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第9話 【仲直り】

 I・H編、第9話です。いつも拍手やコメントを頂きまして、ありがとうございます。これを励みに、これからも頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

長かったアンナとの絡みも、入部という形でひとつの結末を迎えた心。そしてもうひとつの問題に決着をつけるべく、心は保健室へと向かっていた。









ガラガラガラ……



 保健室のドアを開け、城之内 アンナと知念 心の2人は応急処置をして貰うべく室内へと足を踏み入れた。少女たちの顔や腕のあちこちには新しく出来たと思われる赤黒い痣。
それは、まさに今し方まで激しい闘いを繰り広げたであろう事を如実に物語っている。保険医はそんな2人の様子を見ると、半ば呆れ顔で椅子に座らせ処置を始めた。
今日はやけに怪我人が多いわね……と小言で呟きながら手際良く患部を冷やし、ペタペタと湿布を貼り付けていく。

元々スポーツの、特に武道系のクラブが盛んな光陵高校だけあって、怪我人は多い。だが、それでも男子生徒が全体のほぼ8割を占めるのが現状で、顔に打ち身や痣などとなるとその割合は更に減少する事になる。
同じ日に3人も似た症状の女子生徒が来るなんてそうそうないよ、と保険医は語りながらカーテンの閉められたベッドの方へと視線を向けた。
そこには、アンナより先に心に試合を挑み、失神KOで返り討ちに遭った葉月 越花が2人と同様、顔中にペタペタと湿布を貼られた状態で穏やかな寝息を立てていた。

その姿に2人は苦笑し、そっとカーテンを閉める。その後アンナは部室へ戻る事を告げ、心は念の為にベッドを使わせて欲しい旨を保険医へ伝えた。
よろしくお願いします、と保険医にお辞儀し、アンナは1人部室へと戻っていく。



頑張ってね、知念さん……



と、越花との仲直りが上手くいく事を願いながら。



 一方、心もベッドの中に潜り身体を横たわらせる。カーテンに遮られた隣からは、越花の寝息。これには正直、肩透かしを食らった気分ではあったが、逆に気持ちを落ち着ける猶予を貰えた……心はそう思う事にした。
外野から時折ボールを打つ音や喧騒が流れ込んでくる以外には、この保健室は実に静かなもので、まるで別世界のようにも感じる。


「はぁ………」


心はひとつ小さな溜息を吐き、ゆっくりと瞼を閉じてみた。越花が起きるまで待つつもりで潜り込んだベッドではあったが、心地良い温もりに身体中の疲れが一気に全身へと張り巡らされていく。
更にこの穏やかな独特の空間が加味されて、心の意識は静かに、しかし急速に闇の底へと落ち込んでいくのだった。









「……………………」

ゆっくりと瞼を開け、心は天井を見上げた。はじめは靄が掛かったようにぼやけていた視界も、時間が経つにつれ次第に的確な視覚情報を送り込んでくる。
それは同時に、微睡んでいた意識も覚醒する事を意味していた。

「あ、起きた?」

隣からは、ふと聞き覚えのある間延び口調。心は声のする方に視線を向けてみる。そこには、確かに隣で寝ていた筈の越花が椅子にちょこんと座り、心の顔を見下ろしていた。
しかもいつの間に着替えたのだろう、試合のユニフォームではなく制服姿で。

「え……越花!?」

目を開けるなり制服姿の越花が自分の横でちょこんと座っていた事に驚き、心は取り乱しながらガバッと掛布団を跳ね上げる。

思う所あって、心はふと窓の外を見てみると……外はどっぷりと夕闇に暮れていた。どうやら、気付かない間に眠ってしまったらしい。それもかなりの時間を。

はぁ、と保健室に来て2回目の溜息を吐くと、心は越花の方へ身体を向け

「越花……ゴメンッ!」

頭を下げ謝罪した。

いきなり謝られた越花は、この心の行動の意味が理解出来ず小首を傾げる。少し考えた越花は、何か思い当たる事があったらしく手をポンッと叩いた。

「なんで謝るの? 今日のはまだ私が弱いだけで、堂々と試合した結果なんだから気にしないでいいよ」

そう言い終わって、越花は心の顔を覗いてみた。唖然とした表情をしている。どうやら、見当違いな事を口走ってしまったらしい。

「あ、あれ? 違った?」

あたふたと慌てふためく天然少女の様子を眺める心は、アンタはそういうキャラだったよ……と笑いを堪えるのに必死になっていた。
それもどうにか治まり一段落した処で、心は改めて越花に頭を下げた。


「アタシが今言ってる“ゴメン”は、アンタに一方的な絶交を押し付けた事、それと今まで無視し続けてきた事に対する“ゴメン”って事」


心の真意を伝えられた越花は、今まで取り乱していた様子を一変し真面目な表情になっていた。正直な所、笑って済ませられる話ではないのだ。

「とりあえず顔を上げて。ちゃんと事情を話してくれる?」

越花の声に顔を上げる心。勿論、越花に言われるまでもなく全てを説明するつもりでいた。そもそも、今日アンナと試合をしたのも半分以上はそれこそが目的だったのだから……

心は、今までの事を洗いざらい話した。


越花を襲った男たちの事。
それを仕掛けたのが西郷という先輩であった事。
自分と関わったが故にそのような危険に巻き込んでしまった事。


それらを全て、まるで吐き出すように打ち明けた。


 
 全てを聞き終えた越花は、微かに肩を震わせながら「ごめん……先に謝っとく」と小さく呟くと、



パァンッ!



思い切り心の頬を平手打ちした。

まるで、静寂を湛えた水溜まりに石を投じたかのようにその音は波紋となって広がっていく。そして、その波紋は音だけでなく痛みとなって頬に伝わっていくのを、心は感じていた。
心は、無言で打たれた頬に手を添える。

痛かった。今日アンナに殴られた、どんなパンチよりも効いた。だが、越花の受けた痛みはこんな程度ではなかったのだろう……そう思うと、耐える事が出来た。

「越花……」

心は、1発の平手打ちから以降何もしてこない旧友の方を見つめる。越花は下を向いたまま押し黙り、肩を震わせていた。


「心ちゃん………人付き合いに……臆病すぎるよ…………」


俯いたまま、越花は震える声で心を非難していく。

「越花……」

心はそう呟いたきり、声を失ってしまった。目から鱗が落ちる思いとはこういう事か。



人付き合いに臆病すぎる



この一言が、耳に残ったまま離れない。自分自身でも自覚していなかった、まさに核心を突くような越花の一言。

「臆病……そうか、そういう事か。アタシはビビってたんだ。周りから距離を置いて、誰にも関わろうとしないで、近付いてきた奴らもみんな遠ざけて」

アタシと関わると皆傷つくからと、自分から避けた。でもそうじゃない。人付き合いを避けてきたのは誰より何より、結果的に自分自身が傷つく事に対して臆病だったからだ。



アタシが、弱かったんだ……



自分の深層意識の中に潜んでいた真実に気がつき、心は蛍光灯に照らされた天井を見上げる。



ツツーー……



天井を見上げた両目から、自然と涙が流れ頬を伝っていく。

「心ちゃん」

越花は平然とした素振りを見せてはいたが、内心かなり驚いていた。まさか心が泣くとは思っても見なかったからである。彼女の涙を見るのも初めての事だった。

「越花」

とめどなく溢れる涙を拭う事もせず、ベッド上の心は越花の方を向く。その、あまりにも穏やかな表情に越花は無言で見返した。

「そうだ、今日の試合の約束。勝った方はなんでもひとつ言う事を聞くってやつ。今、言うよ」

この表情で、このシチュエーションで、いきなりこの一言。何を言われるのかと、ごくりと固唾を飲み次の言葉を待つ越花。しばしの沈黙の後、心はゆっくりと言葉を紡いだ。



「もういちど友達になって欲しい」



と。



ブワァッ!!



心の“願い”を耳にした瞬間、越花は両手で口元を押さえ号泣した。

ひとしきり泣いた後、

「はい。今日からまた……お友達だよ。心ちゃん」

越花は満面の笑みで答えるのであった。



 すっかり暗くなった空を、心と越花は見上げる。無事仲直りを果たした2人は、誰もいなくなった女子ボクシング部室へ戻り着替えを済ませ、学校の正門前までの距離を歩いていた。
外には葉月家の自家用車が待機しており、越花は送るよ、と心に同乗を求める。心もその申し出を素直に受け、二人は車に揺られて帰路についていく。

「そういえば」

車内で、ふと思う事があったのか心が越花に疑問を投げ掛ける。

「アンタ、アタシに勝ったらどんな事を言うつもりだった訳?」

「あ~、その事? もし私が勝ったらねぇ……“絶交を解消して”って言うつもりだったの」

結局おんなじだったね、と舌をペロッと出して越花はおどけてみせた。

「今日試合を挑んだのも、“私はもう昔の私じゃない。今の私はこんなに強いんだよ”って伝えたかったから」

そして、越花からは今日の挑戦状の真意を聞かされた。

ちなみに、中学時代越花が悪漢に襲われた際、彼女は3匹の飼い犬たちの散歩中であり、男共はこの犬たちによって散々な目に遭わされ方々の体で逃げ去った、とも聞かされた。

大した忠犬ぶりと、心は感心する思いであった。

心は越花の話1つひとつに苦笑混じりで聞いていたが、家の付近まで来ると名残惜しそうに停車して貰うよう伝える。運転手の初老の男性に礼を述べ、心は越花と別れた。

「ま、また明日……」

と、少し照れ臭そうな笑みを浮かべながら。



「ただいま。遅くなってゴメン」

 安アパートの階段を上がり、2階にある自宅のドアを開け心は中へと入ると、すぐに台所から声が返ってきた。そこにはまだ退院して間もない母親が、夕飯の支度をしている最中らしく立ち仕事をしていた。

「お帰り、心」

「母さん! アタシがやるから寝てなって。まだ病み上がりなんだから」

放課後にボクシングの試合をした後で、顔中湿布だらけの娘が病み上がりだのと言っても説得力の程は知れたものだ。
また、母親からリハビリも兼ねてるのよ……などと言われては、娘に反論など出来る筈もない。

仕方なく夕飯の支度は任せ、自身は大人しく着替える事にした。制服を脱ぎながら、心は思う。

心が生まれた時、父親はその場にはいなかった。ヤクザ者であった父親は、母が身篭ったと知るやあっさりと別れたらしい。それでも母は、

「あの人には考えあっての事で、恨んでは駄目」

の一点張り。一応育児金なるものは毎月仕送りしてくるというのだが、正直そんな事で父親ヅラされるのは甚だ不愉快と言わざるを得ない。

小学生だった頃、姉と慕う女の子の父親として何度も会ってはいたし、大好きな姉と一緒にボクシングを習わせても貰えた。だが中学の時、実はこのヤクザ者とその娘が血の繋がった血縁者だと知った心は、それまでの時間を封印した。



父親は生きているが、“いない”



彼女の中では、そう決着をつけていた。それでも、母親は身体が弱いのに女手ひとつで自分をここまで育ててくれた。本当に感謝しても足りないぐらいだ。
時折台所から聞こえてくる鼻歌に苦笑しつつ、心は改めて感謝の気持ちを母へと向ける。そして、これからは女子ボクシング部で今までの自分を変えていこう……そう誓うのであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
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