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第38話

 第38話です。

高頭 柊vs獅堂 きらら戦、第1Rが終了。どうにも動きの鈍い柊に、ナミはひとつの疑惑を抱いていく……




カァァァァンッ!



 ライト・フライ級決勝戦、高頭 柊と獅堂(しどう)きららの両者は、第1R終了のゴングによって闘いを制止されてしまった。
お互い、殆どクリーンヒットらしいクリーンヒットはなく、とても一年生同士の試合とは思えない攻防が展開されていた。決勝戦に相応しい攻防と言えるのかも知れない。

「ふう」

青コーナー、光陵高校側のスツールに腰を下ろした柊はマウスピースを引き抜いて貰うなり、溜息をひとつ。中学時代に対戦経験がある主将、下司 ナミが言う通り彼女……獅堂 きららのフリッカージャブは確かに嫌な代物だった。

鬱陶しい、とさえ思う。

読み難い軌道から飛んでくる上に、鋭く速い。そして何よりあのリーチの長さ……どうやって潜り込んでやろうか? と思案している中、後ろからロープ越しにナミの声が聞こえてきた。

「ねぇ、柊。アンタ、右足……まだ痛むんじゃないの?」

「………あ?」

ウォーターボトルでうがいをしながら、柊はその美麗な顔をナミの方へ向ける。

「だから、足よ足! アンタが2回戦で踏まれた右足ッ!! 1Rの動き見てたけど、ほとんどフットワーク使ってなかったじゃない。まだ痛むんじゃないの?」

とぼけた返答を返してきた柊の態度に腹を立てたのか、ナミは一気に捲し立てるかのように詰め寄る。

「うるせーな、耳元で怒鳴るなよ。鼓膜破けるじゃねーか」

グローブでヘッドギア越しに耳を塞ぐ仕草を見せ、柊は眉をしかめながらナミの質問に答える。

「別に足が痛ぇからフットワークを使わねぇ訳じゃねーよ。オレも色々考えながらやってんだ」

「だったら……」
「セコンドアウト!」

柊の言い分に納得がいかず、尚も追求しようとするナミの声とウグイス嬢のアナウンスがほぼ同時に重なってしまい、思わず口を噤(つぐ)んでしまった。

「よし、議論はそれまでだ2人とも」

それまでただ無言で己の作業に従事していた、メインセコンドの植木 四五郎が2人を制する。

「高頭、あのフリッカージャブをスウェーだけで捌き切るのは厳しいはずだ。しっかりガードを固めて、動けるなら足も使うんだ。で、多少強引でもいいから懐へ潜り込んでショートパンチの連打。いいな!」

柊へ戦法を指示すると、口の中へマウスピースを押し込み行ってこい! と力強い言葉でリングロープの隙間から身を躍らせていった。

(ムチャ言うよな。その懐に入るのが難しいってのに)

心の中で悪態を吐きながらも、柊は軽く苦笑してしまう。ナミにしろ植木にしろ、過保護というか心配し過ぎというか……でも、それは不思議と嫌な気分ではなく、むしろ有り難く思えた。



カァァァァンッ!



 第2R開始のゴングが響く。コーナーを出る間際、「行ってくる」と右手をプラプラと振り一言だけ言うと、柊は落ち着いた足取りできららへと向かって歩き出した。
リング中央で対峙する、柊ときらら。心なしか、きららは怒りとも憤慨とも取れる表情をしていた。

(ま、あんだけ攻めておきながら1発のクリーンヒットもねぇもんな。プライドが許さねーってトコか)

もっと怒って肩に力でも入ってくれりゃ潜り易いんだけどな……などと思いながら、柊は1Rと同様きららの出方を窺うように距離を詰め、近寄っていく。



ジリ……



柊の射程圏内より僅か1歩外……つまり、きららにとっての射程距離となる間合いへ足を踏み入れた瞬間、



ヒヒュンッ!



1Rと同じ場面が展開された。即ち、きららの放つフリッカージャブを柊が捌くという展開である。



スッ、ガツッ、ブンッ、ススゥッ!



きららの左フリッカージャブが、速射砲の如く柊へと打ち込まれていく。1Rの時は獰猛な毒蛇のようなうねりのある軌道だったが、今度はさながら迫り来る蜂の群れのような、いわゆるスピード重視。
柊は避け、捌くだけで手一杯であった。

「ちッ」

鋭さの増した……若しくは、これこそが本来のきららのスピードだったのかも知れないが……フリッカージャブを前に柊は聞こえるぐらい大きな舌打ちをすると、一旦後退し体勢を立て直す。そこへ、



ブンッ!



柊が後退した分だけ踏み出してきたきららが、右ストレートを放ってきた。第1Rでは基本的に迎撃の姿勢で試合運びをしていたきららが、ここにきて見せる追撃の動き。
どうやら、元・世界チャンピオンの娘として英才教育を受けてきたエリートボクサーの、ここからが本領発揮といった所であろう。



ガツッ!



スピード、パワー共に申し分のないきららの右ストレートをブロッキングした柊は、だがその威力を殺し切れなかったのか2歩3歩と後ろずさってしまった。

152cmの柊に対し、160cm近くあるきららから放たれる打ち下ろし気味の右ストレートは、想像以上の威力となっていたようだ。

怒りの表情を見せていたから、少しは倒そうと力んでいるのではないか? という淡い希望は、グローブ越しに伝わる痛みと共に打ち砕かれる結果となった。
きららの怒りは最も良い形で、或いは最も悪い形で発揮されているようであった。

(んだよ、くそッ! 怒ってんのか冷静なのか、ハッキリしろよな)

どうにも自分勝手な悪態を、あくまでも心の中で吐き柊は体勢を立て直すと、きららの射程外へと下がる動きを見せる。

「コラッ、下がるな! 後がないぞッ!!」

青コーナーから、植木の怒声が飛ぶ。指示した事と真逆の事をしているのだから、当然といえば当然だろう。が、それよりも……



ギシッ!



「ッ!?」

弾力のある、だが妙に硬い感触を背中に感じる柊。

(しまったッ)

きららの射程外へと下がっていくうち、柊はロープ際へと自らを追いやってしまっていた。そして、眼前には自分を葬り去るべく長身の刺客が迫り寄る。


 前門の虎、後門の狼……そんな表現がしっくり来るだろうか。

(ちッ、こうなったら覚悟を決めるか!)

後ろにロープを背負い、眼前のきららは当然チャンスと見て一気に倒しに来るだろう。逃げられないなら打ち勝つしかないと、柊は覚悟し足のスタンスを広げると打ち合う姿勢を取って見せた。



クンッ!



柊の予想通り、きららは上体を屈め一気に倒すべくフリッカージャブを連打してくる。



シュッ、ヒュンッ、シュバッ! ビシュッ、ヒヒュンッ!!



先程までとは比べ物にならない数のパンチが、矢継ぎ早に柊のいる空間を削り取っていく。そんな、必殺の状況下にあって柊は持ち前の防御勘と動態視力をフル動員し、その悉くをかわし、防ぎ、たった1発の被弾すら許さなかった。

俄かには信じ難い光景が、リングの上で繰り広げられている。

ナミも、植木も、由起も、赤コーナー側のセコンド陣も、レフェリーも、試合を見守る全ての観客たち……そしてきららですら、柊の見せるその常軌を逸した異常な光景に我を忘れてしまっているようだった。

(なんだ……? コレ)

実際に危機を迎えた柊自身、己の身に何が起こったのか、この時点で理解し切れてはいなかった。ただ“視え”る。きららのパンチの軌道が漠然と“視え”ているのである。
そして、自然と身体が動く。ロープに身体を沈み込ませ、或いはロープにお尻を乗せて屈みわざと体勢を崩しつつ、手でロープを掴んで避ける。

そんな、どうにも捉えようのない動きを、若干15歳の……しかもボクシング歴半年にも満たない少女がやってのけてみせたのだ。
繰り返し言うが、この時点で柊自身何が起こっているのか理解し切れてはいない。とにかく打たれたくない一心で、きららの放つパンチ1発1発に集中力を研ぎ澄ませていただけである。
本人には至って当然の行動をしている意識しかなかったが、周囲にしてみればこの状況は異常事態以外の何物でもない。

絶好のチャンスである筈のきららですら、段々と訳が分からなくなってきていた。目の前にいる対戦相手を倒せる、まさに絶好のチャンス。
だが、いくらパンチを打っても当たらない。全く当たる気がしない。


(なに、この娘………?)

 パンチを繰り出していく内、徐々に思考が鈍り出し自然と攻撃の手も緩み始める。次第に杜撰で単調な打ち方となったフリッカージャブに対し、



バシィンッ!



柊の左ストレートがカウンターとなってきららの右頬を打ち抜いた。

「ぶふッ」

ここに来てまさかの反撃を許す形となったきららは、頬に伝わる衝撃に耐え切れずヨロヨロと後退を余儀なくされてしまう。
虎口に開けた一筋の脱出路を、その機会を窺っていた柊が当然見逃す筈もなく、その肢体を広い空間へと滑り込ませていく。


 お互い体勢を立て直し、五分と五分の振り出しへと戻った状態で改めて対峙した。いや、この状態に入るまでの経緯を鑑みれば、精神的なレベルで柊の方が優勢であるのは明らかだろう。
何せ、ロープ際まで追い込んでおきながらただの1発もパンチを当てられず、それどころかカウンターヒットを許し挙句の果てに脱出の機会を与えてしまったのだから。

きららは、かつてないまでの屈辱感で一杯になっていた。と同時に、今目の前にいる対戦相手の実力を認めざるを得なかった。

(下司さんの代理選手程度にしか考えてなかったけど……どうやらボクの認識は甘かったみたい)

自分の過ちを素直に認め、きららはこの時『初めて』柊の姿を目に写した。

きららが攻め柊が捌く、この試合に於ける基本的な攻防が数十秒かを過ぎた頃、



カァァァァンッ!



第2R終了のゴングが鳴る。両者とも自分のコーナーへ戻る為に、お互い身体をすれ違わせていく。その時、

(ん?)

きららは、柊が右足を僅かにではあるが引き摺っているのを目撃した。

(あの娘……まさか)

それを見たきららは、挫いたか或いはそれに類する負傷……つまりは爆弾を抱えているのでは? との疑惑が浮かんだ。


 柊がスツールに腰を下ろし、植木は無言でマウスピースを抜き取るとそれをナミに洗うよう手渡す。そして、自身はやはり無言のままタオルで汗を拭いてやりながら、両のふくらはぎをマッサージしていく。
植木を始め、ナミや由起も何故か押し黙ったまま自分の役割を淡々とこなしていく事に、ある種の気持ち悪さを感じつつ柊はされるがまま自分も黙っている事にした。

ただただ沈黙を湛えたコーナーサイド。ともすれば、KO寸前のグロッギー状態下にある選手を送り出すべきか? といったような、諦めムードのようにも見えるかも知れない。
だが実際の所は、ロープ際でのあのような神懸かった動きを見せられ、セコンド陣全員がどういったアドバイスを掛ければいいのか分からず、結果沈黙せざるを得なかっただけであった。

そんな、どこかお互いギクシャクした空気を残しつつ、

「セコンドアウト!」

最後のインターバルも終わりを告げようとしていた。


一方は、最終Rへ向けての指示を欲するも叶わず……
もう一方は、指示したくとも選手の動きに魅せられてしまい伝えるべき言葉がなく……


「セコンドアウト!」

セコンドとして何かを伝えなければ……という思いから、中々外に出ようとしない植木に対し再度のアナウンス。

「くそッ、分かってるよ!」

悪態を吐きながら、ロープの間へ身体を潜らせていく植木。

「全く……大したモンだよ、お前は。とにかくこれが最後の2分間だ。思い残す事のないように全力でやってこい!」

結局まともなアドバイスもないまま、ロープを潜り終えてからそれだけを伝えるに止まってしまう。傍から聞けばおよそセコンドらしからぬ、抽象的に過ぎる植木の台詞。
それでも、柊にとっては嬉しいアドバイスといえた。

「分かったよ、センセー。“全力”で行ってくる」

マウスピースを銜え位置を直すと、柊は対角のきららを見据え……



カァァァァンッ!



最後の2分間が開始された。


 レフェリーに促され、お互いグローブタッチを交わす両者の顔には微かな微笑み。それは、「お互いベストを尽くそう」と励まし合っているようにも見えた。

この最終R、きららはより積極的な攻めの姿勢へとスタイルを変えてきた。

理由は3つ。



ひとつは、ポイント的に負けている事。柊から貰ったクリーンヒットはたかが2~3発だが、当のきららがたった1発も当てていない為ポイントは柊にある。

ひとつは考えた結果、柊がどうやら右足に爆弾を抱えているらしい……という結論に達した為。

そして最後のひとつは、元・世界チャンピオンの娘としてのプライドに賭けて負ける訳にはいかない……という意地であった。



きららは相変わらずのヒットマンスタイルで、だがフットワークを駆使し柊を翻弄する作戦に出た。元々、その長いリーチで相手を封殺してきた為に、きららがフットワークを駆使する場面、というのは今大会殆ど見せる事はなかった。

だが、元・世界チャンピオンの娘の肩書きは伊達ではないらしい。柊が1、2回戦と闘ってきた弥栄(やさか)や時任(ときとう)とは次元の違う、ハイレベルなフットワークはさすがというべきか。

(んだよ、速ぇじゃねーか!)

何故、最初からこのスピードを使わなかったのか理解に苦しむ程の流麗さ。

きららは、足を使って左右に動きながらフリッカージャブを主軸として柊を攻め立てていく。それに対し、柊は上体を振って何とかかわす。やはりフットワークは最小限の動きだけしか見られない。
1、2Rときららはフリッカージャブをメインに主に柊の顔を狙っていたのだが、ここに来てボディーブローも加えた鋭い上下の打ち分けを行ってきた。

柊は、これだけの攻めが出来るきららの実力に改めて感心した。だが、それ以上に訝しさも抱いてしまう。
確かに激しい攻めではあるが、残念ながら動き自体に2R程のキレは感じられない。

(さて……4分間キッチリ“視せ”てもらったし、そろそろ全開でいくか!)

マウスピースをガチッと噛み締め、柊は決意と共に迫り来るパンチの雨を掻い潜ると……



ダンッ!



思い切り『右足』を踏み込んでみせ、右ジャブを打ち込んだ。



ガツッ!



いきなりの鋭いジャブを辛うじてブロッキングするものの、きららは思考が凍りつく思いであった。



彼女は右足を痛めていたのではなかったのか?



(だ……騙されたッ!?)

きららは、柊が右足に爆弾を抱えているものと思い込んでしまった、己の浅慮を悔いると距離を離そうと急ぎバックステップを繰り返す。
接近戦に於いては、そのリーチの長さが逆に短所となり命取りになるからだ。動けないのなら一定の距離を保ちつつ積極的攻勢も可能だが、動けるとあらば話は違ってくる。

一方の柊は、急遽離れたきららを逃すまいとダッシュして距離を詰め続ける。
右足を負傷していたなら、とても出来る筈のない軽やかなダッシュ。やはり、柊の右足の負傷はフェイクだったのである。

距離を取りながら、きららはフリッカージャブを散らせて柊の接近を拒もうと試みる。が、逃げながらのパンチに迫力のあろう筈もなく、当てる事はおろか突き放す事も叶わない。そして……



ドンッ!



「ッ!?」

今度は、きららの方がコーナーを背負う結果になってしまっていた。こうなってはもう真っ向から打ち合うしか術はない。つい先程まで自身で実践していたのだから、その状況の厳しさは嫌でも分かるというものだ。

きららは意を決し、柊との打ち合いに挑んでいく。ライト・フライ級決勝戦も、いよいよクライマックスを迎えようとしていた……





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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