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第16話 【不運な事故】

 I・H編、第16話です。

山之井ジムで、夕貴に勝った事がないと疑問を抱いていた由起へ自身の持論を唱えたナミ。
「彼女に勝てないのは自分が弱いから……」
そう言い放つ年下の少女の、シビアな持論の前に由起はただ口を閉ざす以外になかった。









 ナミが植木からその報を聞かされたのは、山之井ボクシングジムで由起に対して自分の持論を言って聞かせた翌日。女子ボクシング部室でいち早く部活動の準備をしていた時であった。

「え……四五兄ィ、今なんて?」

手に持っていたバンテージの山を落とし、ナミはドアの外に立っている植木へと聞き返す。その声は上擦り、明らかに動揺しているのは明白であった。

「だから、鉄平の奴が交通事故に遭った。車道に飛び出した子供を助けようとして代わりに轢かれたらしい」

繰り返し答える植木の声も明らかに沈んでおり、こちらも動揺の色が隠し切れない様子。

「命に別状はないそうだが、右腕が複雑骨折してるんだそうだ」

そう伝え、植木は地面へと視線を落としていく。まるでこの事故が自分のせいで起こってしまったかのような、思い詰めた表情をしていた。
どう口を開いていいのか分からず、長い沈黙を続ける2人の所へ疾駆してくる影がひとつ。

越花である。肩甲骨ぐらいまである髪を揺らし、入学当初から比べてはっきりと分かる程に速くなったその脚で、ナミと植木のいる部室のドアまで一直線に駆け寄る。そして、

「ハァ、ハァ、大変だよぅナミちゃん、植木先生! ……ハァ、ハァ、我聞くんが事故に遭ったんだって!!」

両手を膝に付け、肩で息をしながら越花はまさに2人が今話していた話題を持ち出した。越花が植木と同じ情報を持ち込んできて程なく、一斉に他の部員たちが集まった為越花の話は部室内で聞かれる事となった。



曰く、我聞 鉄平が交通事故に遭い、右腕を複雑骨折したらしい



この話を聞いた女子部員たちは、大なり小なりと衝撃を受ける事となった。

ある者は単に同級生が交通事故に遭ったという事に関して。またある者はこの先ボクシングに影響を及ぼしはしないか? と……

ただ、この場にいる全員が彼にとってたったひとつ、残酷な事実を突きつけられたであろう事は理解出来た。鉄平にとって、今年のI・H出場はもはや不可能であろうという事を。
全国レベルの強豪校として名の通った光陵男子ボクシング部に於いて、ただ1人一年生ながらフェザー級の選手として出場が決定していた鉄平。
本来の階級はライト級なのだが、この階級には主将である桃生 誠(ものう まこと)がいる為、今回はフェザー級に落としての出場となっていた。
だが、それでも選手層の厚い男子部、とりわけ激戦区と言われるフェザー級の椅子を勝ち取ったのだから、鉄平の実力がいかに抜きん出ていたかが分かろうというものである。

当然、周囲の期待も高かった事だろう。それが、たった1回の交通事故で奪われた。衝撃が走らない訳がなかった。



 城之内 アンナは、鉄平の事故に対し特に衝撃を受けた者の1人であった。同じジムの仲間であるナミや植木を除けば、恐らくは1番身近に接していた人間であろう。
女子ボクシング部創設の際に行った、男子対女子の試合では直接グローブを交えていたし、隣に座る知念 心と入部を賭けての試合を行った時も協力してくれた。
アンナの、そのガラス細工のような碧い目は動揺に揺らめき、白い顔は蒼白く変化してしまったかのようにも見える。それを見て取った心、

「行ってきたら? アンナ」

と柔らかく微笑みながら言ってきた。

「心……」

動揺に揺らめく瞳で心の方を見つめるアンナ。が、すぐに決意を固め「ちょっと行ってきます!」と宣言するや否や、アンナは脱兎の如く走り出し部室を後にした。

「全く………しようのない奴だ」

まるで鉄砲玉だな、と肩を竦める植木を含め誰もアンナを止めようとはしない。こういった時のアンナに何を言っても無駄だという事を、皆良く分かっていたのだ。

「それにしても」

ふと、今まで置物の日本人形の如く黙っていた柊が、その鋭い目つきを越花に向け口を開く。

「葉月、お前なんで我聞の事故の事知ってんだ?」

柊が疑問に思うのも最もである。越花と鉄平に繋がりのあるような素振りを、未だ見た事がなかったからだ。

「えっと……昨日前野くんとバッティングセンターに行ってたら間島(まじま)くんって人からメールが入ったらしくて。んで慌てて帰っちゃって……」

知らされたのは部活で家を出ようとした矢先だったの、と越花は柊の問いに対する一部始終を吐露する。

「そ、そうか。まぁ残念だったな」

柊の意味ありげな言葉に小首を傾げる越花を尻目に、柊は心の中で呟いていた。

(I・Hに出ねーからって、なに余裕かましてデートしてんだよ)

と。

「しかし、なんだかさあんまり他人事って気がしないな。明日は我が身ともいうし……ボクたちも気をつけないと」

少女漫画に出てきそうな、憂いを秘めた美少年の如き表情で杉山 都亀は天を仰ぎ見る。端麗な中性的容姿の都亀が天を仰ぐ姿は、さながら男装の某劇団員を彷彿とさせた。
その都亀の、舞台稽古のような仕種を横目にナミの口から辛辣とも取れる言葉が紡がれる。

「………バッカみたい! あいつ……カッコつけすぎて自分がケガしてりゃ世話ないってのよ」

ふぅ、と溜息を吐きながら心底馬鹿らしいといった風体で、だがどこか同情するような目で首を振る。この悪態が、今はこの場にいない鉄平に向けて紡がれたものであろう事は、言われるまでもなく誰もが気付く所であった。



 ナミと鉄平が高校以前からの同級生、且つ同じジムメイトでありながら犬猿の仲であるというのは、もはや常識となりつつある(というよりは、ナミの方が一方的に嫌っているだけなのだが)。
それでもI・Hに出場出来なくなった悔しさは、先の新人戦を棄権しなければならなかったナミにとって決して他人事に思えない為、これ以上罵るような真似は出来そうにない。

馬鹿なやつ……と、ナミはもう1回だけ誰にも聞こえない声で呟いてみせたのだった。



 一方、部室を飛び出したアンナは鉄平の入院しているという総合病院へと向かい……

「あれ、ココどこだっけ?」

見事なまでに道に迷っていた。
元々健康に育ったアンナだけに、病院へ行く事など皆無に等しかったし用事がある時はばあやを使いに出していた為、まともな位置など知らなかったのだ。
大内山先輩に地図でも描いてもらえばよかったかな、と今更自分の思慮の足らなさに情けなくなる思いであった。

意を決して警察に病院の場所を聞こうとしたその矢先、

「ん? なあ、お前ひょっとして城之内か? 女子ボクシング部の」

光陵高校の制服を着た長身の男がアンナを呼び止めた。

「?」

いきなり呼び止められ、声の方を振り向くアンナ。見た所光陵の生徒のようだが、アンナには見覚えのない生徒だ。奇遇だな、と駆け寄ってきた男子生徒に向かい合うアンナは、「どちらさま、ですか?」と若干緊張の声色で訊ねた。
それもその筈、170cmあるアンナが見上げなければならない程、その男子生徒は長身だったのである。

優に180後半はあるだろうか。アンナを見下ろすその男子生徒は、得も知れぬ威圧感に充ち満ちていた。圧倒するような長身に加え、特に印象が強かったのはその目つき。
射抜くような鋭さ、という意味では柊も似たようなものだが、この男子のは単純に目つき自体が悪かった。いわゆる三白眼という奴だ。明らかに相手を威嚇する形に作られているとしか思えない。

180オーバーの長身に、細く威嚇的な目つき。よく見れば身体つきも逞しく、力もありそうだ。一見して、アンナは直感した。



これはとんでもない不良だ



と……

金髪碧眼の少女が心なしか警戒しているのを敏感に感じ取った少年は、溜息を吐くと次いで柔らかく微笑んでみせる……あくまで彼なりに、ではあったが……

「お、おお。まだ名乗ってなかったっけ? 俺は間島 竜一(まじま りゅういち)。我聞の友達なんだ、宜しくな」

そう自己紹介を終えた竜一は、アンナと共に病院へと向かう。アンナにとって、病院の場所を知る彼と出会えた事は、まさに渡りに舟といった心境であった。



 竜一に連れられ病院に辿り着き、病室の場所を教えて貰ったアンナは礼を述べ目的地へと向かっていった。4人分のベッドが入る大部屋の、入って奥の左側に目的の男子を発見。
ギャッチベッドの背上げ部分を上げ、座る形で横になり窓の外を見ている鉄平。ギプスを着けられた上に、首から三角巾で吊るされた右腕。
頭も包帯で包まれ、所々湿布やら絆創膏やらを貼られたその姿は実に痛々しかった。外を見ている為どういった表情をしているのか、アンナからは窺い知る事は叶わない。

子供を助けられた事に満足した顔なのか。それともI・H予選に出られなくなった事を悔やんだ顔なのか。

色々と思考が過ぎっては消えていく。首をふるふると振り、アンナは恐る恐る声を掛けてみる事にした。

「あの………鉄平、ちゃん?」

「ぃいッ!?」

外の風景に気を取られ、無防備な所へ意中の女の子から不意打ちで声を掛けられた鉄平は、内心で思い切り慌てふためく。だが寸での所で面には出さず、ゆっくりと声の主の方へと振り返った。

「あ……ああ、城之内か? ど、ど、どうしたんだよこんな所に」

どこか狼狽したように、震える声でアンナを迎える鉄平。

「えっと、お見舞いに……かな? 鉄平ちゃんが大ケガした、って聞いたから」

スカートのポケットからハンカチを取り出し、額に浮かぶ汗を拭いながらアンナは答えた。見舞いと聞いて、鉄平は浮わついていた気持ちを切り替えベッドの横に置いてあった椅子に座るようアンナに勧める。

「事情は先生から聞いたよ。I・H予選、出られなくなったって」

勧められた椅子に腰掛けながら、アンナはさも残念そうな表情を浮かべ、その碧い瞳をベッド上の少年へと向ける。それは、どこか同情の色を秘めた目であった。
せっかく出場選手に選ばれたのに、かわいそう……そういった類の目。その目を見続ける事に窮した鉄平は視線を逸らしながら、

「後悔はねえよ」

とだけ呟いた。

鉄平のその言葉に、アンナはただ沈黙する以外に選択肢を見出せない。鉄平の呟きは、その実自分自身に向けて言った言葉なのだと分かったから。
後悔がない、というのは恐らく嘘だ。そうでなくては、アンナから視線を外した説明がつかない。強豪校たる光陵高校にあって、一年生ながらI・Hの出場選手に選ばれた背景には血の滲むような必死の努力があっただろう事は、想像に難くない。
だのに、日頃の成果を試せる場を否応なく奪われてしまった事実は、ボクシングに青春を捧げてきた鉄平にとって悔やんでも悔やみ切れない出来事の筈である。
が、その後悔の代わりに彼は1人の少年を救う事が出来た。それを誇りたいが為に、鉄平は自らに「後悔はない」と言ったのだと、アンナは感じた。


「強いね。鉄平ちゃんって」


微かに微笑みながら、アンナにはその一言を紡ぐのが精一杯であった。その白い顔を横目に見た鉄平は思わず赤面し、動揺してしまう。それを隠すかのように、鉄平は顔を振りアンナの方へと改めて正対する。

「お、俺はまあこんな感じになっちまったけど……お前は頑張れよな! 応援してっから」

鉄平にとって、これが惚れた女の子に送れる、今の所最大限の激励であった。



 お見舞いに来た筈が、逆に激励されてしまったアンナはキョトンとした顔で鉄平を見つめてしまう。が、それは次第にリング上で試合をしている時のような、強気なものへと変化していく。

「うん! ありがとう鉄平ちゃん。私、全国に行くよ……絶対!!」

気力に満ちた表情のアンナは椅子から立ち上がり、鉄平に礼を述べると病室から飛び出していった。その光景を呆然と見ていた鉄平は、やや時間を置いて現れた長身の男の姿を見て我に返る事となる。

「なんだか元気いっぱいな娘だよな………あ、これ。花瓶持ってきたぞ」

両手に収めた丸い花瓶を棚に置き、持ち込まれていた花束を活ける。それが終わると大男……間島 竜一は先程までアンナの座っていた椅子に腰掛けた。

「悪ぃな、竜一。気を使わせちまって。それはそうとして、お前の方はいいのか? 妹の付き添い放ったらかしで」

椅子に座った竜一の、威嚇するような鋭い三白眼に全く動じた様子もなく鉄平は気さくに話しかける。

「だッ、花子は妹じゃねえって! 近所の後輩だよ。それに、ちょっと右手を捻挫しただけだから、ホントは俺が付きっきりでいる必要もないんだ」

見舞いの品と称して男子ボクシング部主将、桃生が置いていった籠の中から梨を1つ取り出し、果物ナイフで器用に切り分けながら竜一は鉄平に梨を差し出した。


お前やハナみたいにボクシングやってる奴らは大変だよな……と一言付け足しながら。





 アンナが鉄平の見舞いに行って逆に激励されてから、幾日かが過ぎた。上下緋色のジャージを纏った一団が、今日の主戦場たる総合体育館の会場入口付近で一塊となり集合している。
そのジャージの左胸には、金糸で〔光陵女子ボクシング部〕と刺繍されていた。

2010年、8月7日(日)。I・H神奈川県予選、その初日である。

「いよいよ来たわね、この日が!」

出場選手全員が計量をパスし、試合をする資格を得た。後は思い切り暴れるだけだと、右拳を左手の手の平に打ちつけ気合いを入れるナミ。
先の新人戦では、不覚ともいえる減量失敗により棄権を余儀なくされただけに、ナミにとっては高校初の公式戦となる。

今回出場する選手と階級は以下の通り。

・桜 順子(ピン級)
・高頭 柊(ライト・フライ級)
・下司 ナミ(フライ級)
・杉山 都亀(バンタム級)
・知念 心(フェザー級)
・城之内 アンナ(ライト級)

以上6階級6名。その全てが一年生であった。

「よし、全員いるな?」

女子ボクシング部顧問、植木の点呼に1人ひとりが返事を返す。

初の大舞台で緊張している者。試合が待ち切れないと、しきりに身体を動かす者。また、山之井ジム見学の翌日から数日間、例の如く音信不通となった由起の手によって作成された要注意選手のデータに目を通す者。

それぞれの動きを見せる中、植木はこの後始まる予選に際しての最終ミーティングに入った。

「今までよく厳しい練習に耐えてきたな。ここまできたお前らに、あまり堅苦しい事は言いたくない。ただ一言……一言だけ言わせてくれ」

ここで一旦言葉を切り、植木は1人ひとり可愛い教え子たちの顔を見つめていく。皆が、頼りとする顧問に視線を注ぐ。その視線に満足したようにひとつ頷くと、植木は本当にただ一言だけを告げた。



「お前たち……思い切りボクシングを味わってこい!」





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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