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第8話 『大きな隔たり 詩織vs巫女』

 プロボクシング編、第8話です。



順調に進む新人戦。フェザー級・晶の2回戦は豪快な乱打戦が展開されていく。だが、その中で1つ噛み合わなかった歯車が大きく試合を乱し、意外な形の終了を引き起こすのであった。









「バッティング(頭突き)、ローブロー(トランクスのベルトラインより下を叩く反則)、終了のゴングが鳴った後の故意の加撃……よくもまあこれだけやらかしたもんだな!」

 赤コーナー側控え室から、光陵女子ボクシング部顧問、植木の怒声が響き渡る。
神奈川県・新人戦フェザー級2回戦。この試合に出場した室町 晶は、2R終盤に偶然起こった反則行為により理性が霧散。
上記の反則を繰り返し、結果反則負けを喫してしまった。

その時の対戦相手は、控え室に戻った後も鬼気迫る晶の形相と強打に恐怖を覚え、ガチガチと歯を鳴らし大粒の涙を零しながら時折悲鳴を上げているらしい。

恐らく、次の試合に出る事は叶わないだろう。或いは、もうリングに立つ事すら難しいかも知れない。
1度恐怖心を刻み込まれたボクサーは、またリングで対戦者と向かい合っても無意識にその時の恐怖を思い出すのだという。

かつて1人だけ、植木は前途有望な選手をそんな状態にした経験がある。
理由はどうあれ、1人の選手生命を絶ってしまった己の罪の重さを分かっているだけに、今回の件は生半可な処置で終わらせる訳にはいかなかった。

「室町……明日から1ヶ月間、部活禁止だ。謹慎とする。顔を出す事も許さん。それが納得出来ないなら……退部だ」

厳しい表情と固い決意を以て、植木は処分を言い渡す。それを聞き、晶は唇を噛んで震えていた。
僅かに血が滲む程に唇を噛み締め、やがて「……わかった」と承諾。その後声を殺して泣き出してしまった。



 晶のフォローを控え室に詰めているナミに任せ、植木は次なる闘いの準備に取り掛からなければならなかった。

ライト・フライ級準決勝戦。相手は、天命館(てんみょうかん)高校・猿渡 巫女(さるわたり みこ)。
桃生 詩織の、中学時代からの親友である。

主だった戦績を残している訳ではないが、わざわざ由起が要注意とピックアップしてきた程の選手だ。並のボクサーではないだろう。

「桃生、疲れは取れたか?」

筋肉疲労の顕著な右腕を入念にマッサージしつつ、植木は詩織に訊ねる。

「大丈夫です。先生のマッサージのおかげで、随分楽になりました」

コクッと頷き、詩織は植木に礼を述べた。ただ、そんな詩織の表情は固い。疲労もあるだろうが、多分親友と殴り合う事への抵抗感がそうさせているのだろう。
無理もない。だが、彼女が選び進む道は、例え相手が誰だろうと勝ち残る為に踏み越えていかなければならない、そんな過酷な道。
己が2つの拳だけを武器に、リングというジャングルの中を生き抜いていく弱肉強食の世界……それが、ボクシングというスポーツの本質なのだ。

「桃生、お前がやっているのはボクシングだ。相手が誰だろうと……それがたとえ親友や親兄弟であろうと、向かってくるなら拳を振るわなければならん。分かるな?」

「…はい」

「なら訊いておく。お前は親友が相手でも躊躇なく殴れるか?」

真剣な眼差しで植木は詩織に問う。もし情に流され、少しでも躊躇いが出るようなら、顧問として試合を許可する訳にはいかない。
そういう、覚悟を求めた眼差しと問い掛けであった。
片膝を着いた無精髭の男と長椅子に座った少女が向かい合い見つめ合う、奇妙な風景が続く事10数秒……やがて少女の方から「殴れます。殴って…みせます!」と決意を言葉に乗せ、男へと伝えた。



 この日3度目となるリングインを果たし、赤コーナーの詩織と青コーナーの巫女はレフェリーから試合上の注意事項を説明される。
その間、 2人は1度たりと絡み合った視線を外さなかった。

「お互い正々堂々と試合をするように。グローブを合わせて」

レフェリーの締めの言葉と共にグローブタッチを交わし、両者各コーナーへと引き揚げていく。赤コーナーに戻った詩織は、やや頬を蒸気させた表情でマウスピースを催促。
既に用意してあったそれを、由起が要求通り口元にあてがった。

「奴さんの情報はインファイトよりのボクサーファイターって事と右ストレートが危険って事以外にないが、情報が少ねえのは向こうも同じはずだ。中間距離を意識して、右をばら撒いていけ。で、隙を見つけたら左だ。いいな!」

植木の指示する戦術に頷き、マウスピースの位置を直すや対角へと振り向く詩織。その視線の先には青のヘッドギアにグローブ、上下青で統一された親友……いや対戦相手の姿。

高鳴る鼓動を必死に抑え、一歩踏み出す。

(ミコさん、勝負!)



カァァァァンッ!



そして、試練の試合開始のゴングと同時に、一気に走り出すのだった。



 リング中央でグローブを合わせ、2人は距離を取る。サウスポースタイルの詩織に対し、巫女は堅実な右のオーソドックススタイル。
双方軽やかにフットワークを刻み、出方を窺う。緊張感の高まる中、先手を打ったのは詩織の方だった。

「シッ」

口から空気の漏れる音と同時に、右ジャブを2発放つ。それは、いわば様子見を兼ねての捨てパンチ。ただ放たれただけのそれらは、巫女に被弾する事なく空を裂いていく。
結果左をジャストミートさせるには、もう半歩程前進する必要があると判断、踏み込みざま左ストレートの体勢へと入る。

「!?」

そこへ、まるで示し合わせたかのタイミングで右腕を引く巫女。詩織の左ストレートを読んでの、それはカウンター狙いであった。

「くッ」

筋肉を酷使し、詩織は打ち出そうとした左拳に急制動を掛ける。まだ首の筋力が出来上がっていないこの状態で、カウンターなどジャストミートされた日にはそれこそ1発で致命打になり兼ねない。
だが、ここで詩織は咄嗟の打開策を披露してみせた。いや、どちらかと言えば身体が勝手に反応した結果というべきか。
即ち、途中まで振りかぶっていた左拳を止め、右フックに切り替えたのである。ストレートが来るのを読んでのカウンターだっただけに、巫女はさぞ焦る事だろう。

だが、良い機転だった筈の詩織の右は、なんと巫女の顔の遥か前を空振り。

「え!?」

自分の右フックが親友の左頬を思い切り殴打する……その場面をまさに今まで思い描いていた詩織にとって、これは全くの想定外。
フックを放つ勢いで左側に流れた身体、それに続く顔面へ、巫女は容赦のない『左アッパー』を叩き付けた。

「ごッ!」

顔面を撥ね上げられ、訳も分からないまま詩織は平衡感覚を保てなくなり、ダンッという派手な音と共に尻もちを着いてしまう。

「ダウン!」

茫然自失の表情を巫女に向けたまま、レフェリーの宣告が微かに鼓膜を叩いていた。ニュートラルコーナーへ退くよう促され、巫女は親友を殴りつけた罪悪感とそれを上回る手応えの混じった、形容のし難い表情を見せ指示に従う。
彼女は、詩織が左を止め右フックに切り替える事を読み、見事に的中させていたのだ。

(読みが当たった……これは大きいはず!)

左拳に残る殴打の感触に、有利を確信しながらロープへ両腕を預けていく。
一方で、ダウンカウントが進んでも尻もちを着いたままの詩織は、全く反応しない。
脳を揺らされた事で意識が混濁しているのか、或いは何がどうなったのか分からず混乱しているのか。

「おい、何してる桃生!? 早く立て!!」

呆けたまま立つ事を忘れている教え子へ、エプロンコーナーから顧問の叱咤が飛ぶ。
これによりようやく思考を現実に呼び戻された詩織、いつの間にやらカウントが5に差し掛かっていた事に驚き、慌てて立ち上がる。
そして戦闘続行の意思表示をしてみせると、レフェリーはそれに応じた。



 先のカウンターでダウンを奪った勢いそのままに、強気の姿勢で攻勢に出る巫女。逆に詩織は動きに生彩を欠き、巫女の攻撃に防戦一方。
まだダメージも完全には抜けていないらしい。

「ぐッ、くぅ!」

ガード越しから伝わってくる衝撃に、思わず呻き声が漏れてしまう。完全に身体を丸め、ただ迫り来るパンチの雨に対し右往左往するのみの詩織。
そうして徐々に徐々に後退を余儀なくされ、気付けば赤コーナー……即ち自分の陣地に退路を絶たれる形となっていた。

「桃生、試合を止められるぞ! 手を出せえッ!!」

一方的展開によるレフェリーストップを危惧した植木が、間近に迫る詩織へと檄を飛ばす。事実、この時レフェリーは巫女有利と見て取り、スタンディングダウンを取るべく動き出そうとしていた。

(くぅッ!)

前面から迫るレフェリーと後ろから響く植木の声、板挟みになってしまった詩織は混乱を来し、咄嗟に右構えにチェンジ。間髪入れず右フックを叩き込んだ。
バシッという革のぶつかり合う、乾いた音が爆ぜ巫女の顔がブレる。だが、叩き込まれたそれは右フックというよりはがむしゃらに振り回しただけの、手打ちのパンチ。
そんなものが幾ら当たった所で、逆転のダメージに繋がる筈もない。一旦ブレた顔をすぐさま戻し、睨みつける巫女の表情が良い証左であった。
巫女は内から湧き出る怒りの感情を拳に乗せ、ワン・ツーを放つ。
弾丸と化した左右のストレートが、目標物を穿った鈍い感触を拳から全身へ伝播していくのが分かる。
眼前の“対戦相手”は殴打された衝撃で汗や唾液を飛ばし、それらがグローブに付着していく。
構わず巫女は更に右拳を引き、膝を折り腰を落としかけている“対戦相手”の顔面へ、やや乱暴に打ち下ろした。



グシャアッ!



痛烈な打撃音が鼓膜を刺激し、次いで何者かが割って入ってくるのを視界に捉える。

「ストーップ! ダウンだ!!」

レフェリーの必死の割り込みと叫び声によって、巫女の煮えた頭は瞬く間に冷やされていく。
計3発のストレート、しかも警戒を促されていた右を2発もジャストミートされた詩織は、ダメージの深さから膝に力が入らず折れてしまう。
ズルズルとコーナーマットに背を預けたまま、ドンッと再び尻もちを着いてしまった。
頭を垂れ、両腕がダラリと股間の前へと放り出されたその姿からは、拳に着けられたグローブの重さすら持ち上げれなさそうな弱々しさしか伝わってこない。

1Rで2度のダウン、しかも今回は脱力感甚だしいとあっては、これ以上の続行など不可能と判断されても仕方なかっただろう。
巫女をニュートラルコーナーへ戻す事もなく、レフェリーはその場で両腕を頭上で交差し、「勝者、猿渡!」とハッキリ宣告した。



カンカンカンカンカンカーン!



高らかに試合終了のゴングが打ち鳴らされていく。コーナーマットに背を預けたまま身動きしない詩織は、虚ろな視線をキャンバスに投げ出したまま全て終わったのだと自分の敗北を悟った。

きっと、今青コーナーでは巫女が祝福されている事だろう。どんな表情を作っているだろうか。

KOで勝てた事の嬉しさで破顔しているのか
親友を殴り倒した事に対して憂いているのか

或いは、たった2分も保たなかった不甲斐なさに憤慨、もしくは失望したものであろうか

(負けた………)

いずれにせよ、自分が全く相手にならなかったのは事実である。視線の先に投げ出されたグローブを持ち上げようとして、だが上がらない。

「ぅ…ぶほぇ」

どこからか不快な音が聞こえ、次いで左拳にベチャッと何かが落ちてきた。数秒を要してそれが自分の銜えていたマウスピースなのだと理解した時、詩織の視界が急速に歪んでいった。

(情け、ない……みっとも、ないよ………)

ヒック、ヒック、と嗚咽を殺し、詩織は涙の粒をキャンバスやグローブに落とす。それはジワジワと吸い込まれていき、点々と痕を残していく。

「よく、頑張ったな」

ふと肩に手の温もりが伝わり、詩織は涙を溜めた目で正面を見る。そこには、優しい表情を湛えた顧問と先輩たちの姿があり……

「すみません…でした」

一言だけ謝ると、堰を切ったように大声を上げて泣くのだった。





to be continued……
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コメント

No title

まさか負けるとは思わなかったわ…。
名門校となった光稜が3回戦目で敗退…。
甘くないわネ。
でもまだまだ一年生、これからヨネ!
練習試合も控えていることだし!!?

残念ながら詩織たちの新人戦は終わってしまいました。けど、まだ一年生ですのでこれからの成長に期待、という事で(晶のは自業自得というべきですが)。

仰る通り練習試合や2年目のI・Hなんかもありますので、これからもお付き合い頂ければ……と思います。
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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