スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第48話 『孝子の告白』

 プロボクシング編、第48話です。前回更新から余裕で1ヵ月以上空いてしまい、読んで下さっている方には大変失礼しました。


<拍手返信>
・ぴーこ様:いつもコメントを頂いておきながら返信が出来ず、大変申し訳ないです。今や男子部に劣らず強豪と化した女子ボクシング部の新顧問というだけあって、指導術に関しては確かなものを持つ孝子。さて、過去にあった植木との因縁はどんなものなのでしょう? それは今回の話をご覧下さい。




光陵女子ボクシング部の新たな顧問として、校長直々に招聘された女性・新名 孝子。
いきなりの新顧問着任にその能力を疑問視する部員たちだったが、孝子のコーチングは確かなものと考えを改める。
しかし、そんな孝子はかつて植木と少なからず因縁を秘めた女性だった。

植木の脳裏に、過去の出来事が甦る。












 今から10年は前になるだろうか。当時プロボクサーとしてまだ駆け出しだった植木 四五郎は、デビュー戦前の女子プロボクサーである大杉 孝子とスパーリングする羽目となった。
当時、国内に於ける女子プロボクシングというジャンルはまだまだ未発達で、マイナースポーツの域を出ない状況。
そんな中にあって煌びやかな孝子の存在感は、相当新鮮なものに映ったのだろう。いち早く目をつけたあるTV局が、ドキュメンタリーの一環として取材チームを用意し貼り付かせていた。
今回のスパーリングも、そんな背景と圧力を以て組まれた一場面であったようだ。
相手は別に誰でも良かった。孝子本人がファンであった植木を指名しただけに過ぎない。取材陣も、よもや本気で挑むまいとタカを括っていた。

だが、この楽観的観測は数分後、ものの見事に打ち砕かれる事となる。
しかも、その原因の一因が自分たちにあったなど知る由もなく。

「お待たせしました。じゃあ早速始めましょうか」

散々待たせておきながら、孝子は謝罪もせず優美に口を開く。その妖艶さはなるほど大人びた女性の色香を誇っている。
ただ、後に彼女と同い年だと聞かされ、植木は愕然としたものだったが……



 スパーリング中の注意事項を伝え、2人はコーナーへ下がる。試合本番の雰囲気を作って欲しいとのTV局の要望で、各1人ずつセコンドが就く事となりマウスピースを銜えさせて貰う。
そして開始のブザーが鳴らされると、両者はゆっくりとコーナーを離れた。

礼儀としてグローブを軽く打ち合わせ、無言で対峙する2人。
植木、孝子共に右構えのオーソドックススタイル。
互いに階級はライト級だが、身長は植木の方が高い。
そして、その体格差を埋めるべく先制攻撃を仕掛けたのは孝子の方だった。

「シュッ」

短く空気を吐く音と共に放たれる左ジャブ。
自身へ向かってくるパンチを、植木は難なくサイドスウェーでかわす。
続けて打ち込まれてくるジャブを上手くかわし、今度は植木が左ジャブを刺し返す。
孝子は咄嗟にブロッキングし、グローブとグローブの間からはバンッという重い音。
ガードを解く間もなく、植木の右ストレートが再びグローブ越しに乾いた音を響かせる。

「えっ……?」

危うくクリーンヒットは免れたが、孝子は慣れない感覚に思わず声を上げた。
ガードしたその身体が、ほんの僅かながらも浮いたからである。
足の裏に何も踏んでいない頼りなさからバランスを失い、着地した瞬間二、三歩後退しそのまま尻もちを着いてしまった。

「スリップ!」

両膝を立て、ガードの姿勢のまま尻もちを着いた孝子へ、会長はスリップを宣告。あれをヒットによるダウンと取らなかったらしい。
どちらにせよこれは試合ではないのだし、判定などあってないようなもの。
植木も特に気にした様子はなく、早く立てとでも言わんばかりの表情で孝子を見下ろしていた。

すぐに立ち上がり、ファイティングポーズを構える孝子へ尚も植木が襲い掛かる。
力強く、そして速いコンビネーションブローを、孝子は辛うじてガードするばかり。
反撃に転じる隙も、ましてや余裕などありはしなかった。

(お、重い……骨に響く)

必死にガードする腕や肘が、パンチのインパクトの度に軋み悲鳴を上げる。
しかし、どれだけ痺れようと決して腕を下げる訳にはいかない。
下げたが最後、間違いなく猛威の渦に飲み込まれるであろうから。

「くッ」

どのみちこのままでは埒があかないと、孝子は一旦大きく距離を取るべくバックステップ。
しかし、これを狙われていた。
孝子の下がった距離を、植木は鍛えた脚力を以て何と一足に詰めたではないか。
いとも容易く獲物を射程内に捉えたハンターは、その武器を情け容赦なく振るう。

「ぶげッ!」

右のグローブがヘッドギアの奥にある孝子の頬に埋まり、鈍い音と短い呻き声が同時に聞こえた。
殴られた衝撃で口内の唾液や顔に付着していた汗が、飛沫となって鮮やかに宙を舞う。
生まれて初めてまともに浴びせられた、男の本気のパンチ。
それは、孝子の想像を遥か上回る恐怖の代物であった。
アイドルであるかのような扱いを受けてきた孝子に、例えスパーリングであろうと本気で相手するような男性の練習生はいない。
少なくとも、今までスパーリングしてきた相手の中にはいなかった。

「シィッ」

ただ縮こまっていたのでは迫る恐怖感に擦り潰されるような気がして、孝子は再び手を出し始める。
しかし、無情にも繰り出すパンチが叩くのは虚空ばかり。
植木は無表情のまま、殆どフットワークのみで孝子のパンチをかわしていた。
しかも、ただかわしている訳ではない。1発ごとに植木は孝子との距離を潰し、プレッシャーを掛け続けていく。
その様は、対峙する孝子にしてみれば首刈りの鎌を掲げゆっくり迫ってくる死神を連想させられて、本能的に後退を繰り返す。
リングに上がる前の鼻につく態度も完全に消え失せ、恐怖に震える彼女を支えていたのは、まさにプロボクサーとしてのプライドであった。

植木から感じる恐怖に抵抗するには、実にささやかなものではあったが……

「シュッ! シュ、シィッ!」

空気を吐き、孝子は間断ないジャブを打ち続ける。
ともかく懐を取られてはいけないという一種の脅迫観念によるものであったが、それが功を奏したのか植木の前進が緩まったように見えた。
ただし、あくまで緩まっただけに過ぎない。
ここから仕切り直そうと一歩後ろへ退いた、まさにその時……



ドンッ



何かが背中を押し返した。

「……え?」

危険な相手を眼前にしている最中だというのに、孝子はつい左右を確認してしまう。
視界に映るのは、四方を繋ぐ4本のリングロープ。
自分の左右を覆うように伸びるそれを見た瞬間、孝子は青ざめた。
植木の誘導でいとも容易くコーナーを背負ってしまった事を悟ったからである。
植木の前進が緩んだのは、何も自分のジャブを警戒したからではない。

下ごしらえが済んだという意味だったのだ。

それは、例えるなら肉食獣が獲物を襲う前に一瞬動きを止め狙いを定める……という所だろうか。



 背筋には冷たいものの流れる嫌な感触。周囲僅か数メートルが、どこか異質の空間と化したかのような錯覚。
孝子は戦慄した。今向かい合う相手とは同じ条件でリングに上がるボクサーではない。

彼は狩猟者で、彼女は獲物。数秒もしないうちにハンティングが始まる事だろう。

誰かが息を飲む音が、やけに澄んで聞こえる。その主が他ならぬ自分自身だと理解した時、空気が加速度を上げ動いた。
バグッ! と顔の位置に構えていたグローブ越しに鈍い衝撃。
植木の右ストレートだ。
間一髪でブロッキングした孝子へ、植木はガードの上からお構いなしにパンチを振るい始めていく。
ガードごと噛み砕くといわんばかりのラッシュが、退路を断たれた孝子へ降り注ぐ。
普通ならガードの上ばかり叩いても、相手に致命打とはならない。
ただ、女性の華奢な腕は盾とするにはあまりに脆弱に過ぎた。

「ぶぐッ」

果たして、10発近くのフルスイングをガードしたその両腕は儚くも粉砕され、次に放たれたストレートは隙間を縫って孝子の顔面へ強打。
頬肉を押し潰され、タコのように尖った唇の間から唾液の飛沫が舞っていく。
盾を砕かれ、己が身を守る術のなくなった孝子が滅多打ちにされるのに、さほどの時間も要しなかった。

「ぶぉッ、ぶぷぅッ、ぐぎゅあッ、ごぱあッ……」

植木が機械的にパンチを繰り出し、それが顔や腹に突き立つ度、孝子は無様な呻き声を発する。
これまで鍛えてきた、いわば鎧となるべき筋肉は全く役に立たず、ただひたすらに殴られ続けていく。
自分の意思とは無関係に下手なダンスを踊らされる孝子の、その腕が腰まで垂れ落ちたのを機に山之井会長が2人の間へ割って入った。

「ストップだ四五郎! もう止めろッ!!」

尚も手を出そうとしていた植木を制し、会長は何度もストップと叫ぶ。ようやく植木が我に返ったように落ち着きを取り戻すと、眼前にいたはずの孝子はコーナーマットを背に尻もちを着き、完全に脱力していた。

「あーあ、こりゃあ……」

孝子を手際良く仰向けに寝かせ、器用にヘッドギアを脱がせた会長は二の句を繋げられず絶句。
汗で濡れた孝子のその顔は、恐怖で引き攣ったまま固まってしまっていたからだ。
よく見れば、横たわる全身も微かに震えているのが見て取れる。
そんな状況をあろうことか激写していたカメラマンを遮り、会長は救急車を呼ぶよう指示。
強張った呻き声を漏らすばかりの彼女は、そのまま病院へ搬送された。



 結局、孝子は1日だけ入院したに留まり外傷も微々たるものだった。が、若き植木が彼女につけた傷痕は、寧ろ精神的な部分であった。
それは、デビュー戦で相手のパンチをただ木偶のように貰い続けた事で証明されたといえよう。
相手のパンチが飛んでくると、身を棒のように硬くして動かず……いや、動けずにひたすら浴び続け文句なしのKO負け。

そして試合後の精密検査で右目の網膜剥離が発見された為、デビュー戦がそのまま引退試合となってしまった。
植木とのスパーリングで、孝子はパンチに対する恐怖心を刷り込まれてしまっていたのである。
将来を嘱望された彼女の、あまりに早過ぎる引退は関係者を大きく落胆させ、彼女自身も相当に荒れたと噂で聞いていた。

尤も、間接的に孝子を引退に追い込んだ植木が同じく網膜剥離で若くして引退を強いられたのは、運命の女神の痛烈な皮肉という他ないだろう。


「……植木さん?」

急に黙り込んだ植木を心配したのか、孝子が肩を優しく揺すってきた。過去の拭い切れない後悔を思い出していたとは、本人の前でとても言えない植木である。
大丈夫とだけ告げて安心させると、猪口の中の酒を一気に呷った。

とにかく酔いたい気分であった。



 すっかり暗くなった夜の道を、植木と孝子は連れ立って歩いていた。居酒屋から出た2人は、街灯を頼りにやや頼りない足取りで最寄りの駅を目指す。

「……植木、さん」

暫く無言だった孝子が静寂を打ち破ったのは、周りに人影の見えなくなった頃。

「んぁ?」

久方ぶりにアルコールを大量に入れたからか、短く答える植木の顔は赤い。尤も、呼び掛けてきた孝子の顔も似たようなものだったが。

「今、フリーなんですよ、ね? 確か」

遠慮がちに確認を取る孝子に、植木はすぐに答えず少し間を置いてから「ああ」と答える。

「だったらその……してもいいですか? えと、立候補」

植木とて子供ではない。孝子の言わんとする事は理解出来た。
何故自分が好かれているのかは理解の外だが、孝子は恋人になりたいとアプローチしてきたのだ。

再びの沈黙。植木は返答に窮した。ふと1人の女の子の顔が浮かんできたからである。

ふわりとボリュームを感じさせる、自然な茶色のセミロング。
強気に吊り上がる眉と、対照的に垂れ下がった目尻。
行動力と責任感に溢れた、一回り離れた年のご近所。

いつの頃からだろうか。兄と慕ってくれるその少女に対し、確かな恋の感情を抱いたのは。
初めて意識したのは、一年生の新人戦の頃だった。
身体の成長に伴って徐々に落とすのが困難となっていた体重。
風邪の影響もあってどうしても規定体重まで落とせず、挫折し道端に伏していた彼女を見つけた時、心底心配したのを今でもよく覚えている。

その後も彼女の減量を気にした植木は、同階級の仲間をダシに上の階級へ移るよう権力を駆使したりもした。

(あいつはどう思ってるんだろうな? せいぜい兄貴分程度だろうか)

さすがに自分を恋愛対象とは見てないかな、と心の中で自虐気味に思いながら、もう気付いた気持ちは抑えられない。
植木はナミを恋愛対象として好きになっていたのだ。

ならば、孝子に対する答えはひとつ。

「すまん。お前の好意に俺は応えてやれない」

小さく、だがはっきりとした口調で、植木は孝子の告白への答えを出した。

「……そう、ですよね」

幾秒かの沈黙の後、ようやく孝子が口を開く。その肩は少し震えているように、植木には見えた。

「そうですよね。久しぶりに会っていきなりこんな事言われても、応えるなんて出来ないですよね」

そう言って植木を見つめる孝子の顔は、眉を顰めながらも無理に笑みを貼り付けたような、何とも形容し難いものだった。

「駅ももう近いし、とりあえず今日は帰ります。送って頂いてありがとうございました」

軽く会釈をすると、孝子はクルリと踵を返し背中を向ける。そして1人で駅へ歩き出していく。その途中で振り返るや、

「私、まだ諦めませんから!」

とだけ告げて孝子は去っていく。

「え? あ、いや、だからな……」

孝子の置き台詞に、唖然とした顔の植木は虚空へ向け独り言を言う他なかった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。