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第35話

 第35話です。色々とコメントを残して下さる皆様に、この場で感謝したいと思います。

新人戦も中盤戦に入り、柊は2回戦へと挑む。途中、右足を踏まれるアクシデントがあったものの彼女は焦る事なくフルラウンドを闘い抜いたのだった。そして……





 新人戦、ライト・フライ級第2回戦。高頭 柊 対 時任(ときとう)みゆきの試合は、両者ともフルラウンドを闘い抜き、決着は判定へと持ち越される事となった。
汗こそ滴らせているものの綺麗な顔を保っている柊と、僅かに腫れた左の瞼に氷嚢を押し当てられ悔しそうな表情を浮かべるみゆき。
この対比が、採点よりも如実に勝敗の程を物語っているように思える。

採点が済み、レフェリーに促されリング中央へと向かう両者。既にヘッドギアとグローブを外されている状態で判定の結果を待った。


「ただ今の試合、30対25で青コーナー……高頭選手の勝利です」


ウグイス嬢の場内アナウンスが響き、レフェリーは左腕を高々と掲げる。歓声を全身に浴びながら、だが柊は勝利に酔い痴れるような気分にはなれなかった。
そんな中、敗者となったみゆきが無言で左手を差し出してきた事に気付くと、それに答えるように左手を返す。
無言の握手を交わすと、両者は自分のコーナーへと向かって帰り支度を始めた。

一方は次の試合へ向けての準備をする為。
一方は大会を終え、帰る準備をする為。

リングを降りる際、柊はチラッと対角のみゆきの方へ視線を向けてみる。悔しさで流れ出る涙が、とめどなく頬を伝っていく。
観客の激励を受け花道を帰っていくその姿を見て、柊は内に秘めていた怒りが急速に冷えていくのを自覚するのだった。


 控え室へと続く花道を戻る最中、ナミは柊の右足の事が気になっていた。次は決勝戦……相手は恐らく三笠(みかさ)女子高校の獅堂(しどう)きららになるだろう。

U-15の予選時、獅堂 きららと洛西(らくせい)高校の、現在はフライ級へ転向している樋口 静留(ひぐち しずる)の2人には、特に手を焼かされた記憶がある。
どちらもジャブが非常に厄介な相手だったが、とりわけきららはフリッカージャブの使い手である。柊にとって、強敵である事は間違いない。

今の柊にとって最大の武器は、そのスピードである。技術面に於いては、さすがにきららの方に一日の長があると言わざるを得ない。
なら、スピードで撹乱しポイント重視の試合運びが最適だと、ナミは考える。


万が一、次の試合に影響する程の痛みが右足に残っていたなら……?


勝算はかなり低くなるだろう。いてもたってもいられず、「ねぇ」とナミは柊へと声を掛けていた。

「ん? なんだよ」

いつものぶっきらぼうな口調。そこには、勝利の余韻を感じさせないいつも通りの柊がいた。

その表情があまりにもいつも通りだったので、

「次は決勝戦なのに、嬉しくないの? アンタ」

本来聞きたい事と全く違う事を訊ねてしまっていた。

「別に嬉しくない訳じゃねーよ。ただ……」

「ただ?」

「まだあと1試合残ってんだろ? さすがに疲れてよ」

喜んでる暇もねーよ、と肩を落とす仕草を見せながら柊はサラッと答える。その表情は、どこか余裕を残しているかのような雰囲気をナミに印象づけた。

(案外、どうって事ないのかもね)

ナミは、あれこれ考えるのが急に馬鹿馬鹿しく思え、もう1人で考えるのは止めにする事にした。



どちらにせよ、控え室へ戻ればすぐにでも分かる事なのだから……



 ナミの予想通り、控え室へ戻るとすぐさま由起が柊を長椅子に座らせシューズとソックスを手早く脱がせていく。待機していた他の部員たちが何事かと見守る中、解放された柊の右足の甲は少し赤みが差し軽く腫れていた。

由起が触診で患部を調べ、幾つかの質問をする。柊はそれらに答えると、冷却スプレーを振り掛けられ上から湿布を貼られていった。
どうやら大事には至らなかったようだ。とりあえずの無事にホッと胸を撫で下ろすナミ。それと同時に、順番待ちのアンナの試合準備に取り掛かっていった。



「光陵高校、城之内選手、出番です!」

係員の呼び出しと共に、アンナとナミ、由起は控え室を後にする。外で待機していた植木に柊の状態を伝え、一同はリングへと向かい歩み始めた。
1回戦の試合結果を確認に行ってくれた陽子によると、アンナの次戦の相手は洛西高校の武田 頼子(たけだ よりこ)との事。
ナミと由起が要注意選手として挙げていた名前である。同じジムに所属しているナミとよく似たラッシュタイプのボクサーで、厄介な相手といえた。
1度掴まればかなりキツイ相手なのだが、アンナに悲壮感はない。
むしろ強い相手と闘える……といった喜びを胸に、アンナは歓声の飛ぶリングへとその身を躍らせていった。


 アンナがリングインして程なく、赤コーナー側からも対戦相手である頼子が入場してきた。一見して、肩の幅が広く力強さを感じさせる。そして、ヘッドギアの奥から覗かせる不敵な笑み。
滲み出る程の自信が、そこにはあった。

レフェリーの注意を受け挨拶を交わすと、アンナの口にマウスピースを銜えさせる。そして……



カァァァァンッ!



試合開始のゴングが鳴り響いた。


 両者共にリング中央でグローブタッチを交わすと、先に手を出したのは頼子。お互い右のオーソドックススタイル。まずは様子見なのだろう、左ジャブを数発打ち込んできた。



ガシッ、パンッ!



1発目はブロッキングしたアンナだったが、2発目をモロに貰ってしまう。が、



パァンッ!



被弾に全く怯む事なく左ジャブを頼子へと打ち込んだ。ある種、玉砕戦法とも見えるアンナの闘い方。だが、その効果は予想以上だったらしい。
頼子は顔をしかめ、次の手を出しあぐねている風な仕草を見せていた。それを見たアンナは、一気に間合いを詰めて闇雲に上下の連打を始めていった。



ガスッ、ドンッ、パァンッ! ドスッ、ズシィッ!!



連打。ただひたすらに連打。そこにコンビネーションとしての体裁は感じられない。息を止め、ガードの上からでも関係なくパンチを打ち付けていく。
ガムシャラなまでの、パンチの嵐であった。



バァンッ!



乾いた革の音と共に、ガードしていた頼子の両腕が弾き飛ばされてしまう。アンナの無茶苦茶な連打が、ガードの弾かれた頼子の顔に、腹に、肩に、胸にと、何発かクリーンヒットしていく。

「ぐはぁッ」

左フックで頬を抉られた頼子は、ヨロヨロと身体をふらつかせながらロープへと凭れかかる。そこへ、



ドゥッ!



アンナの勢いの乗った右アッパーが、がら空きの頼子の腹を痛烈に打ち抜いた。

「ごばぁッ」

頼子から発せられた声は、あたかも圧迫され潰されたカエルの断末魔を連想させる程のものであったろう。

「ストップ!」

レフェリーが割って入り、身体をくの字に曲げた頼子にスタンディングダウンの宣告をすると、アンナにはニュートラルコーナーへ下がるように促した。
アンナの、暴風のような連打が功を奏した瞬間だった。


「ハァ……ハァ……」

 ニュートラルコーナーで待機するアンナの、その息遣いは荒い。時間にして、約15~6秒ぐらいを無呼吸で打ち続けていたのだ。苦しくない筈はなかった。
カウントを数えられる間、コーナー下のナミは嫌な予感を感じていた。この、アンナのスタミナを犠牲にした連打は後々致命的なロスになりはしないか?
あの連打は、どことなくナミのコンビネーションを意識しているように感じられる。確かに、ナミのコンビネーションラッシュはある意味で必殺といっていい程の威力を秘めていた。
何せ、1度始まったが最後、そう簡単には終わらない。ナミの手が止まるより、相手がダウンを宣告される確率の方が高いのだから。

だが、そんなアリ地獄のようなラッシュにも弱点はある。コンビネーションブローとは、つまりは無呼吸運動である。
また、流れるように澱みないスムーズな動きになるまでには、相当な反復練習を要する。
ナミは、自身の肺活量に絶対の自信を持っているからこそ、このコンビネーションラッシュを武器としているのだ。
また不思議と打ち込むべき場所が分かるという、ナミの天性あっての芸当と言えるかも知れない。ナミは、その辺りのペース配分がアンナには出来ていないように思えた。

このダウンで終わってくれるなら、それでも良かったのだが……アンナの消費したスタミナに比べ、頼子のダメージはさほど大きくなさそうであった。



「ボックス!」

レフェリーの指示の元、両者は相手へ目掛け一気に駆け寄っていく。お互いがダッシュの勢いをつけた右ストレートを放ち、



バギィィッ!



嫌な音と共に、お互いのグローブがお互いの頬に深々とめり込んでいた。

「ぶふぅッ」
「ふべッ」

同時に口から唾液を噴き、だが足を踏ん張りながらの打ち合いが始まる。それは、ボクシングというより殴り合いのケンカのように見えた。
違う所といえば、しっかりディフェンスを行いあくまで上半身しか加撃しなかった事であろうか。

お互い一歩も退かず相手の頬を、アゴを、腹を、思い切り殴りつけていく。パンチが相手の肉を殴打する度、汗が飛沫となって舞い散る。



カァァァァンッ!



そこで、長く感じられた2分間が終了。両者はレフェリーによって分けられ、コーナーへと戻される事となった。

「ハァ、ハァ……」

青コーナーに戻り、スツールに腰を下ろすアンナ。その息は不規則なもので、頬や目尻には既にうっすらと腫れが目立ち始めていた。

腫れやすい体質、なのかも知れない。

額や首筋には珠の汗が浮かび、白い肌を沿って重力に従い下へと落下、マットに吸い込まれていく。

「よし、深呼吸して」

植木の指示の下、アンナは深呼吸を繰り返す。ナミの予想通り、アンナはかなりのスタミナを消費しているようであった。
が、碧い瞳の奥にギラギラとした光を湛え対角に座っている頼子から視線を外そうとはしない。

「さっきのダウン、アレは武田が気後れした所に生じた偶然だと思え。相手のラッシュは脅威だ、とりあえずは距離を取って様子を見ろ」

植木は次のRへ向けての戦術を伝え、アンナはコクッと頷いてみせた。


 第2Rが始まり、アンナは植木の指示通り距離を……取らず、真正面から頼子へと猪突を開始した。

「あのバカッ!」

アンナのいきなりの猪突に、植木は思わず悪態を吐く。頼子もそれを待っていたのか、足のスタンスを広げ打ち合いの構えを見せた。
そして開始早々から、またもアマチュアらしからぬ、足を止めてのブルファイトが展開されていった。



ガスッ、ドンッ! バシッ、バシッ、ズドンッ!!



リングの外まで聞こえてきそうなフルスイングの打撃音。お互い、ポイントなど度外視の乱打戦である。観客は大いに声援を送る一方で、植木や相手側のセコンド、それにレフェリーは冷や汗をかくばかりであった。
両者ともクリーンヒットが目立ち始め、それに伴い飛び散る汗や唾液の中に赤い物が混じり始める。
それでも、足を使って一旦距離を取ろうなどとは、頼子は元よりアンナも微塵にも考えていなかった。


『絶対に殴り勝つ!』


この思いを、両者はまさに共有していたのだ。



グシャアッ!



アンナの右ボディーストレートが、頼子の右フックが、同時にヒットする。それまで、お互い中央より一歩も退かなかった両者がこのRで初めて距離を取る形を見せた。
お互いのパンチでよろめかされた結果である、というのは皮肉という他なかったが……

この、一見互角の勝負に観客は更にヒートアップしていく。そんな中にあって、アンナはスタミナが切れ始めたのか目に見えて動きが鈍り出す。
一方でアンナのボディー打ちが効いているらしい頼子も、重い足を引き摺るようにしか進んでこなかった。

先程までの激しい打ち合いから一変、今度は両者とも距離を詰めるまでに10秒近い時間を要する、静かな動きへと変わっていく。
この展開にはさすがに先が読めず、観客たちは固唾を飲んでこの試合の一挙手一投足を見逃すまいとリングを注視していた。
両者がようやく獲物を射程範囲に捉えた時には、



カァァァァンッ!



第2R終了のゴングが響いていた。


 肩で大きく息をするアンナを、植木は支えるようにしてスツールに座らせマウスピースを引き抜く。唾液と血で滲んだそれをナミに渡すと、急いでウォーターボトルを出しうがいをさせていく。
その後アンナには深呼吸を繰り返させて、上がった息を少しでも正常に戻すよう指示した。

「ハァ…ァ、ハァ……ハ、ァア」

アンナの呼吸が荒い。明らかにスタミナ切れを起こしていた。ナミがスポンジに水を含ませ、植木に手渡す。これでアンナに水を吸わせるよう促したのだ。

「よし……ゆっくり吸うんだ、城之内」

頬や目尻だけでなく、瞼も腫れ始めてきていたアンナはコクン、と小さく頷き押し当てられたスポンジから染み出る水を少しずつ吸い上げていく。
熱くなった喉を、冷たい水が流れていく感覚。

(ああ……生き返るぅ………)

この、たった少量の水がアンナには救いの水のように思えるのだった。
植木から、最後の我慢比べに勝ってこい! との激を受け、アンナはスツールから腰を上げた。



カァァァァンッ!



 最終第3Rのゴングが鳴る。レフェリーに促され、両者はグローブをタッチさせる。
先に仕掛けたのは、アンナの方だった。左ジャブを2発放ち、その後右ストレート。その全てをブロッキングされてしまう。
顔のガードが固いと見るや、頭から身体を押し込んでボディー打ちへと標的をシフトチェンジし、左右のショートパンチを連打していく。

徹底的に腹を狙った。

先程までのボディーブローでのダメージが蓄積していたのだろう、頼子はアンナのボディー打ちは嫌がり距離を取ろうと後退を計る。
が、想像以上にダメージが溜まっており、頼子はカクンッと膝を折ってしまった。このチャンスを逃すまいと、アンナは鈍い身体に鞭を打って前進し右を思い切り引く。
そして反動をつけ、



ズスゥンッ!



渾身のアッパーを頼子の腹へと叩きつけた。

「ごふぁッ」

ゴボッと多量の唾液と共にマウスピースが頼子の口から滑り落ちていく。足元でバウンドした次の瞬間には、両手で粉砕された腹を抱えた頼子が両膝をドンッとマットに落とし……



ドサァッ!



左肩から身体ごとマットの上へと自由落下していた。

「ダウン!」

レフェリーの声が木霊する。指示され、ニュートラルコーナーへと進むアンナ。足取りは重く、もう余裕がないであろう事は誰の目にも明らかだった。
だが、そんなアンナ以上に身体を小刻みに震わせ這いつくばっている頼子の姿には、立ち上がる余裕などはとうに感じられない。
足をジタバタと動かし、身体を丸めて苦しみに耐えるのが精一杯といった風であろうか。
良く見れば、チアノーゼのように呼吸困難を起こしており、弱々しく口をパクパクと開閉していた。

状態を確認したレフェリーは、すぐさま両腕を頭上で交差し試合終了の合図を示す。アンナの、決勝戦進出が決まった瞬間だった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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