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第10話 【「犬、飼いませんか?】

 I・H編、第10話です。

越花との仲直りも果たし、無事に女子ボクシング部の一員となった心。そんな彼女たちの前に、ある脅威が迫ってきていた。









「明日から当分の間、練習は休止する。いいな!」

 暦の上で7月に変わるまであと幾日もない、ある晴れた日の事。およそ学生にとって、歓喜より怨嗟の声の方が恐らくは高い比重を占めるであろうあの儀式……即ち、期末テストが間近に迫っている事に危惧した、女子ボクシング部顧問・植木 四五郎は練習を休止し試験勉強を行うよう顧問命令を発動したのである。

当然のように上がった抗議の声も、独裁者の前にあっさりと否決。かくして、練習を休止させられ試験勉強をせざるを得なくなった女子ボクシング部員たちは、部員第1号である葉月 越花本人の立候補もあって、葉月家へ集まる事となった。

参加者は越花を含め、

下司 ナミ
城之内 アンナ
高頭 柊
桜 順子
知念 心

の6名。尚、杉山 都亀と中森 陽子の両名は既に別のグループから先約があったとして、そちらへ行っている為参加していない。
葉月家の自家用車に揺られ、辿り着いた越花の家の、そのあまりの規模・面積にナミを除く一同全員が驚嘆の声を上げた。
同じ中学出身である心も、また同様であった。どうやら来るのは初めての事らしい。

そして玄関に入るなり、越花目掛けて猛進してくる3つの影。

「ワン! ワンワゥッ!」

それは、葉月家で飼われている3匹の大型犬……ゴールデン・レトリバーによる出迎えであった。
デイブ、スティーブ、クライブと名付けられたその3匹は、女子ボクシング部員たちをもの珍しそうにスンスン嗅いだり身体を摺り寄せたりと、人懐っこさを思う存分にアピールしていく。
大きな犬に擦り寄られ、「ひぃッ」と順子などが悲鳴を上げ尻もちをつく姿を見て、一同はクスクスと笑っていた。確かに、自分とそう大きさの変わらない犬に寄りかかられては仕方のない事だろう。

ちなみに、似た体格の柊はその鋭い眼力で犬たちを威嚇していた。



 何とか犬たちを宥めると、越花は皆を部屋へと招き入れようやく試験勉強の準備へと取り掛かっていった。



カリカリカリ……パラ…………



ノートにペンを走らせる音と教科書のページを捲る音だけが、この静かな空間を支配する。

「ねえ、誰かこの問題分かる?」

「ああそれ? ここをこうやって……んで、この状態からこの公式を当てはめれば解けるわよ」


「えっと……これって、なんて読むんだっけ?」

「『織豊時代』? “しょくほうじだい”って読むんだよ」


「塩化ナトリウムの元素記号って……」

「NaCLだ。それぐらい知っとけバカ」


それぞれが分からない所を補い、試験勉強は続く。勉強を開始して3時間が経過した頃、

「ちょっと一息入れよっか」

首をコキコキ鳴らしながら、越花が皆に休憩の提案を申し立ててきた。

「そうね。一休みしましょうか」

んー……と背筋を伸ばす仕草で、ナミは越花の提案を快く承諾した。

皆が凝り固まった身体をほぐし楽な体勢をとっていく中で、

「みんな楽にしてて。私、ちょっとお茶の用意してくるから」

越花はそう言い残すや否や、そそくさと部屋を出ていってしまった。

「?」

どこかそわそわした越花の様子に気付き、ナミは小首を傾げる。

「うわぁ……すごいわねコレ」

その横で、部屋の一角に吊るされている木製のボードにびっしり貼り付けられた写真の数々を見て、思わず感嘆の声を上げる順子。その声を皮切りに、ナミを除く他の部員たちも写真に食い入るように見回し、釘付けとなっていった。

「へぇー、いい感じじゃん」
「この星空、きれいだねぇ」
「ん、こっちの鳥の群れもスゴい」

皆、思い思いに写真に対する感想を述べていく。無理もない。ナミも初めて見た時は似たようなものだったのだから。

「お待たせ?……ん? どうしたの、みんな」

そんな折、大きなトレイに菓子やティーセットを乗せた越花が部屋へと戻ってきた。木製ボードの前に集まっていた皆の姿を見て、「あ?、それ?」と嬉しそうに笑顔を見せると、越花はトレイを机の上に置く。
手馴れた手つきでティーセットを扱い、紅茶を淹れたカップを人数分準備すると、越花は皆を呼び寄せささやかなティータイムが始まった。



 紅茶の香気が鼻孔をくすぐる。一口飲むと、香気に見合った高貴な味が舌を包み込んでいく。銘柄に詳しくないナミではあるが、きっと良い茶葉を使っているのだろう……そういう事だけは、辛うじて判断出来た。

「ね、ねえ……あの写真って、越花が撮ったの?」

紅茶と共に出されたパイを齧りながら、心が問う。そうだよ、と本人から例の間延び口調で答えられ、心は正直恥ずかしい気分だった。


仮にも中学時代、短いながらも友人関係を築いていたというのに、そんな事すら知らなかったのか……と。


妙に落ち込んだ表情を見せる心に、私も心ちゃんの趣味とかよく知らないからおあいこだよ、と越花はさり気なくフォローを入れた。

世界的にとても有名なカメラマンであり風景画家でもある越花の父親の影響か、彼女も小さな頃から写真撮影が大好きで、長期休暇の度によく連れて行って貰っていたらしい。
それらの成果が、ボードに貼られている写真の数々なのだという。皆が越花の、意外ともいえる才能に感心しつつも、話題はまた違う方向へと変わっていく。

「そういえば……城之内、こないだの話ってどうなったの?」

ほら、新人戦の帰りに絡んできた洛西(らくせい)の! と順子がアンナへ話を振る。なんの話? と1人事情を知らない心が訊ねると、アンナは「あぁその話?」とパイを齧りつつ振られた話題の詳細について語り出した。










 城之内家に、アンナが生まれる遥か以前から使用人として仕えている1人の女性がいる。名を白鷺(しらさぎ)たえ子という。その孫娘を称する、洛西高校女子ボクシング部員の白鷺 美智子(みちこ)が、お祖母(ばあ)さまをいつまで働かせるつもり? と新人戦の帰りに因縁をつけてきたのが、事の発端であった。
その時はアンナも決勝戦でKO負けを喫し、疲労困憊の状態でもあった為後日に話し合いの場を設けると約束し、一旦は収まったのだが……何と、翌日の夕方にいきなり美智子は城之内家を訪ねてきたのだという。

どうやら、この白鷺 美智子という少女、かなり気忙(きぜわ)な性格のようだ。

パンパンに腫れ上がった顔のまま、アンナはたえ子を伴っての三者会談に臨む事となった。色々と話し合った結果、たえ子は現状のまま城之内家の使用人として働く事となったのだが……

ここまで話して、アンナはぐったりとした表情を見せた。一見綺麗に纏まったかに見えたこの話には、まだ続きがあったのだ。
今度は、あるボクシングシューズを巡って美智子と勝負する事になったのである。たえ子が城之内家に留まるのを認める代わりにと、美智子はリングシューズを渡すよう要求。
何の事かさっぱり分からないアンナに、答えを示したのは意外にもたえ子であった。

美智子が要求してきた物を、たえ子は自室から持ち出し2人の前に差し出す。古びた箱の中に、黒を基調としたかなり年季の入ったロングタイプのリングシューズが入っている。
誰が使ってたの? とアンナが訊ねた所、お祖母さまよ……と美智子が即答を返してきた。

「………え?」

あまりにも意外、あまりにも予想外な人物の名が挙がった事に、たえ子とリングシューズを交互に見やりながらアンナは驚きが隠せなかった。
一方で、美智子はどうした訳かそのシューズを前にうっとりしたような表情を浮かべている。

「ど……どういう事なの? ばあや」

「はい。実はわたくし、若かりし頃は拳闘家……つまりボクサーを生業としておりました。かれこれ40年ぐらいは昔の話でございます」

生まれた時からずっと見守ってくれていた優しいばあやが、かつてボクサーだったというこの事実。アンナにとって、それはまさに落雷に打たれたかのような衝撃的なものであった。



 日本国内で女性がリングに立つなど禁忌とされていた時代。たえ子は海外、主にアメリカを主戦場として試合を行っていた。その為日本での知名度は無きに等しく、また資料もほとんど残されていない。
だが、海外のオールドファンの間では有名な存在だったらしい。

アメリカで行われたタイトルマッチに勝利し、非公式とされながらも日本人初の世界チャンピオンになったたえ子は、だが東洋人のチャンピオンを認めない一部の心無いファンに拉致され、両拳を潰されてしまい引退を余儀なくされてしまったと語る。
途方に暮れていた所を拾ってくれたのが、アンナの祖父に当たる人物であり、それ以降は城之内家に仕える使用人として現在に至るのだという事実を、たえ子は包み隠さず話してくれた。

「こほん、少々本題がずれてしまいましたが……このシューズは当時わたくしが使用していた物なのでございます」

そう言い過去を振り返るように目を細めるたえ子の姿を見て、アンナは返す言葉もなかった。


(白鷺さんが、このシューズにこだわる訳だ。この娘は、ばあやの事を本当に尊敬してるんだね)


アンナとて、たえ子を尊敬する気持ちは同じ。故に、美智子の気持ちは痛い程良く分かる。

「ばあや。そのリングシューズなんだけど」

白鷺さんに渡してあげて、と伝えようとしたのを察したのか、たえ子は言葉を遮るように先に口を開いた。

「美智子さん、それとアンナお嬢様。わたくしは、このシューズをどなたにもお譲りするつもりはございません……ございませんが、お2人がどうしてもと仰るのでしたら」

ここまで話し、たえ子はどうすべきか? と思考を巡らせていく。そして名案が浮かんだようにポンッと手の平を叩くと、

「ではこう致しましょう。お2人でボクシングの試合をなさって、勝った方にお譲りする、というのはいかがでしょうか?」

条件を示した。もう70にもなろうかという老婆の言葉とも思えぬ、何と過激な、だが当事者たちにとって魅惑的な提案であろうか。
少なくとも、美智子はこの提案に肯定的な様子を示していた。その証拠に、口元を歪め勝ち気な笑みを浮かべている。

「城之内。私はお祖母さまの提案に乗るわ。貴女はどうするの?」

黒い右目と碧い左目、オッドアイという神秘的な双眸が、鈍い光を放ちながら金髪碧眼の少女を見据えた。

「え? えっと……」

実の所、アンナは別にシューズが欲しい訳ではない。そもそも、つい今し方その存在を知ったばかりなのだ。回答に窮するアンナに煮え切らない、といった表情で美智子は言い放った。

「ふん。まあ、私に勝つ自信がないならそれでもいいわよ。痛い思いをした上にシューズまで持っていかれるのが分かりきってるなら、最初から痛い思いしない方がいいに決まってるものね」

美智子の、不遜とも取れる発言。が、その表情は実に自然体であり、決して強がりや挑発といった不自然さを感じさせない。寧ろ、そこには情のような寛容ささえ湛えていた。

だが……

「分かったよ。勝負しよう、白鷺さん!」

美智子のそんな気遣いは、寧ろアンナの闘争心に火を点けるだけでしかなかった。

「そ、そう……分かったわ。でもあいにく、ウチの学校では私闘はご法度なの。貴女のトコでもそうでしょうけど。そうね……I・Hの神奈川県予選、そこで勝負しましょう!」

「うん!」










「と、いう事なの」

 アンナは皆に美智子とのやり取りを語り終えると、誰もが沈黙で迎えた。否、ただ呆れるばかりだった。つい先日、心との勝負を終えたばかりだというのに、もう次の勝負事を抱えている。

開いた口が塞がらないとはこの事だ。

皆が沈黙してしまった事に辟易していたアンナへ、救いの手を差し伸べるかのように

「あ! そうだ忘れてた」

と越花が声を発し、だが何かを思い出したように席を離れ、またも部屋から出ていってしまった。再び静寂が訪れ、柊が冷めた紅茶に口をつける。
しばらくして、越花が両腕で何かを抱えて帰ってきた。彼女が抱えてきたもの……それは、小さな1匹の仔犬であった。ちょこんと越花の腕に納まり、弱々しく尻尾を振るその愛らしい姿に、先程までの沈黙から一転し皆が虜となっていく。
ひと通りその仔犬を披露した後、越花は皆に対してこう言い放った。


「犬、飼いませんか?」


越花のいきなりの爆弾発言に、仔犬を愛でていた一同が一斉にその動きを止める。越花曰く、この仔犬は飼い犬の内の1匹の子なのだが、さすがにこれ以上葉月家で育てるのは厳しく、身を裂く思いで他所へやる事にしたらしい。

「オレは無理。1人暮らしだから犬の面倒までは見れねーよ」
「ウチも無理。安アパートだし、母も身体弱いから」
「ごめん、あたしのトコお父さんが犬苦手なのよ」
「わたしの所もちょっと……タクトの奴が犬アレルギーだから」

柊、心、順子、ナミが次々に拒否の言葉を述べる。その態度に寂しそうな表情を見せる越花ではあったが、無理もないか……とも思う。
動物を飼うという事の大変さを、越花は身に染みて知っているだけに無理強いするつもりなど毛頭なかった。そんな中ひたすら仔犬と戯れ続けていたアンナが、

「だったら私が飼うよ」

実にサラリと言ってのけた。まるで、気に入ったアクセサリーを購入するかのような気軽さで。どうやら仔犬の方でもアンナの事が気に入ったらしく、差し出された指を舐めたり甘噛みしたりしている。
提案した本人でありながら少し驚きの表情を見せる越花。だが、次第にそれは歓喜のものへと変化し、快くアンナにその仔犬を託す事を決めるのであった。



 それからまたしばらくの時間を試験勉強に費やし、気付けば時計の針はPM7:00を指していた。

「さてと、今日はそろそろ引き上げましょうか」

ナミが帰宅の旨を伝えると、それに従い皆いそいそと帰り支度に取り掛かっていく。


「お邪魔しましたー!」


全員の帰り支度が整い、一同を代表してナミが礼を述べると全員がそれに続いた。その後は葉月家の自家用車でそれぞれ自宅へと送られ、ナミも家へと到着。
運転手一礼し、我が家の敷居を跨ぐや否や電話の受話器を取りダイヤルを回していく。数秒後、

『はい、下司ですが』

下司と名乗る、野太い男性の声がナミの鼓膜に響いた。

「あ、叔父さん? わたし、ナミだけど」

『ああ、ナミか。この時期に電話を入れてきたって事は……今年もか?』

「うん。今年も厄介になるわね」

『人数は?』

「んーっと……9人ぐらいかしら。一応1週間を目処に」

『分かった。詳しい日取りが決まったら、また連絡をくれ』

「了解。それじゃまたね」

会話を終え受話器を置くと、ナミは次にスポーツバッグを手に取り家を飛び出していった。向かうは山之井ジムである。
試験勉強で凝り固まった身体をほぐすように、ジムまでの道程を走り抜けていく。

「ちわーす」

いつもの挨拶と共にジム内へ入ると、

「あ、下司さん!?」

そこには、意外な人物の姿があった。




to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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