スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第46話 【vs服根崎高校(中) 確かなレベルアップ】

 I・H編、第46話です。


服根崎との練習試合も3戦目、越花の試合。裕也との個人レッスンの成果も着実に現れ、遂にずっと温めてきた“隠し玉”を使い相手をダウンさせるのであった。









「ダウン!」


 勢いに乗じ、繰り出してきた右アッパーをかわし逆に右ストレートを叩き込む……そういう流れだった筈。


タイミングもバッチリだった筈なのに、何故私が相手を見上げなければならない? 


服根崎高校二年、赤グローブの福永 ちはるは困惑するばかりであった。
1勝1敗と互角の勝負を見せていた、光陵高校と服根崎高校との練習試合は現在3試合目。バンタム級で試合に臨んだ葉月 越花は、以前と比べて格段に成長した姿を見せ皆を驚かせる。
そして第2R……対戦者、福永 ちはるの猛攻にロープを背負わされた越花は、苦し紛れで放ったように見えた右アッパーによって、攻めるちはるをダウンせしめていた。
ここで奇妙なのは、越花がいつの間にか左構え……サウスポースタイルに変わっていた事。
ちはるに狙われていた筈の右のパンチだったが、打ち出す起点が違った事によりカウンターのタイミングをずらしていたのである。

越花のした不可解な行動は、俗に“スイッチ”という。右構えなら左構えに、左構えならその逆と、試合の最中に対照の構えを取る技術。
これにより、右構えだと若干のタメを作ってしまう右パンチも、リードブローへと変貌を遂げる。
パンチの始点・軌道も当然変わる為、カウンター等を狙っていた場合タイミングを狂わされるのだ。
更には、左右対照のファイティングポーズに突如変わる事で、相手の混乱を誘う効果もある。

欠点といえば、利き腕でない方を大砲として添えてしまう為、どうしてもパンチの威力が下がってしまう事。
また、切り替えがスムーズに出来なければ相手にスイッチすると教えるようなもので、タイムラグによる隙を生んでしまう。
以上の理由で、実際の所効果の割に有効活用する選手の少ない“スイッチ”。だが、越花にとっては天啓とも言うべき、うってつけの技術だったのである。

彼女は、世にも稀な『両手利き』の人間だったのだ。別段、訓練した訳でもない。物心ついた時、既に越花は右も左も不自由なく、まるで利き腕の如く使えていたのである。
越花の個人レッスンに付き合っていた前野 裕也は、いち早くその事に気付いたらしい。密かに左構えの練習をさせ、部活で教わる右構えとの違和感を無くさせたのだ。
その結果、見事にちはるをノックダウンさせるという形となって現れていた。



 ニュートラルコーナーへと下がりながら、越花は内心でパニック寸前の自分を鎮めるのに精一杯であった。
“スイッチ”が上手くいった事も勿論だが、実はボクシングを始めて相手からノックダウンを奪ったのは、これが初である。
相手を殴り倒した経験のない越花にとって、これは脊髄に電流を流されるかのような衝撃的出来事といえた。

(だ、ダウンさせちゃった! 私のパンチで…相手倒れちゃったよぅ)

カウントが数え上げられていく間、越花の頭の中はぐるぐると思考の渦を巻く。カウント8でちはるはきっちり続行の意思表示をしてみせ、試合が再開される。
だが、これ以降の越花の動きは思考の纏まらないまま精彩を欠き、せっかく身につけたテクニックもスイッチも上手く機能せず……



カンカンカンカンカンカーン!



結局大した展開の変化もなく、試合終了のゴングが鳴らされた。自分のパンチで相手をダウンさせた事は、越花にとって相当の衝撃だったようだ。
だが、その右拳にはまだ綺麗にアッパーを決めた時の、肉を殴打した感覚がハッキリと残っていた。
結局試合は引き分けとなったものの、右拳に確かな残滓を残し満足げな表情を覗かせる越花であった。



 続く第4試合。フェザー級・知念 心と浅井 孝美との試合が始まった。お互い右のオーソドックススタイル。
地元校の名誉に賭けて、ここで1勝をもぎ取り優位を確立しておきたいのか、それとも元々攻め気の強い選手なのか。
孝美は開始早々から猛烈な手数を以て、心へと襲い掛かる。一方の心は、普段と変わらぬ冷静なスタイルで対抗。
最低限のパンチのみを放ち、極力相手の打ち筋を把握するべく集中する。練習試合の前、ミーティングで服根崎のレベルはあまり高くないと評したのは由起であったか。
聞くとやるとでは随分と違うじゃないか、と心は内心で悪態を吐いていた。即ち、孝美のレベルは決して低くなく……寧ろ、予想を上回る実力を有していたのである。
打ち込まれるパンチから感じるプレッシャーは強いし、キレも良い。まともに貰えば、場合によっては意識を断たれてしまうのでは? とさえ思える程の迫力を有していた。
ディフェンスに関してもオフェンス程に脅威足り得ないものの、やはり平均以上には上手い。やや攻撃的だが綺麗に纏まった、心にとって厄介なタイプのボクサーといえるだろう。

「シュッ」

口から漏れる空気と共に、孝美の左フックが心のディフェンスの網を潜り抜け、その脇腹を痛打する。ドスッ! と鈍い打撃音が聞こえ、次いで「ぐふッ」と心の口から曇った呻き声が漏れ落ちた。
脇腹に走る、重く痛い感触を残しつつ心は間合いを離そうとステップを刻む。
今のボディーフックで気を大きく持ったのだろう、孝美はさながら手負いの獣を狩るハンターの如く追撃態勢に入った。
そこへ、



バチィンッ!



下がろうとしていた筈の獣が足を止め、その牙を……右ストレートを狩人へと打ち込んだ。

「ぶはッ」

予想だにしなかった反撃に、孝美は顔を押さえヨロヨロと後退してしまう。下がろうとしたのは、心の巧妙な罠であった。
下がれば確実に追ってくるだろうと予測し、孝美の攻め気を逆手に取ったのである。追撃の難を逃れた心は、余裕を持って態勢を立て直し中距離を維持。
今の1発が楔になれば楽なんだけど、などと心は思ったものだったが、生憎と孝美の攻め気を挫くには足りなかったらしい。
先程にも増して猛烈な勢いを駆り、孝美は進撃を開始した。報復と言わんばかりの手数が、心目掛けて降り注ぐ。
持ち前のディフェンステクニックをフル活用する心ではあったが、さすがに全てをシャットアウトする事は不可能だったようで、何発かのクリーンヒットを許してしまう。
だが、寧ろこれが並の選手であったなら高確率でダウンないしKOに至っていただろう事は想像に難くない。
それ程の猛攻だった。



カァァァンッ!



第1R終了のゴングが鳴る。この展開がもう10秒も続いていたなら、或いは一気に崩されていたかも知れないな……とゴングに救われた気持ちの心であった。

「ごめん、私の見込み違いだったみたい」

コーナーへ戻るなり、由起から謝罪の言葉が紡がれる。ミーティングで安易な期待感を持たせてしまった事に対し、彼女なりに罪の意識を感じたようであった。

「別に先輩が悪い訳じゃないですから。それに、良い意味で期待が裏切られて嬉しいんですよ。アタシ」

ウォーターボトルでうがいをしつつ、心は呟く。これは恐らく本音であったろうが、若干なりと由起への気遣いも含まれていたかも知れない。
強い相手と闘って勝ってこそ、自分の力も磨かれるというものだ。少なくとも、そういった観点から良い意味で裏切られた、と心は呟いたのである。

「気にしないで下さい。とりあえず次のRも相手を見ます……で、勝負を仕掛けるのは3Rで」

どちらかといえば劣勢な立場の心だが、その姿に焦燥感はない。彼女の中では、理想の試合展開へ向けて着々と戦術や作戦プランが立てられているのだろう。
こういった冷静な頭脳プレイが出来るのも、心の強みと思う由起であった。



 第2Rが始まっても、心は最低限のパンチでのみ応戦し攻め込まれる場面が目立つ。ただ、1R時と比べて被弾数は明らかに減っているように、周囲の目には映っていた。
孝美の打ち筋を把握してきたのだろう。大振り気味のパンチに対しては、容赦なく細かいカウンターを打ち込んでいった。
そんな、一進一退の攻防に見える試合展開を続け第2Rが過ぎていく。

赤、青、各コーナーでスツールに鎮座する2人の少女は、その呼吸を荒げながらもお互い視線を外さない。
今までの積み重ねを信じ、己のプライドに賭け負けるわけにはいかない! そういった気迫のようなものを感じさせた。



 第3Rが始まる。たかが練習試合とは思えない2人の迫力に、間に立つレフェリーは軽い戦慄を覚える思いだった。
孝美はもとより、心も公言通り積極的に攻撃を仕掛けていく。あわやこのまま乱打戦に突入かと思った、その矢先……



スパァンッ!



勝負の明暗を分かつ一閃が炸裂した。孝美の右フックに対し、心は左フックを重ね孝美より速く拳を叩きつけたのである。
左拳を介して伝わってくる会心の手応えに、心は思わず口元を歪めていた。



ダンッ!



レフトクロスカウンター。心の伝家の宝刀が抜かれた以上、獲物の末路はもはや崩れ落ちる事のみ! 哀れ餌食となった孝美は、殴られた勢いそのままにキャンバス目掛けて豪快にダイブ。
心がレフェリーからの宣告より早くニュートラルコーナーへと下がった時、既に孝美の意識は綺麗さっぱり刈り取られていた。
勿論、これ以上試合を続けるような無茶をする筈もなく、レフェリーは即座に終了を宣言。心の右手を高々と掲げた。


「ふう」


口からマウスピースを引き抜いてもらい、心は小さく息を吐く。

(浅井 孝美、か……今回は上手くレフトクロスが決まったから勝てたけど、来年のI・H予選、コイツと当たったら)

正規のフェザー級出場者となるであろう越花は、彼女に勝てるだろうか?ふと、そんな疑問が脳裏をよぎった。
しかし、すぐに頭を振り疑問を払拭させる。親友をもっと信用してやらないでどうする。越花の成長度合いも、自分の予想を遥か上回っていたではないか。

そう言い聞かせ、心はリングを降りるのであった。服根崎高校との練習試合も、残す所あと2試合のみ。
フェザー級2試合目となる、『鬼東』こと東 久野とライト級の城之内 アンナ。
既にスタンバイを終えていた久野は、首に掛けていたネックレスを外し「預かっててもらえるかしら」と長椅子で見学の人となっていたナミへ手渡すと、リングに向かっていった。
薄く輝く、小さい黄色の宝石が鮮やかな色彩を放つネックレス。一見して高価な物であろう事は、アクセサリーに疎いナミでも理解出来る。

(東先輩って、前からこんなもの着けてたっけ?)

記憶にない久野のネックレスに首を傾げるナミ。少なくとも彼女の知る限り、装飾品の類を身に着けている所を見た事がない。
どういう気まぐれだろう、と推理力を働かせるナミの隣で、

「それ、アンバーじゃねーの?」

柊が呟いた。

「あんばー?」
「翡翠(ヒスイ)の事だよ。姉貴が確か似たようなの持ってた……と思ったからよ」

あれこれと話をしているうちに、リング上ではゴングと同時に久野と対戦相手……向島 圭子が早くも激しい打ち合いを開始していた。



 久野は右のオーソドックス、対して圭子の方は右構えでアゴ下をガッチリとガードしている。俗に言う『ピーカブースタイル』によく似た構えであった。
完全なピーカブースタイルとお世辞には言い難いものの、防御重視の手堅いタイプの選手であろう事は想像に固くない。
しかも、フットワークも速く軽快さがある。これは結構な難敵かも、と見学のナミは思った。思ったのだが……



ズガンッ!



久野は圭子のフットワークに劣らぬ速度で追随、左へサイドステップした所を狙ったかのように右のボディーフックを、打ち上げ気味で叩き込んでいた。

「ぶげぇッ」

吐き出すような呻き声と共に、圭子はその動きを止める。それは、自由に大海を泳ぎ回る魚目掛けて打ち込まれた、銛の1発であるかのようであった。
ただ相手に追随してボディーフックをヒットさせた、それだけの展開。だが、ナミはただそれだけの事をいとも簡単にやってのけた久野の力量に、改めて感嘆する思いであった。
ボクシング経験の長いナミをして難敵と感じさせた圭子のフットワークは、実際かなりのものであろう。
ナミの知る久野のスピードでは、正直な所1歩譲る事になるだろうと予測もしていた。

だが、難なく追随してみせた。そればかりか、サイドステップを予想し楔の如き一撃を叩き込みさえしたのである。
スピードだけでなく、ボクサーとしての洞察力も確実にレベルアップしているようだ。

「シッ」

動きを止めた圭子に、久野は左ジャブをペシペシと当て、距離を微調整した後渾身の右ストレートを繰り出した。
ジャブは貰ってしまった圭子も、これを食らっては一溜まりもないとガードを固める。



グシャッ!



鈍く響く殴打の音。久野の右拳は、壁となって現れたガードの上を容赦なく殴りつけていた。ガード越し、ヘッドギア越しから伝わってくる重い衝撃に、圭子は眉を潜める。
空手で鍛えられた、その硬い拳から伝わる衝撃は圭子にとって初めてのものだったのだろう。
2発、3発とガードの上からお構いなしに打ち込まれる度、圭子は小さな呻き声と共にその脚を止め一方のみに移動を強制されてしまう。
何発目かの猛撃に腕の痺れが限界を迎えた頃、ふと背中につっかえる感覚を覚え圭子に戦慄が走った。
ガードに徹する余り、コーナー際へ誘導されていた事に全く気づいていなかったのである。狭い檻の中で猛獣が迫ってくるのに似た恐怖を感じた時、その猛獣は行動を開始した。



 ひたすら亀のように丸まって、久野の繰り出す弾幕に耐える圭子。恐怖に顔は強張り、その目尻にうっすらと涙を溜めながら、圭子は必死にガードを固める。
だが、既に痺れで限界を迎えていた腕だけに、陥落は早かった。たった3発のフックで、堅固を誇った城門は跡形もなく崩壊。
もはや守るべき何物もない素顔へ、猛獣は今まさにその爪を突き立てていく。



ズギャッ!



強烈な右ストレートが顔面を抉り、圭子は力なく両腕を下げた状態で膝を着き、そのまま前のめりに倒れ伏した。
ダウンを宣告された久野は無慈悲な表情のままニュートラルコーナーへ下がる。一方倒れた圭子は、全身を小刻みに奮わせていた。
恐怖から解放された余韻を味わうかのように涙が流れ落ち、キャンバスに数滴落ちる。それを見たレフェリーの取る行動など、もはや1つでしかなかった。



カンカンカンカンカンカーン!



試合終了のゴングの音が、室内に響き渡る。難敵と見た圭子を相手に、まさかの1RKOで切って落とした久野の動きは、明らかに今までと違っていた。
どことなくプロ特有の荒いテクニックが混ざっている……久野の見せた動きの中に、ふとそう感じさせられるナミであった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

ガード越しからの衝撃って鬼東先輩ってばそれ何て花山ww
可愛い過ぎるワw
スピード×体重×握力=破壊力なのね!
うん、体重もありそうだワ。

花山さんはともかく、久野のパワーファイターっぷりがだんだん極まってきました。こういったタイプのボクサーって、技巧派とはまたひと味違った魅力があると思う訳ですよw
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。