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I・H編、最終話 【見果てぬ先を目指し、少女たちは歩いていく】

 I・H編、最終話(50話)です。早いものでもうI・H編も終わりとなりました。とはいえ『光陵高校女子ボクシング部』自体は続きますので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。


服根崎高校との練習試合、柊とカスミとの真剣勝負も終わり、周辺も静かとなっていく。そんなある日の中、女子ボクシング部員たちはそれぞれの先に待つもの、目指すものへと思いを馳せるのだった。









 光陵高校の練習試合と高頭 柊の個人的な試合、激動の余韻を残しつつ10月初めの日曜日が過ぎていく。
それから数日後。服根崎高校との練習試合を振り返る反省会が終わった後、柊は顧問の植木 四五郎に呼ばれた。
理由は……今さら聞かれるまでもなくオリンピックに関する事であろう。
黙ってアメリカのオリンピック候補生、カスミ・アンダーソンと私闘に近い試合をした事に対して、小言ぐらいはあるかも知れない。

それも仕方ないかと諦めつつ、柊は女子ボクシング部室に残った。他の部員たちは皆帰宅した中、部室に残ったのは柊、植木、そして由起の3人。
この件に関して由起も無関係とは言えないだけに、柊も動揺は見せない。むしろ、共犯というべき立場の由起がいる事を当然とすら思っていた。
いよいよ、カスミとの件で呼ばれた線が濃厚となってきた。

「新田のお嬢から話は聞いた。オリンピック強化選手の推薦を受けたんだって?」

厳かな口調で植木が訊ねる。コクッと無言で頷く柊に、小さく溜息を吐く顧問。
ただ、この溜息は怒りや呆れによるものではなく、「もう決めちまったんだな」という諦めに似たものであった。

「まあ、お前がそう決めたんなら俺が口を挟む事じゃねえな」

小言や説教も辞さぬ覚悟だっただけに、特にお咎めなしというのは意外に過ぎる。でも小言を言われないのは有り難い限りだったので、2人は黙っておく事にした。

用事は済んだとの事で2人は退室を促される。いずれにせよ、11月の全日本アマチュアボクシング選手権大会への参加は認められた。
とりあえずの目標が出来たと密かに意気込む柊は去り際、植木から呼び止められた為立ち止まる。

「ひとつだけ注意……というよりアドバイスがある。新田の嬢ちゃんは確かにボクサーとしては超一流だ。だが、見た目に騙されるな。ああ見えて相当なちゃらんぽらんだからな、あいつのペースに流されんように心掛けるんだ」



 心臓が激しく動悸していた。まるで内側から食い破らんとするかのように、バクバクと動くのが分かる。
元々アガり症なのに、たった1人で目的の場所へと向かい、中に入り、責任者たる白い髪と髭の男性に正対しているのだ。
しかもこの男性、厳めしい顔つきの上言葉数が少ない。応接室と称する小さな一室の中は、静寂と緊迫感で敷き詰められ、ここを訪れた少女は更なる心臓の動悸を自覚した。

「…ここを受けようと思った動機は?」

厳めしい顔つきに似合った、野太い声が訊ねる。

「えっ、と……ボクシングジムに通う為の費用を稼ぎたいんです。自分の手で…ウチ、あまりお金とかないし」

おっかなびっくりといった口調だが、はっきりとした言葉で少女……順子は男性へと返答。それは、嘘偽りのない彼女の赤心であった。

しばしの沈黙。男性の厳めしい眉間に皺が寄る。これだけで順子は震え上がりそうな気分に陥ってしまう。
やがて、その表情は沈黙の終了と共に和らぎを見せる。

「いい覚悟だ。気に入った! ウチで働いてもらおう」

快活に笑いこの男性……個人経営のレストラン、『ぴくるす亭』の店長は順子に対し採用の旨を伝えた。
その後詳細を話し、順子は確実に夢へと一歩進んだ事にとりあえずの安堵感に包まれる。

順子の夢……それは、ナミと同じくプロのボクサーになって世界に通用する選手になる事。

光陵高校に入学してナミと偶然にも知り合って、彼女と周りの環境に接する機会が増えた時、順子の中でこの思いは少しずつ少しずつ育まれていった。
はっきり言って、感化されたといっていい。だが、その夢を語るナミの表情を心底羨ましいと思った事も、1度や2度ではなかった。
そして決めた。これはその第一歩なのだ。順子は両手で頬をピシャリと軽く張ると、

「よおし、やるわよ!!」

気合いを入れぴくるす亭を後にするのだった。



 光陵女子部が普段から使用しているロードワーク先の空き地。そこで、ダッシュを繰り返し行っている都亀を陽子が見守っていた。
もう何本ダッシュしただろう。とめどなく流れる汗も気にせず、都亀はただひたすらにダッシュを繰り返す。
陽子の手には、ストップウォッチと由起が作成した都亀用のトレーニングノート。
先日の練習試合で、唯一黒星を付けてしまった悔しさから個人用の練習メニューを作ってくれるよう由起に頼み込んで、つい先日完成したノート。
中途入部な以上、技術的な部分で他の部員たちに一歩譲るのは仕方のない事だと、陽子は思う。だが、都亀はそうは思わなかったようだ。

「やっぱり、この辺は選手とマネージャーとの温度の違い……なのかな」

身体的な能力では、むしろ全部員中でも高い水準にある。しかし、どうしても気になるのが昔の後遺症……今はもう治った筈の、左足のアキレス腱の事なのだろう。
反省会の時でも、この左足の事は由起やナミが指摘している部分でもあった。都亀としては、一刻も早くこの後遺症を打ち払いたいのだ。

そして、こうしてひたすらに走り込んでいる。

親友のその心情も理解出来る陽子は、だがさすがにこれ以上はオーバーワークと都亀を止めるべく動く。

「都亀、気持ちは分かるけど……もうそれ以上は逆効果だわ。そろそろ上がりましょう?」

「ハァ、ハァ、ハァ………ごめん陽子、今だけはボクの好きにさせてくれないか? お願い、頼むよ」

陽子に差し出されたタオルで汗だけ拭うと、すぐに返してまたも走り込みを始める都亀。

(都亀……みんなのお荷物になってるって、そう思われるのが嫌なのね)

思えば、今の自分を変えたいというのが入部の動機であった筈。丁度、その転換期に来ているのだろうか?
そうであって欲しい。陽子は、都亀の姿を見てそう願わずにはいられなかった。



 学校からの帰り道。二学期に入る頃には、どちらが言うでもなく途中までを一緒に帰るのが日課となっていた。
桃生 誠と東 久野、光陵の『双璧』と言われる運動系クラブの2枚看板は、正式に交際を始めてそろそろ4ヶ月。
その仲は、濃密とはいわないまでも充分に密であった。ただ、未だ肉体関係までには到っていない。

「そういえば久野さん、羽翔大学からの誘いを蹴ったんだって?」

制服をキッチリと着こなし、模範生の如き歩き方で桃生は隣を歩く久野に訊ねる。

「ええ。正直魅力的なお誘いではあったのだけれど、それより今はコレの方が楽しいわ」

そう言って、久野は背負った鞄の中に見える赤いボクシンググローブをチラつかせた。

「それじゃあやっぱり……」

「ええ。私はプロに行くわ! もうジムには入会したのだし、会長も半年後にはプロテストを受けさせてくれるって約束してくれたもの」

爛々と目を輝かせ、久野は先の話を語る。

空手の世界で『鬼東』とまで呼ばれた女が、過去の栄光など全く未練のない様子で新しい世界に飛び込んでいく。
この積極性こそ、桃生が憧れ惚れた久野の魅力なのかも知れない。

「凄いな、久野さんは。俺は親の跡を継がなきゃならんから、プロにはなれない。でも、その分貴女を応援させてもらおう」

1番近い場所から、と付け加える桃生に久野は奇襲のようなキスを頬に添える。

「当たり前よ。誠くんが1番近い場所にいないでどうするの」

不意打ちのキスに、内心慌てる桃生。だが、普段の威厳ある自分を損なわないよう鍛えられた鉄面皮は、僅かな波を立てる程度で抑えられていた。

大した精神力といえよう。

「プロになるからには頂点を目指すわ。でも、決して低い山ではないでしょう。だから、君にはすぐ近くで支えて欲しいの」

よろしくね、とウィンクをしてみせ、久野はまた明日と愛用の自転車に乗り疾駆していった。



バンッ、バンッ! ドスゥッ、ズシィンッ!



 城之内家の敷地内で、心の嵌めたパンチングミット目掛けアンナが一心不乱にパンチを打ち込んでいく。

「ホラ、辛そうな顔になってる。こんな程度でへばってたんじゃ、白鷺にまた返り討ちに遭うよ!」

アンナに頼まれて、週2~3回個人練習のコーチングを引き受けた心。厳しい叱咤を受け、アンナは「ハイッ」という返事と同時に更なる打ち込みを行う。

「はいワン・ツー・スリー!」



パンッ、バンッ、バァンッ!



心の指示に合わせ、左右のストレートから返しの左ショートフック。ミットに拳を叩きつける度、小気味良い打撃音が響く。
その後も数10秒間心の指示通りミット打ちを行い、タイマーの鳴る音と共に練習は終了。

「ハァ、ハァ、ハァ……ど、どうかな? 今日の出来は」

「40点」

息を切らせ採点を迫るアンナに、突き放すような口調で心は辛辣な点数を返した。そんなぁ~、とアンナは肩を落とす。
その様子に心は悪かった点、改善・矯正すべき点などを苦笑混じりに伝えていく。
I・H予選が終わった辺りから頼まれて始めたトレーナーだったが、意外と性に合っているのかも知れない……心はそう思い始めている。
何より、アンナの荒削りながらも所々に点在する強烈な個性を開花させる度、心は達成感をすら感じるようになっていた。

トレーナーが性に合っていると感じる所以であろう。

「まあ、アンナはまだまだ原石なんだから。焦らずに頑張ればいいよ」

悪い所ばかりでなく、良い所も伝えるなどのフォローも入れ、心はアンナにタオルとスポーツドリンクを手渡す。

「ありがとう、心。でも心って教え方が上手だね。ずっと私のトレーナーになってくれたら頼りがいあるのに」

特に他意のないアンナの一言。ただ、心には意外な形で胸に刻まれる事となった。

(もし、あんたがアタシより強くなったなら……考えてやってもいいよ。案外、近いうちにやってくるのかもね)



「スティーブ、デイブ、クライブ~~! お散歩行くよぉ~」


 葉月家の庭から、越花の間延びした声が上がる。程なくして、勢い良く主人の下に駆け込んでくる3匹のゴールデンレトリバー。
リードをしっかりと引き、準備が整ったのを確認すると越花は例の如く個人練習に付き合っていた前野 裕也を連れ立って愛犬たちの散歩へと出た。

1本だけからリードを託され、慣れない手つきで越花についていく裕也。引き手が慣れていなくても犬の方はいつもの散歩道なので、時折裕也の方を振り返りながら悠々と歩いていく。
途中行き交う人の方に寄ったり、吠え立てるような事もなく、大人しい態度に思わず感心してしまう。

「それにしても。よく躾られてるな、コイツら」

「そりゃそうだよ。しっかり躾しておかないと後々大変だからね」

にっこり微笑み、越花は裕也に返す。犬たちの行儀の良さを褒められて嬉しいのだろう。越花と裕也が予定した散歩道の半分を過ぎた頃、

「裕くん、私もっと強くなれる…かな?」

どことなく自信なさげな声色で訊ねてきた。裕也としては、どの辺りを目標としての問いなのか分からず返答に窮してしまう。
ただ、この温和な少女の奥底に人一倍強い闘争心と向上心が秘められているのを、彼は知っていた。

人間、見た目で判断してはいけないという良い例であろう。

「そうだな。正直言って、越っちゃんの努力と根性は俺も認めてる。どの辺りを目指してるのかは分からないけど、このまま練習を積んでいけば……来年のI・Hには結果が出せると思うよ」

満面の笑みを乗せ、裕也は越花に返答する。焦る必要なんてないんだよ、と優しく肩を叩いてみせた。

「裕くん……」

ボクシングを始めてから、随分と変わったと自分でも思うナミや裕也をはじめ、ボクシングで知り合った人々に感謝の意を込めてもっと強くなりたい……そう思う越花なのであった。



「姉ちゃん、この本借りるよ」

 下司家の2階、ナミの部屋から1つ年下の妹、サラの声が聞こえる。その手に持っているのは、ボクシングに関する教則本。
近頃ボクシングに興味が沸いたのか、しきりに本だの鉄アレイだのといったトレーニンググッズを持ち出していた。

「最近アンタ、ボクシング関係のものやたらと持ち出すけど、ボクシングに興味でも沸いたの?」

I・H全国大会の時に受けた瞼の傷も良くなり(とはいえまだスパーリングは禁止されたままだが)、ジムへ行く準備をしていたナミが何気なく訊ねる。

すると、

「うん、まあね。前の神奈川予選の試合観て思ったんだ。わたしもボクシング始めよう、って。で、いつか姉ちゃんより強くなるんだ~」

と屈託のない笑顔を覗かせ部屋を出ていった。

(わたしより強く、ねぇ。ま、あの娘にもわたしと同じ血は流れてるんだし、あまり期待しすぎない程度には期待させてもらおうかしら)

この時、ナミはサラの発言を話半分で聞いていた。だがその一方、先の未来でサラと本気の勝負をする事になるのではないか……そんな漠然とした予感も抱くのであった。

いずれにせよ、まだまだ先の話である。

「行ってきまーす」と元気いっぱいの掛け声の後、ナミは通い慣れたジムへと一直線に駆け出していく。



 とりあえず、夏のI・Hは終わった。この後も11月の全日本アマチュアボクシング選手権大会や、3月の全国高等学校ボクシング選抜大会などが控えている。
瞼の傷の関係でアマチュア選手権は難しいが、高校選抜の頃にはバッチリ治っているだろう。

さし当たっては、その辺りを目標にしようか。

そして、二年生になれば新一年生の勧誘やプロへ向けての本格的な準備をしていかなければならない。

(まだまだ忙しくなるわ。しっかり頑張らなきゃ!)

先の事を考え、ナミは胸の高鳴りに身を震わせるのであった。





光陵高校女子ボクシング部 I・H編、完

see you next stage……プロボクシング編
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コメント

インターハイ編完結、お疲れ様でした!!!
サブタイトルが途中打ち切りの煽り文みたいでヒヤリとしたのはナイショwww

しかし、桃生先輩良い男ねぇ、プラトニックな所も含めて男のアテクシでも惚れそうだワ!
他のメンバーのその後と決意も熱くていいわネ!
オリンピックにプロ…面白くなりそうね。

…アレ……そういえば……鉄平くん、ドウシタンダロウwww

Re: タイトルなし

とりあえずI・H編、全50話が終了しました。サブタイトルは敢えてあんな打ち切りっぽいものにしてみましたが、まだ続きます。

あ、そういえば鉄平だけ出番なかったですね。書かれてませんが彼も退院して元気にしてますよ……きっと(汗)
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プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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