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第28話 『部内スパーリング戦(2) ナミの場合』

 プロボクシング編、第28話です。



<拍手返信>
・ぴーこ様:柊のチートさんぶりは更に磨きが掛かっております。順子も一応I・H県予選の決勝まで残った実力はあるのですが、さすがに競う相手が悪すぎたようです。
次はナミの番ですが、果たしてどうなるか……





9月最初の日曜日。ふとしたきっかけから行われる事となった、柊と順子・ナミとの部内スパーリング戦。
由起の根回しにより外部からのギャラリーも集まった中、まずは順子との対戦。しかし、強化合宿を経た柊の前に、順子は為す術なく敗退してしまうのだった。











 下司 ナミと高頭 柊が、初めて本気でグローブを交えたのは約1年前。奇しくも、この光陵女子ボクシング部室のリングの上で。
その時は、柊に焦りが見え無理に攻めた挙句、ナミの作戦が的中。天才は初めてリングに腰を落とす結果となった。

「なんだかんだで、お前と初めて闘ってからもう1年経つんだよな。あれからオレがどれだけ成長出来たか……確かめさせてもらうぜ」

「早いわね、ホント。あれから1年しか経ってないってのに、アンタはオリンピックの強化選手とかになってるんだもの。あの時には全く想像もつかなかったわよ」

リング中央で向かい合い、穏やかな笑みを見せる2人。今から本気で殴り合うとは思えない穏やかさである。
だが、微笑みを浮かべる2人のその目だけは、闘志に満ち満ちていた。
どちらともなく右拳を突き出し、軽く打ち鳴らす。そして、植木に促されナミと柊は互いのコーナーへと下がっていった。

セコンドに差し出されたマウスピースを口に含まれ、グローブで微調整する。
トップロープを両手で掴み、コーナーマットと向き合う恰好のままその時を待つ。そして……



ビーーーーッ!



試合開始を告げるブザーと共に、2人は静かにコーナーを飛び出した。



 右のオーソドックススタイルで構えるナミと、サウスポースタイルの柊はリング中央付近で対峙する。
柊の出方を探るように、まずは左ジャブを散らし牽制。
これに対し、柊は小刻みなバックステップを使って射程外へと対比する。と思いきや、



バシィッ!



飛び込むように一足で踏み込みざまで左ストレートを打ち込んできた。

「がッ」

まさかジャブの戻り際を狙いすましてくるとは予想もつかず、ナミは柊の左拳によって顔面を打ち抜かれてしまう。
威力に抗し切れず、頭を仰け反らせる体勢で後方へとよろけた。
柊のパンチ力が格段に上がったのは、もはや疑いようもない。
ナミは追撃に備え、すぐさま体勢を整える。
ガードを固め正面を向いた時、眼前にいた筈の柊の姿は掻き消えていた。

(……ボディー狙い!?)

死角からのボディーブローと本能的に察知し、腕を使って防壁を展開。果たして、右肘に衝撃が走る。
左ボディーフックをブロッキングした証拠だ。
だが、この瞬間ナミは罠に掛かったと理解した。
腕に伝わる衝撃が、ごく軽微だったからだ。

(しまっ…)

突如下からアゴを突き上げる、ひと塊の烈風。
ボディーフックはフェイント、本命がこのアッパーだと分かった時には、ナミの視線は柊を見上げる位置へと下がっていた。



「ダウン!」

 植木が2人の間に割って入り、ダウンを宣告。促されるまでもなく柊は自らニュートラルコーナーへと引き、右腕をトップロープに乗せる。

この間、僅か30秒程度。

あまりにも鮮やかな主将のノックダウンに、その場にいた植木を除く全員が開いた口の塞がらない、といった表情を浮かべていた。
今リング上で天を仰いだまま尻もちを着いているのは、今年のI・H王者……つまり日本一の肩書きを持つボクサーである。
間違っても、同い年の少女に30秒かそこらでダウンを奪われるような人間ではない。
だが、現実は皆の目の前に広がる通り、ナミが実にあっさりとダウンさせられた。

それだけ、対戦者たるあの少女は桁外れの成長を遂げたのか
世界を見据えたオリンピック強化選手とは、これほどのものなのか

唖然とした表情の中誰もが抱く、それが共通認識であった。

ダウンカウントが鼓膜を叩く。呆然と天を向いていたナミがそれに気付いたのは、カウントが4を数えた頃だった。
つい反射的に立ち上がると、しっかりとファイティングポーズを構える。形としてはダウンだが、身体に残す程のダメージはない。
どちらかといえば、フラッシュダウンの類というべきだろう。
植木にカウント8まで数えられ、グローブを拭かれると有無を言わさず試合再開の合図が飛んだ。

気を取り直し、ナミは柊の動きに合わせる形で立ち合う。一方の柊も、ダウンの余波を駆って攻めるつもりはないらしく、じっくりと様子見といった所。

彼女なりに警戒しているのだろう。何せ、1度は負けた相手なのだ。

互いに静から動へ転じたのは、試合再開から約20秒後。
ふと間合いに詰めたかと思えば、ほぼ同時にジャブを放った。
ナミの左と柊の右が中空で交差し、互いの顔の横を通り過ぎていく。
さらに腹へ打ち込むナミの右ストレートを、柊は右側へサイドステップでかわす。
ガードの難しいポジションから、狙い撃つ柊の左ストレート。

「ぐッ」

ガードしにくい左へ回り込まれ放たれたパンチを、本能的にヒットポイントをずらす事で致命傷を避けるナミ。
しかし貰ってしまった事には変わりなく、柊は勢いに乗って追い立ててきた。

威力の上がった柊のラッシュに晒され、防戦で手一杯のナミは徐々に後退。
気付けば青コーナーを背負う形になっていた。

(よし、チャンス!)

ナミをコーナーへ追い込むと、ここぞとばかり柊はパンチの雨を縦横無尽に打ち込んだ。

「くッ、うぅ~」

威力だけでなくスピードも上がった柊のパンチを、ナミはただただガードするばかり。
このままではスタンディングダウンを奪われてしまうだろうが、如何せん反撃の隙がない。
柊のハンドスピードとまともにかち合えば、ナミに勝ち目はほぼ皆無。
下手に反撃すれば、カウンターで先の順子のように切って落とされる可能性が極めて高いのだ。
悔しいが、柊は自分の想像を遥か上回る成長を遂げたと認めざるを得なかった。

「ストップ!」

案の定、ガードを固めるばかりで攻守が一方的と判断した植木によって、ナミは2度目のダウンを宣告される事となった。



 カウント8でしっかり構え、試合続行の指示が入る。ここで一気に仕留めようというのか、序盤とは打って変わって柊は果敢に攻め込んできた。
立ち回りで完全に封殺されてしまい、ナミは得意のコンビネーションラッシュにまで移れない。
いわば最大の武器を振るう機会を奪われた状態。
柊を崩すに、やはり接近戦しか活路が見出せないのだが、そこは本人も自覚しているのだろう。
容易く懐を取らせるような下手は踏まなかった。

柊のジャブをブロッキングしつつ、ナミは積極的にフェイントを仕掛けながら何度もダッシュを敢行する。
そして、1R残り10秒……

「シュッ」

柊の放ったショートフックをかい潜り、ようやく懐への侵入に成功した。

(もらったぁ!)

これを千載一遇のチャンスと定め、ナミは右拳をギュッと握り締める。
狙うはそのアゴ……右アッパー!
充分に膝のバネを使い、下から上へ一気に加速。
大気を裂き放たれた右拳はガラ空きの柊のアゴへ……



ズゴォッ!



鈍く強烈な殴打音が耳元で爆ぜるのを聞き、顔は強引に天井と対面させられてしまう。
その先に、唾液と汗の珠が幾つも飛び散っていくのが見て取れた。

リング上での光景に、部室内が騒然と沸く。
何故なら、アゴを跳ね上げられたのはアッパーを放った筈のナミ本人だったのだから。

ナミに懐を取られるきっかけとなったショートフック。
実はこれが誘いであったと、果たして何人が気付いた事だろうか?

アッパーを打ちたくなるよう“わざと”アゴを空けた上で、柊はコンパクトな右のショートアッパーをカウンターで叩きつけたのだ。

狙いはズバリ的中し、カウンターは成った。
ここまでは柊の計算通り。
しかし、想定外は起きた。
アゴを打ち抜かれたナミが、反撃の左フックを放ってきたからである。

「!?」

このままダウンするだろうと踏んでいた所を、まさか反撃に転じてくるとは夢にも思わなかった柊。
タイミング、角度、手応え、全てが完璧だっただけに、このナミの反撃には対処が遅れ、判断も誤った。
即ち、ナミの左フックに対し右フックで迎撃に入ったのだ。

これは、逆にナミのカウンターチャンス!

(やべぇッ)

思わずそう思ったくらい、この対処は悪手。柊がモーションに入った時、既にナミは振り抜こうとしていたからだ。
幾ら柊のハンドスピードがずば抜けているといえど、到底間に合わない差。
こうなったら刺し違えてやる! と腹を括り、右腕を思い切り振った。

互いの腕が交差し、そして互いの拳が唸りを上げ迫る。



ゴッ!



柊はヘッドギアの上から拳を叩き込み、ナミの顔が威力に歪んだ。
ナミの拳は……目測を誤ったのか、はたまたアッパーで脳を揺らされたせいで軌道が逸れたのか、柊の後頭部を巻き込むように振り抜かれていた。

「ぶひゅうッ」

口からはマウスピースが飛び出し、放物線を描きながらキャンバスへと落下していく。
首が捻れた恰好で身体を震わせ、ナミはその場でキャンバスへと沈み込んでいった。











「んっ……くぅ、効いたぁ。さすがね柊……でもまだまだこれからよ!」

 震える身体に鞭打ち、ナミはすぐに立ち上がりファイティングポーズを取る。しかし、妙な雰囲気だった。
柊が何故か青コーナーのスツールに座っていたのである。

「もういいナミ坊、コーナーに戻ってグローブとヘッドギア外してもらえ」

立ち上がったナミの下へ植木が歩み寄り、変な指示を出す。

「は? なに言ってんの四五兄ィ。わたしまだやれるって……」
「やれるやれないじゃない、もう終わりなんだナミ坊」

状況が飲み込めず反論しようとするナミの言葉を、植木は静かに遮り「とりあえず戻れ」とだけ告げた。

訳も分からないままコーナーへ引き揚げ、やはり理解に至らず不満顔を貼り付けながら心にグローブとヘッドギアを外して貰う。

「まさかあんたさえも一蹴とはね。もう次元が違った……って感じだよ」

手際良くヘッドギアのマジックテープを剥がしつつ、心が呟く。

「一蹴って……言っておくけど、わたし負けたわけじゃないから」

一蹴という単語に反応し、過剰なまでの声量で反論するナミ。

「1Rでダウン3回、文句なしのRSCじゃない。今回のスパーって、オリンピックの試合ルールだったんでしょ?」

「……あ」

冷静な心の言葉に、我に返るナミ。どうやら、試合ルールだった事を失念していたらしい。だが、これで植木の言葉にも合点がいった。そして、一蹴の意味も。

「そっか……正直悔しいけど、でも認めないわけにはいかないか」

グローブとヘッドギアを外されると、ナミは意外にもしっかりした足取りで柊の方へと向かう。そして、まだバンデージを巻いたままの右手を静かに差し出した。

「むちゃくちゃ強くなったわね、アンタ。一体どんな猛練習してきたのよ」

ナミ同様、由起にグローブとヘッドギアを外して貰いタオルで汗を拭いていた柊は、傷ひとつない顔を向ける。
差し出された右手を自然に握り返しながら、ナミの問いに頭を捻るように小さく首を傾げてみせた。

「んー、そうだな。やっぱ環境がまるっきり違うからよ、設備とか選手層とか」

話を聞くに、いち高校の部活レベルとは根本的に違うとの事らしい。
朝から晩までひたすらボクシング漬け、しかも強化選手たちも意気込みからして半端ではない。
それも当然、何せ世界初のオリンピック競技の正式選手に選ばれるかどうかを競っているのだ。

それこそ、目の色も変わるというものだろう。

柊曰く、スランプとはいえあの加藤 夕貴が相手にならない連中ばかりだから気を抜く暇もなかったそうだ。

「それに、ライト・フライ級の世界チャンピオンとやらに教えてもらう機会もあったからな。マイヤっつったかな」

事もなげにサラッと呟く柊に、部室内が凍りつく。

「……え? 今なんて言った?」

まず1番に反応したのはすぐ後ろにいた由起。普段から平静な彼女にしては、珍しく慌てた様子を見せていた。


マイヤ・クリスチーナ・アントノフ


アメリカを活動拠点としているロシア人で、つい先日WBCライト・フライ級の新チャンピオンになった女子プロボクサーである。
前チャンピオンを圧倒的実力差でKOした事から、早くもWBA女子ライト級のリリィ・クリスティンと並んで、パウンド・フォー・パウンドの候補と呼び声が高い。

パウンド・フォー・パウンドとは、階級の差をなくして最も強いチャンピオンと思われる選手に贈られる、まさに最強の称号のようなものである。
沖縄での強化合宿中、夕貴と早朝のロードワークに出ていた柊が、偶然足を挫いて倒れていたマイヤと遭遇したのだそうだ。
そして、助けたお礼にこっそり指導を受けたのだという。

「オレ、ちょっとはパンチ強くなってたろ? 加藤とマイヤに体重移動のコツを教えてもらったんだよ」

メチャクチャキツかったけどな、と微かに微笑みながら、柊はナミを見つめ返す。
そんな、柊の話に呆れ返る周りの反応を余所に、ただ1人植木だけは安心したように笑みを浮かべるのであった。





to be continued……
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コメント

No title

かっては柊ちゃんにトラウマを与えたあのナミちゃんがァッッっっ~~っっ。
もはや別次元って感じなのが笑えないわ…。

まぁ、環境、指導者が揃い、そこに柊ちゃんの超潜在能力が加われば当然の成長よね!

柊の潜在能力の高さは今までの話の中で何度も取り沙汰されてきましたが、今回のは極めつけでした。確かに別次元ですね……
国の威信を賭けたアマチュアの最高峰(?)の練習環境に身を置けば、当然の結果だったのかもですけどw
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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