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第29話

 第29話です。

新人戦を目前に控えたナミ。が、そんな大事な時に風邪を引いてしまう。何とか治ったものの、病み上がりの身体で無理な減量を己に課していくのだった。




 新人戦出場の条件である、フライ級の規定体重まで800g。それを残り3日で落とさなければならなくなった、光陵高校女子ボクシング部主将・下司 ナミの減量は苛烈を極めた。
殆ど飲まず食わずで暇さえあれば……いや、無理やり暇を作ってでも動き続けた。ただでさえ病み上がりの身体に鞭打つような酷使を続け、時には足元もおぼつかず転倒するなどしょっちゅうの状態になりながらも、試合へ出る事の執念だけでナミは身体を削っていく。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

6月に入り、運動すれば少しずつ汗ばむような陽気の中にあって、ナミの身体から噴き出る汗の量は少なく見えた。また、他の部員たちの練習や管理に関してはマネージャー兼トレーナーの由起や顧問の植木に任せっきりになってしまっている。
そんな状況だが、今のある種極限状態下にあるナミに他の部員たちの事まで気を配る余裕などは、どこにも有りはしなかった。



 計量台に上がってみる。



ギッ……



重量で台が沈み、比例して目盛りが移動を開始する。そして、



“50.3kg”



この位置を指し、目盛りは完全に動きを止めてしまった。

(うそ……あと300もあるわけ?)

正直、心が折れそうだった。計量日まで残り1日しかない。それまでに後300gもの体重を落とさなければ、新人戦には出場出来ないのだ。
今まででも、飲まず食わずで相当な練習量をこなしてきた筈である。中学時代、ライト・フライ級で出場していた頃から減量は常に隣り合わせで、それでもこれまで取りこぼした事など、ただの1度もありはしなかった。
が、今回に限ってはどうやら勝手が違うらしい。ボクサーとして、常に体重という繊細な部分には最新の注意を払ってきたつもりだ。


(もしかして、骨格が大きくなってきてる!?)


 確かに、15歳という年齢から今が成長期である事は確かであろう。骨格がしっかりし始め、背丈が伸びていく。それに伴って体重も増えていくのは、むしろ自然の成り行きというものであった。
だが、それにしても今それを実感させてくれなくても! イライラした陰鬱な気分になり、つい怒鳴りつけたくなったがグッと堪え何とか押さえ込む。
代わりにハァ……とひとつ大きな溜息を吐き、計量台から降りると用意したサウナスーツに袖を通し、

「ロードワークに行ってくる」

と植木に告げ外へと出ていくのだった。



タッタッタッタッ……



走った。ただひたすら走り続けた。

(あとたかが300g程度、今日中に落としてやるわよ!)

走っている間、まるで呪詛のように自分にそう言い聞かせながら、足を止める事無く走り続け……

「きゃッ」



ズサァッ!



足に力が入らず、もつれて地面にダイブしてしまった。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

地面に大の字で倒れたまま、ナミは夕日の朱に染まり始めた空へと視線を向けてみる。



ツツー……



ふと視界が歪み、涙が頬を伝った。



「あ…れ……?」

いきなり涙が溢れてきた事に、当のナミ本人が戸惑いを隠せないでいた所へ

「大丈夫か、ナミ坊」

足元の方から聞き馴染んだ声がナミを呼び掛けてきた。慌てて右手で頬を拭い、上体を起こす。

「四五、兄ィ………?」

そこにいたのは、男子ボクシング部室で他の部員たちの指導に当たっていた筈の植木であった。その植木はナミの近くまで歩み寄り、おもむろに右手を差し出してくる。

「ほら、こんな所で寝てると他の通行人に迷惑だ。とりあえず掴まれ」

兄代わりの男性から差し出された、逞しい右手を見てナミはつい躊躇してしまった。

(もしかして、心配して追いかけてきてくれたの?)

そう思うと嬉しくもある反面、

(まさか泣いてる所を見られた!?)

逆に恥ずかしさも感じてしまう。そんな、躊躇して中々手を取ろうとしない教え子に対し植木は半ば強引にナミの右手を取ると、そのまま引っ張り上げた。

「あ、ありがとう四五兄ィ」

助け起こして貰った事に、若干の赤面顔で礼を述べるナミ。が、植木は「ああ」とだけ答え、厳しい表情を見せる。この時、植木の意識は持ち上げた後のナミの状態に終始していた。

(身体がフラついてる。顔からも血の気が引いて貧血も起こしてる。明らかにオーバーワークだ)

いくら小学生の頃からボクシングに慣れ親しんできたといえど、ここまでの減量をナミはした事がない筈だ……と植木は記憶している。何せ、もう4年もの歳月を見守ってきたのだから。

今ナミの身体は成長期の最中である。一応前日計量までに規定体重に達していれば出場は認める……とは言ったものの、こんな小さな大会の為に無理な減量をしてまだ過去より未来の方が長い彼女の身体を潰させる訳にはいかない。


 植木は軽く息を吸い込むと、

「新人戦は棄権しろ、ナミ坊。これは顧問命令だ」

「………え?」

助け起こしてくれた植木の口から告げられた、そのあまりにも意外に過ぎる一言。その言葉に、ナミは頭を鈍器で叩かれたかのような錯覚を覚えた。

(なに、言ってるの? 四五兄ィ。棄権? わたしが? 主将であるこのわたしが? みんなの模範にならないといけないわたしが棄権なんてしたら……)

植木が言い放った一言の真意が読めないまま、ナミは頭の中がグルグルに引っ掻き回されてしまっていた。

「な、なに言ってるの……? やめてよ、そんなタチの悪い冗談………」

あからさまに狼狽してしまっているナミを眼前に、植木は厳しい表情で見据えると

「冗談でこんな事が言えるかッ!」

凄まじい怒声をナミに浴びせた。

「ッ!?」

この怒声には、どうやら鎮静効果が多分に含まれていたらしい。ナミは一瞬にして狼狽を止めていた。

「もう1度言うぞ。新人戦は棄権するんだ、ナミ坊」

怒声の次は優しく諭すような口調で、植木はナミに新人戦を棄権するよう伝えるのだった。


「な、なんで……」

 掴まれていた右手を振り解き、ヨロヨロと後ろへ2、3歩後ずさる。病み上がりで重ねた無理な減量と精神的ショック、いわば二重のダメージを受けたナミの足取りは、本人の意思に反比例するかのようにフラフラしていかにも危なっかしい。

まるで試合終盤、完全にグロッギー状態に陥っているボクサーそのものであった。そのフラフラした、いかにも危なげな足取りのナミを前に、

「構えろ! ナミ坊ッ」


バッ! と突如ファイティングポーズを取った植木がナミに迫ってきた。

「ッ!?」

いきなり構えろと言われ、反射的にファイティングポーズを取るナミ。その眼前には、いつもの厳しくも優しい兄のような存在の植木ではなく、1人のボクサー・植木がいた。
その植木がナミへ向け、一気にダッシュしてくる。

(いつもの四五兄ィのスピードじゃない。これならッ)

この程度のスピードなら充分にかわせる。そう思ったナミであったが……



ガクンッ!



(なッ!)

植木が放ってきた右アッパーをスウェーバックでかわそうとしたナミは、急に脚に力が入らず膝を折ってしまった。そんなナミのアゴへと、下から伸びるように加速をつけて迫ってくる植木の右拳。

(くッ、ダメ………)

ブロッキングも間に合わないと直感し、歯を食いしばってギュッと反射的に目を閉じてしまうナミ。そして……



コッ!



強烈な衝撃を想定していたナミのアゴを、撫でる程度の威力がぶつかった。


 恐る恐る閉じた目を開けると、そこには自分のアゴに当たる寸前の植木の右拳。どうやら寸止めされたようだ。

「…………」

寸止めされたと理解すると、ナミは声も出ずペタンッ! とその場に座り込んでしまった。植木の繰り出した右アッパーの迫力に、腰が抜けてしまったのである。

「ほら見ろ。いつものお前ならこの程度、楽勝でかわせただろうに……無理な減量のせいだ」

厳しい台詞とは裏腹に、そう言う植木の表情は哀しみを湛えたものであった。その、植木の表情を見た時……またもナミの目から涙が溢れ出てきた。



今度はもう隠す事も出来ない位に激しく……



確かに、いつもの調子であれば先程の植木のアッパーをかわすのは容易であったろう。だが、出来なかった。かわそうと思った瞬間、脚の力が抜けた。踏ん張りが効かなかったのだ。
つまり、これが病み上がりの身体で過度の減量を行った末路。我ながら哀れだ、とナミは思う。そして、植木がただ心配なだけで棄権を促した訳ではない事も悟った。悟らざるを得なかった。


そんなコンディションで試合しても、思う通りに動けず負けるだけだぞ……そう、植木は無言で語っていた。


「うん…分かった……棄権、するわ………」

ナミは、植木の言う事に従い棄権の旨を承諾する。涙で顔をくしゃくしゃにしながら。植木はそんなナミの身体を引き寄せると、縋りつきながら泣きじゃくるナミの頭をポンポン、と軽くあやしてやるのだった。



 ナミの気の済むまで植木は付き添い、暫くすると

「ごめん、みっともないトコ見せて」

泣き腫らした瞼を擦り、植木から離れる。そして「帰ろう」と告げ、2人は共に皆のいる場所へと戻る事にした。戻る寸前、ナミは自分がコケて寝転んでいた地面をもう1度だけ振り返る。
そこには、何も変わり映えのない普通の地面が広がっているだけ。だが、ナミにはそこに新人戦への未練が残っているような気がした。

(バイバイ……)

心の中で己との未練に決別し、肩ぐらい迄ある茶色がかった髪をなびかせながら植木の後を追っていった。


 学校へ着くと、植木から顔を洗ってくるよう指示を受ける。その心遣いに感謝しナミは新校舎の女子トイレへと向かった。鏡で自分を見れば、そこには何とも酷い顔があった。
散々泣いたせいで腫れた両瞼に、頬にくっきり残った涙の跡。目も赤くなっており、

「なにこれ。KOされたボクサーみたい……」

ナミは我が事ながら呆れた声で1人呟くのだった。

顔を洗い、何とか人前に出られる程度にはマシになったナミは部室へ戻ると、皆に新人戦を棄権する旨を伝えた。

「そっか……ま、しょうがねーな」

主将の棄権を聞き、柊はどことなく安堵したような表情を見せぶっきらぼうな口調で納得してみせる。越花は「残念だよ」と自分の事のように悔しがり、順子は「あんたの分まで頑張ってやるわよ」と相変わらずぞっぽを向きつつ答えた。
アンナは無言で勿体無い……とでも言いたげな顔をしている。都亀と陽子も、ナミの棄権に少なからずショックを受けた様子を見せていた。
そんな中、1人由起だけは

「それじゃ下司さん。データ整理を一緒に手伝って。当日私とセコンドに付いて欲しいから」

と、淡々とした口調で仕事を与えてきた。

(さ、さすが大内山先輩……1人たりとも遊ばせるつもりはないってわけね。でも今は正直ありがたいわ)

要するに、今回は選手ではなくセコンドの目線で勉強しろ……そういう事なのだろう。ナミは、さり気ない由起の配慮に感謝すると、

「わたしは今回出られなくなったけど、その分みんなのサポートをするから。そのつもりで!」

よく通る大きな声で皆に自分のすべき事を伝えるのだった。これも、主将として出来る精一杯だと信じて……植木もそんなナミの姿を見ながら、どこか嬉しそうな表情を垣間見せ、

「よし、新人戦はもうすぐそこまで迫ってる。気合い入れろよッ!」

出場する順子、柊、越花、アンナの4人に喝を入れた。

いよいよ、光陵高校女子ボクシング部の初めての公式戦が始まる………





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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