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第41話 【I・H本戦(6) 予想外のアクシデント】

 I・H編、第41話です。


風邪とスランプの板挟みで本調子とは程遠い柊は、健闘空しくKO負けを喫してしまう。その後柊の敗報を聞いたナミは、思わず我が耳を疑ってしまうのであった。










「なんですってぇ……柊が、負けたぁ!?」

 控え室で1人身体を暖めていたナミは、ライト・フライ級の試合が終わり戻ってきた由起に結果を聞いた途端、周囲の目などお構いなしで叫んでいた。
ライト・フライ級決勝トーナメントで、先に試合を行っていた高頭 柊が2R・KO負けを喫したと告げられ、俄かには信じられないという表情を見せる。
獅堂 きららや佐山 光子など数々の強敵を、不利と言われる試合の度に覆してきただけに、正直“負ける”というビジョンがすぐには思い浮かばなかったのだ。

「柊が、負けた……」

もう1度、噛み締めるように1人ごちてみる。それは、あたかも受け入れがたい現実を受け入れんが為の儀式。しばしの沈黙の後、儀式の締め括りとしてバンデージの巻かれた両手で自身の頬を張った。
控え室に、ピシャッ! という乾いた音が響く。その余韻が消えた時、ナミの表情は試合に臨むボクサーのそれへと一変していた。頬を張って10数分の後、

「光陵、下司選手!」

控え室のドアの向こうから、係員の呼ぶ声が聞こえる。ナミは、グローブの着けられた唯一の武器たる両拳に向けていた視線を声の方へと切り替え、

「よっしゃあーーッ!」

決意と気合いの満ち満ちた声で叫び、椅子から立ち上がった。


敗れた柊の分まで、わたしが闘う! 勝ち上がってみせる!!


バスンッ! と胸元でグローブを打ち鳴らし、ナミは確かな足取りでリングへと向かっていく。ただ、この決意と気合いの先に待ち受ける意外な結末を、この時点で神ならぬ人の身で予測し得る者は皆無であった。



 決勝トーナメントに相応しい、観客席からの大歓声に迎えられながらナミたちは入場を果たす。由起にリングロープを広げて貰い、潜り抜けた先には今から闘う地元・沖縄県代表、後藤 心奏(ごとう かなで)の姿。
U-15での雪辱を晴らすべく積み重ねられてきた、猛練習の結晶を収束させた視線が仇敵に注がれる。

(言い感じね、気迫が伝わってくるわ。でも、わたしはこんな所で立ち止まってなんていられないのよ!)

猛練習を積んできたのは何もアンタだけじゃないのよ、と心奏の放つ見えざる刃を正面から粉砕するかのような、剛毅の視線を返してみせた。

レフェリーによる注意事項の説明も終わり、両者は互いに差し出された右拳を軽くタッチさせた後、各コーナーへと戻った。

「相手は遠距離でも近距離でも力を発揮出来るオールラウンダーよ。まずはジャブを主体に様子見で」

自コーナーで由起の指示を受け、ナミは一言一言に頷く。強敵な事に違いはないが、生憎とこんな所で蹴躓いていては話にならない。
差し出されたマウスピースを銜え一層気を引き締めると、



カァァァァンッ!



試合開始のゴングと共にコーナーから飛び出していった。



 グローブタッチの後、リング中央で睨み合うナミと心奏。両者とも右構えのオーソドックススタイルで、相手の様子を窺う。一年生同士ながら、緊迫した場を生み出す実力は上級生などにもひけは取らない。
そんな中、先に仕掛けたのはナミの方。軽快なフットワークで自分の射程距離内へと踏み込むや、挨拶代わりにジャブを3発打ち込んだ。



ビュンッ! パンッパァンッ!!



1発目をスウェーバックで上体を反らしかわされたものの、続く2、3発目はキッチリとヒットさせてみせた。

「くッ」

想定していた以上に伸びるジャブを貰ってしまい、心奏はグローブで口元を押さえつつ数歩後退する。この、10秒にも満たない攻防でナミはひとつの確信を得るに至っていた。

“勝てる!”と……

パンチのキレが良い。力みはない。身体もスムーズに動いている。相手の動きもよく見えている。この調子で攻め続けていれば、間違いなく勝てる。
ナミは自身の確信を信じ、直感の赴くまま動いていった。

ジャブを主体として攻めに攻め、秦奏に確実なダメージを与えポイントを奪っていく。対する心奏も、このままでは封殺されてしまうと殴られる合間を縫うようにパンチを繰り出す。
が、絶好調のナミを捉える事は叶わなかった。絶えず動き回る上体を補足し切れず、顔を狙ったパンチはただ空を切るばかり。ならば腹狙い、とボディーブローを打ち込む。
しかしこの目論見も看破され、丁寧に肘でブロッキングされヒットには至らず、臍を噛む思いの心奏であった。

(くそ、当たらない!? あたしだってあんなに練習したのに……それでも及ばないっていうの?)

僅か約1年前の事だけに、未だ鮮明に思い出されるあの敗北。それを思い出し、歯を食いしばりながら心奏は必死に攻勢に打って出ようとパンチを繰り出す。
だが、憎たらしい程丁寧なディフェンスを前に心奏のパンチは全く無力であった。

まるで、高頭 柊のディフェンステクニックが乗り移ったかのような、舞いの如きフットワーク。そして、



パシッ!



心奏の放った右ストレートをパーリングし……ズバンッ! と小気味良い音と共に右ショートフックをカウンターで打ちつけた。

「ぶはッ」

不意に伝わってきた衝撃で目から火花の飛ぶような錯覚、次いで左頬に焼けるような痛みが走る。グラリと体勢の崩れた所へ、左ボディーストレートから右ショートアッパーを叩き込まれた心奏は、唾液を噴きマウスピースを半ばはみ出させながら更に身体をフラつかせてしまった。

必死の思いで仕掛けた攻撃が全く通じず、たった1発のカウンターによって攻守まで入れ替えられてしまった心奏。その心中は、悔しさや悲しさ、そして「敵わない」と萎えていく意思が蝕み始めていた。
まだ試合が始まって1R……2分も経っていない。が、その短い時間で彼女に意思に亀裂が生じてしまう程、今のナミの動きは鋭かったのである。



カァァァァンッ!



第1R終了のゴングと共に、レフェリーが割って入った。ナミは自信に満ちた表情で、一方の心奏は重い表情で、それぞれコーナーへと引き揚げていく。
その様は、既に勝敗が決したかのような明暗に彩られているように見えた。

「いい感じだわ、絶好調じゃない」

マウスピースを引き抜きつつ、若干興奮気味の顔で由起がナミを褒める。同じ一年生とはいえ、この決勝トーナメントでこれだけの差を見せつけているのだ。
大舞台に慣れている事を除いても、今のナミは全国屈指のボクサーだと由起は思う。しかも、彼女はまだ15歳。未来にこそ可能性を秘めた存在なのだ。

「スゥ、ハァ……はい。でも、気は抜きません。もちろん手も!」

興奮気味の由起とは対照的に、ナミは油断は禁物と自身を引き締める。こういった、一方的に見える展開に限って何か不測の事態が起こるのがボクシングだと、ナミは散々見てきた。
しかも、ここは相手の地元・沖縄の地。地元での試合というのは、その地元選手に得体の知れない力を与える事も、ナミは知っている。

それは、地元民の期待が具現化したものなのか、或いは別の何かか……?

いずれにしても、真剣勝負の最中に気を抜く程ナミは相手を舐めてはいない。

「そうね。次も丁寧に、気を抜かずにいきましょう」

ナミの言葉と態度に、由起も興奮から醒めたのか的確な指示を与えていく。

「セコンドアウト!」のアナウンスに従いリング外へと出る由起を見送り、



カァァァァンッ!



第2R開始のゴングと同時にナミは打って出た。



 2Rが開始され、少し平静を取り戻した心奏は基本に忠実に、左ジャブを起点とした中距離を挑む。それに対し、ナミも由起の指示通り丁寧なディフェンスで捌きつつ反撃に転じていく。
お互い譲らぬ打ち合いが、リング中央で展開されていった。そんな一進一退の攻防が30秒も続いた頃、



ドスゥッ!



均衡を破る、ナミの右ボディーアッパーが心奏の鳩尾に突き刺さった。

「ぅぶうッ」

口から唾液と酸素を吐き出し、目尻に涙を溜めながら身体を折り曲げる。勝負の天秤は、未だナミの方へと傾いているようであった。
この勢いを駆って、ナミは心奏に攻めかかる。ただ一気呵成に攻めるではなく、丁寧にガードの隙を縫いパンチを当てていく。

「ぶッ、はぐぅ!」

汗や唾液を撒き散らし、1発殴られる度に呻き声を上げながら心奏は徐々に後退せざるを得なかった。何も出来ない、させて貰えない悔しさ、歯痒さに苛まれながら。
一方的に打たれ続ける心奏は、これ以上はまずいと苦し紛れのクリンチで凌ぐ。ハァハァと呼吸を荒げ、離すまいと腕に力を込める。

レフェリーに引き離されるまでの間をきっちり凌いだ心奏は、「ボックス!」の掛け声と共に思い切って攻勢に打って出た。口惜しい限りだが、自分のディフェンステクニックではナミの攻撃を防ぎ切る事は叶わない。なら、攻めに攻めて光明を見出す以外にない……心奏はそう決断したのである。



シュッシュッ! バッ、ビュンッ、ブンッ!!



心奏が攻める。体力の続く限りを攻めに費やしていく。だが、相変わらず絶好調のナミには当たらない。

(くそッなんで当たらないの!? 1年前はここまで差はなかったのに……なんで? なんでなのよ!!)

ひたすらに攻める心奏は、だが一向に当たる気配のないナミが次第に憎らしく思え、ここまで実力差が開いてしまったのか? と嘆き始めていた。
自分の過ごしてきた1年と相手の過ごしてきた1年とでは、これ程の隔たりがあるのか。どれだけ上下に打ち分けても、フェイントを絡めても、ナミは見事に見切り、捌き、かわしてくる。
これが傍から見た試合であったなら、大いに参考にしたであろうその動き。だが、いざ目の前で自分相手にされては、屈辱感が溜まる一方でしかなかった。

(くそ、くそ! くっそおぉぉおッ)

目尻に悔し涙を浮かべ、心奏はそれでも攻める。そして第2Rも残り10秒を切ろうとした時、心奏のこの執念じみた攻めが功を奏する瞬間がやってきた。



ビシュッ!



左ジャブがナミの右目付近をヒットし、チクッとした痛みが走る。次の瞬間には、突如レフェリーが両者の間に割って入っていた。何事かと訝しる心奏。だが、次第に事の重大さを理解するに至る。
レフェリーの背中越しに見えたナミの姿……ヘッドギアの奥に覗く右瞼の辺りから、かなりの量の血が出ていたのだ。クリーンヒットにはならなかったが、心奏にとって珠玉の1発といえよう。

試合が一旦中断され、ナミはレフェリーに促されるままリングドクターの処置を受ける事になった。診断を無言で受けるナミは、内心舌打ちを入れたい心境であった。
殴られたダメージは、全くといっていい程ない。ただ、この出血はいけない。右目に血が入ってしまい、視界が奪われてしまうからである。これは、致命的な弱点を抱えるに等しい。
今回はドクターストップを免れたとしても、先の出血量から考えると傷は予想外に広いかも知れないのだ。この先ふとした衝撃で再び出血もあり得る。
ナミは、そう自己判断していた。果たして、ナミの診断に違わず試合続行は可能とレフェリーから指示があり、その瞬間第2Rが終了した。

「どう。これが見える?」

コーナーに戻ってスツールに座ると、由起が心配そうに訊ねながら右側に人差し指を立ててみせる。ナミはそれに対し、コクンと首を縦に振ってみせた。

「今は大丈夫です。でも、ちょっと擦られたら……」

そこまで言った所で、ナミは言葉を詰まらせる。今は止血されているが、傷が開くのは時間の問題だろうし心奏も当然優先的に狙ってくるだろう。
最悪、出血でドクターストップという事態もあり得る。つい今し方まで完全に主導権を握っていただけに、この出血は試合がひっくり返り兼ねない痛恨事といえた。
或いは、このラッキーパンチこそが地元民の期待を具現化したものなのかも知れない。

「とにかく、3Rは逃げて。積極的に打ち合う必要はないわ。ポイントはこっちの方が大きくリードしてるんだから」

由起の指示に、ナミも同感と頷く。勝つ為には、積極的な打ち合いを避けるべき時もあるとナミは充分に理解していたから。



カァァァァンッ!



 最終第3R開始のゴングと共に両者は歩み寄り、グローブタッチを交わす。普段よりやや高めに右のグローブを構え、被弾に備えるナミに対し心奏は猛攻を仕掛けてきた。
彼女にしてみれば、死中に活を見出す心境であったろう。上体を振り的を絞らせないよう努めながら、ナミも左ジャブを中心に迎撃する。
だが、やはり右目に入り込んでいる血の影響で遠近感が上手く取れず、先程までの完璧なディフェンスという訳にはいかない。



バンッ! ドンッ!!



アッパーやボディーストレートなどを数発、目測を誤って貰ってしまいナミは汗を撒き散らしてしまう。たった1発のパンチで試合の流れが変わる、というのもボクシングの恐ろしさであり、また醍醐味ともいえる部分である。

今、立場は逆転しつつあった。

(ヤバ、このままじゃコイツの攻めを止められない……やっぱり打って出た方がいいわ!)

キッ! と心奏を睨みつけ、ナミは決意を固める。心奏の攻めは気迫の籠もった激しいもので、防戦に回っていたのでは押し切られてしまう。
そう考えたナミは、多少危険を伴っても打ち勝って退けるべきと判断、ガードを普段の位置に下ろすや間合いを詰めていく。心奏の放つ右ストレートをダッキングで潜り込みつつ、



ドスッ!



右ストレートを腹に見舞った。

「うッ」

カウンターで腹を打たれた心奏は、一瞬呼吸が止まる。しかし、打ち負ける訳にはいかないと力を振り絞ってパンチを返していく。最終ラウンドに相応しい、激しい打ち合いが始まった。
遠近感が取り辛くなって尚、ナミは心奏と互角以上の打ち合いをしてみせる。こと接近戦でのパンチの回転力では、他の追随を許さないと自負するナミは、その言葉が決して過多なものではない事を証明してみせた。
即ち、互角近い打ち合いから徐々に押し返し、左アッパーを以て心奏を仰け反らせる事に成功したのである。

ここをチャンスと踏み、ナミは一気にダッシュ!

この時、もし由起に1秒でも先を見通す力があったなら、声の限り叫んでナミを止めた事だろう。だが、勿論そんな力を持たない彼女は、ナミの行動を後押しするように声を張り上げていた。

「くッ」

体勢を立て直し切れない状態ながら、心奏はナミの追撃を予想し無理やりナミの方へと突進する。迎撃も兼ねて振り下ろし気味の右ストレートの態勢に入っていたナミに対し、心奏はアッパーのダメージでガクンと膝を折ってしまう。
ストレートを避ける事には成功したが……



ゴツッ、ダンッ!



勢いづいたまま身体ごともつれ合いリングに倒れ込んでしまった。

「ストップ!」

すぐさまレフェリーの仲裁が入り、もつれ合った2人を引き離し助け起こしていく。まず上の心奏を助け起こし、次いでナミを起こそうとした時、レフェリーは手を止め言葉を失ってしまった。
ナミの顔半分を、赤い血液が染めてしまっていたからである。倒れた拍子に、ナミの傷が大きく開いた結果であった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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