スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第9話 『無念の幕引き、新しい幕開け』

 プロボクシング編、第9話です。



新人戦、ライト・フライ級準決勝戦。詩織は親友の猿渡 巫女とグローブを交えたものの、立てた作戦全てに一歩上を行かれ、己の未熟さを晒した挙げ句1R・RSC負けを喫してしまうのであった。









「ただ今の試合、1R1:31、RSCにより……青コーナー、猿渡選手の勝利です」


 ウグイス嬢のアナウンスが会場内に流れ、勝者たる猿渡 巫女(さるわたり みこ)の右拳がレフェリーによって天へと掲げられていく。
2011年、5月。神奈川県で行われた新人戦、ライト・フライ級準決勝戦は、光陵高校の桃生 詩織と天命館高校の巫女との親友対決となったのだが……結果は巫女の圧勝に終わった。
詩織は殆ど何も出来ず、良い所もなくまさに完敗というべき内容と言わざるを得ない。

「ミコさん……」

ひと通り拍手喝采を受けた巫女へ、詩織は右手を差し出す。全く打たれた痕のない綺麗な顔の巫女。それを改めて目の当たりにすると、やはり悔しさがこみ上げてくる。
が、それでも結果は受け入れざるを得なかった。

「詩織さん」

親友の声に、巫女は振り向き差し出された右手を握り返す。しかし、内に漂う失望感を隠し切る事は叶わず、自然と表情に出てしまっていた。

「貴女がサウスポーだなんて小細工に走らなければ、きっともっと良い試合になったのでしょうけれど……本当に残念」

奇をてらうなんて貴女らしくない、と付け加え巫女は小さく頭を振る。彼女は、詩織が生来左利きである事を知らない。
詩織自身が、ことさらに右利きと偽ってきたからである。
詩織は右利きという認識を前提として、巫女は彼女のスタイルに対し奇をてらった小細工と嫌悪感を露わにしたのだ。

「わ、私は……」

「貴女がこれから切磋琢磨出来るようなライバルになってくれたら、私も張り合いが出ると少し期待したのだけれど……」

願望が水泡に帰したと言わんばかり、巫女は寂寥感を露わにした表情で親友を見つめた。
そして、詩織さんもこれから頑張ってねと形ばかりの激励を送ると、悠然と勝者の足取りで青コーナーへと引き揚げていく。
遠く去っていくその後ろ姿を、詩織は悔しさに身体を震わせ涙を目に溜めながらただただ見送るのであった。



 新一年生による新人戦は、桃生 詩織が準決勝戦1R・RSC負け、室町 晶が2回戦2R・反則負けという、昨年の活躍に比べ些か見劣りする結果で終わりを告げた。
ライト・フライ級は、猿渡 巫女が続く決勝戦も終始ペースを握ったままフルラウンドを闘い抜き、文句なしの優勝。
フェザー級は、晶と闘った2回戦の少女が準決勝を棄権し、不戦勝となった選手が体力温存出来た分有利だったらしく、手数で押して決勝戦をポイント勝ちで制した。

閉会式も終わり、光陵女子ボクシング部一同は口数もまばらに帰路へと着く。そんな中、今日出場した2人の心中は如何なるものであったろうか。
詩織も晶も、2人等しく肩を落とし項垂れている所から、消沈してしまっているのが見て取れる。
詩織は親友に完膚無きまでに叩きのめされ、晶はその短気さ故に白星を取りこぼしたばかりか、明日から1ヵ月間の部活禁止。
意気消沈するなという方が無理というものだろう。

「ま、まあ2人とも一生懸命やった結果なんだし、次頑張ろ! 次!!」

後輩たちの姿を見兼ねての先輩としてのフォローなのか、それとも単に静まり返った空気に耐え切れなくなっただけなのか、金髪碧眼の城之内 アンナがあたふたしながら声を掛けた。
が、慰めのつもりの一言も周囲の澱みを消すには至らなかった。

大事な試合に限って落としてるあんたが言うとなんだかしみじみ来るね、と隣を歩く知念 心が肩を竦める。次に後輩2人へ顔を向け、

「別に悔しがるな、とは言わないけどさ……もう結果は出たんだ。今日の負けをしっかり受け止めて分析して、次に繋げられないとまた泣くのはあんたたちなんだから。いつまでも落ち込んでる暇はないと思いな」

と先輩としての厳しい叱咤を飛ばした。

気持ちを切り替えて、悪かった所をキッチリ矯正して、次は勝て

そう、心は言ったのである。

「うぅ……」
「…チッ」

これに詩織は更に肩を落とし、晶はそっぽを向いて舌打ちをひとつ。だが、反論しなかった。

否、出来なかった。

正論とは、きっとこういう事を言うのだろう。彼女たちに与えられた、これからの長い3年間から見ればこんな大会など、ただの入口でしかないのだ。
だのにそんな1敗をいつまでも引き摺っていたのでは、自ら可能性を摘み取ってしまうに等しいではないか。

今日の敗北を糧に、また進んでいけばいい

心の言葉に励まされ、そう胸に誓う詩織と晶の顔には、もはや先程までの消沈は見られなかった。



 光陵高校へ戻り、ミーティングで今後の日程を大まかに伝えた後、一同解散を言い渡される。皆が帰り支度を整えていく中、ナミは心の下へと足を向けた。

「下司?」

「さっきはありがとね。ホントなら主将のわたしが言わなきゃいけない事だったんだけど」

「別に。大した事は言ってないよ」

「うん。でも、わざわざ損な役回りを引き受けなくても良かったんじゃない?」

ナミの言葉、その意味を考え心は暫し思考を巡らせる。結果何かしらの答えに辿り着いたらしく、どことなく満足げな表情を浮かべて見せた。

「損……損な役回りか。ふふ、それもいいさ」



 解散後、高頭 柊は寄り道もせず真っ直ぐに帰宅。荷物を高価そうなソファーへ無造作に放り出し、携帯電話をスカートのポケットから取り出す。

「ん、留守電?」

新人戦の時は応援に気を回していた為、携帯が鳴っていた事に気付かなかったらしい。特に着信履歴を確認するでもなく、柊はメッセージを再生させてみた。

『もしもし、お久しぶりです。覚えているかしら……私、新田 裕希子(にった ゆきこ)です。この度、正式にロンドンオリンピック女子ボクシングの特別顧問という形でコーチ陣に入る事になりました。で、早速本題なんだけど……貴女に7月に行われる強化選手を対象とした、合宿への参加を要請します。詳しい話は明日そちらに出向いた時にします。植木さん……先生にも挨拶に行かないといけないし。それじゃ、またね』

プツッと再生が終わり、柊は暫くの間呆然と虚空を眺めていた。

裕希子がリハビリを終え特別顧問に収まっていた事にも驚いたが、今ひとつ現実味を帯びていなかった“オリンピック強化選手”という肩書きが、ようやく形を成してきたのである。

「そっか。オレ、強化選手とかいうのに入ってたんだっけ。こんなので大丈夫なのか? 大人に混じるんだよな、きっと。邪魔になんねーかな……あ、そうだ」

柊は再び手にしていた携帯を操作し、電話を繋ぐ。数回の呼び出し音の後、「もしもし?」とやや息を切らせた快活な少女の応答があった。



 翌日。一応部活はあるものの、新人戦の後という事もあって軽めの練習を行うのみで切り上げるように、と顧問から指示されていた。

「えーっと、今日部活が終わってから近場のボクシングジム見学ツアーをするんだけど……一緒に行きたい人、いる?」

そんな練習前、突然ナミが提案した企画。突発的な話だったが、それに結構な数が食いついた。

桜 順子
高頭 柊
城之内 アンナ
比我 秋奈
葉月 越花、雪菜

計6名。

ちなみに、都亀と陽子は別の用事が入っているとの事、心は母親の看病を優先したいとの事、由起に至っては全く興味が湧かないからとの率直過ぎる理由により、それぞれ断ってきた。
とりあえずの方針が決まり、練習を開始しようとしたその矢先……

「あ、高頭はちょっと残ってくれ。大事な話がある」

と植木に呼び止められてしまった。

先にロードワークに出たナミたちと別れ、柊は部室の中へと入る。
そこには、普段見慣れた無精髭の顧問と普段見慣れないスーツ姿の女性がツーショットで柊の方を見つめていた。
肩口に掛かる程度の長さに切り揃えられた髪を揺らし、上下濃紺のスーツに身を包んだその女性の姿は、あたかも麗しき秘書を連想させる。
だが、その実中身は秘書などと遠くかけ離れた、殴る事を生業とした女性であった。

「こんにちは、高頭さん。直接会ったのは、大学以来かしら?」

女性……元・女子ライト級世界1位のプロボクサー、恐らく日本で1番有名な女子ボクサーであっただろう新田 裕希子は、年に似合わず屈託のない笑顔で柊との再会を喜ぶ。
その横で「相変わらずガキっぽいな、お前は」と、植木が悪童のような表情で茶化していた。

「新田さん………え、なに? センセーと知り合いなのか?」

やけに親しげな2人のやり取りをポカンと眺め、柊は訊ねる。

「ん? ええ、実は私、植木さんが現役だった頃にシゴいてもらった事があるのよ」

どことなく青褪めた顔で遠くを見ながら、裕希子は植木との関係を語っていく。
曰く、裕希子がアメリカに渡ってプロになる以前、当時現役だった植木に面倒を見てもらった時期があったそうだ。

「あの頃の植木さんは容赦って言葉がなくてね。しこたま腹打たれて吐いてるっていうのに、ストップが掛かるまで全く止めないのよ?」

鬼とか悪魔って、きっとああいうのを言うのね、と当時を振り返り怖気に身を震わせる祐希子。

「そういえば大杉(おおすぎ)って生意気な娘の時も、全く手加……」
「新田ッ!!」

続けて祐希子が何事かを言おうとしたその時、植木が珍しく怒気を孕んだ大声で叫ぶ。それは、元・世界1位を震えさせるに足る一喝であった。

「その話はしないでくれ」

一変して、今度は静かな一言を裕希子へ投げかける。その表情が、どことなく後悔の色を浮かべたものであるように、柊には見えた。
きっと、大杉とかいう人と過去に何かあったのだろう……そう悟り、柊は敢えて口を挟もうとはしなかった。

誰にだって、触れられたくない過去の1つや2つはあるものだろうから。



 裕希子は余計な一言に関して素直に謝ると、気持ちを切り替えて柊をロンドンオリンピック・強化選手として改めて招聘したい旨、またそれに先駆けて強化合宿への参加を承諾して欲しい旨を植木へと伝えた。

「大体の話は分かった。栄誉な事だろうからな、俺がどうこう言うのは止めておこう。後はお前の気持ちひとつだ」

植木は裕希子の要請に対し、決定権を柊に振る。これに対し、柊の気持ち……覚悟は、既に決まっていた。

「オレ……行くよ、強化合宿」

若干の沈黙を破り、柊は口を開く。ただ、その眼差しは未知の世界へ踏み出せるという、興味の色が隠し切れないようであった。

どうせ駆け上がるなら、とことんまで。目指すは頂点!
しかし、もしかしたら通用しないかも知れない。

だからこそ、ボクシングジムに入って出来るだけ自分の底上げをしておくべきだ……その為に、練習後のジム巡りをナミにこっそり持ち掛けたのだから。

「そうか。分かった、お前の決意は固まっているようだし、俺は何も言わん。徹底的に揉まれてこい!」

柊の決意の程を感じ取った植木は、口元の端を吊り上げ激を飛ばす。彼としても、この天才がオリンピックという大舞台に立てるのか、通用するのか、急速に興味が湧いてきたようだ。
話が纏まったと喜色満面の裕希子は、また詳細が決まれば連絡すると言って引き揚げていく。
停めていた車に乗り颯爽と走り去っていく祐希子を見送りながら、

「相手は百戦錬磨の社会人や自衛隊員、さらには世界だ。だが、俺はお前なら案外やっていけるんじゃないかと思ってる……いや、信じたいだけなのかもな。何にしても、やるだけやってこい!」

植木は柊の肩をポンッと軽く手を置き、次いでナミたちと合流するよう指示した。セクハラだぜセンセー、と冗談混じりに呟くと、柊は先に走っていった部員たちに追い付くべく走り出していく。

(変に期待されてもな……でも、ああ言われちゃあ頑張るしかねーな)

いっちょうやるか! と誰にも見えないよう小さくガッツポーズを取ると、柊は軽快な足取りでナミたちを追い掛けるのであった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

No title

心ちゃん、キメるわね。
冷たい仮面の下の熱い激情、仲間思いのヤンキー娘嫌いじゃないわ!
かっこいい娘だわね!
へたれアンナちゃんとのコンビもいい感じだワww
あと祐希子さんの回復力に驚愕…w

今回は心が良い所を持っていってしまった印象だったかも知れません。彼女はここ一番でビシッ!とキメるカッコいい娘を意識づけてきたので、そういって頂けるとありがたいですw
リングの外ではヘタレ気味のアンナとはいいコンビになるかと……

そして、今回ひたすら『祐』希子と誤字を繰り返しておりました。正確には『裕』希子です、申し訳ありませんでしたorz
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。