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第14話 【“神の眼”】

 I・H編、14話です。

夏合宿に於いて夕貴からまさかの勝利を手にした柊。幼馴染みとして、またボクサーとして、この勝敗は果たしてどういう意味を持つのか……









 湘南スポーツセンターに於ける、光陵高校と建陽高校との合同夏合宿6日目。この日、U-15全国大会優勝者である建陽の加藤 夕貴を、ボクシング歴僅か半年かそこらの光陵、高頭 柊がスパーリングでKOするという事態が起きた。

第2R終盤にクロスカウンターで意識を断たれるまでの間、スパーリングの内容では柊の良い所ばかりが目立ち、夕貴は恐らくボクサーとしてのプライドを大きく傷つけられた事だろう。
それは、医務室に夕貴の見舞いに行こうとして、彼女の義兄に当たる片山 那智に阻まれてしまった事から見ても明らかである。



勝者は常に孤独と隣り合わせなんだよ……



医務室を去る間際に背後から聞こえてきたその言葉を、柊は以降繰り返し反芻していく事となる。


あの加藤 夕貴に圧勝したという事実は、光陵女子ボクシング部全体に波紋を投げ掛けていた。柊の強さを称える者、驚きのあまり声も出ない者、その天才性に危惧を抱く者……波紋の受け止め方は、実に様々である。
大多数の部員たちに囲まれ褒め称えられる中、柊はただ無言を貫いていた。



 その後は特に劇的な変化もなく皆がスパーリングをこなし、6日目の練習は終わりを迎え今は就寝時間。夕貴は念の為医務室で休むという名目で、部屋へは戻ってきていない。
柊とは顔を合わせ辛いのだろう、と誰もが……柊ですらそう感じてはいたのだが、その事に関して口を開こうとする者は皆無であった。

(今日のは、マジで偶然上手く噛み合っただけだ。ほんの少しでも歯車が狂ってたら……)

布団の中で、どうにも眠れない柊は薄暗闇に支配された天井を眺めながら、幼馴染みとのスパーリングを覚えている限り回想してみる。

(オレ、アイツに何発パンチ当てたっけ)

圧勝などと周りは持てはやしたが、柊自身はどうにか被弾しないよう集中するのに精一杯、それはとても重く苦しい時間だったという感覚しかない。その位、彼女にとっては紙一重に感じる勝負だったのだ。

結局、あれこれ考えているうちに柊は眠りにつき、聞き慣れた目覚ましのけたたましい音によって覚醒させられてしまった。どうやら身体は正直に出来ているらしい。

「それじゃ、最終日は軽く流すだけだけど気を抜かないでいくわよ!」

ナミの号令一下、ようやく慣れてきた砂浜での早朝ロードワークが開始された。昨日のダメージを考慮しての事だろうか。ざくざくと砂浜を走る列の中に、夕貴の姿はない。
恐らくはダメージよりショックの方が大きいのだろう……ナミはそう思う。

小さい頃からボクシングにその身を捧げ、それなりに実績を上げてもいるし相応のプライドも培われてきた筈である。それが、胸を貸すつもりでスパーリングを申し込み、逆にKOされてしまったのだ。
これでショックを受けないような奴は、ボクシングをするべきではない、とさえ思う。だからといって、夕貴に同情している訳では決してない。
負けた選手に掛ける情けが、その心を弱くしてしまう可能性を孕んでいる事をナミは知っているから……



 5kmのロードワークの後、スポーツセンターへ戻り軽めの筋力トレーニングとストレッチを終え、一同は締めとして最終ミーティングを行うべく談話室へと向かう。
そこには光陵女子ボクシング部顧問、植木 四五郎と建陽ボクシング部顧問代理の片山 那智、それと午前中の練習に参加していなかった加藤 夕貴の姿があった。

「加藤さん……」

ナミが夕貴へと声を掛けると、夕貴は椅子に座ったままでペコリと頭を下げる。

「お前、大丈夫なのかよ」

ナミの横から身体を滑り込ませ、夕貴と対面する柊。

「柊ちゃん………うん、もう平気。ゴメンね」

幼馴染みの、聞き慣れたその声に身を硬くした夕貴は、だがそれもほんの一瞬の事でどこか儚げな苦笑を漏らしながら謝罪していた。
以降はお互い会話が続かず、気まずい雰囲気のままそれぞれ椅子へと腰掛けていく。

最終ミーティングから始まり、植木と那智から部員たちに伸ばすべき所、或いは直すべき所を事細かに説明される。そして最後に、

「とりあえずはI・Hの予選がもう間近まで迫ってるからな。各自の健闘を祈る」

という植木の激励により最終ミーティングは締め括られた。



 最後の食事を終え、帰り支度を済ませた両高校は湘南スポーツセンター館長、下司 拓人へと感謝の意を述べる。

「叔父さん、今年もありがとね。いい練習が出来たよ」

「いやいや、俺も可愛い女の子たちを見られて目の保養……う、ゲフンゲフッ………ともかくみんな、大会頑張って欲しい」

叔父と姪による、日常会話のような挨拶の後それぞれ帰路へと着く事となった。その帰り際、夕貴がちょっといい? と柊を呼び寄せる。皆を先に向かわせると、柊は夕貴と2人きりで向き合った。

「なんだよ? 話って」

「うん……一言謝りたくて」

少し俯き加減で、夕貴は柊を直視せずに話を進めていく。柊としては、夕貴のその態度はあまり面白くないのだが、敢えて無言で次の言葉を待った。

「あたし、柊ちゃんにスパーを申し込んだ時、全国レベルを実際に肌で感じて欲しい……ちょっとでも柊ちゃんの手助けになれば、とそう思ってたの」

「ああ」

「でも、蓋を開けてみたら全然柊ちゃんの方が強くて。あたし、なに調子に乗ってたんだろう? って思って…」

「で、『力になれなくてゴメンなさい』か? 自惚れんなバーカ」

そっぽを向きながら、柊は夕貴に冷たく言い放つ。

「たまたま噛み合わせが悪かっただけで、やれあたしは弱いだの柊ちゃんの方が強いだの……お前の悪い癖だぞ、それ」

そんな事でいちいちヘコまれたんじゃたまんねーよ、と付け足し柊は左拳を軽く突き出してみせた。

「えっ……と」

いきなり拳を向けられた事に戸惑いを隠し切れない夕貴を見て、柊は不敵に笑みを浮かべる。

「今回は一応オレの勝ちだからな。ちょっとエラそうに言うぞ」

コホン、とわざとらしく咳をひとつ挟んでみせ、柊は幼馴染みへと言葉を紡ぐ。

「正直オレに負けて悔しいだろ? 悔しいって思うんだったら全国大会まで勝ち上がってこい。そこでもう1回、ちゃんと勝負してやるよ」

言い終えてから、我ながらへたくそな励ましだな……と柊は肩を竦めてしまう。竦めながらも、突き出したままの拳をクンッと振って夕貴に催促した。

「柊ちゃん………」

柊に拳を突き出され、激励の言葉まで掛けられた夕貴は目尻に涙を溜めコツン! と無言で自身の左拳を幼馴染みのそれに当てた。



全国大会でもう1回勝負しよう



そう告げているかのように、夕貴の双眸は鋭い光を湛え柊に向けられる。同時にそれは、次は負けないよ! という静かなる挑戦状のようでもあった。



 どういう流れか全国大会で再戦、という約束を取り付けてしまった柊は夕貴と別れ、先行していたナミたちと合流する。「なんの話をしてたの?」

と興味ありげに問い詰めるナミを適当にあしらいながら、柊はなにやってんだ、オレ……と軽い後悔を覚えていた。


無事に学校へ到着し、その安堵感から部員たちからは一気に合宿疲れが現れ始める。

「この1週間、本当にご苦労だった。とりあえず今日はこのまま解散、明日は休養日とする。I・Hまでもう時間もないからな、体調には気をつけるように」

ウェイトコントロールも怠るなよ、と主にナミの方を見ながら注意を促すと、植木は皆に解散を命じた。順調にいってるわよ! と少しふくれ顔のナミを見て、部員たちから失笑が漏れるとそれぞれ帰路に着いていく。
皆に倣い、ナミも重い足取りで席を立つ。普段は無尽蔵な永久機関の如き抜群のスタミナを誇るナミも、皆と同様に合宿の疲れが色濃く出ていたのである。

「下司さん、ちょっといいかしら?」

席を立とうとしていたナミを、トレーナー兼マネージャーの由起が呼び止めた。明日、ナミと植木に見せたいものがあるから時間を作って欲しい、というのだ。
特に断る理由もなかったので、ナミは即断で了承。とにかく今は家に帰って眠りたい心境であった。



 翌日。由起はナミと植木を視聴覚室へと促し、柊の新人戦を編集した例の映像を見てもらうよう勧めた。

初戦の品森(しなもり)高校、弥栄 千恵子(やさか ちえこ)から始まり、準決勝の郡司(ぐんじ)高校、時任(ときとう)みゆき。最後に決勝戦、三笠(みかさ)女子高校の獅堂(しどう)きらら。

最初の方こそ流し見る程度だったナミの表情が、みゆきに勝った辺りから徐々に険しさを伴っていく。決勝のきらら戦が終了した頃には、すっかりボクサーの顔になっていた。
どうやら、由起の気付いた異変にナミも行き着いたようであった。

柊のしでかした事に対し、しきりに唸ったり目を凝らしたりと落ち着きのないナミとは対照的に、終始無言で見ていた植木。映像が終わるや否や、植木はただ一言だけを呟いた。

「“神の眼”……」

と。

「「“神の眼”?」」

植木の口から出てきた聞き慣れぬ単語に、ナミと由起は声を合わせておうむ返しに訊ねる。

「ああ。前から気にはなってたんだが……この映像、そして先日の加藤さんとのスパーリングを見て確信が持てた。高頭は“神の眼”の持ち主だ」

動揺を隠し切れない、といった感じの植木を見てナミと由起はしばし言葉を失った。仮にもプロのボクサーとして日本ランキングの2位にまで上った男が、たかが15の小娘の持つ異能に動揺を見せたのだ。
ナミは、急に夕貴のラッシュを悉くかわしてみせた時の柊の姿を思い出し、嫌な仮定を立ててしまっていた。



あれが夕貴でなく自分だったとしても、同じような結果になったのではないか?



と……

ナミは、ことラッシュ力にかけては同年代の選手の誰よりも上回っていると自負している。自惚れが過ぎる、と言われるかも知れない。
が、そのラッシュの凄まじさこそがナミをボクサーとして非凡たらしめている所以であり、また最大の武器ともいえる。
だがいざ柊と対峙した時、その頼みの武器の一切がもし通用しなかったら? そう思うと、ナミは背筋が凍るような思いを抱かずにはいられなかった。

もしかすると、ナミが柊の事を敵手として認識した、これが最初であったかも知れない。

「植木先生、“神の眼”って具体的にはどういったものなんですか?」

ナミが脳内であれこれとシミュレートしている間、ようやく由起が沈黙を打ち破り植木に質問する。

「ああ、まず最初に言っておくが“神の眼”ってのは俺が勝手に付けた名前で、正式名称じゃないんだ。んで、“神の眼”がどんなものなのかというとだな」

ここまで話して、植木は一旦言葉を切る。そして……

「一言で言えば、『異常なまでに動体視力の優れた眼』の事だ。或いはそれを持ってる奴の事を、俺はそう呼んでる」

「動体視力? そんなのボクサーなら誰でも鍛えてるものでしょ?」

脳内シミュレート状態から帰ってきたナミが、さも当然と言わんばかりに答えた。通常、ボクシングの選手は相手の動きを追えるよう動体視力も鍛えるのが普通である。
そして優れたボクサーというのは、身体能力・精神力と共に動体視力も並外れている者が多い。その観点からいえば、ナミの言いたい事は至極真っ当な事であり基本でもあった。

「そうだな。ナミ坊の言う通りだ。だが、あいつはボクシングを始めて半年足らずのはず……そんな奴が加藤さんや獅堂 きららのパンチを見切り続けられると思うか?」

植木はナミの言いたい事を理解した上で、質問するような口調でナミに話しかける。

「……まず無理、でしょうね」

ナミに代わって答えたのは由起。彼女は植木の言わんとしている事を理解したらしい。

「つまり、下司さんのラッシュ力や城之内さんのしなるパンチと同じ。天からの授かり物、という事ですね? 先生」

抽象的な物言いで、由起は植木に答えを紡ぎ出していく。植木はその答えに満足したのか、力強く首を縦に振った。

「要するに、高頭の眼にかかれば相手のパンチはあたかもスローモーションのように映るって訳だ」

植木の導き出した、柊の眼の正体。それを聞いたナミは、あまりの事に唖然としていた。

「う……嘘、でしょ?」

ナミがそう呟いてしまうのも、ある意味当然の反応であろう。相手のパンチがスローモーションのように見えるという事は、つまりは相手に動きが筒抜けになっているも同然なのだ。
通常、ボクサーのパンチは見てから反応しても間に合わない。故に、相手の肩の動きで初動作を見切り、勘と併用して防御を行う。即ち、肩の動きを見極める為に卓越した動体視力が重要となるのである。

どうやら、柊の眼はそれら全てが緩慢に見えているらしいのだ。予め予測が立つ上に飛んでくるパンチが遅いときては、さぞかわすのも容易であろう。
それが分かってしまったからこそ、ナミは唖然としたのである。別に今すぐ闘わなければならない訳では、決してない。だが、この先絶対に闘う事がないとは……正直言い切れなかった。

漠然とではあるが、ナミはいつか柊とグローブを交える日が来る……そんな予言めいた確信を抱いていた。



 思いがけず柊の天性を知る事となった3人ではあったが、それに関して特に今すぐ何かをしなければならないという訳でもなかったので、あまり大袈裟に騒ぎ立てないようにだけ言い含めると、植木は解散を命じた。

翌日、本当に騒ぎ立てるような大事件が発生するなどとは露にも知らず……





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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