山さん。貴女の才能面を指摘してるんじゃないの。先生が言いたいのは……覚悟の差よ!」

由起である。コーナーの後ろに控えていた由起が、都亀の足りない部分を抽象的ながら、だが的確に伝えたのである。

「かく、ご……?」

「そ。貴女、殴られるのが怖かったんじゃない? そしてそれ以上に、相手を殴るのが怖くなったんじゃない?」

由起の指摘が、見えざる手となって都亀の身を締め付ける。図星だった。


殴られるのが怖かった。
だが、それ以上に相手を殴るのが急に怖くなった。


自分が殴られてこんなに痛いのに、相手にも同じ思いをさせなければならないのか? そう、考えてしまった。
1人の人間として、それは立派な意見なのかも知れない。だが、ボクシングのリングの上でその理屈は全くの無意味。それどころか、今回のように敗因の1つにしかならない。

いくら初めての公式戦、いくら大舞台だからといっても、都亀の動きはあまりにも硬過ぎた。普段の練習では、元々陸上部の期待株だっただけあり充分試合にも出せると植木が太鼓判を押す程であったのだ。
ただ、当然ではあるが、練習と実戦は別物である。部活やジムの練習では良い動きをする選手が、実戦になった途端全く実力を発揮出来ない……という事は、意外に多い。

そういった選手の事を『ジムファイター』という。理由は実に様々で、基本的に完治は難しいとされている。その為リングに上がって試合をするのは厳しい、と一般的には言われているのだが……都亀に関しては純粋に殴り合う覚悟が足りなかった。
同じ新人でも、柊やアンナには本来時間をかけて固めていくべきこの覚悟が、既に備わっていた。それだけに、植木としては都亀も当然備えているだろう……そう勘違いをしてしまったのである。

「すみません、でした…」

タオルを取り、頭を下げた都亀はスツールから立ち上がりリング中央へと歩み寄っていく。一足早く控えていた対戦相手とレフェリーに謝罪し、正式に勝ち名乗りを受ける相手に拍手を送る都亀。
お互い健闘を称え合うように抱き合い、リングを後にする都亀へ客席から惜しみない拍手が降り注いだ。

「次は頑張れよ!」
「また帰ってこいよ!」

そういった温かい激励を受け、都亀は客席に頭を下げると控え室へと戻っていくのであった。



 泣き濡れた顔を隠す事もせず控え室に戻ってきた都亀を、部員たちは優しく迎える。心を除く全員がそれぞれ都亀に慰めの言葉や激励の言葉を掛けていった。

「光陵、知念選手。出番です」

係員の声が掛かるまでの間、ただ黙々と己のコンディションに留意していた心が意を決して控え室を後にしようとする。その際、都亀の肩をポンッとグローブで叩き耳元で一言呟いた後由起と陽子に伴われるように控え室を後にした。

「ねぇ、杉山さん。知念さん、今なんて言ってたの?」

心が控え室を出ていった後、こっそりとナミが訊ねる。心が耳打ちしていた内容が気になっていたらしい。

「うん。『アンタの分も勝ってきてあげる』って………」

どこか笑みの戻り始めた表情で、都亀は耳打ちされた内容を告げる。皆の前で公言せず、敢えて本人にのみこっそりと伝える辺りが実に知念さんらしいな、とナミは妙に納得がいったようであった。


そして、心はしっかりと有限実行して帰ってくる事となる。


試合開始から2Rが終了するまでの間、心は常に自分のペースで試合を進めていた。基本的に自分から積極的に攻めるような事はせず、相手の出してきたパンチを捌き、いなす。
そして、打ち終わって体勢の崩れた所へカウンターを合わせるという戦法を徹底していた。

この時の心の憎い所は、わざわざ自ら退路を塞ぐような形でフットワークを取っていた所である。相手に追い込んでいる、と錯覚させる為であった。
ロープなりコーナーなりに追い詰めさえすれば勝機はある……相手はそう錯覚し、攻め立てる。まさに心の思う壺であった事だろう。

そんな展開が2R終了まで続き、最終第3R。



ズシャアッ!



心の十八番であるライトクロスカウンターが叩き込まれ、哀れ相手は10カウントを聞く羽目となったのであった。

淡々と勝ち名乗りを受ける心の視線の先には、青コーナー側の入場路。それは、都亀に対する無言の勝利報告であるように、陽子には思えたのだった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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