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第49話 【飛躍、さらにその先へ】

 I・H編、第49話です。


柊とカスミの真剣勝負は、お互いにクリーンヒットを許さぬまま第2Rへ突入。ますますヒートアップする闘い、その行方は……









 羽翔体育大学内のボクシング部室に於いて人知れず行われている、高頭 柊とカスミ・アンダーソンとの勝負。
それも第2Rの序盤戦を終え、未だまともなクリーンヒットは1発もなしという異様な展開を見せていた。

これまで数々の格上選手を倒してきた柊の天才的ボクシングセンスと、ロンドンオリンピックに向け猛練習を続け候補にまでなったカスミの未知の実力。
この先どのような結末を迎えるのか、この場にいる誰もが知る由もなかった。

「シュッ」

カスミの左ジャブを、柊は寸での所でかわす。返す右ジャブを柊が放てば、カスミはこれを丁寧にブロッキングする。
相変わらず愚直なまでに基本を貫くカスミとは対照的に、柊は構えた両腕を徐々に下げていき上体を柔らかく使い、かわす事に専念していった。
その様は、まるでガードを放棄しているかのよう。事実、柊はこの時持ち前の“神の眼”を最大限に活かす為、視界に入る僅かなグローブすら邪魔だったのである。
それは、即ち多少なりとカスミのハンドスピードに対応出来るようになってきた事を意味していた。

(よし、だんだん“視え”てきたぜ。あとはタイミングだ)

カスミの放つジャブが、ストレートが、フックが、アッパーが、柊を捉えられない。眼を凝らし、集中力を高める代償としてズキッ、ズキッ、と脳が負荷に耐え兼ね悲鳴を上げる。
が、内から湧き上がる高揚感がその頭痛を抑え込んでいた。


 2R終盤、実際に対峙するカスミはこの異常を敏感に察知した。だんだん自分の打つパンチに対応してきている事に、内心困惑してしまう。
顔を狙えば、まずかわされる。といって、腹を狙った時はキッチリと肘でブロッキングしてくる。
困惑する心とは反して、カスミは柊に対する興味が急激に膨れ上がっていくのを自覚していた。

(すごイ! すごイよシュウ!! おなジくらいのトシでこんなにツヨいコ、いままデいなかッタ)

同年代は勿論の事、年上の選手でもここまで自分のパンチを捌き続けた者はいなかった。
これまで機械的にただ目の前の相手を倒すだけだったカスミ・アンダーソンは、充足に足る好敵手を得たこの瞬間初めて“ボクサー”として目覚めたのかも知れない。

ここで、カスミは戦術の変更を思索する。普通にパンチを打ったのでは、この相手からクリーンヒットを望む事は出来ない。

なら、狙うはカスミの最大の武器たる超速の右ストレート!

ただ、このパンチは色々と制限がある。

まず第1に、全身の筋肉を緊張・連動させる為連発が不可能な事。
第2に、現時点での彼女の技量ではボディーへの打ち分けが難しい事。

以上の理由により、フェイントを巧みに仕掛け相手の隙を突くか、自滅を待つぐらいしか狙う機会はなさそうに思える。
とにかく、行動しなければ始まらない。カスミは、必要以上に手を出すのを止め代わりにフェイントを多く織り交ぜる事にした。

一方の柊も、カスミがしたたかに戦術を変えてきたのを察知し、その真意を探っていた。

(急に手数が減りやがった。どういうつもりだ? 攻め疲れたのか……それとも)

柊がカスミの出方を窺っていると、



クイッ!



そのカスミの右肩が微かに上がった為、サッと防御姿勢を取る。が、初動作のみでカスミからパンチは繰り出されてこない。
続けて上体を下げ1歩前進してきたのに合わせ、柊は半歩後退し迎撃体勢に入る。しかし、ここでもカスミは攻撃を仕掛けてこなかった。
攻撃の合間にフェイントを組み込み、相手の隙を誘発したり崩したりするのは基本戦術である。故に柊もカスミの意図はこの段階で把握出来ていた。
ただ、カスミのフェイントは実に巧みで柊も迂闊な攻勢に出られないのも、また事実であった。
フェイントを無視して突っ込んだ瞬間、本当にカスミのパンチが飛んでくるかも知れなかったからである。

(くっそォ、釘付けかよ。でも、このままじゃ埒が開かねーし……しょーがねえ、危ない橋だけど渡ってみるか)

このまま膠着状態に入るのを危惧した柊は、ひとつの手を打ってみる事にした。カスミのフェイントに翻弄され続けた結果、先に精神的に参るのはほぼ間違いなく自分の方であろうから。



 柊は攻めつつもカスミの攻撃、その中に巧妙に混じるフェイントに対処していく。2Rも残り20秒を切ったその時、膠着状態に陥るかと思われた展開に変化がもたらされた。



クンッ!



カスミが目線を僅か下に向けたのに合わせ、柊はガードを下方……即ち腹の方へと下げる。目線の方向から、カスミがボディー打ちを狙っていると察知したからである。
が、これもカスミのフェイントであった。

(かかッタ!)

コツコツとばら撒いた小さな種がようやく実ったと内心驚喜しつつ、カスミは冷静に全身の筋肉を緊張・連動させる。


狙うは……ガラ空きの顔面!


持てる力を凝縮し、カスミは右ストレートの体勢に入る。が、その瞬間心臓を鷲掴みにされるかのような悪寒が、網膜を中心に全身へ張り巡らされていく。
何と、つい今フェイントに引っ掛かりガードを下げた筈の柊が、同じく左ストレートのモーションに入っているではないか!

(しまッタ!!)

フェイントに引っ掛かったと思った、まさにそれこそがフェイント。柊は、カスミのフェイントによってミスを誘発されたと見せかけ、逆に大きな1発を打たせる為の心理的フェイントを仕掛けたのである。

お互いの初動作は、若干の差で柊の方が速い。こうなっては自分のハンドスピードに賭けるしかなかった。
柊の左とカスミの右、2つの牙が空間を裂き相手の喉元へと迫る。喉を食い破り、絶息させんが為に……



ズシャアアッ!



強烈な殴打の音が皆の鼓膜を乱暴に叩く。次いで、リング上に汗や唾液が飛沫となって飛散していく。両者の間を交差する腕の先、突き刺さっていたのは……

「ぶえェッ」

柊の拳であった。カスミの拳は柊の顔面の僅か左側を通過。
本来なら相打ちになる筈だったそのクロスカウンターは、柊が咄嗟に右前側へ軽く前進する事で辛うじてかわしていた。
咄嗟の行動であったが、それはヘッドスリップと同じ効果を生み、且つ体重を乗せてのカウンターへと変化をもたらす。
このようなカウンターを食らっては、いかにオリンピック候補といえどひとたまりもなかった。殴られた右頬から全身へ一気に衝撃が駆け巡っていく。
次の瞬間には、カスミの意識は完全に深淵の闇の中へとブラックアウトしてしまっていた。

グラッと身体が揺れたかと思うと、一気に両膝を折りその場で派手な音と共に全身をキャンバスにバウンドさせる。
倒れ込んだ反動によって、カスミの口からマウスピースが弾け飛び唾液を撒き散らしながら顔のすぐ横に転がった。
四肢を力なく伸ばし、あたかも大の字で倒れ伏したカスミのその表情は完全に消し飛んでしまっている。薄く開かれた両目の焦点は全く合っておらず、例えるなら死んだ魚のよう。

弱々しく身体を上下させるその姿は、完璧に失神KOされたボクサーのそれであった。
レフェリーたる祐希子は、すぐさま両者の間に割って入りカスミの状態を一瞥した瞬間、

「ここまで」

と試合の終了を告げた。










 柊とカスミの勝負は、柊のクロスカウンターによるKO勝利という形で幕を閉じた。展開だけを論じたなら、柊の圧勝のように思える。
だが、実はどの局面も紙一重の部分ばかりであり、偶然が重なっただけに過ぎない。運に助けられた……運も実力の内というが、地力ではまだ及ばなかった。
実際の所、柊はそう思っている。最後の、試合を決めたクロスカウンターなどはその最たる例であったろう。
恐らくは倒れたカスミ以上に疲弊した身体で、柊は青コーナーへと戻っていく。コーナーへ着くなり、柊は膝を折りその場にへたり込む。
緊張感を失った身体へ、疲労と書かれた重石を乗せられたようだった。

一方失神したカスミは祐希子と兄・スティーブンによって介抱され、意識を取り戻したのは試合終了から約5分後。

「う………ハァ」

霞掛かった意識と視界が、覚醒と同時にゆっくりと鮮明になっていく。意識が完全に覚醒し、自分が横たわってスティーブンと祐希子を見上げていると気づいた時、ようやく負けたのだと理解するに至った。

「マけた……?」

「ああ、ミゴトなまでのKOダ」

兄に肯定され、妹は「ソウ…マケたノ……」と抑揚のない声で呟く。どうにも実感がなかった。どのようにKOされたのか、全くもって記憶になかったからである。
クロスカウンターのダメージはもう残っていないのだろう、カスミはしっかりとした動作で立ち上がると赤コーナーへと向かい、グローブを外すよう兄へ促した。
カスミに、敗北の実感はない。と同時に、柊の方も勝利の実感はなかった。
結果的には勝ったが、それは彼女の望む形のものではなかったし満足のいくものとは程遠かっただろう。
そういう意味では、お互いに納得のいかない奇妙な闘いだったといえる。
とりあえず汗を流しなさい、との祐希子の指示により柊とカスミは部室内に設置されたシャワールームをあてがわれた。



 普段男子が使用しているであろうシャワールームに入る事に抵抗を覚える柊。が、予想に反して清潔感溢れる室内に気を許したのと汗でベトベトなのに耐えられなくなったのか、割とすんなり服を脱ぎ始めていた。



シャアアアーー……



 薄壁1枚を隔てて、つい先刻まで真剣勝負を繰り広げた2人の少女が全身の汗を洗い流していく。奇妙な空間ではあったが、不思議と嫌な気分はしなかった。
そんな中、「シュウ」と隣の壁越しからカスミの声が聞こえてきた。

「あ? なんだよ」

まさか話し掛けられるとは思っておらず、柊は少しだけ上擦った声色で返答。

「キョウは、スパーのアイテになってくれてアリガトウ。ケッカは……まあアレだったケド」

辿々しくもはっきりとした日本語で、カスミは練習相手になってくれた事への礼を述べる。

「お前、日本語上手ぇな」

「ワタシのチチ、いまオキナワでコックさん、やってまス。だから、ニホンゴはちょっとハナせまス」

チイさいコロはヨコハマのチュウカガイにもいたんですヨ、と聞いてもいない事情を懸命に話すカスミ。だが、横浜の中華街と聞いて親近感が沸いたのか、柊は時々相槌を打ちながら話を弾ませていった。

「シュウは、2ネンゴのオリンピックにはデるのですカ?」

話の頃合いを見計らって、カスミがふと質問をする。正直な所、柊はこの返答に窮した。
そもそも、今後の進退すら定まっていなかったのだから。だが、今はある方向へと意識が向き始めている。

「そう、だな……ちょっとだけ興味が沸いてきた、かもな」

それは柊の偽らざる心境だった。とはいえ、必ずしも代表に選ばれるとは限らない。
が、オリンピックを目指してもいいかも知れない……そんな、まだ産声のような決意をこの時柊は初めて抱いたといえる。

「ワタシ、ホントウはモノスゴくクヤしい。だから、オリンピックでキョウのカりをカえしたい」

カスミはそう柊に伝えるとシャワーを止め、戸を開けて「サキにアがりまス」と出ていってしまった。

柊へのリベンジを誓う、カスミの決意を込めた一言。それは、柊とて同じ気持ちである。今回の勝負、互いに納得のいくものではなかった。

カスミは、その結果に。
柊は、その過程に。

故に、もしオリンピックに出る事が叶ったなら、次こそカスミと納得のいく決着をつけたい……そう思うのであった。



 こうして、光陵高校の練習試合と柊の個人的な試合を内包した激動の日曜日が過ぎようとしていた。アンダーソン兄妹は一足先に帰宅し、羽翔大学ボクシング部室には柊と由起、そして新田 祐希子だけが残る。

「さて……高頭さん。早速今日の感想を聞かせて欲しいんだけど、いい?」

リングロープに凭れ掛かりつつ、祐希子が柊に訊ねる。

今日の勝負に満足出来た? と。

「ん~……イマイチだった。今日のは“勝って”ねーから」

柊は試合内容を思い出しながら、正直な感想を述べる。

「オリンピックに興味は持てそう?」

「ちょっとは、ね」

「そう。なら、貴女を正式に推薦したいんだけど……ひとつ条件があるのよ」

ここまで話して、少々バツの悪そうな表情を見せる祐希子。

「なんだ? 条件なんてあんの?」

「ええ。実は貴女を誘うには“実績”が足りないのよ」

柊には今ひとつ要領の得ない祐希子の言葉。だが、その部分を補うかのように由起が口を挟んだ。

「I・H全国ベスト8だけでは推薦するのに不足、という事ですね?」

「そういう事」と祐希子が首を縦に振る。つまり、何かしらの“肩書き”が必要だというのだ。

「そこで、11月に行われる全日本アマチュアボクシング選手権大会へのエントリーを要請します。受ける?」

いきなりのエントリーの話に、柊はしばし考え込む。熟考の結果、

「OK、受けるぜ」

祐希子の要請を受諾した。ここで断った時点で、カスミともう1度闘う機会はぼ断絶してしまうだろう。
断る理由はなかった。回答を得た祐希子はニコリと微笑み、柊に握手を求める。詳しい段取りが決まったらまた連絡するわ、という祐希子の言葉で絞め、柊・由起と祐希子は別れた。



 羽翔大学からの帰り道、

「随分大きな話になってきたわね」

由起が柊に対して、半ば呆れ気味に話し掛けてきた。たかだか15歳の女の子を巻き込んで、いきなりオリンピックである。
つい1~2ヶ月前まで日本国内1番を決める大会だったのに、いきなり世界規模の話へと飛躍したのだ。
呆れるのもやむなしというべきか。しかし、渦中のド真ん中にいる柊に戸惑いはない。
というより、戸惑いに勝る高揚感が彼女の全身を覆っていたのである。

「そうですか? まぁ、当分の間は退屈しないで済みそうですよ」

徐々にオリンピックへの熱が加速していくのを覚えつつも、柊は努めて平静な態度でそう言うと暗くなった空を見上げた。

辞めるのはまだ先になりそうだな……

心の中でひとりごちながら、柊はこれから先の事に思いを馳せ微かな笑みを浮かべるのであった。



to be continued……
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コメント

来たわネ、オリンピック!!!
って二年後?
長いわねwww
その前のアマチュア大会の結果で変わるのね。
仮入部でしか無かった娘がオリンピック候補に向けて邁進!
すごい話になってきたわぁ!!

こんなトントン拍子のシンデレラ・ストーリーが出来るのも創作ならでは! と割り切っております。
きっとリアルラックが相当高いのでしょうw I・H編も残す所あと1話ですが、よろしくお付き合い頂ければ幸いです。
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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