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第13話 【悪夢のような夏合宿(後編)】

 I・H編、13話です。

夏合宿6日目。実質上の最終日、柊は夕貴とのスパーリングに挑む事に。このスパーリングの果てにあるもの……それは光か、それとも?









 光陵・建陽、両ボクシング部合同による夏合宿も6日目を迎えていた。この日は午後から試合形式のスパーリングをする事になっており、今リング中央では折りしも2人の幼馴染みが向かい合っている。

青コーナーの高頭 柊。対する赤コーナーは加藤 夕貴。2人の実績やキャリアを鑑みて、U-15全国大会優勝者である夕貴はグローブハンデとして12oz(オンス)のグローブを着ける事となった(基本的にライト・フライ級は10oz)。

「柊ちゃん、本気で来ていいからね」

「当たりめーだろ」

ささやかなやり取りの後、両者は各コーナーへと戻っていく。レフェリーを務めるのは、もはやお馴染みとなった感のある女子ボクシング部顧問・植木 四五郎。
セコンドとして、夕貴には義理の兄である片山 那智、柊にはトレーナー兼マネージャーの大内山 由起と同マネージャーの中森 陽子の2人が就く。

セコンドの勉強もしたいという、陽子たっての希望であった。

夕貴は、昔から柊の運動神経……とりわけステップの切り返しの速さに一目を置いていた。奇しくも、ナミと同じ感想を抱いていた事になる。
何度か柊にボクシングを薦めてみた事もあったが、まさかこうして本当にグローブを交えられる日が来るなど夢にも思ってはいなかった。

(少しでも柊ちゃんの力になってあげたい。上にはこんな選手がいっぱいいるんだって、知って欲しい)

そして、願わくば自分を目標として駆け上がってきて欲しい。

「夕貴ちゃん、最初から全力でいくんだ。柊ちゃんを格下、なんて思わないで」

あれこれ考えている間に時間が来たらしく、那智は夕貴にアドバイスを与えつつマウスピースを口の中へと入れてきた。コクッと小さく頷くと、夕貴は対面の柊へと視線を向ける。
柊の方も戦闘体制が整ったのだろう、視線を夕貴へと叩きつけてきていた。両陣営のセコンドがリング外へと出た所で……



カァァァァンッ!



試合開始のゴングが鳴り響いた。



 リング中央でグローブタッチをした後、両者とも一旦間合いを離す。珍しい事に2人とも生粋の左利き……サウスポー対決となる。

(まずは様子を見てみるかな)

フットワークで間合いを計りつつ、機先を制したのは夕貴。小手調べとばかりに右ジャブを3発、柊へと放つ。それを柊は、巧みに上体を振る事によって全てかわしてみせた。

空を裂く音が重い。いかにも威力のありそうな、重いパンチである事はわざわざ受けるまでもなく伝わってくる。

(こいつは……クリーンヒットしたら何発も耐えられねーかもな)

柊は、眼前の幼馴染みの持つ天性ともいえるパンチ力に一層の警戒心を高めた。一方の夕貴としても、この程度のパンチが易々とヒットするなどと思ってはいない。
元々柊の反射神経の鋭さは承知の上だし、曲がりなりにも新人戦を優勝してきているのだから、むしろこの程度は軽くいなせて当然だとも思っていた。
となれば、どうやってパンチを当てる状況を作るべきか……


ここで夕貴は、ガードを固め身体を丸めるとダッ! と相手目掛けて一直線にダッシュを仕掛けた。

(くッ、速ぇ!)

迫り来る夕貴の、そのダッシュ力に内心舌を巻きながらも柊はガードを上げ迎撃体勢を取る。接近を止める為、柊は夕貴へと右フックで横合いから殴りつけていく。
が、ガッチリと固めた強固なガードに阻まれダメージを与えるまでには到らない。
一瞬の攻防の後、密着間合いまで詰めた夕貴は右腕を引き、アッパー気味のショートパンチを柊の顔面へと放った。

(くッ!)

予想外にコンパクト且つ速いパンチに、かわすよりブロックした方が無難という一瞬の判断を下し、柊はすぐさま左腕に力を込める。



バシィィンッ!



夕貴の右拳が、柊のグローブによって阻まれる……少なくとも、柊自身はそれでやり過ごせたつもりでいた。だが、

「ぐはッ」

グローブ越しから脳を揺さぶるような……いや、実際に脳を揺さぶる程の衝撃が柊の顔を突き抜けていく。
ブロッキングした筈なのに、その上から尚伝わる衝撃。柊は軽く身体をグラつかせ、2歩後ろへと下がってしまった。

(ンだよ、これ! ふざけてんのか!?)

予想を遥かに超えるケタ違いのパンチ力に、柊は思わず内心悪態を吐いてしまう。本来なら一旦距離を取り、しかる後のヒット・アンド・アウェイ戦法でアウトボクシングに徹するのが最良の選択だろう。
だが、元来強気な性格の柊はその選択を蹴った。即ち、敢えて接近戦を挑んだのである。



 体勢を立て直し、タンタンとフットワークを取る夕貴を見据えながら、柊は果敢に攻勢に出た。拳の届くギリギリまで詰めてから、右ジャブを2発。
これはガッチリとガードに阻まれ有効打にならず。だがこれは距離を測る為の、いわば捨てパンチ。柊は本命の左ストレートを叩き込むべく、腕を振りかぶる。
ガードはしたものの、いざ対峙してみて柊のハンドスピードの速さに驚く夕貴は、かわすよりガードを固めた方が得策と判断。続く左ストレートに対し、夕貴はグローブで顔を覆った。



ズンッ!



「ぐッ」

思わず呻き声を漏らす夕貴。セオリー通り顔面へのワン・ツーとタカを括っていた左ストレートは、夕貴の腹に突き刺さっていたのだ。



バクンッ!



続く右フックも頬に打ち込まれた夕貴は、痛みに耐えながら柊の身体に密着し腕を絡めていく。そのまま両者はクリンチの体勢へと入っていった。

「ハァ、ハァ……」
「く、そッ。離せ!」

何とか引き剥がそうともがく柊だが、夕貴のクリンチもまた執拗で、容易には離れない。その状態を見兼ねた植木から、「ブレイク!」と一旦試合の中断を言い渡され、互いの身体を分けられていく。
ある程度間合いを話した後、

「ボックス!」

試合再開の掛け声が放たれた。


打たれた事によるダメージから回復した夕貴は、再びダッシュし接近戦を仕掛ける。対する柊も、強気な姿勢で応じた。
お互い有効打を取る事の出来ないままパンチを交換し合い、



カァァァァンッ!



第1R終了のゴングが響いた。去り際、お互いにグローブタッチを交わし自分のコーナーへと戻っていく。そして陽子に用意されたスツールに腰を下ろすや否や、柊は大きく息を吐いた。

「ったく、心臓に悪いパンチだな」

ウォーターボトルでうがいをしながら、柊の口から悪態が飛び出す。苦笑しながら、そりゃKO率9割ですもの……と由起がサラリと答えてみせる。

(加藤さん相手に1R闘って、まだこれだけ軽口が叩ければ上等だわ)

由起としては、まだ慌てる必要もなければ止める必要も感じられない。いや、それよりも彼女としてはもう一度直に確認してみたかったのかも知れない。
未だ半信半疑な、新人戦で見せた“あの動き”が、夕貴相手にも見られるのか。それともただの偶然に過ぎなかったのか。それを確認する、まさに良い機会ともいえた。

その後柊に大した指示も出さないまま、由起はロープを潜りリング外へと出ていく。



カァァァァンッ!



 第2Rが開始され、両者はすぐさま近接間合いへと詰め寄った。程なくして再び激しい打ち合いが展開される、と誰もが思っていた。だが……



ブンッ! ビシュッ、ヒュンッ、ボッ!!



柊に手を出せない程の、夕貴のラッシュが始まった。そのラッシュの様は、傍から見ればナミお得意のコンビネーションラッシュのように見えなくもない。
しかも、威力の程はケタ違いときている。1発でもまともに当たれば即致命傷になりかねない、それはさながら巻き込む物全てを薙ぎ払う暴風の如く柊へと襲い掛かった。

(う! こいつはやべぇ!!)

こんなのもらってたまるか! とばかりに、柊は迫り来る暴風をダッキングで潜り、ウィービングで的を散らし、パーリングで払い、スウェーイングで避けていく。

「ッ!?」

これには、ラッシュを仕掛けている夕貴……いや、彼女自身も含めこの場にいる者殆どが我が目を疑った。ナミに一歩劣るものの、夕貴の放ってくるラッシュのスピードは同年代の女子選手の水準を軽く超えている。
普通の選手なら……いや、多少ディフェンスに自信を持っている選手でも途中で捕まりやがて粉砕されるのは明白であろう。

それ程のラッシュを前に、柊はただの1発もクリーンヒットを許してはいないのだ。この事実に気付いた者は、戦慄を覚えずにはいられないだろう。


ただ1人、由起を除いては……


気付くのが遅かった為、結局は編集が間に合わなかったあのDVD……新人戦で柊がしでかした、とんでもない事が今まさに目の前で再現されていた。
柊のしでかした事。それは、『大会中、全試合通してただの1発もクリーンヒットを許さなかった』という事であった。
それだけでも驚愕に値する出来事なのだが、この後柊は更に驚くべき事をしでかす。



バッシィィィンッ!



左ストレートをヘッドスリップでかわしざま、柊は左アッパーを夕貴のアゴへと叩き込んだのである。

「ぶはぁッ」

手を出させないようラッシュで攻勢に出た筈が掻い潜られた挙句カウンターのアッパーを打ち込まれ、夕貴は口から血の混じった唾液を噴き出し動きを止めてしまう。
更に、対応の鈍った所へすかさず柊の左右のフックが夕貴の頬を滅多打ちにした。



バンッ、グシャッ!



「ぶッ、あぐぅッ」

アッパーから左右のフックと、立て続けに3発のパンチを叩き込まれた夕貴は一旦下がって体勢を立て直そうと後退を始めた。

(逃がすか!)

せっかく巡ってきた好機をあっさりと手放してたまるか! と柊は執拗に夕貴へと肉迫しパンチを繰り出していく。何発か貰いながらも、夕貴はガードを固め後退を続ける。
だが、その前進・後退のやり取りもやがて終わりを迎える時が来た。



ドンッ!



「ッ!?」

 背中にやや弾力のある、大きなバッグのような感触。後退を続けた結果、夕貴は赤コーナーマットに背を押し付け退路を断たれてしまったのだ。
夕貴にしては珍しく、苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをひとつ。追い詰めた柊に、ではない。追い詰められるような、迂闊な動きをした自分自身に対してである。

(逃げるなんて、あたしの性分じゃなかったのに………こうなったら!)

意を決し、ガードを絞ると夕貴は後退から一転、再び攻勢に出た。柊としても、ここで一気に勝負を決めてやる! という強気の姿勢で迎え撃つ。
こうして、赤コーナーを背に何度目かの激しい打ち合いが始まった。

夕貴の右フックをダッキングでかわし、ダブルで飛ぶ右のボディーフックを肘で受けながら、柊は右のショートアッパーをカウンターで夕貴のアゴへと打ち抜いていく。
カウンターを貰った夕貴は勿論の事、肘でガードした筈の柊も威力を殺し切れずにお互い口から唾液の飛沫が飛んだ。
グラつく脳と身体を押さえつけ、夕貴は右ジャブから左ストレートのワン・ツーを放つ。



スッ、バシィッ!



柊は右ジャブを冷静にかわすと、左ストレートに対し頬に掠るギリギリでかわしざま左のボディーフックを夕貴の脇腹へと抉り込ませた。

「ぐはぅッ」

またもや柊のカウンターが決まり、夕貴の身体が跳ね上がる。



「な、に……なんなの? アイツ」

 リング上で繰り広げられている、俄かには信じられない光景にナミは絶句していた。まだ1度たりと勝った事のないあの加藤 夕貴を、ボクシングを始めてたかが半年足らずの同級生が善戦……いや圧倒しているのだ。
柊の天才性は疑う余地のない、ナミも認める所ではあったが、まさかこれ程までとは。

何か悪い夢にでも冒されている気分になり、ナミは無意識の内に口元を手で押さえていた。



バシィンッ!



柊の右フックが夕貴の頬肉を押し潰し、マウスピースがその姿を覗かせる。

(ちょっと………冗談じゃないわよ。あの娘の……柊の方が上だっていうの? わたしや加藤さんよりも)

ナミは、どうにも形容し難い複雑な感情を抱き始めていた。確かに夕貴とのスパーリングをけしかけたのは自分だが、それはあくまで全国レベルの実力というのを肌で感じてくれればという、ナミなりの気遣いのつもりであった。
まさか、柊が夕貴を圧倒するなど露にも思ってはいなかった。思える訳がない。何故か、ナミは今無性に夕貴を応援したい心境になっていた。

裏切りも甚だしい。同じクラブ仲間の、しかも同級生の柊ではなく敵……しかも自分にとって壁である筈の夕貴の方を応援したくなるなどと。



グッシャアアッ!



そんなナミの心境など知らず、リング上では夕貴の左ストレートと柊の右ストレート、2人の腕が絡み合うような形でお互いの頬を抉っていた。
まさしく、絵に描いたようなクロスカウンター。2人はその体勢のまましばし膠着し、やがて夕貴の方が大きくバランスを崩して前のめりに崩れ落ちていった。
その様子を間近で見ていた植木は、カウントを取る事なくスパーリングを終了させる。そして倒れ伏したまま動かない夕貴の口からマウスピースを引き抜いた。
完全に弛緩してしまっている夕貴の身体を丁寧に横たわらせると、手際良く処置を行い部員たちに担架の準備を急がせる。


そんな慌しい状況下、スパーリングが終わった事に安堵したのか、はたまた夕貴の左ストレートが予想以上に効いたのか。青コーナーへ戻る途中、柊はいきなり膝が折れキャンバスへと座り込んでしまった。

「な……!? ッたく、たった1発喰らっただけでこれかよ」

軽く毒を吐く柊だが、よく見ればその脚はプルプルと震えていた。どうやら、たった1発のクリーンヒットで柊は足に来てしまったらしい。

(そっか……アイツだって必死に闘ってただけ、なんだよね)

ナミはリング上の柊へと駆け寄ると、無言で肩を貸して医務室へと向かうのであった。



 危険な倒れ方をした夕貴だったが、幸い異常は見られずしばらくベッドで安静にする事となった。柊はというと、1発しかまともに貰っていない為応急処置だけで事足りた。
しばらくして夕貴が目を覚ましたという報告があり、柊は真っ先に医務室へと歩き出す。その進路上、医務室のドアの前には夕貴の義兄である那智の姿があった。

「柊ちゃんかい?」

「那智さん、アイツは」

「この中にいるよ」

「会える?」

「今、君と会わせる訳にはいかないね」

あくまで静かな口調。だが確固たる拒否の意思を瞳に宿し、那智は柊の前に立ちはだかる。

「なんで……」

「それは君が勝者だからさ。あの娘は、今泣いてるよ……ああ見えてプライドが高いからね。君に完敗したのがショックだったのさ」

「それはッ! 偶然そうなっただけだろ? 一歩間違ったら」

さらに続きを言いかけて、柊は那智の厳しい視線を直視し言葉を失ってしまう。

「いいかい? ボクシングってスポーツは独特でね。勝った者は負けた者になんにも与えちゃいけないんだ。覚えておくといい」

勝者は常に孤独と隣り合わせなんだよ、と付け加え那智は柊を追い返す。


こうして、悪夢のようなスパーリングは新たな波乱を含み、終わりを迎えたのであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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