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第40話 【I・H本戦(5) 柊vs凛、試練の時】

 I・H編、第40話です。


風邪とスランプの板挟みで本調子とは程遠い柊。群馬県代表・輪島 凛を相手に、ライト・フライ級の決勝トーナメントが始まる……










 ライト・フライ級決勝トーナメント、1回戦第2試合。高頭 柊と輪島 凛(わじま りん)の試合が、今始まった。両者グローブタッチを交わし、一旦下がる。セコンド、植木の指示は


中距離以上を保った上、ジャブで徹底的に相手の出鼻を挫き頭に血を上らせる


というもの。風邪という肉体的、スランプという精神的ハンデを抱えてしまっている柊としては、セコンドの指示によるこの戦法に忠実に動く必要があった。ところが……



ダッ!



試合開始早々、凛は果敢に間合いを詰めてきた。勇猛というよりは猪突の方が、この場合は合っているだろうか。どちらにせよ、近距離でのインファイトを強いられるのは柊にとって不利であった。

少なくとも、今の状態の彼女では……

(なんだよ、下司かコイツは!)

試合開始からのスタートダッシュは、光陵女子ボクシング部主将、下司 ナミが度々敢行する奇襲の一手である。内心で悪態を吐きつつ、柊は早くも対応に迫られる事となった。
柊の後退を上回る速度で、一気に間合いを詰める凛。そして獲物を射程圏内に捉えるや、



ブンッ!



腹目掛けて右のボディーストレートを放った。

「ふッ」

セオリー無視の腹打ちに、柊は息を吐き身を捩じらせる事でかわす。かわしざま、



パンッ!



右フックを当てた。腰の入っていない手打ちだけにダメージは期待出来ないが、一応カウンターである。

「くッ」

動きの止まったほんの一瞬を見逃さず、柊はジャブのギリギリ届く範囲を確保。すかさず右ジャブを浴びせていった。
それに対し上体を振り、的を絞らせない凛だが、サウスポーと闘い慣れていないのか攻撃に転じられないでいる。
対する柊も、熱のせいで歪む視界により上手く狙いが定まらない。

(マズいな、やっぱり)

ジャブを打ちながら、柊は背中に冷たい汗が流れるような錯覚を覚えていた。この展開すら、自分にとって不利だと感じ始めたからである。
さすが全国ベスト8まで残ってきただけあり、ディフェンステクニックも低くない。ジャブの雨に対し、クリーンヒットは僅か2~3発程度で抑えている。
今は慣れない右ジャブのおかげで攻め倦んでいるが、いずれタイミングを計って突っ込んでくるだろう事は明白。それに、やはり風邪の影響で力が入らない。
終いには、多少の被弾は覚悟の上で特攻を仕掛けてくるかも、との懸念も沸いてきていた。



 柊は一旦ジャブを止め、両腕をダラリと下げつつ軽く下がる。腕が疲れたのと仕切り直しのつもりで行った事で、決して他意があった訳ではない。
だが、凛にとってそれは挑発行為に見えたらしい。フンッ! と鼻息も荒く、刺激色をチラつかせられた猛牛の如く突進してきた。

「ッ!?」

これに不意を突かれたのは柊。だがそれもほんの刹那の瞬間だけで、思わぬ収穫と内心ほくそ笑んでいた。

(作戦変更。最小限の手数でカウンターを狙っていく!)

ファイティングポーズを取っていないとレフェリーにダウン宣告されてしまう為、右腕を若干低い所で構えた柊は凛の突進を迎え撃つ。
一方、標的を射程内に捉えた凛はその右腕を引き、生意気な一年生へと振るった。ブンッ! と勢いのついた右ストレートは、例えるなら猛牛の角。
当たれば相手に確実な致命打を与える、必倒の武器といっていい。その迫る右拳に最大限の集中力を費やし、柊は左側へとサイドステップ。が、



ガツッ!



「ぐッ」

目測を誤ったのか、予想外に凛のパンチが速かったのか、柊は右肩に被弾してしまった。だが、歯を食いしばり肩の痛みに耐えると左拳を握り締め、



バシィンッ!



カウンターの左フックを力の限り叩きつけた。

「がッ」

側頭部に鈍い衝撃が走り、凛は一瞬動きを完全に止める。柊はそれを見逃さず、再度左フックをダブルで打ちつけた。
本来なら右を綺麗に繋げたかったのだが、肩を打たれた痺れがまだ残っていた為、仕方なくのダブルである。
だが、この一瞬に等しいタイムラグは柊に味方しなかった。パンチ自体は当たったものの、それはジャストミートと呼べる程のダメージを凛に与えられなかったからである。

「ぐあッ」

それでも凛は汗を撒き散らし、ダンッダンッ! と前のめりになりそうになる身体を、キャンバスを踏み締め倒れないよう努める。右がちゃんと機能したなら、ここは否応なく転がっていた事だろう。
ここが攻め時と、柊は半ば衝動に駆られ体力的不安を振り払い、一気にラッシュへと持ち込んだ。

1発、2発と柊はその両拳を凛のガード越しへと叩き付けていく。それが6発を数えた時、

「ストップ!」

レフェリーが割って入ってきた。一方的な展開と判断、凛に対しスタンディングダウンを宣告したのだ。

「ハァッ! ハァッ、ハァッ!!」

ニュートラルコーナーで待機している間、柊は疲労で荒くなった呼吸を大急ぎで整える。ダウンを奪う事には成功したが、それに対する代償は大きかった。
案の定、今のラッシュで不安を抱えるスタミナの消費に拍車をかける形となってしまったのだ。やはり風邪による呼吸困難が、予想以上に響いているようだ。
ダウンを奪われた凛がガードを固めていた為、スタミナロスに見合うダメージは恐らく与えられていない。

(ちッ、仕掛けるタイミング、ミスっちまったか……)

どうにも頭が回ってねーな、と自分自身に悪態を吐いてみせた。



 カウント8でファイティングポーズを取り、試合再開が告げられ暫くしてから第1R終了のゴングが鳴り響いた。赤コーナーに戻りスツールに腰掛けると、柊は再び呼吸を整える作業へと没頭する。
そんな柊の姿を見て、セコンドの植木は妙な違和感を覚えていた。肌に滲んでいた汗を拭き取っても、またすぐに噴き出してくる。
たった1Rを闘っただけにしては、発汗量が異様に多い。


スタミナが切れかけている前兆のではないか?


嫌な予感が脳裏によぎって、消し去る事が出来ない。

「高頭、お前……スタミナは持つのか?」

よく見れば、ヘッドギアの奥の顔も疲労感を感じさせる。こうなっては、本人に直に聞く以外に確かめる術を持たなかった。

「ん……正直、ちょっとキツいかもな」

意外な柊の肯定に、植木は驚きの顔が出てしまう。


柊から弱気とも取れる発言を聞いたのは、もしかしたらこれが初めてではなかっただろうか?


今までどんな時にも強気の姿勢を一貫してきた彼女が、今一瞬だが弱気を覗かせたのだ。スタミナの消費が、相当の難事である事の現れといえた。

「高頭、このラウンドはとにかく逃げ切れ。よっぽどのチャンスがない限りは打ち合うな。今はまずスタミナの回復だけを考えるんだ」

たった1Rだけでこの疲労感。凛のプレッシャーは相当強いのだろう。そんな相手に真っ向から打ち合うのは、今の柊にとって自殺行為と考えた植木。
そんな見当違いの見立てを立てながらも、出来る限り的確な指示を伝えていく。さすがの見識の広さに感心しつつ、柊は無言で頷きマウスピースを銜えるとスツールから立ち上がった。



カァァァァンッ!



 第2Rが開始された。柊は、植木の指示通り積極的な打ち合いは避けジャブをコツコツと当てていく。まるで、1R目で出来なかった事を反復練習しているかのよう。
そんな展開が進む中、下級生にダウンを奪われ今またジャブでいいようにあしらわれてしまっている形の凛は、逆に冷静さを取り戻しつつあった。

高頭 柊の実力を認めたからである。

いいように打たれ、あしらわれ、ダウンまで取られた結果冷静さを取り戻した……というのは、何と皮肉な話か。だが、それにより身体の力みは消え、凛は柊をじっくり観察出来るようになっていた。


一見して、呼吸の荒さが目立つ。確かに散々プレッシャーを掛けてはきたが、ここまで疲労する程細い神経をしているとも思えない。
パンチにしても、凛が当てたのは右肩1発だけ。

(こいつ、どういう訳か知らねえがもうスタミナが切れかけてやがる。だったら!)

凛は上体を振りジャブを避け、少しずつ内側へと食い込んでいった。凛のウィービングが巧みなのか、それとも柊のジャブに普段のキレがないのか。
どちらにせよ、凛がジリジリと間合いを潰してきているのは違えようのない事実。またしっかりと固められたガードのせいで、柊のジャブはさながら丈夫な傘に阻まれた霰(あられ)の如く弾かれてしまう。
迫られた分だけ後退し、ジャブだけでは抗し切れないと判断した柊は、ストレートやフック、アッパーなど持てる全てを上下に打ち込んだ。

「ぐぁッ」

力の入ったパンチの弾幕に、さすがに道を遮られ前進出来ない凛。

「バカ、なにやってる高頭ォ! 逃げろッ!!」

エプロンコーナーをバンバン叩き、植木が柊に怒声を飛ばす。兎にも角にも、今はスタミナの回復・温存が先決……この段になって、植木もようやく柊の異変に感づき始めてきていた。


体調が万全でない、と……


異様に早いスタミナ切れ。1R終了時の、あの発汗量。そして、柊らしからぬ動き全体のキレの鈍さ。これだけ符号が揃っては、気付かない方が無理というものであった。

「高頭ォッ!」

植木が叫んだのとほぼ同時、柊の左拳は凛の右頬を、対して凛の右拳は柊の左頬を思い切り歪ませた。



グジュッ!



柔らかい果実を鈍器で砕いたような、耳障りな二重奏がキャンバスに響く。凛は、自分にとって最適な……光陵陣営にとって最悪といえる妙手を打ったのだ。
即ち、被弾を覚悟の上での特攻。柊のパンチを貰いながら近付き、打つ瞬間を相打ちに持ち込んだのである。

当初の懸念が実現した瞬間だった。

万全の状態ならば、或いは絶好のカウンターチャンス足り得たであろう凛の右ストレート。だが、さすがに打つ瞬間を狙われてはどうしようもない。

「ぶがッ」

元から冴えない視界が、パンチの衝撃と押し潰された頬肉によってさらに歪まされてしまう。全身から力の抜ける感覚を気力で抑え込み、柊は距離を詰めてクリンチに持ち込もうと試みる。
だが、ここでも柊は勝利の女神に祝福される事は叶わなかった。前へ進もうとした途端、足をもつれさせてしまい上半身だけが突出する形となってしまう。
実に無防備な姿を曝け出し、しかも間の悪い事に凛は左拳を下から掬い上げるモーションに。

(やべぇッ!)

これはもう避けられないと直感した柊は、せめてもの抵抗と歯をガチッと噛み合わせ衝撃に備える。そして……



ガツンッ!



凛の左アッパーが柊のアゴを打ち上げ、思い切り振り抜いた。声にならない声を上げ、脳を縦に揺らされた柊はフラフラと3歩下がる。統制の効かない身体は、あたかも自分のものではないかのように頼りない。
マウスピースを半ば以上はみ出させたまま、目は完全に泳いでしまっていた。

後ろに下がった頭の重みにさえ耐え切れない程に力を失った両膝がカクンと折れ、柊は汗と唾液を散らしながら自由落下を始めた。



ダァンッ!



仰向けに倒れ、キャンバスへと投げ出した四肢は力なく伸び切っている。

「ダウン!」

レフェリーはすかさず柊にダウン宣告し、凛をニュートラルコーナーへと下がらせる。凛が下がったのを確認後、倒れ込んだ柊の方を振り向きダウンカウントを開始した。



「ワン…ツー…スリー…」

 レフェリーがカウントの度に腕を振る姿を、柊は歪む視界に捉える。視界一面が歪に折れ曲がっていて、一瞬吐き気をもよおしたものの何とか抑え込む。
次いで立ち上がろうと全身に力を込めてみたが、まるで鉛でも入れられたみたいに動く気配を見せない。サァー、と血の気が引き表情が青褪めていくのを感じながら、それでも歯を食いしばり立ち上がろうともがいた。

「ファイブ…シックス…」

光を求めるように上を見上げ、荒い呼吸をひたすら繰り返し、柊は身体を震わせながらも立ち上がる。辛うじてカウント9でファイティングポーズを構えると、とても風邪に蝕まれているとは思えない強い眼光をレフェリーに向けてみせた。
ダメージのある状態ではあるが、目が死んでいないのを確認したレフェリーは「ボックス!」と試合続行を指示。

このチャンスをみすみす見逃すような凛ではない。試合続行の指示と同時にダメージと風邪症状でフラつく柊へと押し寄せ、思い切り右ストレートを叩きつけた。
ドシャアッ! と鈍い打撃音が足元の覚束ない柊の顔面で爆ぜ、マウスピースをはみ出させ汗と唾液をふんだんに撒き散らしながら、またもフラフラと後退。そして、



ベタァンッ!



完全にスタミナが切れ身体を支える事も叶わなくなった柊は、ロープを背に凭れ掛かる形で尻もちを着いてしまった。

「ダウン!」

尻もちを着いた柊に、再びダウンの宣告。まだ試合自体は終了していないが、これは決定的だった。カウント9でギリギリ立ち上がった所に、たった1発のパンチで間髪入れずダウンさせられたのだから……
上を見上げマウスピースを吐き出した後、荒々しい呼吸を繰り返している姿が、もう彼女が限界であると語っているようにも見える。

(くっそ、ォ! 身体が動かねぇ……息も、苦しいし)

自分に向けてダウンカウントを数えてくるレフェリーを視界に捉え、柊はまたも立ち上がろうと動く。

(でも、まだ終わってねぇ! 負けて、たまるかぁぁッ!!)

とうにスタミナは底を突き、殴られたダメージと風邪による気怠さが見えざる枷となって、柊の全身を抑えつけてくる。脳も、これ以上の過負荷は危険としきりにシグナルを送り続けていた。
だが、それらの弱音を強引に捻じ伏せ彼女は立ち上がろうともがく。


負けたくない


ただその一念だけが、今の柊を突き動かす原動力であった。

カウントが進む。

柊はロープにしがみつきながらも立ち上がる。

カウントが進む。

重力に耐え切れず震え、折れそうになる膝に喝を入れる。

カウントが進む。

最後の力を振り絞り、ロープに凭れた状態で奇跡的にも立ち上がってみせる。そして……

「テンッ!」

無情にも、最後のカウントが数え上げられた。



 体力、気力、精神力、全てをつぎ込み立ち上がった柊は、最後の最後でファイティングポーズを構えるまでには至らなかったのである。

「高頭ォ!」

テンカウントと同時にリングへと雪崩れ込んでいた植木は、今にも崩れそうな柊の、その華奢な身体を抱きかかえる。そして、

「もういい、よくやった。よく頑張ったな」

タオルを頭に掛けてやりながら自コーナーへと誘導してやった。試合終了のゴングが鳴り響く中、張り詰めた糸が切れたのだろう柊は、意識を霧散させ全体重を顧問へと預けていた。



第2R、1:30。KOにより、高頭 柊はベスト8に消える結果となった。意識を戻さぬまま担架の上の人としてリングを去る15歳の少女。
その敗者に対し、観客席から沸き起こる拍手の大喝采は小さなファイターの姿が消えるまで鳴り止む事はなかった。





to be continued……
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コメント

柊敗北www
これは予想を裏切る展開に全米が泣いた!?

 クリロベー様>コメントありがとうございます。今まで柊はトントン拍子で強敵に勝ってましたが、さすがに風邪引いて勝てる程甘くはなかったという事でひとつ……
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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