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第49話 『不安だらけの第2戦』

 プロボクシング編、第49話です。気付けば前回更新から約2ヵ月、果たして前回の話を覚えている人がどれだけいるのだろうか……



<拍手返信>
・ぴーこ様:植木が逆にボコボコに、なんて展開だったなら別の意味でトラウマだったでしょうね(汗)今回はそんな植木の内情があれこれ暴露された話でした。





植木 四五郎と新名 孝子。2人に秘められた過去の出来事。酒が入るうち、どちらともなく思考は昔へと遡っていく。
そして突然過ぎる孝子からの告白に、植木は戸惑いながらも自分の気持ちを認識するのだった。












「ぐぶッ」

 腹に響く鈍い衝撃で小さく呻き声を上げ、同時に少量の唾液の雫が噴き出す。下司 ナミのプロ第2戦目は、予想だにしない苦戦の様相を呈していた。

対戦相手のシャーク戎(えびす)は今年で25歳。遅咲きながら獰猛な左ショートアッパーを武器に、4勝3KOとKO率は高い。
鳴り物入りでプロデビューしてきたナミの初戦を見て、与し易い相手と見て取った戎のジムの会長からの、たってのオファーだった。
第3Rが終了した時点で、その思惑は的中しているといっていい。

「はぁ、はぁ、はぁ」

結構なスタミナを消費してしまっているのか息を荒げるナミに対し、戎は小さいガッツポーズと共に小走りでコーナーへ帰っていく程の差が出ていた。
チーフセコンドの池田がリング内に雪崩れ込み、立ったままのナミに座るよう指示するが、ナミはそれを拒否。
深呼吸を繰り返すナミへ、池田が尚も声を張り上げる状態だった。

「ったく、なにやってるんだあいつらは!?」

観客席でその一部始終を見ていた植木 四五郎が、思わず髪を掻き毟る。

「植木さ…先生、下司さん、調子悪いんですか?」

そんな植木の顔を覗き込むように、新名 孝子がちゃっかり真隣に陣取って訊ねてきた。

「ああ。良くはないだろうな。相手もやるが、普段のあいつならもう終わらせてていいはずだ」

第4Rに向けてのインターバル、赤コーナーで池田とまだ何やら言い合っているナミに視線を送りながら、答える植木の表情は渋い。
彼が山之井ジムに在籍していた頃から、ナミが池田とはウマが合わないとぼやいていた事は知っていた。

が、まさか試合に影響するまでとは……

(会長(おや)っさん、なんであんたがチーフに就いてやらねえんだよ!?)

会長の意図が読めず、知らず知らずのうちにギリッ! と歯を噛み締める音を鳴らす植木の耳に、「セコンドアウト!」というアナウンスが耳に飛び込んできた。



 植木(と孝子)がナミの苦戦をやきもきした気分で観戦していた頃、別の場所で同様な心境を抱く者がいた。
互いにプロデビュー戦を闘った小学校時代からの親友、上原 梨佳子(うえはら りかこ)である。

平日の興行、しかも前半の試合という事で光陵の仲間は部活中。植木はマネージャーの知念 心・中森 陽子両名にスケジュールを管理させ、孝子に関しては主将たる葉月 越花がナミの試合を一度生で観て欲しいとお願いする流れでの観戦となっている。
対して梨佳子は部活に入っていない為、平日にも関わらず観戦に間に合ったのだった。
我が事以上に気になる親友の快勝を楽しみに、会場へ足を運んだのだが……

「ぁあん、もう! 攻められっぱなしじゃない!! なんで反撃しないのよ」

危うい1発を辛うじてブロッキングするナミの、そのもどかしい試合ぶりに思わず唸りを上げてしまう。そんな様子の梨佳子に、後ろの席から声がかけられた。

「失礼。あなた、下司選手のお知り合い?」

背後から突然の呼び掛けに、興奮の熱を冷まさせられた梨佳子は声の方を振り向く。そこには、年上とも同い年ともつかぬ不思議な雰囲気の女性がいた。

濃紺のレディーススーツに身を包み、下から覗く純白のブラウスがいかにも清潔感を漂わせる。
肩口に先端が触れるかどうかの長さに切り揃えられた漆黒の髪は、前髪に被るように伸びた不自然なアホ毛を除けば大人びた印象を与えていた。
更にその隣には、スーツよりやや長めの髪で小麦色の肌、目元のくっきりした美人。

「え? ええ。あの、あなた方は……」

突然声をかけられた戸惑いとナミの試合への集中を邪魔された不快感、その2つを混合させた表情で梨佳子は2人を見やる。

「私は棗 希美(なつめ のぞみ)。ただの一ボクシングファンよ。そしてこっちは」
「沢村 永遠(さわむら とわ)。数年後にはフェザー級の世界チャンピオンになる女よ」

警戒心剥き出しの梨佳子を和らげるようにまずスーツの女性が、次いで小麦肌の女性が相次いで自身の名を紹介する。

「上原 梨佳子です。ナミとは古い友達なんですよ」

未だ警戒を解き切っていない梨佳子は、手短に自己紹介を済ますとすぐさまリングの方へ振り返った。
ナミがどうなったのか、気が気でなかったのだ。
振り返った視線の先には、戎をロープに追い込むもクリンチでチャンスを潰されてしまうナミの姿。
得意のコンビネーションラッシュも、上手く機能していない様子だった。

「あちゃあ、惜しかったなあ今の。というか、あれ逃がしちゃダメっしょ」

永遠が片手で頭を軽く叩くリアクションを見せる。
一方で希美は無言のままリングから目を離さない。
詳しく知りもしない永遠に偉そうに語られたくないと、梨佳子はムッとしながらも希美に倣う。ただ、永遠の言う事には同意だった。

梨佳子の知るナミの実力なら、ロープに追い込んだ時点で王手だった可能性が高い。
抜群の肺活量と比類なき当て勘、そして正確な彼女のコンビネーションラッシュを以てすれば、安易なクリンチで逃げられるような下手は踏まないはず。

「なんだか気が逸り過ぎな感じがする」

レフェリーによって分けられる2人を見やり、無言だった希美がボツリと呟く。

恐らく希美の疑問は正しい

梨佳子は微かに頷いた。

「多分……ナミは苛立ってる」

「苛立ってる?」

意識せず口についた梨佳子の言葉に、希美がオウム返しに聞き返す。

「あー、なんとなく分かるな。上手く試合が運ばないとだんだんムカムカしてしてくるって事、あたしもあるもの」

特に相手が格下だと実感した時はね、と永遠が梨佳子の言葉に同意してきた。ただ、ナミだけでなく煮え切らない展開に苛立ちを覚える梨佳子である。
後ろの2人の相手も適当に、席を立って大声に声援を飛ばすのであった。



「ナミーー! ファイトォーーッ!!」

 聞き覚えのある声が、他の声援を貫いてナミの耳へ飛び込んでくる。

「梨佳子……?」

試合は最終第6Rに向けてのインターバル。赤コーナーで池田と向かい合っていたナミは、声の方向を向き思わず呟いていた。

「ちょっと下司さん、どこ見てるの!? 今は試合中でしょッ!!」

池田が苛立ち混じりの剣幕で叱りつける。

「私の指示を聞かないから、こんなに苦戦してるのよ。分かってる? あれだけ相手の左ショートアッパーは危険だからインファイトは避けて、って言ってるのに。あなたは……」

両肩を掴み、顔を近付けて説教モードに入ろうとしていた池田へ、「うるさいわね」と一蹴するナミ。

「アンタが『アウトボクシング、アウトボクシング!』って馬鹿の一つ覚えに連呼するからでしょうが! もっと状況見て指示出しなさいよ!!」

遂に堪忍袋の緒が切れたのか、スツールに座ったまま池田へ怒鳴りつける。リング内とはいえ、公衆の面前で年下の娘に面罵されたのが堪えたのだろう。
池田の顔が見る見るうちに朱くなっていく。

激昂寸前の池田と、既に爆発したナミ。このままでは試合そっちのけで取っ組み合いでも始めそうな剣幕の2人を、山之井会長が制した。

「いい加減にせんかぁ! 今は試合中だぞ!!」

気さくだが滅多に怒鳴り声など発さない会長の怒声は、なるほどこの業界に長く携わる者の威厳を感じさせる。
2人の感情に満ちた熱気を見事なまでに吹き飛ばした。

「「あ……」」

一喝され、唖然とした表情を向け同時に声を漏らす2人。そして、まるで会長を後押しするように流れるブザー音と『セコンドアウト』のアナウンス。

「ともかくこれが最終Rだ。ポイントは俺の見立てじゃ怪しい所だが、敢えて何も言わん。お前の好きに闘(や)ってこい!」

池田をリングから出させ、ナミの口に洗ったマウスピースを無理やりねじ込ませていく。
『ラウンド6……ラストラウンド!』のアナウンスとナミの「むぐぅ!」というむせ声が同時に聞こえると、ナミの肩を叩き会長は階段を降りていった。



 リング中央で右拳を突き出し、健闘をたたえる意味でグローブをタッチするナミとシャーク戎。いつもの調子であったなら、恐らくこの儀式はしてなかっただろうなとナミは思う。
ただ今回はオーバーワークの果てに調整を……とりわけスタミナの面で失敗してしまった。
プロ失格ね、と後悔しきりである。しかし今は試合の真っ最中。せめて勝って、少しでも自分を労ってやる材料としたい所であった。

「シッ、シィッ!」

ナミに残された時間は2分。たった2分で、自分に有利な判定をつけてみせなければならない。
果敢なオフェンスでアグレッシブ(積極性)のポイントを稼ごうという打算も兼ね、ナミは間髪入れないワン・ツーを繰り出す。
しかし、疲労はあれど戎もプロボクサー。フェイントも何もないワン・ツーなど、がっちりブロッキングしてくる。
ならば上下に揺さぶってやろうと、左肩を震わせて顔を狙うアピール。

フェイントを仕掛けて、狙うは右脇腹!

戎が顔を覆う仕草を見せた為、ナミは躊躇なく右腕を横薙ぎに振り抜いた。刹那、響く鈍い打撃音。

「ぐごッ」
「ぶほッ」

短くくぐもった呻き声を吐く両者。
そう、両者。
ガードを固めたと思われた戎の動きは、実は起死回生のカウンターを狙ってのものだったのだ。
焦りと疲労による、ナミの判断ミス。
戎の脇腹を穿ったナミの右拳が、ナミのアゴにめり込んだ戎の左拳が、同時に相手から離れる。
そして、よりダメージの大きかったナミの方が膝を落とし身体を沈み込ませていった。

「ナミ坊!」

リングの外から自分に向けて放たれた、誰かの叫び声。その声は不思議と、ナミの微睡んだ意識をクリアーなものへ覚醒させた。

「このッ」

ダンッ! と右足を踏みしめ、ナミは伸び上がるように……いや、もはや飛び上がるといった方が正しい表現だろうか。
下から右ストレートを戎の顔面へ突き立てた。
この反撃には反応出来なかったのか、戎の顔面にナミの拳がめり込む。
2、3歩後退したたらを踏む戎に、チャンスとみたナミはなけなしの燃料を投下し攻勢に出た。

左ショートフックをボディーから顔面へのダブル、さらに顔面へとトリプルで連打。
そして右ストレートから左ストレートでフォローし、体重移動(シフトウェイト)してからの豪快な右アッパーをアゴへ放つ。

殴打音が立て続けに鳴り、戎の皮膚や汗に纏わりついた汗がパァッと舞い散る。
さらにはマウスピースまでもが唾液の糸を引いて飛翔。
これはさすがに効いたようで、戎は大きくバランスを崩して後退。
リングロープに身体を深く沈ませるとレフェリーが両者の間へ割って入った。

「ダウン!」

怒涛の6連打によるスタンディングダウン。最終ラウンドに来て、ようやくナミの本領発揮ともいうべきコンビネーションブローが炸裂したといえるだろう。

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! きっつーー」

ニュートラルコーナーに思い切り凭れ、両腕をトップロープに乗っけて天を仰ぐナミ。天を仰ぎつつ、ナミはふとある方向へ視線を流してみる。視線の先には、インターバルの時に声援をくれた幼馴染みの姿。

やったよ、との意思表示も兼ねて右手を軽く回してみせると、梨佳子は喜んでくれた。

その後はナミへ流れが傾き、ペース配分などお構いなしで攻め立てるもKO出来るような攻撃力などもはやなく……



カンカンカンカンカンカーン!



試合終了のゴングが乱打。勝敗は判定へと委ねられるのであった。



 試合が終了し、一旦は各コーナーへ戻ったナミと戎だが、レフェリーがジャッジから判定の紙を受け取ると会場内は自然と静まっていく。
緊張の空気が張り詰められたリング上、レフェリーは静かに

「……以上、3対0のユナニマス・デシジョンにより…赤コーナー、下司選手の勝利です」

とナミの判定勝利を高らかに宣言した。

「か…勝ったぁ」

勝利報告に緊張の糸が解けたようで、ナミはコーナーマットへ体重を預ける。そして含羞み顔で自分への喝采に応えた。

「良かった、勝ったぁ」

会場の一席、親友の勝利に梨佳子はほっと胸を撫で下ろす。

「最後のダウンがなかったら危なかっただろうけどね」

その後ろからいやらしい笑みを覗かせる永遠に腹立たしさを覚え、安堵の表情が瞬時にして膨れっ面へ変貌する。
既に旧来の友人であるかのような2人のやりとりに苦笑しつつ、希美は改めてリングを降りていくナミへ視線を向けた。

(勝つには勝ったけど、永遠ちゃんの言った通り辛勝も良いところ。鮎美ちゃんが随分褒めてたから少しは期待したんだけど……)

まああの娘はいつも相手を褒めちぎるから、と再び苦笑してしまう。

女子フライ級日本ランキング7位、菅谷 鮎美(すがや あゆみ)

希美や永遠の高校時代の後輩で、当時から世界に通用する逸材だと噂されていた女子ボクサーである。ナミのプロテストで相手した時に、希美らへその実力を伝えたらしい。
恐らくはかなりの褒め言葉を以て。

しかし、今日の試合ぶりは希美の眼鏡に叶うものではなかった。

(あの娘へのスカウトは……見送りね)

バッグからボードに挟んだ用紙と万年筆を取り出し、希美は優雅さを感じさせる筆捌きでナミの名前に線を引く。
希美はナミの恩師、吉川 宗観(よしかわ そうかん)が会長の吉川ジムへ多額の出資をしている、いわばスポンサーである。
希美は希美なりに独自で有望な選手のスカウトリストを挙げていたのだが、ナミの実力はスカウトするに値しないと判断した。
ただ、彼女は先立ってナミが宗観自身にスカウトされ、それを断った経緯を知らない。
偶然にも移籍は断念という形で一致し、希美は次の試合へ目を凝らすのであった。



数年後、希美のナミへの評価は劇的に覆る事となる。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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