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第15話 【ある少女の持論】

 I・H編、第15話です。

由起からもたらされた柊の新人戦の映像を見て、植木は彼女を“神の眼”という特別な眼の持ち主であると語る。夕貴をも寄せ付けなかったその潜在能力の高さに、ナミは無意識の内に警戒心を強めていくのであった。









 光陵高校女子ボクシング部にとって、初のビッグイベントともいえる高校総体……いわゆるI・Hの予選大会を間近に控えたある日の事。
夏合宿、試合形式のスパーリングで加藤 夕貴にまさかのKO勝ちを収めた高頭 柊の、その秘められた異能を知る事となった主将、下司 ナミ。
トレーナー兼マネージャー、大内山 由起が編集したという柊の新人戦の一部始終を見てからというもの、どうにも身体を動かさないと落ち着かない感じがしていた。
“新人戦に於いて、ただの1発もクリーンヒットを許さず優勝した”という、ある種神業じみた所業を見せつけられ触発されたのかも知れない。

「おいナミ坊」

視聴覚室から出ようとした際、顧問の植木 四五郎から呼び止められ、ナミはなに? と振り返る。

「お前、今日は暇か?」

「部活も休みだし、特に出かける用事もないわ」

ナミの返事を聞いた植木は、そうか……とひとつ頷いてみせた。それがなに? とあからさまに訝しげな表情を見せるナミに口元を歪めると、植木はこう言い放った。

「だったら、久しぶりに一緒にジムに行くか」

と。

「え………?」

植木のその言葉を聞いた瞬間、ナミの表情が一転してまるで血の気の引いたような蒼白いものへと変化する。
中学の頃、ナミは同じように植木に誘われ、喜び勇んで承諾した事があるのだが……その後、誘いに乗った事を後悔するようなハードトレーニングを無理やりさせられた、という苦い記憶がフラッシュバックしてきたのだ。
それはもう、抜群のスタミナを誇るナミをしてもう2度とやりたくない! とさえ思わせる程に。

「嫌なら別にいいぞ。“今の時点ではまだお前の方が勝ってる”だろうからな」

傍から聞けばよく分からない言い回しをしつつ、植木はナミの方を見つめた。

「ッ!?」

そんな植木の言葉に、ナミは唇を噛み顔を赤くさせていく。ナミには、植木の言葉の意味が瞬時に理解出来たのである。



いつか高頭に追い抜かれるぞ、お前……



と、そう言われたも同然なのだ。その意味を理解し、ボクサーとしてのプライドを刺激されたが故に、ナミは顔を赤くしたのである。

「わ、分かった。お願い、四五兄ィ」

ナミが頭を下げながら誘いに承諾したのを見て、植木が何とも形容し難い笑顔をしていたのを由起は見逃さなかった。



 PM18:00。ジムワークの準備を済ませたナミと植木、そして話の流れから同行する事となった由起の3人は、山之井(やまのい)ボクシングジムのドアを開けた。正確には、2Fのトレーニングルームのドアを、である。
途端にむせ返るような熱気と、汗やワセリンなどの入り混じった独特な臭いが外気へと放たれていく。更には、サンドバッグやパンチングミットを叩く大きな音や床を蹴るシューズの摩擦音などが、乱暴な協奏曲となって3人の鼓膜を盛大に騒がせていった。

「うッ……」

ボクシングジムの持つ独特の雰囲気と臭いに、由起がつい口元を手で覆ってしまう。どうやら、由起はジムに来るのは初めての事らしい。
幾らボクシング部にいて多少嗜んでいるといっても、学校の部室とジムでは根本的にモノが違う。慣れない者は、大抵今の由起のように少なからず気分を悪くしてしまうのだ。
故に、由起を責めるような真似はしないし出来なかった。

「大丈夫ですか? 先輩」

「え、ええ……熱気でちょっとむせただけだから」

ナミが肩を貸すべく近づいてくるのを、由起は片手で制する。ちょっとむせただけというのは本当らしく、ナミを制した次の瞬間にはいつも通りの由起へと戻っていた。

「うーっす」
「ちはーす」
「こ、こんにちは」

3人がほぼ同時に挨拶し、ジム内へと足を踏み入れる。中で練習していた練習生たちは、一瞬チラッとナミたちの方を振り向き軽く頭を下げると、すぐさま練習へと取り組んでいった。

ボクシングジムでは、基本的に会話を楽しむような時間はあまりない。特にプロの選手やその予備軍……つまり志望者などは限られた時間でどれだけ効率良く強くなれるかに心を砕くような者がほとんどといえる。
誰もが各々の目標の為に、その貴重な時間を必死に練習しているのだ。悠長に会話など楽しむ筈もないのは、むしろ当然といえた。

「おお、四五郎とナミ坊が一緒とは珍しいな」

3人が入ってきたのを見ていたのだろう、初老の男性が気さくに声を掛けながら近づいてくる。白のTシャツに濃紺のジャージズボン、そして肩に掛けたスポーツタオルという出で立ちは、他に例えようもないくらいにトレーナー然としていた。

「おーっす会長(おや)っさん。ちょっくら使わせてもらうぜ」

気さくな初老の男性に、気さくな挨拶を交わす植木。“おやっさん”と呼ぶからには、さぞココでは古株なのだろう、と由起は思う。それに、どこかで見た事があったような気もしていた。
その様子を見ていたナミが、誰に言われるでもなく由起に男性の詳細を語り始めた。

「先輩。あの人は山之井 敦史(やまのい あつし)……ウチの会長なの。見ての通り気さくな人で、ここの練習生のほとんどから“会長っさん”って呼ばれてるんですよ」

ナミから語られる詳細を聞いて、なるほど、と大きく相槌を打つ由起。見た事がある筈である。神奈川県内でもトップ3に入る大手ジムの会長となれば、どこかで見ていて何ら不思議ではない。
むしろ、言われるまで思い出せなかった事に由起は恥ずかしい思いであった。

「お、そっちの美少女は四五郎のコレかい?」

そう言って、山之井会長は由起の方を見ながら左手の小指を上げてみせる。次の瞬間、「ウチの部のトレーナーだ!」と植木に頭をはたかれていた。
この会長と植木の漫才のようなやり取りに、由起は半ば呆れたように苦笑し、ナミはやれやれといった様子でさっさとロッカールームへと引っ込んでいった。



 会長に促され、見学スペースでパイプ椅子に腰掛けている由起の視界には、吉川 宗観(よしかわ そうかん)にコーチングされ絶え間なく身体を動かし続けるナミの姿が見える。
3分間を全力で動き、インターバルの1分間の小休止を挟んだ後また3分間を全力で動く。経験者且つ主将という立場上、他の部員の練習をサポートする機会が多いナミ。
由起は、そんなナミの正規のトレーニングというものをあまり見た事がなかったのだが、正直驚かされた。主将という枷を外され、ただのボクサーとなったナミのトレーニングは、部活などの比ではなかったのである。

「次ッ、サンドバッグ打ち3R!!」

「ハイッ」

長袖のトレーニングウェアを着込み、室内の熱気と自身の熱とで止め処なく噴き出す汗を腕で拭いながら、ナミは宗観の指示に従う。
練習用のパンチンググローブを嵌め、サンドバッグに正対しひとつ息を吐くと、真剣な表情でファイティングポーズを取った。



ビーーーーーーッ!



インターバル終了を告げるブザーが鳴り響いたと同時に、ナミはサンドバッグ目掛け両拳を交互に打ち付けていく。



バンッ、ドスッ、ドスッ! ズンッ、バンッ、バァンッ!!



ナミの拳がサンドバッグにめり込む度、革と革の摩擦音が実に一定のテンポで響く。その姿は、まるで全身を使って曲を奏でる打楽器奏者のようにも見えた。

「遅い、もっと速く!」
「重さが伝わってこない、腰を入れて!」
「どうした、アゴが上がってるぞ! もう息が切れたのか!?」

サンドバッグを後ろで支えた体勢から、宗観の厳しい指摘が飛ぶ。ナミはその都度「ハイッ」と返事を返し、指摘された箇所を修正しながら拳を叩きつけていった。

「これは……厳しいわね」

見学スペースからナミのサンドバッグ打ちを見ていた由起が、思わず小声で呟く。ナミの練習量もさる事ながら、トレーナーである宗観の指示が半端ではなかったからだ。
自身もトレーナーとして部員たちを指導する立場上、由起もコーチングのノウハウはある程度分かっているつもりでいる。が、それにしても宗観のコーチングは明らかに厳しかった。

少なくとも、アマチュアの……それも若干15歳の少女に課すようなレベルのトレーニングでは決してない。これはもう、いっぱしのプロボクサーが行うような練習といっても過言ではないだろう。

本物のトレーナーによる本物のコーチングを垣間見て、由起は自身の未熟さを思い知らされるような思いであった。と同時に、

(いいじゃない由起、今はまだ未熟でも。私にはまだまだいくらでも時間があるんだから……)

内から湧き出てくる確かな反骨心と向上心を、由起ははっきりと自覚するのであった。



ビーーーーーーッ!



 3分間の終了を告げるブザーが鳴り、一心不乱にサンドバッグを叩き続けていたナミはぷはぁッ! と大きく息を吐き出し、サンドバッグにしがみつく。
髪に汗を纏わりつかせ、肩を上下させながら呼吸を整えるナミ。

「ハァーッ、ハァーッ! ッハァ………」

無呼吸運動の反動から来る酸素不足を補うべく、さながら獣のような荒い呼吸を繰り返す。腕の隙間から覗くナミの、その鬼気迫る表情を見た瞬間、由起は背筋に冷や汗が流れた気がした。
ハードトレーニングで苦しい筈なのに、ナミのその目はギラギラと生気に満ちその口元には笑みすら浮かんでいたのである。

(下司さんのあの化け物じみたスタミナ、それに闘争心……強い訳よね)

偽らざる、由起の素直な感想だった。その後もナミはひたすらに動き続け、2時間程があっという間に過ぎていく。

「よし、今日はこれまで」

宗観の口から練習終了の旨が告げられ、ありがとうございました! と元気な声を上げるナミ。頭を下げ一礼すると、ジムの隅の方へ向かい1人クールダウンを兼ねたストレッチを始めた。
ナミがクールダウンに入ると、見学スペースからふぅ、と溜息がひとつ。ジム内の熱気にでも当てられたのか、頬を蒸気された由起が漏らした溜息であった。
そんな由起の下へ、上下黒地に赤のサイドラインの入ったトレーニングウェア姿の植木が近寄り、声を掛ける。

「よう。どうだ大内山、ウチの主将の練習具合は」

植木が、由起の隣にある空いたパイプ椅子に座りナミの練習を見た感想を問うと、「すごい、ですね」と半ば呆れ顔で返答。

「正直言って、下司さんが加藤さんに勝った事がない……というのが不思議なくらいです。U-15の時も、以前スパーリングした時も」

ついぞ、こんな言葉すら口についてしまう。が、これは由起の本心からの疑問でもあった。

ボクサーとしてのナミと夕貴を比較した場合、まず決定的に優劣がつくのは間違いなくパンチ力であろう。というより、これはナミに限らず同階級の女子では比較にすらならない。
次にスピード。こちらはナミに若干の有利がつくと思われる。
テクニック、とりわけディフェンステクニックに関しては、ナミが大きく水をあける事だろう。
打たれ強さ……いわゆるタフネスに関しては、実の所大差ないのではないか? と由起は思う。

カウンターを決められていたとはいえ、柊のパンチでよろめかされ失神に追い込まれた事を考えると、夕貴は決して打たれ強い部類のボクサーではないという判断での考察であった。

総合的に見れば、堅実に闘う限りではナミの方にこそ分があるように由起には思えた。ただ、1発で試合を引っくり返されかねない程に、夕貴のパンチは郡を抜いている訳だが。



 何故ナミが夕貴に勝った事がないのか? という由起の疑問に、植木はアゴに手を添え思考に入る。若干の沈黙の後、

「んーー、要は“相性”の問題なんじゃねえか?」

と質問を返すような口調で答えた。

「“相性”、ですか?」

由起もまた、植木の言葉に質問で返してしまう。まるで押し問答みたいだな、と苦笑しつつも、植木は由起が持つ根本の疑問に対しての説明を始めていく。

「簡単に言うと、ナミ坊と加藤さんは案外似たファイトスタイルなんだよ。ナミ坊は基本ボクサーファイターだが、性質はファイター寄りだ。つまり、ガチンコの殴り合いで白黒つけようってタイプなのさ」

ここで一旦話を区切り、植木はストレッチを終え2人の下へと向かってくるナミの方へクイッと親指で指してみせた。

「なんの話してるの?」

「ああ、お前と加藤さんの話をな。戦力比較してたんだよ」

ふぅん、とナミは他人事のように相槌を打ち 床に腰を下ろす。

「前々から疑問に思っていたのよ。なぜ下司さんが加藤さんに勝った事がないのか? って」

由起が真剣な表情で再び疑問を口にする。それを聞いたナミは、ケロッとした表情を浮かべながら、

「わたしの方が弱いからに決まってるじゃないですか」

事も無げに答えてみせた。

「どれだけ戦力比較してみても、結果が出てる以上それが全て。わたしがまだ及ばなかったから負けた……ただそれだけです」

それに、負けた人間がどんなに吠えても結局はただの強がりでしかないですから、と感情を感じさせない顔でナミは続ける。

「でも……」

「それがこの世界の掟、みたいなものなんです先輩。どんなに善戦しても負けたら道は閉ざされる。だからこそ『絶対に負けられない!』って気持ちでリングに上がるんです」

で、負けたくないからみんな必死に練習するんですよ、とナミは締め括った。

ナミの持論を聞かされ、由起はこれ以上反論しようとは思わなかった。出来る筈もない。自分より年下の、眼前に映る若干15歳の少女。
先程の練習量もさる事ながら、本当に驚くべきはこのシビアな持論なのだと知った由起に、これ以上何を反論出来ようか。



下司さんは、骨の髄までボクサーなのかも知れない



そう思う事で、全てに納得出来たような気がする由起であった。





 話を終えシャワーを浴びるべくシャワー室へと消えていったナミをよそに、植木はキョキョロと見回す。

「どうしたんですか?」

「いや。鉄平が来てないか、と思ってな」

鉄平と聞いて、由起はすぐに1人の男の子の姿を思い浮かべる。

我聞 鉄平(がもん てっぺい)。光陵高校ボクシング部所属の一年生で、由起にとってはかつての後輩に当たる。そういえば山之井ジムの所属でもあったわね、と思い出し植木の言葉に得心がいったらしい。
当の植木はというと、久しぶりにしごきまくってやろうかと思ったのに……と、彼にとっては迷惑極まりないであろう事をブツブツと呟いていた。
その、植木の悔しがりように由起は苦笑を漏らしたりしていたのだが、まさか今この瞬間その鉄平に重大な事件が起こっていようなどとは、神ならぬ身には知る由もなかった。




to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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