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第17話 【I・H予選(1) 鮮烈! 復帰戦】

 I・H編、第17話になります。ここからは神奈川県・予選大会編に入ります。これからもよろしくお付き合い下さい。


8月。光陵女子ボクシング部が発足して約半年、いよいよ彼女たちにとっての本格的な夏が始まる……









 8月7日、土曜日。I・H神奈川県予選の初日を迎えた光陵高校女子ボクシング部は、総合体育館に入り選手用に準備された更衣室で各々着替えをしていた。
本来ならI・Hボクシングの部の予選は当に始まっているのだが、男子と比べ未だ競技人口の絶対数が少ない女子の場合は少々事情が異なる。
何せ、激戦区とされる東京や神奈川のピン級、ライト・フライ級でも2日あれば充分に全日程を終了してしまうぐらい、選手の数が少ないのだ。
城之内 アンナが出場するライト級に至っては、2日目がいきなり決勝戦という少なさであった。


更衣室でジャージを脱ぎ、試合用のスポーツブラとゼッケンを縫い付けた青のランニングシャツに腕を通す。スポーティーなタイプのショートスパッツを中に、シャツと合わせた青地のトランクスをその上に穿く。
ロングソックスに足を通すと、それぞれリングシューズの紐を結び始めた。

「ふぅー、暑っついわねーー」

一足早く着替えを終えたナミが、シャツの胸元を指で摘まみながらパタパタと扇ぐ。

「はしたねーな。少しは女らしく、慎みを持てよ」

ハンガーにジャージを掛け、高頭 柊が鏡の前でショートボブの髪を手直ししながらナミの行為を嗜める。

「……机の上にあぐらかくような奴に言われたくないわよ………」

柊の方をジト目で見、言い返すナミ。そんなやり取りを横目で眺めながら、知念 心は無言で着替えに専念し、桜 順子や杉山 都亀などはそのやり取りに少し緊張がほぐれたのだろう、思わず苦笑が零れていた。



「みんな、準備できた?」

 ほぼ全員が準備を終えた頃、聞き慣れた間延び口調と共に葉月 越花が更衣室のドアを堂々と開け放つ。その数秒後……

「キャアアァアァァーーーッ!!」

光陵以外の、まだ着替えの最中だった他校の女子選手から突如悲鳴が上がった。外で壁に凭れ待機していた植木と、偶然目が合ってしまったからである。
植木としては、たまたま越花の動きを目で追っていただけなのだが、ドアを開けた隙間から着替え中の女子生徒と視線が絡み合ってしまったのだ。

「バカ! 葉月早くドア閉めろ!!」

女生徒の悲鳴と外で固まっている植木を見て、いち早く事態を察した柊が越花を内に招き入れ手早くドアを閉める。



バタァンッ!



容赦のないスピードで閉じられたドアを植木は半ば呆然と見つめ続け、心の中でこう呟いていた。

(最近の女子高生は凄えな……一体なに食ったらあんなに育つんだか)





 青地のランニングシャツとトランクスに身を包んだ光陵女子部員たちを伴い、植木は体育館内にあるリング設置場へと皆を誘導していく。
新人戦の時と同様に、リングが4方に設置されている。敷地の広さは新人戦の時のそれとは段違いで、また移動が大変そうだな……と、順子などは密かに思った。
光陵以外にも、もう既に何校かが集まりそれぞれグループとして固まっている。そんな中、後ろからナミへと近付いてくる1人の少女の影。

「下司ッ!」

いきなり背後から呼ばれたナミは、聞き覚えのあるその声に反応し振り返る。そこには、上下赤を基調に黒のサイドラインの入ったランニングシャツとトランクスを身に着けた少女が立っていた。

胸元のゼッケンには『洛西 樋口』の文字。洛西(らくせい)高校の樋口 静留(ひぐち しずる)である。

『男子の光陵、女子の洛西』と呼ばれる程、高校女子アマチュアで実力の高い洛西高校女子ボクシング部に在籍し、先の新人戦では余裕すら窺わせる試合運びで全試合を圧勝。見事優勝に輝いた。
そして今、彼女は一年生ながらに出場選手たるコスチュームを纏いナミの眼前に立ちはだかっている。

「やっと貴女に中学の時の借りを返すチャンスが来たわね、下司」

開口一番そう言い放ち、右手を差し出す静留。強気に眉を吊り上げ、ニヤリと笑う口元を見れば、彼女の自信の程が窺えようというものだ。

「樋口さん、久しぶり。随分と自信がありそうじゃない?」

静留の強気の態度に触発されたのか、多分に挑発混じりの挨拶を返しナミは差し出された右手を握り返す。

「ええ。この半年、強豪と名高い洛西での猛練習についてきたんだもの。それに、部内選考では先輩方を抑えて出場選手にも選ばれた。それもこれも、全部貴女に勝つ為!」

全ては下司 ナミに受けた屈辱を晴らす為。そう言わんばかりの静留の右手に、一層強い力が加わっていく。
キリキリとかかる圧力に耐え、ナミは握る右手に更なる握力を加えながら静留へと強気の表情を浮かべてみせた。

「わたしにご執心ってわけ? 嬉しいわね。でも……悪いけど勝つのはわたしよ!」

ナミと静留の、この意地の張り合いともいえる長い握手に何事か? と周囲にいた他校の選手たちからざわめきが上がる。数秒後、どちらともなく握られた手を離し、「次はリングの上で会いましょ」との捨て台詞を残して静留はその場を後にした。





「………という訳で、皆さんスポーツマンシップに則って正々堂々と、悔いのないように練習の成果を出して下さい」

 大会委員長による挨拶も済み、無難に開会式を終えると、各高校の選手団はそれぞれの控え室へと戻っていく。いよいよ、I・H神奈川県予選……ナミたちの激闘の始まりであった。

今回出場する選手たちとセコンドを務める植木、由起、陽子の計9名が控え室に入り、唯一越花だけは光陵の応援席で皆の試合を見届ける事となっている。

「頑張ってね、みんな」

両手に持つ愛用のカメラを撫でながら、越花は小声で呟き皆の勝利を願う。


このカメラに収まる絵が、どうか皆の勝利の笑顔で満たされますように


そう願わずにはいられなかった。



青コーナー控え室。プログラムの進行上最も出番の早いピン級の順子が、由起によりグローブのテーピング終えたのと係員に呼ばれたのはほぼ同時刻。
バンッ、と両のグローブを打ちつけ、順子は長椅子から立ち上がる。程よい緊張感と、それを相殺して余りある気合いの入った1人のボクサーがそこにはいた。

「よし、行くぞ!」

「ハイッ!」

メインセコンド植木の合図に、順子は闘志に満ちた瞳を向け植木、由起の後ろにつく。最後尾にワセリンやウォーターボトルなどの入ったバケツを持つ陽子がつき、光陵の先陣が舞台へと歩き出していった。



「行ったね、桜さん」

「うん、行った」

初めてでまだ着慣れない感じのある試合用コスチュームに身を包んだ都亀が呟き、心が相槌を打つ。周囲の喧騒とはまるで別空間にいるかのように、光陵の一角は沈黙で支配されていた。

「ふー。さて、オレも準備しとくかな」

この沈黙に耐え兼ねたのか、それとも次に試合を控える身として暖気しておくつもりでいるのか、柊が立ち上がり軽くシャドーボクシングを始めた。
それにつられて、他の部員たちもそれぞれ身体を動かしていく。

皆が身体を動かし始めて約5分後、順子が戻る。満面の笑みを浮かべたその顔が、1回戦に勝利した事を如実に物語っていた。光陵に於ける、先陣の勝利の報は皆の士気を否応もなく高める結果となった。
次に続くライト・フライ級の柊も難なく1回戦を突破し、いよいよフライ級……ナミの出陣の時がやってくる。青のグローブとヘッドギアを着け、ナミは順子や柊同様にセコンド陣に囲まれる形で控え室を出ていった。



カッ、コッ、カッ……



静寂に包まれた薄暗い通路の中、歩く靴の音だけがヤケに響く。こういった通路の中を、何度不安と恐怖に震えながら進んだ事だろう。


無様に殴り倒されたらどうしよう? 練習した事が全く通用しなかったら?


様々な思いが脳裏を過ぎっては消えていく。それらを打ち払う為に、ある者は進みながらシャドーを行ってみたり、またある者は壁に拳を打ち付けてみたりする。
が、そういった類の思考は通路を抜けるまで。薄暗い通路を渡り切ったその先には……



ワァァァァーーッ!!



眩いまでの光と観客たちの歓声、そしてリングへと続く花道が選手らを待ち構えている。

(これがプロのメインイベントだったら、フラッシュとか飛び交ってるんだろうけど)

ナミはそんな事を考えながら、確かな足取りで花道を往き、リング下の階段前に置かれた松ヤニの入った箱に両足を踏み入れていく。リング上で滑らない為の措置だ。

リングシューズの裏にしっかりと松ヤニを染み込ませると、眩いライトに照らされたリングの上へとその肢体を躍らせた。



 ナミのリングインと共に、会場内のボルテージがまた一段と上がったように感じる。観客の中に、ナミがかつてU-15全国大会の準優勝者である事を知る者がいたからかも知れない。

「やっぱりいいわね、この感じ」

踏み締めると微かに沈み込むキャンバスの感触を感じながら、ナミはようやく自分も帰ってきたのだと実感するのだった。

ナミが入場して間もなく、対戦相手も赤コーナーへと布陣する。そのゼッケンには、『湘南大附属 伊勢』と書かれていた。
ナミのジムメイトであり、アンナを失神KOで仕留めライト級の新人戦を優勝した馬剃 佐羽(ばそり さわ)の在籍する高校である。

両者ともリング中央でレフェリーから試合上の注意事項を受け、軽くグローブタッチを交わすと各コーナーへと戻っていく。後は、試合開始のゴングを待つばかりとなった。


『ただ今より、フライ級Aブロック1回戦、第2試合を始めます。青コーナー……光陵高校、下司 ナミ選手。赤コーナー……湘南大附属高校、伊勢 あずさ選手』


放送席から聞こえてくるコールに応え、両者とも軽く四方へ会釈。このピリピリと張り詰めた空気も、試合前の重苦しい雰囲気も、対角から感じる対戦相手の敵意の籠もった視線でさえ、今のナミにとっては好ましいものであった。

「いいか。相手は三年生だが、あまり気負うなよ。まずは場に慣れる為にも1発当てる事を考えるんだ」

マウスピースを銜えさせて貰いながら、ロープ越しから植木の指示が入る。ナミは赤コーナーの伊勢から視線を外す事なくコクッと頷き……



カァァァァンッ!



試合開始のゴングと同時にコーナーを飛び出していった。



 チョンと互いにグローブを付け、一度間合いを離す。離すや否や、青の塊が身を屈めた体勢で標的へと突撃を敢行した。

「ッ!?」

試合開始初っ端から突撃してくるという、相手のセオリーを無視した戦法に伊勢は懐への侵入を許してしまう。無論、ナミの突進力が非凡足り得たからこそ、懐への侵入を容易にしたのであるが。
ナミが見上げ、伊勢が見下ろす。通常なら、見下ろす側の伊勢に有利のつく体勢。だが、今回は状況が違っていた。
既にアッパーのモーションに入っているナミと、未だ防御姿勢の取れていない伊勢。両者の状態を見れば、どちらが有利な展開なのか一目瞭然といえよう。



ダンッ、キキュッ!



左肩を伊勢の方へ向け、スムーズな重心移動(シフトウェイト)で四肢を捻る。各部位の連動によって力の流れに乗りながら、ナミは下に引いた左腕を思い切り伊勢へと打ち上げた。


狙うは……そのアゴ!


ゴシャアッ! という鈍い音と共に、ナミの左アッパーが寸分違わず伊勢のアゴに叩き込まれた。ガードなど間に合う筈もない。不意を突かれた上に、飛んできたパンチがまた予想以上に速かった。
例え万全の防御体勢であったとしても、防ぎ得たかどうか。

「ぐはぁッ」

下から襲い掛かる強烈な衝撃に抗いようもなく、伊勢は顔を天へと対面させられてしまう。反動で正面へと向いた瞬間、迫ってくる青のグローブ。その、白く塗られたナックルパートの部分に視界を覆われていた。



バシィンッ!



ナミの右ストレートがその顔面を捉え、伊勢は派手な打撃音と共に2、3歩後ろへよろめくとその場でたたらを踏むようにバランスを崩す。
その様子から、与えたダメージが小さくないと見て取ったナミは一瞬の逡巡もなく猛追、雨あられのように拳を叩き込んでいった。

左ボディーフックから返すダブルの左ショートフックで頬を殴りつけ、右ボディーアッパーを腹に打ち込む。身体がくの字に折れた所へ、左ストレートを打ち下ろし気味で叩きつけた。
顔を大きく揺らされガクッと膝を折り中腰の体勢になる伊勢目掛けて、更に追撃を加えるべくナミは襲い掛かる。そこへ、

「ストップ! 下司ッ!!」

レフェリーがナミと伊勢の間へ割って入った。

ナミのラッシュをまともに貰ってしまった伊勢は、レフェリーによって試合を中断された事で集中力が切れてしまったのだろう。辛うじて踏ん張っていた脚の力が抜け、ふらついた所をレフェリーに抱きかかえられる形で脱力してしまった。
ぐったりと力なく身体を預けている伊勢を胸に抱きながら、レフェリーはこれ以上の試合続行は厳しいと判断。空いたもう片方の腕を頭上で何度も交差してみせた。



カンカンカンカンカンカーン!



ナミの高校公式デビュー戦は、瞬殺KOという実に衝撃的且つあっけない幕切れとなった。

「まあ、よくやった。今回は特に言う事はないな」

あまりのあっけない試合終了に、リアクションに困った様子でコーナーに戻ったナミを植木は落ち着いた声で出迎える。マウスピースを引き抜いて貰い、ナミは左手の甲で口元を拭い無言で頷くとレフェリーに促されリング中央へと振り返った。
勝ち名乗りを受ける為に突き進むナミのその顔に、勝利に対する笑顔は見られない。かといって、次の試合に向けて気を引き締めている、といった殊勝な風でもなかった。

一言で表すなら、どこか釈然としない表情といった所か。試合運びが上手くいき過ぎた為、ナミ自身この勝利に実感が沸かなかったのである。



「ただ今の試合、1R32秒・RSCにより、青コーナー……下司選手の勝利となります」

 ウグイス嬢による試合結果が告げられ、レフェリーにその右腕を掲げられたナミの姿を見た瞬間、観客席から拍手が起こる。腕を下ろされたナミは、伊勢と健闘を称え合う様に軽い抱擁を交わし、赤コーナー側のセコンド陣に挨拶した後自コーナーへと引き返した。

リングを後にする瞬間、ナミはふと対角にいる伊勢をチラッと覗き見る。セコンド陣に囲まれた伊勢は、とめどなく溢れてくる涙を両手で懸命に拭っていた。
が、どんなに拭っても涙は止まらず、ほとんど腫れのない顔をくしゃくしゃにしていくのを見兼ねたのか、頭からタオルを被せられていた。

最上級生の彼女の大会が、これで終わったのかと思うとナミは胸が軽く痛むのを感じる。が、こんな事は勝負の世界では必ず付き纏う些末事なのだと自分に言い聞かせ、ナミは同情を振り払うかのように花道へと引き返していくのであった。




to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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