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第28話

 第28話です。

久野と心の決闘も終わり、アンナは少しだけ心との仲が良い方向へ進んだ事に喜びを見出す。それから日も過ぎ、新人戦へ向け光陵女子ボクシング部は猛練習を続けていた。





 新人戦への期日が、刻一刻と迫る。光陵女子ボクシング部主将、下司 ナミはその間非常に精力的に責務を果たしていた。マネージャ兼トレーナーである大内山 由起や顧問の植木 四五郎らと選手たちの練習メニューを作成し、指導に当たっていく。
また、各階級の定められた規定体重への減量を伝え自身も調整に入る。他にも、由起の調べ上げた各階級の要注意選手のデータの把握。そして、ナミが先頭に立ち行っていくハードトレーニング……

そのあまりの密度に、ナミは睡眠に割く時間を日々少しずつではあるが削り続けていくのだった。

(わたしは主将なんだもの。わたしがしっかりしないと!)



全ては部員たちの為。そして自分の為……



いつしか、ナミの頭の中は主将としての責務を果たす事、そればかりが支配するような状態に陥りつつあった。





 そして、新人戦まであと1週間を切った、ある日の事。ナミは出場階級であるフライ級のリミットを目指しウェイト調整も最終段階まできていた。追い込みのつもりで、朝のロードワークの距離を少し伸ばしてみる。

「ハッ、ハッ、ホッ、ホッ」

息を弾ませながら、ナミは街道を軽快なステップで走り続けていく。ここまでで、ナミのウェイト調整は残り200g程度を落とすだけで規定に達するぐらいには順調だった。
普段より長距離を走ったからか、いつもより噴き出る汗の量が多く感じる。少し身体が気だるかったが、高校初の公式試合に臨める高揚感の方が遥かに勝っていた。
赤信号で走れない時には、通行人の邪魔にならないよう端の方でシャドーボクシングを行う。対戦相手の影を頭の中で想像し、その影と向き合う。

長い髪を頭頂部辺りで結い、Tシャツの上からでも分かる盛り上がった大きな胸……ナミがシャドーボクシングをする時、思い描くのはいつも同じ相手であった。

(加藤さんッ!)

公式試合でナミに唯一黒星をつけた相手。東京・建陽(けんよう)高校の加藤 夕貴。夕貴の影が放つパンチをかわし、ナミは隙を突いてジャブやストレートを打ち込んでいく。
傍から見れば、さぞ違和感を感じる光景であったろう。トレーニングウェア姿の少女が、汗を迸らせながら上体を動かし何もない空間へパンチを繰り出しているのである。
が、それを行っている当人は周りの視線やひそひそ話す声も全くといっていい程気にしていなかった。否、気付いてすらいなかったかも知れない。
ナミの意識は、完全に目の前に浮かぶ夕貴の影にのみ向けられていたのだから……


信号が変わると、一旦シャドーボクシングを止め再び走り出す。



ポッ、ポッ……



そんな中、ふと顔に小さな何かが当たったような気がして、ナミは上を仰ぎ見てみる。どんよりと黒く厚い雲が青空を遮り、日光の代わりに小粒の水滴を徐々に地面へと落とし始めていた。

「雨……?」

遥か上から地上を濡らす水滴をその身に数滴浴び、ナミはトレーニングウェアに付いているフードを頭から被ると屋根のある場所を探し始めた。

雨足が徐々に強くなっていく中、ナミは近くにあったコンビニエンスストアへと避難していく。
この恰好で店内に入るのは正直気が引けたが、背に腹は代えられない。出来ればあまりお金も使いたくなかったが、ただ雨宿りの為だけに入るのもバツが悪いな、とも思ってしまう。

入店すると、ナミは仕方なくアイスコーヒーを一缶だけ購入する事にした。その後も入口の外付近で雨宿りしつつ、雨が止むのを待ってみる。が、期待とは裏腹に雨は一向に止む気配を見せず、むしろ先程より勢いをつけ地面や壁の至る所に足跡を残していった。

「あちゃー、これは本降りになりそうね」

観念し、ナミは仕方なく缶のプルを起こし一口啜ってみる。



………不味かった。



紅茶にすれば良かったかな? と内心後悔しながら、ナミはずっと外の様子を眺めていた。
そして我慢しつつ缶の中を残り半分まで飲んだ頃、見覚えのある制服を着た1人の女子高生が傘を差しながらナミのいるコンビニへと向かってきた。
同じ女子ボクシング部の仲間である桜 順子に似たボーイッシュショート。均整の取れた顔立ちに、形の良いアゴのライン。華奢な身体つきに不似合いな、大きなスポーツバッグを肩から背負っている。


私立・洛西(らくせい)高校の制服であった。


ここ神奈川県で高校ボクシングの強豪校といえば、

『男子の光陵』
『女子の洛西』

の2校が真っ先に挙がる。それほどにアマチュア女子のレベルが高い事で有名な高校の制服を、ナミが見間違えよう筈もない。



「「あ……」」

 ふと、その洛西の生徒と目が合った。ナミはその顔にどこか覚えがあるような気がしたが、どうにも思い出せない。一方、相手はナミの顔を見た瞬間、まるで刻が凍りついたかのように動かずナミを凝視していた。
相手の見せるその驚愕に似た表情に辟易しつつ、

「あ、あの……」

ナミは恐る恐る声を掛けてみる。

「下司…ナミ……」

相手はナミの声掛けを見事に無視し、ポツリと名前を呟いた。どうやら、相手の方はナミの事をしっかり認識しているようだ。

「ねぇ。貴女、下司 ナミでしょ? 光華(こうか)一中の」

妙に興奮したような様子を見せ、ナミである事を確認してくる。

「ええ、そうだけど………どこかで会ったっけ?」

そう答えるナミの方はというと、これがどうにも思い出せなかった。顔には見覚えがあるような気もするし、この声にもどこか聞き覚えがある。だが、どうしても思い出せない。
思い出せないが故に、ナミは失礼を承知の上で聞き返す事にした。

その返答を聞いた途端、相手は急に不愉快そうな顔へと変化していく。予想していた答えとはかけ離れていたらしい。が、すぐに左手で自身の髪を触ると、何か納得したように「あぁ……」と声を出していた。

「以前会った時はもっと髪長かったものね。私」

独り言を呟き自分だけで納得すると、

「私よ。樋口 静留(ひぐち しずる)。池山中の」

と、ナミの事を強気の視線で見据え静留は自己紹介をした。一方で、池山中の樋口と聞いて

「あー! あの樋口さん!?U-15の県予選、決勝で試合したあの……」

ようやく思い出したナミは、手の平をポンッと叩き懐かしさを込めた声で迎えた。中学時代、ナミが最も苦戦した相手のうちの1人が、今目の前にいる樋口 静留である。
その頃の静留は背中ぐらいまである綺麗な髪が特徴的な、およそボクサーらしからぬ容貌の美少女であった。綺麗な容姿に合わせたかのような華麗なアウトボクシングが持ち味で、特に左ジャブの切れ味はU-15県予選の出場選手の中でも1、2を争う程に郡を抜いていた。
ナミも試合した際、静留の左ジャブには相当手を焼かされた覚えがある。が、1度掴まると弱い所があり徹底したボディー打ちで何とか判定勝ちを拾うのが精一杯であった。


 同じアウトボクサーでもスピード、という面に於いては都和泉(みやこいずみ)高校の中国人留学生、曹 麗美(ツァオ リーメイ)の方が恐らくは上だろう。少なくともナミはそう思う。
が、パンチ力やスタミナ等の総合力では静留の方が上なのではないか? 実際に麗美と手合わせをした訳ではないので、直接グローブを交えた経験から静留の方が強いだろう……という贔屓目が混じっているのは否めない。
だが、どちらにせよ静留が厄介な部類のボクサーである事は確かな事実であった。

「髪、切ったんだ……随分と雰囲気が変わったから分からなかったよ」

コーヒーの入った缶を左手に持ち替え、ナミは静留との再会を祝し右手を差し出す。

「ええ。気分を一新しようと思ってね」

そう言いながら、差し出された右手を握り返す。お互いの手の平に伝わる温もりを感じながら、ナミは顔を紅潮させていく。

「顔、赤いわよ。大丈夫?」

そんなナミの顔を、静留が覗き込む。

「ん……そう、かな?」

微妙に火照っているのを自覚したのか、ナミは自分の頬に手をやる………少し熱い気がした。

再会の握手を解き、静留はナミの横に並んで差していた傘を閉じる。見れば、肩や背負っているスポーツバッグが少し濡れているようだった。

「そういえば下司さん。貴女どこの高校に通ってるの? 見た所ボクシングはちゃんと続けてるみたいだけど」

スポーツバッグからタオルを取り出し、肩やバッグにかかった水滴を拭きつつ静留はナミに質問する。まるで作業でもするかのような無駄のない手つきで水滴を拭き取る静留の姿を『樋口さんらしい』と妙に納得したような感覚を覚えながら、

「光陵高校よ」

簡素に答えた。

「ふーん、光陵ねぇ……」

質問しておきながら、静留はあまり感心のない返事を返してくる。

「で、新人戦には当然出るんでしょ?」

拭くべき所はあらかた拭き終わったのか、ナミの顔をジッと見つめながら静留は次なる質問を繰り出してきた。

「勿論よ。ただ……」

「ただ?」

「わたし、フライ級で出場するのよ」

フライ級で出場する……そう伝えると、ナミは静留から少しだけ目を逸らす。何となく申し訳ない気分になってしまったからだ。本来、別に静留に申し訳ないなどと思う必要はどこにも有りはしない筈なのだが、彼女の目を見ていると不思議とそう思えたのだ。


きっと落胆するだろうな………


静留にしてみれば、リベンジの機会を失ったも同然なのだから。もし夕貴が自分と階級を変えたなら、きっと同じ思いを抱く事だろう。そう思うからこその“申し訳ない”なのだ。が、

「……運命ね」

口元を歪めながら、静留はボソッとナミに聞こえるか否かといった声量で呟いた。

「え?」

静留の様子が予想していたものと異なって見えた為か、気になったナミはつい聞き返す。

「私もフライ級で出場する事になってるの。良かった、貴女とまた試合出来るかも知れないわね」

フフフ、と静留はくぐもった含み笑いを漏らす。その表情は、さながら最高の獲物を視界に捉えた時の狩人……ハンターを彷彿とさせるものであった。

「今度の新人戦、俄然やる気になってきたわ。貴女もフライ級で出場か……フ、フフフ」

静留の暗い表情を真横で見やり、

(コイツ、なんかヤバい! かも……)

本能がしきりに危険なサイレンを警鐘し続けていた。

そんな事を思いながらふとコンビニの中に備え付けてある時計を見ると、既に6:30を回っている事に気付く。

「あーッ! もうこんな時間!?」

慌ててナミはフードを被り、未だくぐもった含み笑いを漏らす静留を置いてその場から飛び出していく。走り去ろうとして、

「樋口さん、また試合会場で会いましょ!」

そう一言だけ告げ、静留の返事も聞かずに帰っていくのだった。










「ただいまぁ………」

 ナミは妙にフラフラした足取りで、自宅の玄関へと歩み寄る。雨の中を走り続けてきたせいか、やけに悪寒がする。汗が噴き出して止まらない。

「あ…れ………?」



ドサッ!



急に立ちくらみを覚え、次の瞬間にはまるで地面に吸い付けられるかのような感覚に陥り、その場で倒れ伏したと同時に意識がブラックアウトしていった。



「う……ん…」

額に当たるひんやりとした感触に、ナミの意識が徐々に覚醒していく。

「あ、姉ちゃん気がついた?」

ナミの横から聞こえてくる声。

「サラ……?」

その声が妹のサラのものであると理解した姉は、その名前を呼んでみる。

「うん。姉ちゃん、大丈夫?」

サラは元気に肯定し、ナミがロードワークから帰るなり玄関先でいきなり倒れた事を説明してくれた。その後、双子の弟タクトと一緒に寝室まで運び、そのまま着替えさせた後寝かせたのだという。
事情を説明し終えたのを見計らったように、ナミの脇からピピピッと音が響く。サラは脇下をモゾモゾと探り、音の正体を引っ張り出した。

「38.9℃……完っ全に風邪だね、姉ちゃん」

音の正体であるデジタル体温計を覗き、サラは姉に診断を下す。

「か、ぜ……?」

なるほど、ロードワークの時から妙に汗が出る筈だ。朝起きた時、既に風邪症状が出ていたのだ。結局その日は学校を休む事になり、翌日さらに高熱で唸る事となる。


 ナミが学校に登校出来るようになったのは、新人戦当日の4日前であった。男子ボクシング部室にて、大事な時期に自分の不摂生で休んでしまった事に対し謝罪するナミ。

「大丈夫? 無理しちゃ駄目だよ」

と越花がナミの体調を心配する一方、

「あんた、まさかそんな身体で新人戦に出るつもりじゃないでしょうね?」

順子は身体を気遣ってくれているのかいないのか、判断のつきにくい台詞を吐く。

「そもそも下司、。出るにしても、ちゃんと規定体重落とせてるのかよ? 主将が計量ミスとか、シャレになんねーぞ」

呆れ顔で、柊は抜群に整った美貌からは想像出来ない程の毒を主将に対して浴びせた。新入部員の都亀や陽子は、どう声を掛けて良いのか分からず返答に窮している風である。
柊の言う通り、まずは体重がこの場合1番の問題であろう。ナミは早速上着を脱ぎ、計量台へと乗ってみた。



ギッ……



ナミの体重に合わせ、計量台の目盛りが軽快な足取りで動き出す。すると、皆の注目は一斉に目盛りへと向かう。女子だけとはいえ、これだけ大々的に自分の体重が公表されてしまうと、さすがに恥ずかしさで顔が赤くなってきた。

そして……



“50.8kg”



の所で目盛りは動きを止めた。

「……………」

しばしの沈黙。

「な、なぁ。フライ級のリミットって、何kgだった…っけ?」

やっとの思いで重苦しい沈黙を破り、柊は計量台に乗ったままの下着姿の少女にフライ級のリミットを訊ねてみる。

「ふ、増えてる………」

柊の問いかけには直接答えず、だが青ざめた表情と今の呟きとで確実にリミットオーバーしている……という事だけは、今この場にいる全員が理解出来た。

(風邪引いてる時に栄養つけ過ぎた?)

風邪でダウンする前は残り僅か200g程度で済んでいたのが、今は800gまで増えてしまっていたのである。


 焦りとショックを抱えたまま、ナミは顧問の植木に呼び出される事となった。理由は他でもない、新人戦の事である。

「……で、どうしても出たいと?」

植木はナミの顔を見据える。その目は、まるで困った奴でも見るかのようであった。顧問としては、大事な部員に無理をさせてまで出場させたくない一方で、選手としての気持ちも理解出来るのである。

(コイツ、こういった時はとんでもなく頑固だからなぁ。一体誰に似たんだか……)

ハァ、と一旦大きな溜息を吐き、

「しょうがねえなぁ。前日計量までにちゃんと落とせてたら試合に出るのを認めてやるよ」

条件付きで出場を認めるのだった。


 それからのナミは、殆ど飲まず食わずで動き続ける事となる。減量目的の為、生まれて初めてサウナ風呂というものに入ったりもした。心配そうに見つめる部員たちへの気遣いも忘れ、主将としての義務すら今のナミの頭には無かった。

ただひたすらに身を削る作業に没頭していくのみであった。





to be continued……
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チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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