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第10話

 第10話です。

思いがけず夕貴とスパーリングする事になったナミ。昔の敗北が脳裏によぎり、自然と緊張の面持ちになっていくのであった……




 ナミには宗観(そうかん)が、夕貴(ゆうき)には那智(なち)が、それぞれセコンドに就く事となり両者は更衣室で着替えをしていた。ナミは昔の惨敗した時の事を思い出し、図らずも強張った表情となっていく。そんなナミを見ていた夕貴は、忍び足で……



フニッ……



後ろからナミの小振りな胸を鷲掴みにした。

「ふぎゃッ!?」

まさかいきなり胸を掴まれるとは思ってもいなかったナミは、素っ頓狂な奇声を上げてしまった。

「お。下司さん、意外と……」

「ちょ、加藤さん何してんのよ? やめてってば……!」

夕貴はナミの胸をまさぐりながら意地悪な台詞を吐く。ナミは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして抵抗すると、スッと手を離し

「緊張は解けた?」

と、笑顔を見せた。

「へ?」

案外すんなりと身を引いた事と、その後の笑顔と言葉で、ナミはまたも素っ頓狂な声を出してしまった。

「試合って訳でもないんだし、肩肘張るのは止めません?」

中断していた着替えを再開しつつ、夕貴はナミに話す。

「べ、別に緊張してなんか……」

自分も着替えを進める為か、はたまた考えを読まれたと思ったのか、ナミはそっぽを向く。

「以前の約束、覚えてますか?」

個人持ちのトランクスに穿き終えながら、夕貴はナミに語りかけると

「勿論。忘れやしないわよ」

ナミも答えた。

「あたしも。貴女とは試合のリングでグローブを交えるものとばかり思ってました」

ロングソックスに足を通し、夕貴は言葉を続ける。

「本気の貴女とは、です。こんな場で決着……だなんて、面白くないでしょ?」

そう言うと、夕貴は真剣な眼差しをナミに向けた。Tシャツに袖を通し、

「それもそうね。OK、“スパーリング”しましょ、加藤さん」

ナミも夕貴の方を見返した。





 着替えを済ませ、2人はリングの方へ向かいリングインした。既に赤コーナーには宗観が、青コーナーには那智が控えている。レフェリーは植木(うえき)が務めるらしく、リング中央で控えていた。
ナミと夕貴は、セコンドにグローブとヘッドギアを着けて貰い、リング中央に歩み寄る。

「あくまでスパーだからな、ちょっとでも危険と思ったらすぐ止めるぞ」

植木の簡素な注意を受け、お互いはコーナーに戻り……



カァァァァンッ!



時間と同時に由起(ゆき)がゴングを鳴らした。





 部員たちは、その多くが生のスパーリングを見るのも初めてなのか、疲れも忘れ息を呑んでリング上の2人を見守る。そんな中、キュッ、キュッ、とシューズとマットとの摩擦する音がやけに大きく聞こえてくるようであった。
ナミは右のオーソドックススタイル、対して夕貴はサウスポースタイルで、お互いジャブを打ち合っていく。



シュッ、ガッ!



 ナミはステッピングでかわし、夕貴はガードを固め防ぐ。

(やっぱり下司さんは上手い。なら!)

ジャブの刺し合いだけで1分を過ぎた頃、夕貴は埒が明かないとばかりに多少強引にでも懐に潜り込む為、ガッチリとガードを固めるとダッシュで突っ込んできた。

(やっぱり焦れて突っ込んできたわね!)

 ナミは中学時代での対戦で、夕貴が突貫型のインファイターである事を充分過ぎる程に理解していたし、来たるべき再戦に備え研究も怠りはしなかった。
中間距離での刺し合いはナミに分があった。となると……懐に潜り込んで、自慢の強打を打ちまくる。これが夕貴のファイトスタイルであったし、事実この戦法でKOを量産してきたのである。
実際、ナミも中学時代にこの戦法の餌食になっているのだ。が……

(何度も同じパターンが通用するとは)

ナミは突撃してくる夕貴を避けるように左へサイドステップし、

(思わないでよ!)



ガツンッ!



正面にガードを固めた為若干守りの薄くなっている夕貴のテンプルに、右ストレートを叩き込んだ。


「ぐッ」

 思わぬサイドからから放たれたテンプルへの衝撃に、突進を止めたたらを踏む。

「フッ、シッ!」

立て続けにナミは夕貴の脇腹に左ボディーフック、顔に右フックを打ちつけていく。最初の右ストレートが予想以上に効いたのか、続く左ボディーフック、右フックを連続で貰い、夕貴は堪らず一時後退せざるを得なかった。

(う……効いたぁ。下司さん、“あの時”よりも確実に強くなってる。でもあたしだって!)

ナミと距離を取り、夕貴は乱れた呼吸を整えていく。

「下がるな夕貴ちゃん! 多少貰ってでも食いつけ!!」

青コーナーに陣取る、セコンドの那智の激が飛ぶ。それを聞いた夕貴は、

「はいッ!」

と大きく返事を返し、ガードを固め再び特攻を敢行した。ナミは再びサイドステップし、迎撃体勢を取る。一瞬置いて、



シュッ!



右ストレートを放った。だが、



スッ……



(なッ!?)

捕らえたと思った筈なのに、拳に感触が伝わらない。夕貴は右ストレートを読み、ダッシュの速度を落とす事なく低くした姿勢をダッキングで更に低くし、かわしたのだ。トランクスのベルトラインギリギリまで頭を下げる危険を冒した見返りは大きかった。

ナミの腹ががら空きになっていたのを、夕貴は見逃さなかった。


(チャンス!)

 突進速度を、上に伸び上がる反動をも利用し、夕貴はナミのがら空きの腹に左のボディーアッパーを思い切りめり込ませた。



グチュウウッ!



夕貴のハードパンチは、恐るべき事にたったの1発でナミの腹筋を打ち貫いていた。ナミはあまりのダメージに目を見開き、身体をくの字折り曲げる。苦悶の表情を浮かべ、マウスピースを吐き出しそうになっていた。

「うぇ……」

左手で腹を押さえ、一歩、また一歩と後退するナミ。これまででナミが当てたパンチは3発。対して夕貴はたったの1発のみである。そして、ナミのダメージの方が大きい事は、残念ながら誰の目にも明らかであった。

(なんなのよ、くそ………ッ!?)

心の中で悪態を吐きながら、ナミは夕貴の不公平なパンチ力を恨んだ。その時、ナミはふと身体に異変を感じ右手で口元を押さえた。

(う……やばッ!)

胃の中の物が急激に逆流してくるのを、ナミは感じ取っていく。

(うそ、待って……ダメ………吐きそう。こんな事なら昼少なめにしとけばよかった……)

ナミの動きが止まったのを見て取ると、ラッシュを仕掛けるべく夕貴は一気に間合いを詰めていく。が、ナミの様子がおかしいと感じ急ストップをかける。

(あ、まさか)

異変に気付いた夕貴は、

「誰かバケツ! 早くッ」

と部員たちにバケツを催促した。が……



カァァァァンッ!



運の悪い事に夕貴の催促と1R終了のゴングが重なった為、正確に聞き取れた者は皆無だった。


 一方、ロープに凭れ掛かったままのナミは、1R終了のゴングを聞いた途端、

(も、もう……ダメ……)



ガタッ!



限界を迎えたらしくその場で膝を折り、

「う、うげぇ……おぇぇ……げぇぇぇ」

口元を押さえたグローブの隙間から、マウスピースと大量の嘔吐物を吐き出してしまった。それらはグローブを、右腕を伝いキャンバスやTシャツ、折りたたんだ両膝をまんべんなく汚していく。
慌てた夕貴はすぐさま吐き続けるナミに駆けつけ、

「大丈夫?」

心配そうにグローブを着けたままの手でナミの背中を擦っていた。


 植木はすぐさまスパーリングを中断し、宗観はナミが胃の中の物を全て吐き終えたのを確認するとすぐに横たわらせヘッドギアとグローブ、それにシューズを手際良く外していく。夕貴はまだ心配そうにしていたが、那智に呼ばれると同じくヘッドギアとグローブを外し始めた。

「下司の奴……負けちゃったの? ねぇ久美子(くみこ)さん」

信じられないものでも見たかのように、順子(じゅんこ)は久美子に問いただす。久美子は無言だった。いや、越花(えつか)やアンナも言葉を発する事はなく、柊(しゅう)はただ

「はぁ……やっちまったな、アイツら」


溜息を吐くのみであった。





「ハァ、ハァ……」

 汚物まみれの顔を拭いて貰い、横になるナミを由起が介抱していく。顔を打たれた訳ではないので、その意識はハッキリしたものだった。少しすると由起に礼を言って立ち上がり、その足でナミは青コーナーに控える夕貴の方へ向かった。

「加藤さん………ごめんね」

ナミは自分の不注意でスパーリングを中断してしまった事に対し頭を下げた。

「そ、そんな! 別に謝らなくても……」

開口一番で謝罪してきたナミに、夕貴は頭を上げるよう言おうとしたが、

「まさか、たった1発のパンチで吐くなんてね。言っちゃ悪いけど、そんな腹筋でU(アンダー)-15の大会を準優勝出来たとは……よっぽど運が良かったとしか思えないよ」

エプロンコーナーに立つ那智は夕貴の言葉を遮り、ナミに悪辣とも思える言葉を浴びせかけた。

「お義兄ちゃんッ!!」

それを聞いた夕貴は那智に抗議する。が、義妹の抗議などは無視し、更に続ける。

「下司君。さっきの君の動きを見ていて思ったんだけど……インなのかアウトなのか分からない、あんなどっちつかずの動きじゃ、少なくともウチの夕貴ちゃんには一生勝てないよ」

「…………」

那智の指摘に、ナミはただ下を向き唇をかみ締めるしか出来ない。

「君は一度夕貴ちゃんに失神KOを食らっているね。その時の恐怖が無意識の内に、君から打ち合う気持ちを奪っていたんじゃないのかな?」


 正論だった。言い返す言葉もなかった。ナミ自身は吹っ切ったつもりでいたのだが、奥底に夕貴のパンチに対する恐怖心……



“あのパンチをまともに貰ったら、また失神KOさせられるかも知れない”



中学時代での忘れられない記憶が無意識の内に呼び起こされ、夕貴の突進に対し『避けて打つ』対策を思いついた。それが間違いとは思わないが、ナミのファイトスタイルではなかった。
恐怖を抱いた拳で相手を倒す事など不可能な話である。

「まだまだ腹筋が弱いのもあるけど、本来のファイトスタイルをせずに逃げ腰の闘い方をしているようじゃ……夕貴ちゃんはおろか全国の強豪には誰1人として勝ち上がれはしないよ」

それだけ言うと、那智は俯くナミの肩をポンッと優しく叩き、

(後は……分かるね?)

顔で語った。

「はい……ご指導、ありがとう…ござい、ました………」

ナミは肩に触れられた那智の手の平の温かさに、思わず大粒の涙をポロポロと零しながら素直に礼を述べるのだった。





 スパーリングも終わり、今日は解散となった。

…朝練に遅れた罰として、部屋の掃除を1人指示されたアンナを除いては…

ナミは大事を取って宗観に自宅まで送られる事となり、植木は仕事の残りがあるからと職員室に戻り、他の部員たちもそれぞれ帰路につく中、

「那智さん」

柊は那智と夕貴に声を掛けていた。

「ああ、柊ちゃんかい?」

那智は微笑みを湛え、柊の方を振り向く。と同時に、

「加藤。悪いけどオレん家に先に帰って風呂を沸かしててくんねーか? ちょっと那智さんと話があンだよ」

と家の鍵を夕貴に渡し先に戻らせた。




「で、話って?」

「ああ。なんつーか那智さんがあんなキツい物言いしてるの、珍しいと思ってさ……」

 柊は、普段の知っている温和な那智とは違う物言いに苦笑しながら話を切り出した。那智が悪辣な言い方をする時は決まってボクシングの選手に、しかも目を見張る程の才能を持った者に対してのみだという事を柊は知っていたからだ。
那智は柊の苦笑した顔を見ながら、

「そうかい? まぁ、将来が楽しみな娘だよ。あの下司 ナミって娘は……夕貴ちゃんの良きライバルになるんじゃないかな?」

すっかり日の落ちた夜空を見上げながら、那智はどこか嬉しそうな表情を見せた。

「ライバル、ねぇ……『オレの時のように』かい?」

柊はそんな那智の言葉に、笑みを浮かべながら意味あり気な皮肉を込めて聞き返す。

「何の事かな? まぁ、確かに夕貴ちゃんに内緒で君に『ボクシングを教えた』時期はあったけど……」

那智は柊の皮肉を涼しい顔で聞き流し、切り返した。

「ま、まぁすぐに辞めちまったけどな」

「でも、今はまた始めてる。結果的には僕の思惑通りだよ」

(やっぱりこの人には適わねーな……)

柊は改めて那智の手の平の上で踊らされている気分になっていった。


 「でも惜しいなぁ」と、那智は突然残念そうな声で溜息を吐く。

「惜しい? なにが?」

那智の突然の溜息に小首を傾げ、柊は聞き返す。

「君と下司君の事だよ。君もライト・フライ級の体格だからね。夕貴ちゃんは1人、君らは同じ高校に2人じゃないか。I・H(インターハイ)に出てくるとしても、どちらかしか出場出来ないだろ?」

それが惜しい、と那智は実に残念そうに呟いていた。もう既に夕貴がI・H全国大会に出る事は、那智の中では確定事項らしい。相変わらずの妹バカだな……と柊は思いながら、

「オレ、大会とかには出ねーよ。面倒くせーし。それに、オレが勝っちまったら、アイツが拗ねちまうだろ?」

どこから来るのか、自信満々に言い放つ柊であった。

「ふむ……それはそれであの娘にはいい試練なんだけどなぁ」

柊の自信満々の発言に、だがそれを真面目に受け取った那智は黙ってしまった。





 しばらく歩き、

「あ、そうだ。ちなみに今日のスパーリング、2人のパンチはどうだった?」

那智は妙な質問をしてきた。が、柊は質問の意図を理解したのか、

「ん? バッチリ“視え”てたよ」

そう答えるのだった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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