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第42話 【I・H本戦(7) 涙】

 I・H編、第42話です。今回で一応全国大会は終了となります。I・H編自体はあともう少し続きますが、どうぞお付き合い下さい。


フライ級・決勝トーナメント1回戦、ナミvs心奏の試合は終始ナミのペースで進んでいく。だが第2R終盤、心奏の執念が具現化したラッキーパンチによって、ナミは右瞼を切ってしまい……










 それは、一瞬の出来事だった。最終3R、1分を過ぎた頃までナミは地元沖縄県代表の後藤 心奏(ごとう かなで)に対し、ワンサイドゲームに近い試合運びを展開していた。
2R終盤、ラッキーパンチによる右瞼上のカット及び出血というアクシデントこそあったものの、それを差し引いてもナミの優位は動かなかった事だろう。
エプロンコーナーからリング上を見つめる、ナミのセコンドを務める由起はそう確信してやまなかった。現に今、ナミは打ち合いの末心奏を押し退け、右ストレートを打とうとしていたのだから。

それが……

無理な体勢から突っ込んだ心奏は膝を折り、ナミともつれ合ってキャンバスへと倒れる。そして、2人が助け起こされた時この試合を観ていた全ての人が絶句した。
場が凍りついたと言い換えても良いかも知れない。



ドロ……



それは、その赤い体液は少女の顔の右半面を、前髪を、アゴから首筋を伝ってシャツにまで勢力を拡大していく。貪欲な征服者の如く、瞼の上から溢れ出る血は止まる事を知らず、主を汚染していた。

「ス……ストーーップ!」

慌てたレフェリーがあらん限りの声で叫び、試合の中断を告げる。次いで、大至急リングドクターの再出動を要請。2Rで1度出血があっただけに、この時のリングドクターの到着は迅速の極みであった。



 2人がもつれ合って倒れた際、その拍子に心奏の頭が偶然ナミの傷を直撃したのだ。その証拠に、心奏のヘッドギアにはナミのものと思しき血液が付着している。
ドクターの処置を受ける間、ナミは無言を貫いていた。優等生、という訳では決してない。単に、急かしてみせた所で事態は変わらないと分かっているだけである。
血が入って見えない右目を閉じ、残る左目で拾える視界には数多くの観客と、目の前で難しい顔をしている白髪混じりの老人の姿。

(なんなのよ、ったく。こんなの大した事ないんだから、早く試合再開してよ)

妙にかしこまった顔で右瞼にタオルを当ててくる老人に、ナミは徐々に苛立ちすら覚えてしまう。押さえられたタオルはすぐさま朱に染まり、その出血量が如何に多いかを物語っている。
ナミが苛立ちを募らせる間、レフェリーとリングドクターはお互い難しい顔で何やら話し合い、そして……

ドクターの首が力なく左右に振られたのを見るや、レフェリーが左手でナミの肩を抱きつつ残った右手を頭上で交差させた。



カンカンカンカンカンカーン!



試合が終わった。終わってしまった。その鐘の乱打は、未だ状況を把握出来ていないナミを包み込み、やがて否応なしに結末を思い知らせる事となる。


ドクターストップ……


あれだけ絶好調だったのに。
あんなに抜群な試合運びだったのに。
あと1分もあれば勝ちは揺るぎのないものだったというのに。

こんな……こんな出血程度で試合が終わってしまったというのか!?

「ちょっ、ちょっと待って、まだやれるってば! なに勝手に終わらせてるのよ!! 勝手に…終わりになんか、しないでよぉ」

レフェリーに肩を抱かれたまま、ナミはジタバタ暴れつつ抗議の声を上げる。

「まだやれるって言ってるでしょ! 離してッ!!」

強引にナミをコーナーへと連れて行こうとするレフェリーに、尚も抗議の声を張り上げた。こんな終わり方で納得出来るボクサーなど、恐らくこの世界に1人たりともいないだろう。
だが競技としての特性上、何より選手の安全が第一であるし、下された裁定が覆らないのも厳しい現実なのだ。

コーナーに連れ戻されて尚、興奮冷めやらぬナミを押さえ付けるように、由起が後ろから抱き締める。

「先輩離してッ! わたしまだやれるん……」
「もういいの! もう終わったの。下司さん………」

もう終わってしまったのよ、ともう1度繰り返し、抱き締める腕に力を込める由起。密着させた身体からは微かな震えが伝わり、嗚咽を必死に噛み殺す声がナミの耳に届く。


終わった。もう、終わったんだ



由起の腕から、身体から伝わってくる温もりや震えに、ナミはようやく現実へ振り向く。と同時に、目からは大粒の涙が零れ始め頬を濡らしていった。

「う……うっく、うぅ……うぅああああぁぁ~~~」

泣いた。ヘッドギアも取らず、右瞼の痛みも気にならず、観衆の面前である事すら忘れ、ただひたすらに。1度切った堰はすぐには止められず、感情の赴くままナミは泣き続けた。
それは、この非情な結果を多少なりと受け入れるのに必要な、彼女なりのけじめだったのかも知れない。



 ひとしきり泣き、漸く落ち着きを取り戻したナミはヘッドギアとグローブを外して貰い、リング中央へと向かう。

「ただ今の試合、3R1:11……下司選手の負傷・出血によるドクターストップで、赤コーナー後藤選手のRSC勝ちとなります!」

リングアナウンスによる試合結果を告げられた後、心奏の右腕がレフェリーによって高々と上げられた。それに伴い、会場からは熱烈な拍手喝采が沸き上がっていく。
リング上で明暗を分かった2人の少女は、そのどちらも暗い影を落としていた。

「下司」

拍手喝采の止まない中、消沈した表情の勝者が同じく消沈した表情の敗者へ声を掛ける。

「あたし、納得なんてしてないから。こんなので勝ちって言われたって、納得なんかいく訳ない!」

握り拳を作り、髪に纏わりついた汗が飛ぶ程に顔を振りながら心奏は叫ぶ。彼女もまた、この結末に納得出来ないでいる1人であった。

「だから、次にやる機会があったらその時こそキッチリと決着つけてあげる。分かった!?」

声を張り上げる心奏に、やや呆れ気味の表情で無言の抗議をしてやったナミは、次第に顔を和らげ

「内容はどうあれ、この試合はアンタの勝ちよ。次も頑張ってね」

健闘を称える握手を求めた。納得のいく負け方とはお世辞にも言えなかったが、だからといってそれを心奏のせいと責める事も、ましてや八つ当たりするなど絶対にあってはならない。
単に運が味方しなかっただけ……それだけの話なのだと、ナミは思う事にした。

勝者の更なる健闘を期待して送り出してやるのは、敗者としての務め。それでこそのスポーツマンシップであろう。少なくともそう思っているナミは、せめて別れ際はと表情を和らげ握手を求めたのだ。

「ありがとう。やれるだけやってみる」

心奏もそんなナミの気持ちに応えるように手を取り、固く握り返すのだった。



 右瞼にタオルを巻いたまま花道を引き揚げていったナミは、この後すぐに柊が入院している総合病院へと直行。6針を縫う縫合手術を受ける事となった。
右瞼の傷は結構深かったものの、眼球にまでは到っていなかったらしい。不幸中の幸いというべきか。

一方の柊はというと、病院に担ぎ込まれた際38.7℃もの高熱を出していた。試合の時こそここまで高くなかったのだが、殴られて皮膚が熱を持った為このような事態になったのである。
殴打部の処置後、点滴を打たれ1日入院するとあっという間に解熱。退院許可が下りた。

「……で、お前はあと何日ココに残んなきゃいけねーんだ?」

翌日。退院許可の下りた柊は、右目に眼帯を当てベッドに横たわるナミへと訊ねた。

「10日後に糸を抜くらしいから、まだかなりかかるわ」

間違いなく二学期の登校日には間に合わないわね、と近くに掛けてあったカレンダーを眺めつつ呟くナミ。日付は、8/24を刻んでいた。

「そっか。まぁ仕方ねーな……オレらは一足先に帰るけど、悪く思わねーでくれよ」

そう言って、柊はお大事にと付け加えて大部屋を出ていってしまった。



こうして光陵高校の、夏のI・Hは終わりを次げた。ナミ、柊ともにベスト8で姿を消し、男子部唯一の出場者であった桃生 誠も、因果であるかのようにベスト8で敗退。
相手は、建陽(けんよう)高校一年、高野 達也(こうの たつや)。県予選前に湘南スポーツセンターで行った合宿に、加藤 夕貴らと一緒に来ていた一年生である。
試合後、事情を聞いた桃生がナミと柊の見舞いに病院を訪れた際、彼の敗報を聞き知った。さぞ悔しがっているのだろうと思いきや、意外な事にこのプライドの塊のような独裁者は終始満足げであった。
その時しきりに「彼のようなボクサーが後世名を残すようなボクサーになるのだろう」と褒めそやしていたのが、ナミの印象に残っている。

少し話は戻るが、柊の入院手続きなどで病院に詰めていた植木は、間髪入れずに搬送されてきたナミの状態を聞いて青褪めたものだったが、すぐに自身を制御させた。
そこは、さすがにシビアなプロの世界を体験した男ならではの速さといった所であった。

だが、そんな彼も柊の風邪を見抜けなかったと、後日知念 心に監督不行き届きと指摘される事になるのだが、それはまた別の話である。



 植木を含めた光陵高校の面々が地元神奈川県に帰る中、ナミは1人沖縄の病院で日を跨ぐ。退屈極まりなかったと後に述懐する10日間を、ナミはこの南国の地で過ごしていった。
だが、何も得る物がなかったのかといえば、そうでもない。大会開催地だけあって、いち早くI・Hの優勝者を知る事が出来たのだ。

フライ級は、大方の予想通り明智 奈々子が手堅く優勝し高校六冠への足掛かりをつけた。
柊のライト・フライ級は、“格闘令嬢”こと新堂 早弥香(しんどう さやか)……と思いきや、全く無名の二年生、吉川 瞳(よしかわ ひとみ)が早弥香を僅差の判定で破って栄冠に輝いた。
吉川という名字に、ナミはふと山之井ジムで自分をコーチングしてくれている吉川 宗観(そうかん)を思い出す。だが、偶然名字が一緒なだけだろうと一笑に付した。

実は、その宗観の遠縁の姪に当たる人物だなどとは、知る由もなかったのである。

そして、ライト級では何とナミたちと一緒に来ていた神奈川県代表、白鷺 美智子(しらさぎ みちこ)が余裕の優勝を飾っていた。
全階級通して、一年生の優勝者は彼女1人だけ。これには、本当に大したものと感心しきりのナミであった。



 時は流れ、9/5。いよいよナミが神奈川県へ帰る時が来た。事情が事情だけに、家族や学校には植木が説明するなど根回しをしてくれている。

「忘れ物はないか? ナミ坊」

病院へ迎えに来てくれた植木の質問に、ナミは「うん」と小さく答えた。僅か10日かそこらしか経っていないのに、植木の声や仕草が妙に懐かしく思える。
或いは、知る者1人いない病院生活で心細かっただけなのかも知れない。

「……で、帰ったら帰ったで高頭の風邪に気付いてやれなかったってんで、また知念に説教食らっちまった訳よ」

まあ今回も俺のミスなんだがな……と帰る間、植木はしきりに舌を動かしていた。恐らく、満足のいく大会結果ではなかった事を考慮しての、彼なりの気遣いなのだろう。ナミはそう思う。
だが、今はその気遣いに内心感謝し終始いっぱいの笑顔を見せるのだった。

神奈川に戻り、無事光陵高校に復帰したナミを待っていたのは各々心配そうな顔を覗かせた部員たちの出迎えと、

『祝! ボクシング女子フライ級、全国ベスト8』

と書かれた垂れ幕であった。まだ右目に眼帯をしたままのナミを、学校関係者も温かく迎える。設立後僅か半年で、I・H全国ベスト8を2名輩出したのだ。
強豪校として名を知られていった男子ボクシング部の黎明期と比べても、遜色ない成績を残したナミと柊は一躍有名人となった。



 夏のI・Hという一大イベントも終わりを告げ、光陵高校女子ボクシング部は気分を入れ替えて練習に励んでいく。ナミは当分の間試合やスパーリングの類は厳禁とされ、若干不満げではあったが止むなしと諦めざるを得なかった。
そんな中、どうにも練習に気の入っていない者が1人。


高頭 柊


なし崩し的に始めたボクシングではあったが、I・Hが終わった事で目標とするものを失ってしまったのである。彼女のスランプは、今モチベーションの低下と形を変えて尚、自身を蝕んでいるようだ。
彼女の難儀な所は、そうした弱みや泣き言を殆ど面に出さない所である。現にI・Hでも風邪を隠し通したし、新人戦の時も足を踏まれ負傷した事もずっと黙っていた。

(なにやってんだオレ……別に好きで始めた訳じゃ、ねーんだよな。まだ続ける必要、あるのかな)

そんな疑問が、浮かんでは消えていく。だから、10月初めに練習試合の申し込みがあったとミーティングで伝えられた事も上の空であった。
そんなある日、練習終了後携帯にメールが入っているのを確認した柊は目を通す。

「んだよ、俊作からか」

携帯に届いたメール……それは、従兄妹の高桑 俊作(たかくわ しゅんさく)からのもので、9月末に大学でバスケットの試合があるから観に来ないか? といった内容のものである。
このメールが、後に柊の進路を劇的な方向へと進めていくのだが、この時の柊には知る由もなかった。





to be continued……
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コメント

ウオッ、DQNネームにナミちんが…なんたる無念…
しかし吉川瞳さん、意外な伏兵の登場に今後の壮大な伏線を感じつつ、期待大。

コメントありがとうございます。今回はこういった結果になりましたが、まだまだ作品は続きます。ので、よろしければお付き合い下さい。
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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