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第5話 『ナミ、詩織の秘密に気付く』

 プロボクシング編、第5話です。




期待の新人、桃生 詩織。あの桃生 誠の妹とあって、その実力の程を見る意味で柊とのスパーリングを許したものの、結果は予想を遥か下回るものであった。
気持ちも新たに新人戦へ向け練習を重ねていく、ある日の事……









「下司…主将?」
「桃生…さん?」



 2011年、4月も終わりといったある夕刻の事。女子ボクシング部での練習を終え、ナミはいつものように山之井(やまのい)ボクシングジムでもうひと汗流すべく足を運んでいた。
そして、ジムの内と外を隔てるドアの前で、偶然にも新入部員の桃生 詩織と鉢合わせたのである。
2人、互いに顔を見合い何故彼女がここにいるの? としばしの熟考。そこへ、

「なにドアの前でぼけーっとしとるんだ? 2人して」

ちょうどドアを開け中から会長、山之井 敦史(あつし)が出てきて首を傾げた。



 ナミは知り得なかった事だったのだが、詩織が半年程前から通い始めたボクシングジムというのが、何とこの山之井ジムだったのだという。
ナミは高校に入学してからジムワークの時間帯をPM8:00辺りに変更したので、PM5:00前後に入っていた詩織の事を知らないのも無理らしからぬ事といえた。

「こんな偶然ってあるのねえ」

本当に意外だったのか、やや興奮気味に喋るナミに対し、「そう、ですね」と遠慮がちに詩織が相槌を打つ。
神奈川県でも3指に入る大手ジムだけに、女性の練習生も数だけは揃っている。のだが、ナミの知る限り同年代の練習生といえば、湘南台附属高校に通う馬剃 佐羽(ばそり さわ)しか知らない。

プロで活躍している人もいなかったと記憶しているし、少々寂寥感を禁じ得なかった所へ詩織の在籍を知ったのだ。
はしゃぐなという方が酷というものである。だが、その後一緒に女子更衣室へ入り着替え終えるや否や、

「それじゃ、わたし一足先に始めてるから」

とナミは詩織を残してさっさと練習場に行ってしまった。ここに来た以上、やる事といえばトレーニングのみ。
会話に花を咲かせる為では決してない。その辺り、ナミはシビアというべきか。
ある意味、頭を真っ白にして自分を鍛え上げられる唯一の場といって良いだけに、他の事にかまけてなどいられなかった。



バンッ、ドスンッ! ボスッ、ボスッ、ドドドッ!!



 トレーナーの吉川 宗観(よしかわ そうかん)に支えられたウォーターバッグを、ナミは一心不乱に叩く。
二年生になり、いよいよプロも視野に入ったとあって、ナミの練習メニューもより濃密なものになっていた。
ちょっとでも連打に甘えが見えたと感じた瞬間、

「今のはなんだ!? こんな緩いラッシュ、やるだけスタミナの無駄だ!!」
「パンチが軽い! そんな程度で相手が止まる訳ないだろッ!!」

などと容赦ない罵声が飛んでくる。まるで人の変わったような態度の宗観だが、裏を返せばそれだけプロの世界は厳しく危険なのだという示唆。
それを理解しているだけに、ナミは泣き言ひとつ文句ひとつ言わずに、宗観の出す課題を次々こなしていくのであった。

一方、全身が映せる鏡張りの壁に向かいシャドーボクシングをしている詩織はというと……

「うん、いい調子。でも、もうちょっと右手はアゴに付けて」
「ナイスストレート! ただ、シャドーの時は相手をもう少し意識してみましょうか」

年の頃20台後半の女性トレーナーによる、甘いとも辛いともいえないコーチングを受けていた。

名を池田(いけだ)という。

山之井ジムが女性の練習生を受け入れるようになって、その数が急増した際に雇用した人なのだが、ナミは個人的にウマの合わないトレーナーと感じている。
とにかく、気分で勝手に練習メニューを変えてしまうのだ。実は、ナミも一度彼女のコーチングを受けた過去があるのだが、練習途中ではっきりと拒否反応を起こしてしまった。

とりわけミット打ちの時は酷かった。

ワン・ツー・スリーと叩いた後、左右のフックをダッキングでかわし起き上がりざま右フックで締める、一連のコンビネーション練習をしていた時の事。
いわば約束事として一連の流れを繰り返し練習するのにも関わらず、池田は最後のフックの位置にミットを構えなかったのである。
反射神経をフル動員して拳を止めていなければ、顔面を打ち抜いてあわや大惨事という場面。案の定池田は小さな悲鳴と共に尻もちをついてしまった。
一応謝罪はしたものの、ナミとしてはリズムを狂わされて正直いい気はしない。

それ以降も度々普段しているメニューとは食い違った事を実行し、さすがに呆れ果てて途中で切り上げてしまった……という次第である。
普通に女性を見るだけなら問題ないのだろうが、プロを視野に取り組んでいるナミや佐羽などにはウケがよろしくなかった。

(桃生さんもあの池田が担当だなんて、ご愁傷さま………ん?)

自分の練習の合間、インターバルで詩織の動きを盗み見ていたナミは、彼女にある違和感を感じた。どうにも、構え自体からどこか無理をしているように見えるのだ。
一度気になると、どうしても追究したくなるのが心理。だが、練習再開のブザーが鳴ってしまっては意識を切り換えざるを得ない。
ジムワークが終わってから、その辺の話を聞いてみよう……そう考え、ナミは宗観へと向かい合うのだった。



 約2時間のジムワークの締めとして備え付けのバイシクルを漕ぎ、クールダウンするナミ。その視線はリングの上でミット打ちに励んでいる詩織の方へ。
左右のストレートをミット目掛けて規則正しく打つその姿は、だがやはり柊とスパーリングした時同様どこかたどたどしい。

一見すれば、基本に忠実な右構えのオーソドックススタイル。それが、どうにも窮屈に見えて仕方がないのだった。

やがて詩織も練習メニューを全てこなし、クールダウンの為ストレッチを始める。そこへナミが歩み寄り、ある提案を詩織へ持ち掛けてきた。

「ねえ、桃生さん。今からわたしとマスしない?」

「え……マス、ですか?」

身体をゆっくり伸ばし筋肉をほぐしていた詩織、まさかの主将の提案にただオウム返しで答えてしまう。

「そ。ちょっと気になる事があってね」

主将から何か指摘やらアドバイスやらが貰えるのを期待したのか、詩織は2つ返事で承諾。他の練習生の邪魔にならないよう、隅っこの方で向かい合った。

寸止め前提のマスボクシングで2人は構え、それぞれに手を出し互いにかわす。柊との時は、詩織の実力が知りたいからと加撃を禁じた為攻勢一辺倒だった。
が、今回は寸止めとはいえナミも打ち返してくる。詩織は、飛来してくるナミのパンチに右往左往してしまい途端に手が出なくなってしまった。

「手が止まったわよ、桃生さん。こんな程度の連打でビビってるようじゃ、新人戦はちょっと諦めてもらった方がいいかもね」

この発言に自尊心を傷つけられたのか、詩織はムキになって打ち返してきた。寸止めのルールなど、忘却の彼方へ捨て去って。

「ちょッ」

ムキになって打ってくる詩織のパンチを軽く捌きつつ、手で受け止めつつ、ナミはある事に気がついた。

詩織の放つパンチ、右構えの彼女のそれは不思議と左の方が芯に残るのである。

(もしかして……)

思う所のあったナミ、詩織の左ジャブを右手で上にパーリングしざま、息がかかるかどうかという距離まで顔を近付け、

「はいストップ。ここまでよ」

強引に詩織の動きを封じてしまった。

「ねえ桃生さん。アンタ、もしかして左利きなんじゃない?」

詩織の身体を解放し、落ち着いた頃合いを見計らってナミはズバリ疑問を解決にかかる。その疑問に一瞬身を硬直させる詩織だったが、やがて観念したように「はい。元々は」と一言。
どうやら、生来左利きとして生を受けた詩織は、幼い頃から厳格な父に右への矯正を受けてきたのだが、どうしても上手く直らなかったのだという。
ただ、父や皆の前では右利きに直ったと思わせる為に敢えて右を使っていた。
左の方が馴染むのを無理やり右で行うといった矛盾の故に、詩織はボクシングでもたどたどしかったという次第だったのである。

「やっぱりね。はぁ、やれやれ」

こんな事で自分を狭めている詩織に、ナミは同情を禁じ得ない。また、こんな事にすら気付いてやれない池田に腹が立ち、また失望感が募っていった。
幾らナミの近くには我聞 鉄平(がもん てっぺい)という近しい例がいたとはいえ、彼女とてプロのトレーナーだろうに!
預かった選手の機微にも気付いてやれないトレーナーなど、いるだけ悪影響だとナミは憤りを感じるのだった。



「吉川コーチ」

 練習を終え、私服に着替えたナミは再び練習場へ戻り、まだ他の練習生の面倒を見ていた宗観に声を掛ける。

「どうした? ナミ君」

眉間に皺を寄せたいつも通りの表情で、教え子へ振り向く宗観。

「ちょっとお話があるんですけど……」

そう言って、ナミは詩織の利き腕の件に関して話し始めた。全てを聞き終え、最後にナミの出してきた提案に若干の思考を要した後、

「分かった。彼女は優秀だから、すぐにモノにするだろう」

宗観は承諾。ナミは礼を述べ、これ以上練習の邪魔をする訳にはいかないとジムを後にするのだった。



 それから時が流れ、5月。いよいよ、新一年生の新人戦の日を迎えた。光陵高校からの出場者は、

桃生 詩織(ライト・フライ級)
室町 晶(フェザー級)

の2名。
詩織はスピード、晶はパワーに秀でた選手だけに、ある程度の戦績は期待出来そうだと、顧問の植木は睨んでいた。

「詩織ちゃん晶ちゃん、わたしの分もファイトォッ!」

今回は出場出来ないサラが、同期の2人にエールを送る。

「ありがとう。頑張るよ」
「楽勝らくしょう~、まかせて」

エールに対し違ったリアクションを見せる詩織と晶。だが、それがやけに頼もしく見えるサラであった。
光陵女子ボクシング部にとって2年目の新人戦が、今まさに始まろうとしていた。





to be continued……
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コメント

No title

あ~、サラちゃん、詩織ちゃんと階級かぶってるのね。
こういうの辛いわね、せっかくの新人戦なのに。
二年目のインターハイは、何気に部活内でも激戦区が有りそうネw

サラ、階級が被ってるというよりは全くの未経験者なので今回は見送り……といった所ですね。確かに階級近いのもないではないのですが。
I・Hの予選出場を賭けた闘いも行われる事になるでしょうが、まずは新人戦を頑張ってもらいたい所ですw
Secre

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チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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