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第44話 【柊の決心と練習試合】

 I・H編、第44話です。

東北関東大震災に被災された方々、またそれにより亡くなられた全ての方々に、この場を借りてお見舞い申し上げます。
原発問題や物資流通、計画停電など問題は山積しておりますが、これらが円滑に解消され1日でも早い復興がなされる事を切に願っております。



従兄妹の高桑 俊作からの誘いを受け、羽翔大学へとバスケットの試合を観に行った柊。そこで思いがけない人々と出会い、柊はある提案を持ち掛けられる。柊の答えや如何に?









「カスミと勝負してみる気、ない?」


 唐突過ぎるこの発言に、高頭 柊は唖然とする以外表現の術を持たなかった。

従兄妹の誘いでバスケットの練習試合を観戦し終えた後、偶然その場にいた由起に連れられボクシング部室へと向かった柊。
そこには、2年後のロンドンオリンピック・アメリカ代表候補を称する実力派ボクサー、

カスミ・アンダーソン

世界1位の女子プロボクサー、

新田 祐希子(にった ゆきこ)

I・H全国大会、ライト・フライ級準優勝者の、“格闘令嬢”こと

新堂 早弥香(しんどう さやか)

などといった面々がいた。
そして柊の経緯を知っていたらしい祐希子は、いきなりカスミとスパーリングしてみないか? と提案を持ち掛けてきたのである。



 正直、柊は祐希子という人の正気を疑う思いであった。普通、I・H全国大会のベスト8如きをオリンピック候補者のスパーリングパートナーに指名などしない。
加えて、羽翔大学の人間ですらないのだ。そんな相手に、何の躊躇いもなくスパーリングの申し出をしてくるこの女の意図を、柊は測り兼ねていた。

ただ、理屈を抜きにした所では掛け値なしに魅力的な提案と感じたのも、また偽らざる事実。
I・Hという目標を失い、ボクシングを続ける意味をも失いそうになっていた中で、この勝負……スパーリングは自分を試すに絶好過ぎる機会のように、柊には思えたのである。

「高頭さん……」

予想外の提案に戸惑う風の後輩に、由起も恐る恐る声を掛ける。由起としては、この提案は非常に危険なものであるような気がしていた。
ただでさえ、柊が最後に行った試合はKO負けなのだ。本来ならもっと相手を考慮したい所に、オリンピック候補者という超難敵。
これでもし何も出来ずに叩きのめされでもしたら……最悪の場合、そのまま心を折られてボクシングを辞めてしまうかも知れない。
ずば抜けたセンスを持つ天才に限って、何気ない挫折で消えていくものなのだ。
今まで共に練習してきて、柊の精神力の強さは重々承知してはいる。が、それでも一抹の不安は残った。
もしかすると、それは理論では割り切れない、かわいい後輩に対する情愛によるものだったのかも知れない。



 祐希子の提案にしばしの熟考を要した結果、

「いいよ。オレ、さっきのヤツと勝負してみてえ」

思案の為に俯いていた顔を上げ、祐希子に了承の旨を告げた。その顔には進退に悩み曇った部分が幾分か消え、代わって期待に満ちた部分が覆っていた。

「別にオリンピックとか、そういうのは全然興味ねーんだけど……そのオリンピックで闘おうってヤツがどのくらい強えのか、試してみてーんだ」

「そう、受けてくれるのね。なら……勝負は1週間後、午後5時。場所はここでいい?」

カスミとの勝負を受諾した柊に、祐希子は喜々とした表情で日程や注意事項などを話す。その手際の良さに、柊はふと疑問に思った事を口にしてみた。

「なんかヤケに準備がいいな。オレと会ったのも偶然だったってのに……ホントは他に誰か予定入ってたんじゃねーの?」

話の途中で割り込まれ、今まで滑舌の良かった祐希子が急に押し黙る。心なしか、その顔には冷や汗が流れているようにも見えた。

「い、いやぁ鋭いわね高頭さん……実は、最初この娘に頼む予定だったのよ」

観念した風の祐希子は、わざとらしく頬をポリポリ掻いてみせながら後ろに控えていた早弥香の方を見る。

「だけど、今はプロテストを控えた身だからって断られちゃってね」

今度はお手上げのポーズで小さく溜息を吐いた。

「仕方ないから、東京の加藤さんに連絡しようかどうかって悩んでた最中だったって訳」

加藤という姓が出て、柊は一瞬肩を震わせる。ライト・フライ級で東京の加藤といえば、幼馴染みの加藤 夕貴の事しか思い浮かばない。
念の為に尋ねてみた所、案の定夕貴の事であった。
聞く所によれば、祐希子はアマチュア時代の豊富な経験を買われ、ロンドンオリンピックの選手に相応しいと思われる人材をピックアップして欲しいとアマチュアボクシング協会に個人的に頼まれているのだという。

女子ボクシングが正式競技としてオリンピックに認可・開催されるのは、今度のロンドンオリンピックが初。
故に、まだ発足して間もない女子アマチュアボクシング協会では有能な人材の発掘までに手が回らず、こうして外部の協力者を“非公式”に募っている……という話であった。

「で、わたしは前途有望な高校生も視野に入れて捜してたの」

その中の1人が加藤さんよ、と付け加える祐希子。
夕貴の実力の程は、I・H全国大会の決勝トーナメント第1試合に於いて、後ろの早弥香をあと1歩まで追い詰めた善戦を目の当たりにして把握済み。
早くも目をつけていたのだそうだ。他にも、今年のI・H優勝者である

吉川 瞳(よしかわ ひとみ)

も候補に挙げているらしい。そんな中で、柊との偶然の邂逅である。早弥香が『運命の導き』と呟いたのも、頷けるというものだった。



 それぞれの思惑が交錯するこの勝負……この一戦こそ、ボクサー・高頭 柊の岐路を大きく変える一歩となる。
ともかく、柊とカスミの勝負は決まった。時間も時間だからと、柊と由起は引き揚げていった。
偶然の出会いを果たした2人の後ろ姿を見送る祐希子の背後から、柔和な笑みを湛えていた早弥香が独りごちる。

「カスミさんを相手に、さすがに高頭さんでは荷が重いのではありません?」

早弥香の懸念も当然。過去に多大な実績を誇る夕貴や、自分を下して優勝に輝いた瞳と違い、彼女の中での柊の格付けは決して高くない。

オリンピックの出場に近しい所にいるあのカスミと渡り合うには、足りないものの方が多すぎるのではないか?

そう、この“格闘令嬢”には思えるのだ。
無論、夏の合宿に於いて柊が夕貴をKOで下した事実など知らないからこその、不当な格付けではあったのだが……

早弥香の懸念の呟きを耳にし、祐希子は後輩の方を振り返る。

「そうかな? あたしは案外いい線いくんじゃないかと思ってるんだけど。もしかしたら喰っちゃうかもよ? あの娘」

早弥香のそれとは対照的に、祐希子の口から紡がれた言葉は柊の好勝負を確信したものだった。
どこからその根拠が出てくるのか気になる所ではあったが、早弥香は敢えて訊ねない。聞いてみた所で、どうせ「女の勘よ」とか適当な事を言うに決まっているのだ。

新田 祐希子という人が、しっかりしているようで意外と子供っぽくいい加減な所がある事を、数年の付き合いで理解に至った早弥香である。
「ご愁傷様です」と小さな声で、もうこの場にいない柊へと手を合わせるのだった。



 羽翔大学を出て帰路についていた由起と柊の2人。口数も少なく澱んだ空気が張り詰める中、由起がふと溜息を吐いた。

「なんですか? 先輩」

「え? あぁ、なんでも……ない事はないか。まさかあんな流れになるとは正直思わなかったから」

貴女が受けた事も意外だったけど、と付け加え、由起は背を伸ばす。

「今日、羽翔大学にさっきのアメリカ人……カスミ・アンダーソンが来るって未確認情報があったんで、未来に誘われてたついでに来たんだけど」

山本先輩の誘いの方がついでだったんじゃねーの? と内心ツッコミを入れつつも、柊は無言で由起の話を聞く。

「まさか新田 祐希子や新堂 早弥香がいた上に、試合なんて話になるとはね。あ、それより高頭さん! 貴女あんな返事して大丈夫なの?」

どう考えても無謀過ぎる試合だけに、由起は柊に真意を確認してみた。
形としてはKO負けを喫した後の再起戦となる。もし連敗ともなれば、心が折られてしまうかも知れないし、負け癖がついてしまうかも知れない。
そうなってしまえば、後に残されるのは引退の二文字。由起にとって興味の尽きない、この可愛い後輩をこんな所で消したくはない。消えて欲しくはない。
その思いから、真意を確認したのである。由起の質問に、柊は微かに笑みを浮かべながら空を見上げた。
夕焼け空の、見事なまでに映える朱に眼を細め、

「試したかったんだよ、今の実力を。なんの期待もプレッシャーも背負わなくていい、この状態のオレ自身の力ってどんなモンなのかってさ」

独り言のように柊は答えた。
I・Hの時には、獅堂 きららや佐山 光子などからかけられた期待感や、勝たなければ……といったプレッシャーが少なからず付きまとっていた。
それは、彼女にとって無意識下で重荷となっていたのだろう。
それらの足枷を背負わず、ナチュラルな力を発揮出来るであろう今の実力がどんなものなのか?
それを知りたいのだと、夕映えするこの後輩は答えたのだ。改めて、柊の探求心の深さに恐れ入る思いの由起であった。

「そう。分かった、貴女がそう言うのなら私はもうなにも言わないわ。だけど、当日の貴女のセコンドは私にやらせて」

お願い! と気迫の籠もった眼差しで柊を見つめる由起。信頼する先輩の眼差しを正面から受け止めた柊は、少しだけそっぽを向きつつ

「なに言ってんですか。大内山先輩以外に、誰がセコンドに就いてくれるんです? イヤっつってもセコンドしてもらいますから」

微かな笑みを浮かべ、由起に右手を差し出すのだった。



 二学期に入って早くも1ヶ月が過ぎ、暦は10月。
その最初の日曜、光陵高校女子ボクシング部の面々は練習試合を行う為、相手校たる服根崎(ふくねざき)高校へと来ていた。
開始時間はAM10:00。一向が現地に到着したのが、AM9:40。

遅刻ギリギリである。

試合用のユニフォームへ着替えて相手校の代表と挨拶を交わせば、もうアップの時間などはない。出場選手たちは、揃って原因である1人を睨みつけていた。


遅刻の常習犯、城之内 アンナの方を。


「だ、だってぇ、朝いきなり家の中に子猫が迷い込んできたんだもん。知らん顔で放り出したらカワイソウじゃない。なんだかポチもその子猫の事気に入っちゃったみたいだし……」

アンナ曰く、結局その猫を飼う事にしたそうで、急遽設備を整えたらギリギリの時間になってしまったのだ。
もし越花が気を回して自家用車で迎えに行かなかったら、間違いなく遅刻の汚名を被っていた事だろう。

「とにかく、みんな急いで着替えて! 先方にはわたしと四五兄ィ……んんッ! 植木先生とで挨拶しておくから」

ようやく眼帯も取れ、右瞼の上にうっすらと手術痕の残っている主将のナミが皆に着替えを急かす。
今回チーフセコンドとして植木、サブにも由起と陽子と磐石の態勢の為か、今回は完全な見学である。
本来ならフライ級の選手として参加したい所ではあったが、I・Hで受けた右瞼の傷の件を考慮して今回は見送りとなった。

今回出場するのは6名。


・桜 順子(ピン級)
・杉山 都亀(フライ級)
・葉月 越花(バンタム級)
・知念 心(フェザー級)
・城之内 アンナ(ライト級)
・東 久野(フェザー級)


という配分となっている。これは、服根崎側に中量級の選手が少なく試合が組めなかった為の、緊急の処置であった。
だが、由起の示したウェイトコントロールが上手くハマり、誰1人として計量を落とす事なく出場の運びとなった。

「さてと、今日はのんびり見学出来るな。おい下司、向こうのベンチに座ろうぜ」

 ナミと同じく見学組の柊が、コキッと首を鳴らしつつ着席を促す。自分の試合がないからって気楽ね、などと呆れ気味に呟くと柊の隣へと腰を下ろした。

(さあ、私たちが沖縄に行ってる間にどれだけ成長したのか……見せてもらうわよ)

光陵のトップバッター、ピン級の順子は若干緊張の面持ちでバンッとグローブを打ち合わせると、裂帛の気合いと共にリングインしていくのだった。





to be continued……
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コメント

アンナちゃん、キャラに合ってイナイワwww
ギャップ燃え、もとい萌えだわネ!w
シカシ…オリンピック候補生VS柊!?
まさかのオリンピックフラグクルー!?

クリロベー様>試合ではバトルジャンキーですけど、日常だと割とドジっ子だったりするのがアンナだったりするのですよ。
柊の話は今回の練習試合の後にするので、その疑問はまた作品中で……という事で。
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プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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