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完結編・プロローグ(2) 『高頭 柊……その葛藤と決意(後編)』

 ご無沙汰しております、チャパロットです。前回からまたも随分経ってしまい恐縮の限りです。交通事故で肘の骨を折ったり執筆意欲が極端に低下してしまったりと、情けない言い訳しか出てきません……

ともかく、今さら感しかありませんが完結編・プロローグ(2)の後編をお送りします。お付き合い頂けると嬉しいです。

<拍手返信>
・HAYASE様:こんな遅筆な私ですが、いつも応援ありがとうございます。なんとか書けるうちに形としたい気持ちはあるのですが、中々(涙)
・ヨシコ様:いつも応援して頂きありがとうございます。完結編こそ1番書きたかったものが詰まっているはずなのに、手がつかないという体たらく。情けない話ですが、頑張れるうちに頑張っていきたいと思います。
・ぴーこ様:コメントありがとうございます。柊のスパーが今回のメインとなりますが、確かに越花の行方も気になるかも知れませんね。早く再登場させたい気持ちは強いので、頑張って執筆時間を取りたいです。
・匿名様:コメントありがとうございます。アマチュアのトップを取った柊が、プロのトップであるマイヤを相手にどう立ち回るのか? 今回の話を楽しんで頂けるなら幸いです。










ビーーーーーッ!


 スパーリングの開始を告げるブザーが鳴った。柊に与えられた時間は1R2分間。この短い時間で自分の満足出来る結果を得る為には、様子見などしていられない。

(最初から全力で飛ばす!)

リング中央でグローブタッチを交わすと、サウスポースタイルに構えマイヤと対峙。途端、

「うわッ」

柊の顔のすぐ横を暴力的な風が通り過ぎた。

それはマイヤの左拳。

最初から全力で飛ばすつもりだったのは、なにも柊に限った話ではなかったらしい。

(あっぶねー。咄嗟に動けなかったら食らってた)

半ば潜在的に危険を察知し即座に回避行動を起こしたおかげで被弾は免れたが、勿論安心など出来ない。
これは挨拶代わりに過ぎないのだから。

(くっそ、やってくれんじゃねーか)

改めて対峙するマイヤを眼前に収める。ごくありふれた右構えのオーソドックススタイルでフットワークを刻むその姿は、それこそ最も向かい合う回数の多いものだ。
しかし、マイヤのそれには隙を見出せなかった。極まっている、とはこういう事をいうのだろう。
ただ、隙がないからと攻め倦ねていては時間を浪費するばかりである。
全力を惜しまないと決めた以上、柊に逡巡する理由はなかった。

「シュッ」

小さく息を吐き、柊はお返しの右ジャブを繰り出す。
意趣返し、という訳ではない。まずは1発当てて勢いに乗ろうとしたのだ。
が、さすがは無敗の世界チャンプである。大気を裂くような鋭い右ジャブを、アマチュア世界一のジャブをサイドステップで難なくかわした。

「シッ」

それどころか右拳の外側、柊から見て右へ移動したマイヤが、かわしたと同時に左ジャブを放ってきた。
タイムラグなど無い、洗練され尽くした一連の動作。
これを起点としたコンビネーションによって、一体何人のボクサーが沈められてきた事だろう。
先の永遠(とわ)と呼ばれた女性も、この動きから一気に失神させられたのだ。

「チッ」

小さく舌打ちを入れつつ、柊は高速の弾丸に反応。
咄嗟に顔を前に出し、ギアに守られた額で敢えてジャブを受け止めた。
が、マイヤの行動は止まらない。
ボクサーにとって基本中の基本、ジャブの後に繰り出されるのは本命の一撃。

即ち右ストレート!

額を打たれ僅かの隙を晒した柊の顔へ、チャンピオンのKOパンチが迫る。
肌がヒリつく緊迫感の中、振り抜かれた右拳。
パァッ、と腕に浮かんだ汗が舞い散るリング上、マイヤは打ち抜いた筈の柊の顔を、眉を顰めて見据える。
急いで振り切った右腕を引く動作に入ったとほぼ同時……いや半瞬ほど速かったか、その脇腹に柊の右拳が突き立った。

「ぅぐッ」

鋭利に穿たれた脇腹への衝撃に、マイヤは思わず呻き声を漏らすと一旦距離を置く。

(スリッピングアウェイ……)

必殺の右を振り抜いた彼女のその拳には、頬肉を潰す抵抗感がまるでなかった。
偶然か狙ってかインパクトの瞬間に首を捻られ、伝わるべき威力を完全にいなされたのだ。
となれば反撃があると反射的に防御体勢移行していたのは、マイヤの経験値の豊富さ故といえよう。
ただ、眼前の相手はそれを上回った。マイヤの反応を上回る速度で反撃の1発をヒットさせたのだから。

(ふふ、さすがシュウ)

悔しさや腹立たしさはない。寧ろ期待していた通りの実力に自然と笑みが零れてしまう。

(やはりワタシの思った通り!)

脇腹に打ち込んだ後、間髪入れず左でアッパーのモーションへ移っていた柊は、瞬間背筋を凍りつかせた。
眼前の相手はボディーフックに怯むどころか、歓喜の笑みすら浮かべ左フックを繰り出さんとしていたのだから。

「うわッ」

本能的にアッパーを止め、膝を落としたまま上体を深く沈みこませる。刹那、空気を押し潰すような凶悪な音が頭のすぐ上を通過していった。
が、一難去ってまた一難。今度は下から唸りを上げた暴力の塊が迫ってくる。
それも咄嗟にブロッキングした柊は、しかし勢い付いたパワーに負け上体を押し上げられてしまった。
その先に待っていたのは、今度こそと必中の気迫籠もった右ストレート!

「つぁッ!」

スローモーションの如くゆっくりマイヤの右が近付いてくる。
と同時に自分の挙動も鈍い。

キィィィン、と脳に直接響く静かな耳鳴りのような音

骨を締め付けられるような頭痛

柊は久しく感じていなかったが、この感覚は確かに知っていた。世界の流れが緩やかに、例えるなら時間に粘着されるような感覚。
それらに耐え、柊はゆっくり迫るマイヤのパンチに全力を以て頭を左へずらす。
歯を、いやマウスピースをしっかり噛み締め、開かれた眼は片時も迫るグローブから外さず、必死に顔を逸らしていく。
ピスッ、という音とほぼ同時、右耳の辺りに衝撃が走ると柊は反射的に右目を塞いでいた。

「えッ!?」

一方、2度目の必中を期した右ストレートを振り抜いたマイヤはよほど意外だったのだろう、表情を強張らせていた。
小指の辺りに一応感触はあったものの、それはジャストミートには程遠い微かなものだ。
つまり、渾身のパンチは柊のヘッドギアを掠めたに過ぎなかったのである。

「う、うそぉ……」
「い、いやいやいや、人間じゃないでしょあれ……」

リング上のハイレベル過ぎる攻防に、思わず感嘆の声を漏らしてしまう者が2人。つい先ほどまでマイヤのスパーリングパートナーを務めていた、沢村 永遠(さわむら とわ)と一条 紫(いちじょう ゆかり)である。

吉川ジムのスポンサー、棗 希美(なつめ のぞみ)が資金提供の交換条件に移籍させた秘蔵の選手たち。

永遠はフェザー級、紫はバンタム級でそれぞれ国内タイトルを射程圏内に入れる実力者なのだが、その彼女たちをして呆けてしまうほどリング上の攻防は常人離れしていた。



 間一髪の所で必中の致命打を逃れた柊だったが、さすがに無理な体勢でバランスを崩してしまい反撃には行けない。
それでも精一杯に姿勢を戻すと、すぐに打って出た。

「シッ、フシュッ!」

マウスピースで盛り上がった唇から小さく息を吐き、基本通りのワン・ツーを繰り出す。
絶対の自信を持って放ったパンチをよけられ、普通のボクサーならこの柊のワン・ツーはさぞ絶妙なカウンターとして成立した事だろう。
しかし、マイヤもまさしく百戦錬磨の女王だった。
1度目もヒットしなかったのだから、とすぐに気持ちを切り替え冷静に柊のパンチをかわすと逆に左ジャブをボディーへ当てた。

「ぐッ」

パンチの最中で腹筋の締められない、さながら針に糸を通すような極細のタイミングでのカウンターに、意志に反してくぐもった声が出る。
間髪入れず3度目の右ストレートのモーションに入るマイヤへ集中し、柊はいち早く右へ身体をシフト。
しかし、それはコンパクトな左ショートフックを脇腹に打たれ阻止されてしまった。

「くはッ」

今度のストレートは誘導……フェイントだったのだ。
この時ちょうどハーフタイム、つまり1分が経過。この辺りから2人の地力の差が如実に現れ始めた。
ボディーブロー主体ではあるが柊の被弾が増えてきたのである。
ヒット重視のスピードパンチ故にダメージ自体は微々たるものだが、マイヤは手数を一気に増やし反撃の隙すら与えない。

(くッ、速え!)

細かいパンチの連打で積み重なる小さなダメージと、昔と比べ明らかなトレーニング不足が祟って思うように動けない情けなさに、柊は眉を顰め苛立つ。

「シッ!」

そんな柊の気持ちなど知る筈もないマイヤは、さらに小さくコンパクトな左ショートフックで脇腹を穿った。

「ぐあ……」

ガードを縫い的確に急所……肝臓を打たれ、苦しげに呻くと一瞬膝を落としてしまう。小さくコンパクトなマイヤのパンチが、実に重く効くのだ。
このまま一方的にされてはジリ貧になるばかり、反撃の隙を生む事すら出来ない。
腹に残る衝撃を堪え、柊は迫るマイヤとの距離を半歩開けると素早く右ジャブを2発放った。
パンパンッと軽い音を立てマイヤの顔にジャブが刺さる。それをものともせず無表情で右を振りかぶろうとするその顔に、今度は超速の左ストレートが打ち抜かれた。

「んふうッ」

ここでチャンピオンの口から初めて呻き声が漏れる。永遠、紫とのスパーでも聞く事のなかったマイヤの呻きに、「悔しい」より「よくやった」という感情を乗せ外野が沸く。

(これは、あの時のッ)

ビリビリと響く頬をグローブで拭いながら、すっかり遠くへ離れた柊の方を見やる。スパーの最中だというのにマイヤは顔の緩むのを自覚した。
初めて彼女と会った時、縁あって教えた超スピードのストレート。巧みに死角を突く手法と柊のハンドスピードとが合わさり、相手にはまるで閃光が走ったようにしか見えない。
事実、柊はこのパンチを以てオリンピックで猛威を振るい、その頂点に立ったのだ。

「フフッ、ウレシイ……ウレシイわシュウ」

前に垂れてきた赤い髪をグローブで器用に上げると、マイヤの緩んだ顔が次第に笑みへと変化していく。口元が歪に開かれ、しかし眼は真剣味を……いや、すでに狂気をすら孕んでいた。
それを敏感に察知したのは間近で対峙している柊と、2人の間に立つ宗観だけであったろう。
世界の頂点に君臨する暴君の、恐らくは向かってきた幾多の身を散らせてきた上で練磨されてきた本物の圧力。

柊はその眼を見た瞬間、全身に怖気が過った。
リング内が急速に冷やされたような寒気が肌を刺す。

宗観も同様に感じたのか、頬に伝う汗を袖で拭う。瞬間、



ズバアンッ!



重い殴打音と同時に柊の頭が弾き飛ばされていた。

「ぶがッ!」

いきなりの衝撃に汗が飛び散り、一瞬視界がホワイトアウトする。ほんの僅か宗観の動きに意識を割いた瞬間、何かが顔に激突したのだけは理解出来た。
しかし、何をされたのかはまるで分からなかった。

ストレートで顔正面を打たれたのか
フックで頬を潰されたのか
アッパーで顎をかち上げられたのか

健闘がつかない。しかし、思考より先に柊の身体は自然と体勢を立て直しファイティングポーズを構える。刹那、再び顔に強烈な一撃が爆ぜた。

「ぶぶあッ」

今度は見えた。左ストレートだ。
身体が大きく後ろへ泳ぐ中、柊の“神の眼”はマイヤの超スピードパンチを正確に捉えていた。
ただ、見えていても身体が反応してくれない。

(くっそ、ブランクが……)

狂気の王者が容赦なく繰り出してくる本気のパンチに、眼はついてきても身体のついて来ない柊の顔は成す術なく殴り飛ばされていく。
柳のようにしなやかで柔軟なオリンピック金メダリストの神がかったディフェンスは、今この時点では見る影もなかった。
殴られる度に薄れそうになる意識を懸命に繋ぎ止めながら、口の中に広がる血の味と共に不甲斐なさをも噛み締める。
狂気の圧力に竦んだ時点で、彼女の心身は無自覚のうちに萎縮してしまっていたのだろう。

やがてコーナーを背負わされると攻防はより顕著なものへと変化していった。
顔へのパンチをガードすればすかさずボディーブローが突き刺さり、身体を丸めて僅かに隙を晒すと当然のようにガードを縫うパンチが顔にヒットする。

野性的で理論的、加えて経験も豊富。マイヤ・クリスチーナ・アントノフはまさに理想通りのプロボクサーを体現する存在だと、この場にいる全員が思い知らされる事となった。

「がふッ! ぐぶッ!」

コーナー際という逃げ場のない場所に身を置かれてから、柊の被弾率はますます上がっていく。ヘッドギアを着けていなければ、この時点でもう意識を保っていられたかすら怪しい。
殴られる度に口からは無数の唾液の珠が飛び散り、必至に固めるガードとヘッドギアに視界を遮られ既にマイヤのパンチを眼で追うのも難しくなっていた。
反撃に出たくともマイヤのラッシュはますます加速度を増し、実戦離れも相まって糸口すら掴めないまま……

「がふッ!」

死角からのショートアッパーで顎を跳ね上げられた柊はガードと膝を落としてしまった。

「いかん!」

間近の宗観が柊の状態に危険を感じ、咄嗟に動きを見せる。その反応の速さは充分に神速と言って良いものであったが、マイヤの動きはそれをすら凌駕した。
即ち、宗観が割って入るより速くとどめの右ストレートのモーションへ移行。躊躇なく獲物を仕留める毒針の一刺しを放つ。と同時、


ズシャアッ!
ビーーーーーーッ!



豪快に肉を潰す乾いた殴打音とラウンド終了のブザーが、二重奏となってジム内を盛大に木霊した。



「うッ……んく、う………」

 柊の視界が開かれた時、広がったのは照明眩しい天井の光景だった。薄く開かれたその眼は虚ろに辺りを彷徨い、程なく見知った顔が映り込んでくる。

「気がついたか、高頭? あ、まだ動くな、おとなしく寝てろ」

柊の意識が戻った事に気付いた植木は優しく声を掛け、おもむろにその口へゴム手袋をした指を滑り込ませていく。
上歯に挟まったままのマウスピースを器用に外し、少しばかり唾液の糸を引くそれを口から引っ張り出した。
続いて手際良くヘッドギアを、さらにグローブを外していくのを眼で追いつつ、柊はスパーリングが終わった事を理解した。

「オレ…どのくらい意識飛んでた……?」

どのパンチで決着したのかは分からないが、自分がKOされたのだけは分かる。この状態を思えば、分からない方がおかしい。
長い間失神してたらちょっと恥ずかしいな、と変な感想も付け加える柊に苦笑しつつ、「ほんの10秒程度だよ」と植木は答えた。
ちなみに、植木に言われるまでもなく身体を動かそうとしても麻痺したかのように反応しなかった為、たっぷり3分はされるがままだった。

「モウ、へいきデスカ?」

植木の処置が済み、ようやく不自由だった身体も動くようになった頃、マイヤは柊の元へ歩み寄ってきた。こちらも既にグローブを外し、肩に掛けたタオルで汗を拭ったりしている。その表情は安堵の笑みが見えており、ついさっきまでグローブを交えていた相手とはとても思えない。

「ん…ああ、大丈夫だよ」

自分を失神させた相手が見せる安堵の笑みに、しかし嫌味は感じない。陰湿なものを感じさせないのは、恐らくマイヤの人格による所が大きいのだろうと柊は思った。
身体が動くようになったとはいえ、結構な数のパンチを貰ったせいか立ち上がろうとするとまだ足元が覚束ない。中腰になった辺りで上体をフラつかせると、慌ててマイヤと植木が柊の身体を支え、宗観の運んできたスツールに座らせられると「悪ぃ」と顔を上げた。

「いやあ、負けた負けた。やっぱり強えなあマイヤは」

マイヤを見上げる柊の顔には少し赤みが差し、しかし不満は感じさせない。それどころか、スパーリング前まで帯びていた鬱憤のようなものが見事に取り払われているように見えた。
元が超のつく美人だけに思わずマイヤも見惚れてしまうが、すぐに頭を小さく振ると、

「イイエ。あなたノブランクがひびいタダケ、デスヨ」

微かな笑みを浮かべ頬にかかる赤髪を白い指でかき上げた。

「コノスパー、ワタシハいっぱつモパンチをもらワナイツモリデシタ。ソレヲかだいトシテマシタカラ。デモ、シュウのパンチハもらッテシマッタ。モシブランクガナケレバ……」

スパーリングの内容を覚えている限り反芻し、頬を紅潮させ不器用な日本語を操るマイヤ。しかし途中でどう伝えたらいいのか分からず、言葉を詰まらせてしまった。

「いや、ブランク抜きにしても敵わなかったって。さすが無敗の世界チャンプ、恐れ入ったぜ」

言葉を詰まらせたマイヤを制し、柊は素直な感想を述べる。しかし、続けた一言は彼女の強気な性格を如実に表すものだった。

「でも、次にやる時は絶対負けねーからな。覚悟しとけマイヤ」


次にやる時は……


確かに柊はそう言った。

「つぎニ…ヤルときハ……」

思わずおうむ返しに呟くマイヤへ、柊は正面から見据え更なる宣言をした。

「オレはプロになる。もう決めた。プロになってお前に改めて挑戦する。そう待たせねーつもりだが、それまで待っててくれるか?」

言い終わると同時に回復したのかスツールから立ち上がり、無敗のロシア人に右手を差し出す。それをしばし呆気に取られながら見ていたマイヤだったが、ようやく受け入れた出された右手を握った時、その顔から優しさは消えていた。

「エエ。まチマス。シュウ、あなたガワタシノまえニモウいちどたツマデ」



 マイヤとのスパーリング、そしてプロ入りを宣言してから、早くも1年が過ぎた。高頭 柊は本格的に吉川ジムへ入会し、棗 希美から“準備期間”として与えられた半年間をひたすらトレーニングに費やした。
その間、希美はオーナーとして迅速かつ精力的に活動を行った。

まず、未だアマチュアボクサーとして籍を置いていた協会へ働きかけプロ移行を認めさせた。
次にプロボクシング協会へも働きかけ、日本人女子選手初のオリンピック金メダリストという武器を使い、異例中の異例であるA級プロテストの実施を承認。
さらには各所へ積極的に宣伝を行い、プロテストをTV放映させるまでに至らせた。
これだけの事をするのに使った資金は、一個人に掛けるにはあまりに莫大に過ぎるものだった。が、希美とてなにも慈善事業で莫大な私財を投げ打った訳ではない。

アマチュアオリンピックで頂点を極めた柊を、今度はプロの頂点にのし上げる

影ながらその一切合切に自分が関わろうとしたのである。つまり、自分の経営するジムの練習生でありながら、柊の個人的なスポンサーになろうとしていたのだ。
ただ、希美は柊に楽な階段を上らせようとは微塵も考えていない。柊がマイヤに言った「長く待たせるつもりはない」という言葉を汲み、最短の道は用意してみせる。
つまり、それは常に格上と闘わなければならないというリスクを負うものだ。
そのリスクを踏み越え続けなければ、あるいはマイヤの前に再び立つ事すら叶わぬ夢で終わるかも知れない。
しかし、この程度は乗り越えるだろうという予感と期待を、希美は胸に抱いてもいるのだった。

“準備期間”を終え、TV公開のプロテストで実戦テストに指名された1階級上の世界ランカーを、柊は全く寄せ付けず完璧なボクシングで圧倒してみせ無事に合格。
そしてライト・フライ級でプロデビューの機会を待つ彼女を見計らったかのように、国内上位ランカー4名によって行われる予定だった王者挑戦権トーナメントに欠場が発生。
例によって希美の積極的な働きにより欠場枠に柊を割り込ませ、2015年12月。全国の注目を集める高頭 柊のプロデビュー戦が決定した。

「高頭、トーナメントの組み合わせが決まった。ちょっと来てくれ」

ジムでサンドバッグを前に汗を流す柊へ、会長室から宗観が呼びつけた。普段は感情を露骨に表す事のない宗観の声が明らかに震えている事を訝る柊だったが、相手がどこの誰であっても正面から踏み越えて行かなければマイヤには辿り着けない。

トーナメント出場選手はライト・フライ級1位、『格闘令嬢』の異名を持つ新堂 早弥香(しんどう さやか)
同級2位、対戦相手を潰すまでは鮮やかかつ多彩なカウンターを駆使し天才の名を欲しいままにした古豪、武藤 優(むとう ゆう)
そして同級3位……A級に上がってすぐの試合でまさかの大物喰いを果たし、一気にランカー入りした小原ナックル時代の先輩、夏井 咲夜(なつい さくや)

誰と当たっても決して楽な試合にはならないだろうが、心情的に咲夜とは当たりたくないな、と思いつつ会長室へ入った。

中には会長の宗観とメイントレーナーの植木の2人だけだった。ただ、一様に苦虫を噛み潰したように眉間を顰めている。そして、向かい合ったソファーの前に置かれた木製のテーブルの前には、今回のトーナメント表と思わしき1枚の用紙。

「これか。見ていいんだよな?」

問いに無言で頷くのを確認すると、柊は無造作に用紙を手に取る。4人しか参加しないからか表はシンプル極まりないものだったが、自分の名前の隣に書いてある名前……即ちデビュー戦の相手となる名前を見て、固まってしまった。

「ど……どういう事だよ、これ………」

「3位の夏井選手がキャンプ中に大怪我を負ったらしく、トーナメントを辞退せざるを得なくなったらしい。で、その代役に立てられたのが……」

そこから先は言葉にならないといった風で宗観は口を閉ざしてしまい、植木もどこか諦観した様子。柊はもう1度トーナメント表に視線を落とし、ぼそりと呟いた。

「参ったな……マジかよ」




                                ~~fin~~
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コメント

No title

執筆お疲れ様です。続きを楽しみにしていました。怪我のほうは大丈夫でしょうか?まず、怪我を治すことを集中してください。

No title

hayase様:コメントありがとうございます。怪我の方ですが日常生活をする分には問題ないレベルまで回復してるので、少しでも時間を作って執筆も進めていきたいと思ってます。
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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