スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第5話 【心、越花、2人の思い】

 I・H編、第5話です。

由起の課した特別メニューをこなし、若干なりとも“弱点”を克服したアンナ。刻々と迫る、心との勝負に胸を躍らせていく。そんな一方で、心の方にもある心境の変化が現れてきていた。









「はぁ……」

 長く黒い髪が吹き抜ける風と絡み合うのも気にせず、夜の街を1人歩くその少女……知念 心は小さく溜息を吐く。
それは、以前からしつこいくらいに女子ボクシング部への勧誘をしてきていた城之内 アンナと、数日後入部を賭けて勝負をする事になってしまった事に対する溜息。

今にして思えば、別にそんな約束などしなくても仮入部なりで入って実際に練習してみて、気に入らなければ辞めればいいだけの話だったように思う。
実際に同じクラブで共に練習していれば、中学の時一方的に絶交を言い渡し、傷つけてしまった数少ない友達……葉月 越花と会話する機会も自然と増えて、いずれ謝罪する事も難しくないかも知れないのだ。

(それにしても)

彼女に自分のとばっちりが及ばないよう、断腸の思いで絶交を突きつけそれで良しと散々言い聞かせてきた……つもりであったのだが。

(やっぱりあの娘と仲直りしたいんだな、アタシは)

アンナと接する機会が増え、彼女から越花の話を聞き、実際に練習試合の時にリング上で闘っている旧友を直に見たりもした。その頃から、心はそれまで偽りで固めてきた自分の壁が徐々に崩壊していくのを自覚するようになったのである。
身体が弱く、入退院を繰り返していた母の容体も何とか安定の兆しを見せ、また越花と仲直りしたいと自覚するまでに到った今、このアンナとの勝負自体あまり意味のないものなのかも知れない。

だが……

(ブランクは確かにある。でも“アイツ”にリベンジするつもりなら、城之内ぐらい倒せなきゃ到底無理だ)

心は、久しく失っていた『ボクサ-』としての自分を取り戻そうとしていた。



闘うからには、容赦なく叩き潰す!



もはや、今の心にとってこの勝負は自分の復帰の為のきっかけという意味合いしかなく、アンナは復活の為に捧げられた哀れな生け贄……そんな程度の存在でしかなかった。

(結果はどうあれ、クラブには入ってやるよ、城之内。でも)



ババッ! ビシュッ!!



心は、何もない虚空へと左ジャブを数発放ってみせる。空を裂き、放たれた弾丸は鋭い音と共に何もない空間……しかし、心には脳内でイメージされたアンナの全身が眼前にはっきりと現れ、放った左拳はその悉くがイメージされた顔をひしゃげさせ殴打し打ち抜いていく。

(悪いけど、アンタにはリングに這いつくばってもらうよ!)

心は冷酷さを強調するような、冷ややかな笑みを浮かべ暗がりの歩行路を闊歩していくのであった。





 アンナが、トレーナー兼マネージャーである大内山 由起の立てた特別メニューの一環として、空手部主将兼女子ボクシング部員、東 久野とのスパーリングにて1RKOという、まさに完敗を喫してから今日で6日目。
いよいよ、心との勝負は翌日へと迫ってきていた。初日のKOより、色々な人たちからアドバイスを貰いそれを元に由起が練り直したアンナの練習内容はというと……

『右腕を縛り、左だけでスパーリングをする』

というものであった。アンナのその身体に染み付いた、ここぞという場面で利き腕に頼る癖を矯正する為である。また、元来アンナのパンチには鞭のようなしなやかさ・鋭さが備わっていた事が判明した。

ソリッドブローともいうべき、キレの鋭い“しなる”パンチはまるで上質の刃物で繊維を切断するが如く相手の意識を容易に断ち切る……まさに、神からの授かり物というべきであろう。
が、惜しむらくは今まで相手を倒そうと思うあまり肩に余計な力が加わってしまっていたせいで、元来持つしなやかさ・鋭さが殺されてしまっていたのである。
力まずスムーズにパンチを打つ為には、その理屈、及び反復練習による相応の時間がかかる。残念ながら、心との試合期日である1週間やそこらでは、とてもモノにはならない。
なら、ここでいっそ基本に立ち返るのが得策と考えたのだ。



『左を制する者は世界を制す』



の実践。更に、アンナはイタリアンハーフである。黄色人種とは違った筋力を有していた為か、はたまた彼女が小さい頃母親に習っていたという武術の恩恵か。
いずれかは定かではないが、とにかくもアンナは部員たちの中で1、2を争うパワーを誇っていた。つまり、左でも充分過ぎる程に相手を倒せるだけのパンチは持ち合わせているのである。

また、心対策に由起からひとつの“武器”を授けられたのだが、それはいずれ明かされる時までの秘密としておこう。



 翌日に試合がある為、ダメージや疲労を残してしまっては意味がないと、最終日の特別メニューは軽いものに終始した。いや、この時点で既に由起の課したメニューはひと通りクリアしていたと言っていい。
初日以降、連日のように久野とのスパーリングは続けられたが、2日目からは動きが別人のように変わっており皆を驚かせた。特に、実際スパーリングパートナーを務めていた久野の驚きようは凄まじく、最後の方は本気で相手をしていたように由起には見えたぐらいなのだ。

「あの娘、いつか壁となって私の前に立ちはだかるような……そんな気がするわ」

特別メニューの助太刀を終えた時、久野は男子ボクシング部主将・桃生にそう述懐している。

そして今、アンナは女子ボクシング部室に備え付けられた立ち見の前で両手を使ってのシャドーボクシングを行っていた。それを見ていた女子ボクシング部主将・下司 ナミは、アンナの変わりように感嘆の声を上げていた。

「動きに安定感が出てきたわね。まるで別人みたい」

他の部員たちの印象も概ね似たようなもので、とりわけ越花はまるで自分の事のような騒ぎっぷりであった。



ビーーーーーーッ!



自動セットされたブザーが鳴り響き、アンナは動きを徐々に緩やかなものへと抑えていく。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

全身から滴り落ちる汗が、アンナの足元で極小の水溜まりを点在させていく。1週間しかない限られた時間の中、アンナはいい感じに仕上がっていた。
右ばかりに限らず、、寧ろ右はとっておきと言わんばかりに自ら封印を施したかのように左のみを使っていく。

パンチ力、質、共に一級品。スタミナも及第点。闘争本能も本物と、オフェンスに関していえば由起の予想を超えたスペックを持ち合わせていたアンナ。
由起としては、下司 ナミ、高頭 柊以外に新たな面白い素材を得た事を、無神論者ながら神に感謝したい心境であった。

その日全てのトレーニングを終え、帰り支度を整えた女子ボクシング部員たち。そんな彼女たちの持ち上げる話題は、当然ながら当然明日のアンナと心の勝負に関するものだった。


「ねえ城之内。明日の試合、勝算はどれぐらいありそう?」


練習を終え帰宅の途上、ボーイッシュショートの小柄な少女、桜 順子が何気なしに訊ねてみる。だが、ある意味で誰もが気になっている部分でもあろう。
特に、因縁浅からぬ関係にある越花としては……

訊ねられたアンナは、その質問に対し「んーどうだろう?」と他人事のように小首を傾げる。自分としては、由起の指示に従って特別メニューをこなしたものの、それは別に『勝つ』為にやった訳ではない。
今回の目的は、あくまで心を『満足』させる事。勿論、強くなれるに越した事はないし、勝負する以上負けるつもりなど毛頭ない。が、それ以上にアンナの中では、



知念さんとは勝ち負けに拘らず、胸のすくような本気の勝負がしてみたい



という気持ちの方が強いのである。そんなこんなで、金髪碧眼の少女は1週間前の不安そうな雰囲気も見せず普段通りの人懐っこい笑顔で

「明日は思い切りぶつかるだけだから」

とだけ語った。



 翌日。今日の放課後、いよいよアンナと心の勝負が行われる。2人の間にどういった事情があってこんな話へと発展したのか、アンナから聞かされた事以上の理由を知らないナミとしては、面には出さないもののどうにも落ち着かない。
渦中の1人である心に直接訊いてやろうとした事も、実は1度ならずあったのだが、ついぞ授業時間以外で彼女を捕まえる事は叶わなかった。
結局ナミはこの落ち着かない気持ちを抱えたまま、後は本人たちで白黒つけて貰うしかないな……と傍観を決め込む事にした。


主将として、至らない限りではあったが……


そんな事を考えながら向かう朝の通学中、またも偶然ナミを見掛けた越花はいつぞやのようにナミを車内へと迎え入れ、共に通学する事となった。
今回も断る理由は見当たらず、ありがたく申し出を受けた同乗したナミだったが、ふと違和感を感じる。対面に座る越花の表情に、いつもの穏やかさが感じられなかったのだ。
寧ろ、何か大事な決意を固めたかのような険しい表情。

「越花、どうかしたの?」

少し心配になったナミは、越花へ声を掛ける。

「え………? あ、うん。なんでもないよ」

ナミに心配そうに声を掛けられ、少し慌てた様子で笑顔を繕う越花。その態度に明らかな不自然さを感じたナミだったが、敢えて追求するような真似はしなかった。
誰にだって訊かれたくない事のひとつぐらいあるだろうし、ナミは越花の事を信頼している。何か相談事や悩み事があるなら、自ずと打ち明けてくれるだろう。

一方の越花も、あからさまに不穏な態度を取ってしまった事に焦りを感じたものの、それ以上追求してこないナミの心遣いに感謝する思いであった。
それと同時に、今日の為に秘めていた“決意”が知らず知らずの内に顔に出ていた事を自覚し、ふるふると軽く首を振る。


(『勝負』は放課後……それまで我慢しないと)


自分にそう言い聞かせ、越花はギュッと両の拳を軽く握り締めるのだった。


 
 学校に到着しても、授業内容など入る筈もなく話半分に聞き流してしまう。女子ボクシング部の面々は、その大多数がそんな半日を過ごし放課後を待つ。そして、



キーンコーンカーンコーン……



1日の授業が全て終了し、約束の刻がやってきた。勉学という名の束縛から解放され、静寂から喧騒へと瞬時に場を変えた教室を足早に飛び出し、女子ボクシング部員たちは決戦の地……新たに拠点となった女子ボクシング部室へ1人、また1人と向かっていく。

女子ボクシング部主将であるナミも、また例外ではない。今日の試合を考慮した為か、事前に顧問である植木 四五郎からは部活練習の中止を言い渡されていた。
が、だからといって休みになるのかといえば、決してそんな事はない。皆には予め部室内の準備を命じてあった。
ナミとしては、新たに部員が1名増えるかどうかという問題と、特別メニューをクリアしたアンナの上達ぶりを拝見する絶好の機会、2つの意味を持つ試合といえた。

ナミが足早で部室へ到着すると、一足早く部室内に入っている人影が3つ。順子、由起、そして新入部員でマネージャーの中森 陽子である。
3人はナミより少しばかり早かったからか、既にリングロープを張る作業を始めていた。

「ごめんごめん、遅れた。今から手伝うよ」

主将として遅れた事に一応謝罪しておいて、ナミもロープ張りを手伝う。その後も、陽子と同じ中学出身でもう1人の新入部員、杉山 都亀が到着、試合の為の準備に取り掛かっていった。


 ほぼ全ての準備が一段落ついた頃、「おー、もう準備終わってんじゃん」と柊が美麗な容姿にそぐわない口調でドアを開け入ってきた。「遅い!」と一言物申してやりたい所ではあったが、今日は掃除当番に割り当てられていたので止めておく事にした。
ちなみに、越花からはHR終了後、少し用があるから……と遅れる旨を聞き及んでいる。

準備が終わり、少ししてからポニーテールに結い上げた金髪を揺らし、アンナが部室に姿を現した。悠長な事に、聞き覚えのあるアニメソングを口ずさみながら……
肝が座っているのか、はたまた神経が図太いだけなのか。後は、対戦相手である心と用事で遅れている越花、それと今日レフェリーを務める手筈となっている植木が来れば、役者は全て揃う。

ちなみに、久野は近々行われる期末テストの勉強の為に、友人の家に“強制連行”されたらしく今日の試合は観に来られない旨を、何故か桃生から伝えられていた。
運動神経は抜群に良くても、勉学に関してはその限りではないらしい。聞く所によると、いつもテストは赤店ギリギリなのだという。

『天は二物を与えず』とはよく言ったものだ……とナミなどはつくづく思う。

が、それ以上に何故そのような事を桃生が知っていたのだろう? ナミはふと疑問に思い、由起に訊いてみる事にした。由起はその質問に対し、静かに笑みを浮かべる。

「ああ、その事? だってあの……」

何か知っている素振りでナミの質問に答えようとした矢先、



ガラッ!



やや乱暴気味にドアの開く音が聞こえ、全員がそちらに視線を集めていく。そこには、切れ長の鋭い目付きにサラッとした長く艶やかな黒い髪をなびかせる1人の少女が立っていた。

知念 心である。

「知念さん、待ってたよ!」

先程までの悠長さは既に消え、戦闘モードのアンナが強気な笑みで心を迎え入れる。対する心は冷ややかな表情を崩す事なく、アンナの視線を受け流す。
まだお互いリングには上がっていないが、もう既に勝負は始まっているのかも知れない。そんな緊迫した雰囲気の中で、心は越花の姿が見えない事に気付いた。

(今日こそは試合が終われば色々話したいと思ってたけど……また避けられたかな?)

それも当然か、と心は思わず自虐気味に口元を歪めてしまう。

「越……葉月は今日は休み?」

避けられたと分かっていても、今日はお互い特別な日となるだろう。そう思うと、心はつい口から越花の名前を零してしまった。いきなり心の口から越花の名前が出てきた事に訝しい表情を見せるナミ。

「越花? 越花は……」
「ここにいるよ」

ナミが心に事情を話そうとした瞬間、心の後ろ……即ち、部室のドアの方から話題の主がスポーツバッグを引っ提げ姿を見せた。
心は越花の突然の出現に驚き、バッと後ろを見せる。

「越花………」

心は、それ以上言葉が続かない。絶交を突きつけられたあの時から、止まってしまった2人の時間。凍結したこの時間を再び動かしたい、修復したいと願うようになった心は、色々話し合うつもりでいた。
だが、いざ対峙すると思うように口が動かない。

「心ちゃん」

そんな心に、越花は口を開く。越花の口から紡がれた一言は普段通りの柔らかさを内包しており、不思議と嬉しさが込み上げてくる心。



が、次の瞬間には全て吹き飛ばされてしまった。



「アンナちゃんの前に私と勝負して!」





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。