スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第32話

 第32話です。

ピン級、1回戦を無事勝利で終えた順子。次なるはライト・フライ級1回戦……柊の出番であった。





 神奈川県・高等学校ボクシング新人戦という、お世辞にも大きいとは言い難い大会のリング。
彼女……高頭 柊の、後に多くの逸話を残す事となる、ここがまさに第一歩であった。
顧問でありセコンドでもある植木 四五郎によって広げられたロープを潜り、柊はリングへと舞い上がった。

「………」

観客たちの放つ大歓声の只中、柊は妙に落ち着いた様子でマットの感触をシューズ越しに確かめていく。普段練習している男子ボクシング部室のリングとも、ましてやキックボクシング部のリングとも違った、沈み込むような感触。

(悪くない……)

軽く沈み込む、この感触は柊にとって好ましいもののように感じられる。



ワァァァァーーーッ!



柊がマットの感触を確かめている間に、赤コーナー側からも対戦相手である品森(しなもり)高校の弥栄(やさか)千恵子がセコンドたちと共に入場、リングインを果たした。
千恵子も柊と同様に、マットの感触を確かめていく。ただ柊と違う所といえば、緊張のせいかガチガチに固まって動きがぎこちなく見える所であろうか。
そのぎこちなさたるや、青コーナー側から思わずナミが

(あんなので大丈夫なの!?)

と、つい思ってしまう程であった。



「両選手、リング中央へ」

 レフェリーの指示に従って、柊と千恵子がリング中央へと歩み寄る。柊の側には植木が、千恵子の側には顧問らしき初老の男性が、それぞれ付き添う形で対峙しレフェリーから試合上の注意事項を受けていく。
そんな中、ナミは由起の指示に従いうがい水の入ったウォーターボトルや氷嚢、止血剤などの準備を行っていた。普段それらを“使われる”側のナミにとって、逆に使う側に回る……というのは新鮮さを感じる一方で、スムーズに動けない歯痒さをも感じていた。

「では、試合前の握手を」

注意事項の説明が終了し、白いヒッティングラインの入った赤と青のアマチュアグローブを着けた両者はゆっくりと両の拳を前へと指し出し、相手のグローブに軽く押し当てていく。
ジッと相手の顔を見つめる柊に対し、千恵子の方はやや俯き加減で目を逸らしていた。まだ緊張はほぐれていないらしい。いや、ますます酷くなっているようにも見える。
柊は無言で千恵子に背を向け、ナミと由起、植木が控える青コーナーへと戻っていった。

「とりあえず最初はジャブでもなんでもいいから、先に1発当てるんだ。そうすれば案外急に身体が動くようになる。相手は正直ガチガチに固まってたから、そう難しくない筈だ」

柊と向かい合う植木が、作戦の指示を出す。


「ただ今より、第1リングにてライト・フライ級1回戦・第2試合を行います。赤コーナー……品森高校、弥栄選手。青コーナー……光陵高校、高頭選手」

スピーカー越しに、ウグイス嬢から試合前のアナウンスが流れる。

「柊、口を開けて」

ナミの指が柊の、桜色の艶やかな唇を通ってマウスピースを押し込む。それをグローブでクイッと上手く調整していく。

そして……

「頑張ってきなさい」

そう告げたと同時に、


カァァァァンッ!



試合開始のゴングが鳴り響いた。


 各コーナーから、両者が中央へ歩を進め軽くグローブタッチを交わす。千恵子は右のオーソドックススタイルに対し柊は左のサウスポースタイル。
キュッ、キュッ、とお互いのシューズがマットの上を蹴る音と歓声が支配する空間の中、先に手を出したのは柊であった。サウスポーと試合した経験など皆無なのだろう。明らかに攻めあぐねている様子の千恵子に、挨拶代わりの右ジャブを放つ。



パァンッ!



それはものの見事に千恵子の可愛らしい顔へと突き刺さり、派手な音と「ぶッ」という小さな声がハーモニーとなって柊の鼓膜を刺激した。

(……は?)

柊は、そんな千恵子を見て一瞬思考が凍りついたような気がした。彼女にしてみれば、ただの挨拶代わりで放ったジャブ。難なくブロッキングされるなり、もしくは軽々とかわされるものとばかり思っていた所に、このクリーンヒットである。
柊は、立て続けに右ジャブを3発放っていく。



ガツッ、バンッ! パァンッ!!



1、2発目は上手くブロッキングしたものの、3発目は先程と同様に被弾し首を後ろの方へ仰け反らせていく。このチャンスを逃すまいと、柊は一気に間合いを詰めるべくダッシュを仕掛ける。そこへ、



ガシッ!



千恵子は柊の腰元に縋りつくような形で抱きついてきた。

「ッ!?」

いきなり抱きつかれた事に逡巡してしまう柊。ジャブで顔を打たれ追撃を恐れた千恵子の、これは苦し紛れのクリンチであった。
振りほどこうともがくも、千恵子も必死にしがみついて離そうとしない。そんなもみ合いがしばらく続いた後、

「ブレイク!」

レフェリーが2人を引き離すように割って入ってきた。そのままパンチの届かない距離まで2人を離し、

「ボックス!」

試合再開を促していく。


 合図と共に、再び両者は動き出す。が、今度は千恵子の方が先に仕掛けてきた。

「シュッ」

千恵子の口から空気の漏れるような声が発せられ、同時に左ジャブを放っていく。迫る赤と白の交じり合った物体を、柊は『しっかりと』目で捕捉しながら、



スッ……



顔に当たる一歩手前でかわしてみせた。千恵子は立て続けに数発ジャブを打ち込んでいく。が、そのいずれもが空しく空振るのみで、柊を捕らえる事が出来ない。それどころか、



パシィッ!



千恵子のジャブの打ち終わりを見切ったかのようなタイミングで右ジャブを鼻先に打ちつけていた。

「ひゃうッ」

鼻を打たれた為か、小さく情けない声を漏らす。それでも、千恵子は外見に似合わない気の強さを見せ……ただのやせ我慢なのかも知れないが……左腕を鉤型に固定しそのまま柊目掛けて横薙ぎに放った。

千恵子の左フックである。

今まで直線系のジャブしか打たなかった千恵子の、このいきなりの放物線を描く軌道のパンチに柊は一瞬だけ驚く。だが、それもほんの刹那の逡巡でしかなく、柊は右腕をしっかり締めながらスウェーバックで千恵子の牙の射程より後ろへと上体を反らしていた。
スウェーバックで千恵子の左フックをかわし反撃に移るべく上体を立て直した時、柊は背筋に冷たい汗が走るような感覚を覚えた。反らした上体に合わせて、千恵子の右ストレートが迫ってきていたからである。
空振りした筈の左拳は、柊の頭があった場所を振り抜いてはおらず途中で止められていた。

(フェイント!?)

柊が気付いた時には、千恵子は既にストレートのモーションに入っており後は思い切り打ち抜くだけで、相手は成す術もなく頬をひしゃげさせる事だろう。
相手が、尋常ならざる反射速度と“眼”を持っている以外であったならば……

「チッ!」

小さく舌打ちをしながら上体を戻しざま柊は左へ重心をかけ、千恵子の放つ必中である筈の右ストレートを間一髪かわしてみせた。

「ッ!?」

その瞬間、千恵子はその表情を凍りつかせていく。まさか、あのタイミングで打ったパンチがかわされるなんて……


 奇跡ともいえる反射速度を見せ、千恵子の右ストレートを偶然にもヘッドスリップの形でかわした柊は左腕を引いていく。そして、



ドスゥッ!



がら空きの脇腹へ渾身のフックを叩きつけた。

「がふぅッ」

柊が打ち込んだ左フックは、これまた偶然にも千恵子の肝臓を正確に打ち抜いていた。

いわゆるレバーブローである。

勿論、狙って打った訳ではない。そもそも彼女はレバーブローなど知りもしなかったのだから。
肝臓は、人体に於ける弱点のひとつとされる。そこをカウンター気味に打ち抜かれたのだから、千恵子は堪らない。
青ざめた表情を見せ、一瞬呼吸が止まる。次いで右の脇腹から強烈に襲い掛かる、まるで焼け付くかのような痛みが『品森のアイドル』を蝕んだ。

「か……はぅッ」

口からポタポタと唾液の雫をこぼし、マウスピースも半ばせり上がった状態で、千恵子は脇腹を押さえつつ1歩、2歩と後退する。

「行けー! 高頭ッ!!」

青コーナーから植木のGOサインを耳にした柊は、ガードの下がったままの千恵子へと詰め寄っていく。そこへ、

「ストップ!」

レフェリーが柊の前に立ちはだかり、千恵子への道を閉ざす。思わぬ邪魔が入った事に柊は一瞬何事かと思ったものの、

「ダウン! ニュートラルコーナーへ」

すぐさまレフェリーが解答を示してくれた。

(倒れてねーのになんでダウンなんだ?)

スタンディングダウンのルールなど詳しく知らない柊は小首を傾げつつレフェリーの指示に従い、近くのニュートラルコーナーへと向かう。それを確認したレフェリーは、

「ワン…ツー…」

ダウンカウントに移行していった。

「スリー…フォー…」

カウントが続く中、柊は観客席から聞こえてくる歓喜と悲鳴の入り交じった声援を一身に浴び、

(う、うるせー………)

1人げんなりとした表情をヘッドギアの中で見せていた。その後カウント8でファイティングポーズを取った千恵子は、まだ少し青ざめた顔を覗かせるも戦意は衰えてはいないらしくしっかりと戦闘続行の意思を示していた。


「ボックス!」

 レフェリーは2人を呼び寄せると、試合続行を指示した。偶然とはいえレバーブローがカウンターで決まり、千恵子のダメージは無視できるものではなかった。
その証拠に、脚をやや内股にしながらプルプルと微かに震わせている。

(ここは一気に行くか!)

この状況をチャンスと捉え、柊は勝負を決めるべく千恵子へと一気に間合いを詰めていく。パンチの届く間合いまで迫ると、柊は勢いをつけての左ストレートをガード越しに叩きつけていった。


ガツッ!



脇を締め両腕でガードを固めるものの、踏ん張りが効かないのかカクッと膝折れを起こしてしまっている。それを視認した柊、千恵子のダメージが大きいと判断しガード越しからジャブ、ストレートを容赦なく打ちつけていく。



カァァァァンッ!



千恵子が防戦一方の状態でロープ際まで追い詰められそうになった頃、第1R終了のゴングが響いた。



 用意されたスツールに腰を下ろし、植木にマウスピースを引き抜いて貰う。

「下司、洗ってくれ」

そう言うと、植木はたった今受け取った物体をナミへと手渡す。ナミが慣れない手つきでマウスピースを洗う間、植木は柊の脚をマッサージしながら指示を出し、由起はウォーターボトルを口元に差し出す。
実に、流れるような澱みのないスムーズな作業。

(わたしたち、こんなにセコンド陣に恵まれてたんだ……)

その、植木と由起による一片の無駄も感じさせない動きを見ながら、ナミはふと幸福感を噛み締める事となった。普段、選手としての立場からセコンド陣によるインターバルの作業などには深く興味も無ければ追求もしてこなかった。
が、そのたった1分の休憩の間で選手がどれだけ回復するのか……それを決定付けるのは、こういったセコンド陣の地道な努力によるものなのだろう。

闘っているのは、何も選手だけではない。セコンドも、また共に闘っているのだ。そう思わされただけでも、大会に出場出来なかった身でも得るものはあったとナミは思うのだった。



「セコンドアウト!」

 場内アナウンスが流れ、植木がロープを潜り抜けるとナミは洗い終えたマウスピースを柊の口へと入れ込む。それを手で調整する仕草の柊を見ながら、

(頑張ってきなさいよ)

ナミは心の中で喝を入れていた。



カァァァァンッ!



第2Rのゴングが鳴り響く。リング中央に歩み寄っていく両者、先に動いたのは柊であった。右ジャブを数発、千恵子の目の前にちらつかせるように放つと、



ズンッ!



突如踏み込んで右拳を千恵子の腹へと打ち込んだ。

「ぐッ」

いきなりのボディー打ちに、ちらつかされたジャブで気を取られた挙句ガードが間に合わず直撃を受けてしまう千恵子。試合開始直後に比べ、動きに精彩さが見られない。
第1Rでのレバーブローのダメージが、未だ尾を引いているようだった。苦しみを、歯を食いしばって耐えながら千恵子は果敢に左ジャブを放っていく。
が、精彩さの欠けたジャブは柊を掠める事さえ出来ずに空しく空を切っていた。それでも頑張って手を出し続けるものの、柊には一向に届かず……



ドスゥッ!



右ストレートを掻い潜られ、柊の左拳が千恵子の、まだ未発達な腹筋を打ち貫いていく。

「こぷッ」

千恵子の口元から唾液が滴り、身体をくの字に折り曲げる。続いて数発、動きの止まった千恵子の腹へ細かいボディーアッパーの連打を打ちつけた。
腹へ1発貰う毎に呻き声を上げ、顔色が蒼白に変色していくのが見て取れる。徐々に噴き出る唾液の量も増し、それらの絡まったマウスピースも口からせり上がってきた。
執拗なボディー打ちにより腹に相当のダメージを抱えていると見て取った柊は、いよいよとどめを刺すべく左腕を引き寄せる。その時……



ガバッ!



またも千恵子はクリンチで身体と両腕を絡ませてきた。

「ハァ、ハァ、ハァ……うぷッ」

柊の左肩にアゴを乗せるような体勢で全体重を傾けながら、柊の耳元に聞こえてくる千恵子の息遣いは弱々しい。もう彼女の体力の限界はすぐそこまで来ているように感じられた。


「ブレイク!」

 レフェリーが2人を分け、すぐさま試合再開を指示していく。だが、この時点で殆ど勝負はついていたのかも知れない。
1発のクリーンヒットも許さず、まだまだスタミナ充分な柊。対する千恵子は、最初のカウンター気味のレバーブローから始まり、これまで10発以上のボディーブローを打ち込まれ今や顔面蒼白。
これだけの状況を覆す事が出来たなら……それは紛れもなく“奇跡”という他はないだろう。

もはや今の千恵子が柊に勝つには、そんな幻想にも似た“奇跡”に縋るしかなかった。



ギリ……



千恵子は苦しみを必死に噛み締め、最後の力を振り絞って右のグローブを握り締める。そして、鈍い身体を無理やり動かして柊へとダッシュしていった。

「シュッ」

千恵子の左ジャブが柊目掛けて打ち出される。それを難なくブロッキングする柊。続く2発目のジャブ。今度はこれを右手の甲で受け、そのまま上へ払い上げて軌道を逸らした。

見事なパーリングであった。

「ひッ!」

左手を上に払われ、バランスを崩した千恵子から小さな悲鳴が上がる。何故なら、左拳を払い上げられた時、既に眼前の美少女が左ストレートのモーションに入っているのが分かったから。
次の瞬間には顔面を粉砕されると理解するや、まるで現実逃避のように瞼をギュッと固く閉じていた。



ズドォッ!



が、柊の左拳は千恵子の顔面ではなく、もはや殆ど機能を果たさなくなっている腹筋へと思い切りめり込まされていた。


これがとどめだった。

「ぅ、ぶぇぇ……」

閉じた瞼も腹に伝わる鈍い痛みで大きく見開かされ、千恵子の口から大量の粘ついた唾液と共にマウスピースが吐き出される。それが重力に従いマットの上に落ちバウンドした所で、



カァァァァンッ!



第2R終了のゴングが鳴った。柊は拳をめり込ませたままぐったりと身体を預けてくる千恵子を、急いで走り寄ってくるセコンドに預けると自身もコーナーへと引き返していった。



 セコンドに抱きかかえられて赤コーナーへと戻った途端、千恵子は頬を大きく膨らませる。次の瞬間には、いち早く事態を察した同級生らしき女子の差し出したバケツへと顔を突っ込み、恥も外聞もなく身体を小刻みに震わせ胃の中の物を思い切り吐き出し始めた。

結局、最終第3Rになっても千恵子は腹を押さえたままスツールから立ち上がる事は叶わず、赤コーナーサイドは試合の棄権を申請。柊は1回戦を突破する事になったのだった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。