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第1話 【新たなる目標】

 ご無沙汰しております。随分と時間が経ってしまいましたが、新シリーズ『I・H編』をお送りします。

今年新たに新設された、光陵高校女子ボクシング部。新人戦も終わり、一同は次なる目標へと気持ちを切り替えていた。









 朝の光に照らされ、反射し眩しさを感じさせる街の歩行路を、白のサウナスーツに身を包んだ1人の少女がテンポ良く走り抜けていく。
唯一、露出している顔の至る所に珠の汗が浮かび、ボリュームのある髪に纏わりつく。走るスピードに耐え切れなくなった汗は、次から次へと鎖骨辺りまで伸びている髪の末端に流れていき、やがて陽の光で彩られながら地面へと吸い込まれていった。

「ハァ、ハァ、ハァ………」

通常の走行と全力のダッシュを等間隔で交互に行いながら、少女は休む事なく走り続け……やがて、いつもの折り返し地点に定めている小さな公園へと辿り着いた。
自宅から走り始めて、この公園に到着するまでの距離が約6km。ここで軽くシャドーボクシングを5R程こなした後、復路を先程と同じく通常の走行とダッシュを繰り返して戻っていく。

それがこの少女……下司(しもつかさ)ナミの、朝のトレーニングであった。



「フッ!」

 澱みのないフォームから、ナミはスムーズな両足の重心移動(シフトウェイト)の後コンパクトな右のショートフックを放つ。反動をつけ放たれたパンチは、空を裂く乾いた音と共に纏った汗を飛沫となって四散させていった。



ビュンッ、シュッ、シュッ! ビシュッ!!



ナミは誰もいない空間へとその両拳を打ち付け、足を動かし続けていく。そして、



ピピピッ、ピピピッ!



シャドーボクシングを始める際に予め合わせておいた、小さいデジタル式のタイマーが公園に響いた。
ふぅ、と息をひとつ吐き出すと、ナミは動きを止めタイマーのスイッチをOFFにし、ベンチに置いていたスポーツタオルを汗で拭っていく。

6月の初旬に行われた、神奈川県主催・高校女子ボクシング新人戦から2週間が経ち、季節は夏へ向かおうとしていた。ナミが通う高校……私立・光陵(こうりょう)高校に今年新しく新設された女子ボクシング部は、その新人戦に4名出場し

優勝者1名
準優勝者2名

という、充分な結果を残した。

残念ながら、ナミは大会1週間前に体調を崩し減量に失敗。参加は見合わせる事となってしまったが、他の部員たちが奮闘してくれたおかげで何とか名門と呼ばれる男子ボクシング部の顔を潰す真似だけはせずに済んでいる。
ちなみに、男子ボクシング部からは5名が出場し

優勝者2名
準優勝者3名

と、実に名門の名に恥じない好成績ぶりであった。

新人戦では何とか成績を残したものの、本当に部として試されるのは恐らく8月に開催される全国高校総合体育大会……通称高校総体、もしくはI・H(インターハイ)だろう、とナミは考えている。
I・Hともなれば、一年生のみならず上級生も多数出場してくる。新人戦とはひと味もふた味も違う、ハイレベルな大会になる事は想像に難くない所だった。
それだけに、今から出来る事は余す事なくしておきたい……それが、一年生ながら主将に抜擢されたナミと女子ボクシング部顧問でナミのボクシングの師ともいえる

植木 四五郎(うえき しごろう)、

そして唯一の二年生でマネージャー兼トレーナーの

大内山 由起(おおうちやま ゆき)、

3人の共通見解であった。


残り数R分のシャドーボクシングをこなすと、ナミは休む間もなく家までの6kmをラン&ダッシュで引き返していった。





 家に着くなり、ナミは台所で朝仕度をしている母への挨拶も適当に早速風呂へと駆け込む。鼻歌混じりに軽くシャワーを浴び汗を洗い流すと、身体を拭きラフな恰好(タンクトップにショーツ姿)で2階の部屋へと向かっていく。
階段を上がり自分の部屋へ戻る途中で、ナミは2階の別の部屋から1つ下の弟であるタクトが出てくるのが見えた。既に制服へ着替えている所を見ると、どうやら部活の朝練に出るようだ。

「おはよう、タクト。早いじゃない……朝練?」

片手を上げて弟へ挨拶する姉の姿を見て、

「ね、姉ちゃん! なんつー恰好してんだよ!?」

弟は顔を背けながら批判的な第一声をぶつける。「なに言ってんの?」と小首を傾げながら、ナミは自分の部屋へと戻っていく。部屋のドアを開け、中に入ってふと絨毯の上に敷いてある布団の上を見つめると、

「ぅーん……すぅ………んにゃ」

タクトの双子の姉、つまりナミにとって妹であるサラが実にみっともない恰好で寝そべっていた。


年頃のいい娘が……少しは恥じらいなさいよ


先程タクトに何と言われたかなど早くもダストシューターへと投棄してしまったナミは、そんな事を考えながらさっさと制服に袖を通す。
着替え終えて、学校へ登校する準備が万端整ってからようやく

「サラ、いつまで寝てんのよ。いい加減起きなさいッ!」

ガバッと掛布団を勢い良く剥ぎ取り、無理やりサラの覚醒を促した。「うひゃあッ!」と素っ頓狂な悲鳴が部屋の中を駆け巡り、次いで

「あ、おはよう姉ちゃん……」

まだ目覚め切れていないくぐもった声でサラは挨拶をする。「早くしないと遅刻するわよ」とハッパをかけ、ナミは一足先に食卓へと向かった。
ナミが食卓に着く頃には、父と母、そしてタクトが既に卓を囲んで娘たちの着席を待っていた。ナミは父親と挨拶を交わすと自分の席に腰を下ろし、皆が最後の1人を待つ事数分。

「ごっめーん!」

喧騒を巻き上げながら、サラが急いで卓へと着いた。



「いただきます」

 騒がしい朝の風景が一段落した所で、朝食が始まる。基本的に、下司家では全員が卓に着いてから朝食を取る。お互い忙しい中、せめて朝の団欒ぐらいは大事にしたい、という父の希望で始まった風習であった。

ナミは父のこの考えに対し賛同の意見を持つ。やはり、家族の繋がりは大事にしていきたい、とナミは朝食の度に思っていた。が、高校に入って女子ボクシング部を新設してからは、やれ朝練だ何だとゆっくりしてもいられず、父の願いにあまり応えられていないのが現実。

「ごめんね父ちゃん。わたし、そろそろ朝練に行かないと……ごちそうさま」

好きなボクシングをさせて貰っておきながら、父のそんなささやかな願いにも応えてあげられない。そんな親不孝な気持ちから、ナミは申し訳なさそうに父へ謝罪してから食卓を後にする。

食器を台所まで持っていく最中、

「気にしなくてもいいんだぞ、ナミ。お前が強くなってプロの世界チャンピオンになったら、俺は町内会のみんなに思いっきり自慢してやるつもりでいるんだから。だから、せいぜい強くなってくれよ」

背後から父の苦笑混じりの声がナミの鼓膜に届いた。冗談なのか、はたまた本気なのか窺い知る事は叶わないものの、ナミは父の一言に心から感謝し、

「任せてよ。まずはI・Hの神奈川県予選を突破してみせるから!」

力強い口調で答えた。





「行ってきます」

 ナミの、よく通る声が玄関から響く。網膜を刺激する朝日の眩しさに、目元を手傘で覆いながらナミは元気良く学校へと歩き始めた。家から学校へは、歩いて30分程度の距離があり決して近くはない。が、走れば案外早く着いてしまうので、基本的には徒歩で通う事にしていた。
そうして歩行路を1人歩いていると、車道から小さくクラクションが2回鳴らされ、ナミは視線を音の方へと向けてみる。そこには、とんでもなく高級そうな黒塗りの車が迫ってきており、ナミの真横まで来ると徐行運転を始めた。
程なくして後部座席のパワースライドが下がり、中からはナミの見知った顔。

「おはよ~、ナミちゃん」

妙に間延び口調で、車内の少女……葉月 越花(はづき えつか)は手を振りナミに挨拶してきた。

ナミのクラスメイトであり、高校の友人第1号であり、女子ボクシング部員であり、父親が世界的に有名な芸術家という、良いトコのお嬢様でもある。

「良かったら学校まで乗らない?」

越かに促され、別に断る理由もなかったナミは一緒に便乗させて貰う事にした。元々越花の家は学校から相当に遠く、朝練に出てくるには電車だと始発に乗るぐらいでなければ間に合わない。
そういった事情もあり、車で送迎される箱入り娘という漫画や空想の世界にしかあり得ないと思っていた事が、決して絵空事などではないという現実を知るに至ったのであった。

短くも快適な朝のドライブを満喫した後、ナミと越花は初老の運転手に礼を述べ学校の敷地内へと足を踏み入れた。新校舎と旧校舎、2つある建物の内、2人は旧校舎の一室へと入っていく。
そこでトレーニングウェアに着替え、集合場所へと向かった。集合場所には、既に2名が先に来ておりストレッチを始めていた。

「おはよう。下司さん、葉月さん」

布製のヘアバンドで前髪を押さえている、知性的な雰囲気を湛えたマネージャー兼トレーナー……由起が屈伸をしながら声を掛ける。

「よう、2人とも。今日はちょっと早めに来ちまったぜ」

言葉遣いとは正反対に、色白で精巧な造形の日本人形を連想させる程の美麗な容姿の高頭 柊(たかとう しゅう)も、アキレス腱を伸ばしつつ由起に続いて声を掛けてきた。
ナミと越花は先に来ていた2人に挨拶すると、それぞれストレッチ運動に加わっていく。その後も、続々と部員たちが姿を見せ始めていた。

ボーイッシュショートの髪に気の強そうな表情を湛えた桜 順子(さくら じゅんこ)、
同じくボーイッシュショートだが、こちらはより中性的な容姿で男装の麗人を彷彿とさせる杉山 都亀(すぎやま とき)、
淡い栗色の髪を肩口で綺麗に切り揃えている、儚げな雰囲気が特徴の中森 陽子(なかもり ようこ)、

彼女らも集まり、それぞれ挨拶を交わす。皆がそれぞれストレッチで入念に筋肉を解している頃、

「おはよう。みんな集まったか?」

女子だらけの集団の中にただ1人、ともすれば場違いとも取られ兼ねない、無精髭を生やした精悍な顔つきの男が声を掛けてきた。他でもない、光陵高校女子ボクシング部顧問の植木である。
元・プロボクシング、ライト級日本2位という実績を持ち、当高校の数学教師でもある彼は、部員たちが全員集まっているかを確認していく。

「先生、城之内(じょうのうち)さんがまだ……」

部員の確認をしている植木へ横槍を入れるかのように、由起がまだ来ていない1名の名前を挙げた。城之内と聞いて、植木は溜息をひとつ吐き、「またか」と半ば呆れ口調で無造作に髪を掻き毟る。そんな折、

「すいませーーん、遅れましたぁーーー!」

赤いリボンでポニーテールに結い上げた金色の髪を振り、一人の長身の少女が白い肌いっぱいに汗を浮かべ謝罪の言葉を発しながら走り寄ってきた。
日本人の父親、イタリア人の母親を持つ金髪碧眼の女子ボクシング部員……城之内 アンナである。

家から走り続けてきたのだろう。既に息も絶え絶えで、全身から汗が蒸気となって立ち昇っていた。

「うーん……まぁ今日は3分程度の遅刻だったから、スクワット『33回3セット』で許してあげるわ」

遅刻してきたアンナににっこりと微笑み、由起はサラリと“3”づくしの罰を与える。「そんなぁー」とげんなりした表情を見せるアンナを尻目に、ナミの号令一下、女子ボクシング部の朝練が開始された。


 まずはナミを先頭にロードワーク3km。本来なら5kmといきたい所だが、朝練で飛ばし過ぎて放課後に支障を来たすのでは元の木阿弥というものだ。

3kmを軽く流し、その後若干の休憩。それから、

腕立て伏せ30×3セット、
腹筋30×3セット、
背筋30×3セット、
スクワット30×3セット、

と基本的な筋力トレーニングを始める。その後も、100mダッシュやバービー(垂直立ちからしゃがんで地面に手を着き、そのまま腕立て伏せを1回行い、また垂直立ちへと戻る全身運動)など、筋力トレーニングをメインにこなした後、また3kmロードワークで学校へと戻る。

この間、約1時間。

「よし、朝練終了! シャワーを浴びて授業の準備しておけよ。遅刻したら許さんからな!!」

部員たちが学校へ戻りストレッチでクールダウンを終えると、植木は一同に朝練の終了と解散を命じる。ありがとうございました、とナミの声の後、部員たちがそれに続いた。
皆がそれぞれ他愛のない会話と共に解散しようと動き出した時、

「あ、ひとつ言い忘れてた。放課後、外の練習が終わったら男子ボクシング部室の隣に集合してくれ」

植木はクックッと笑いを噛み殺し、ズボンのポケットに手を突っ込みつつ新校舎へと姿を消していった。何だろう? と皆が顔を見合わせる中、恐らく事情を知っているであろう由起だけは微かに笑みを浮かべるのであった。





to be continued……
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チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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