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第39話 【I・H本戦(4) 無自覚のスランプ】

 I・H編、第39話です。2011年最初の小説更新となります。今年も1年、どうぞよろしくお願いお付き合い下さい。


ナミ、柊共に決勝トーナメントへの進出が決まり、当日。柊は目覚めと共にある違和感を感じるのであった。










 2010年、夏。I・H全国大会も残す所あと僅か、女子ボクシング競技大会は3日目に入っていた。沖縄の気温は存分に猛威を振るい、太陽は過分な光の恩恵を下々たる大地へと注いでくれる。

AM4:30。程よく冷房の効いている部屋の中で、柊はふと目を開けた。飛び込んでくる景色は、ぐにゃりと歪に折り曲がった天井。その異様な景色を正常に戻すべく頭を軽く振れば、今度は直接響くような鈍痛に見舞われてしまった。
そして、身震いする程の悪寒。心なしか吐き気まで感じる。今まで幾度か味わってきた、だが決して慣れる事のない身体の違和感。

「あ~~………風邪、ひいたかも」

歪む視界と気怠い身体の中、這いずるように布団から抜け出し洗面所へと向かう。向かう途中で喉も少し痛い事に気付いたが、幸いにして鼻は詰まっていないらしい。
洗面所に着くまでの間、幸運な事に誰とも遭遇する事なく、柊は早速鏡で自分の顔を覗いてみた。頬の辺りが紅潮しており、どことなく試合後の城之内 アンナを彷彿とさせる。
ガチャガチャの殴り合いを好む彼女は、いつも必要以上にパンチを貰った挙句、試合後にはいつもこうやって頬を赤くしているのだ。


最も、柊の現状と違いアンナは更にぷっくらと顔を腫らすのだが……


「やべーな。今日から決勝トーナメントだってのに」

こんな状態じゃ棄権させられちまうじゃねーか、と心の中で続きを呟く。試合して、それで負けて終わるのならまだ納得もいく。
が、闘いもしないで体調を崩して棄権などというのでは、県予選で倒し出発前に見送ってくれた、獅堂 きららや佐山 光子らに申し訳が立たない。
胸中にリベンジを誓ってきた加藤 夕貴にも合わせる顔がなくなる。何よりも、自分自身が納得出来ない。

「なんとかバレねーようにしねーと……」

鏡の前で試合に出る決意を新たに、柊はこっそり部屋へ戻るとトレーニングウェアに着替えるのだった。



 AM6:00。ナミが早朝のロードワークの為旅館を出ると、柊が出入口の付近でシャドーボクシングをしていた。

「あら? おはよ、えらく早いじゃない」

「お、おはよう下司。お前もは、早ぇな。オレはも、もう先にロード終わらせたから、さ……気にしないで行ってきたらいいよ」

シュッシュッ! と髪に纏わりつく汗を飛ばし、柊は微妙にぎこちなく挨拶を交わす。柊のその姿に妙な違和感を感じたのか小首を傾げつつ、「あ、そう」とロードワークの準備をする。
そして出発の間際、「どうでもいいけど、ウェア裏返しに着てるわよ? アンタ」とナミは指摘し、そのまま走り去っていった。


主将が軽快な足取りで走り去っていくのを見送り、その姿が消えたのを確認するや柊は安堵の溜息を吐き出す。ウェアを裏返しに着ていた事には全く気付いていなかったのだが、不幸中の幸いかそのおかげで顔をまじまじと見られずに済んだ。
とりあえず関門を突破出来たのを良しとするべきであろう。わざわざ外で長時間日光に照らされ汗をかいて見せたのも、無駄ではなかったらしい。
しっかり身体をほぐした証拠として汗だくになった所を演出する為、長時間その身を直射日光に晒していたのだ。

AM7:30。朝食の前にサッとシャワーで汗を流したのだが、やはり身体は熱っぽいまま。試合前という事でごく軽めの食事が出されたのだが、2~3口だけ口をつけ後は残した。
正直な所食欲など一切沸かなかったのだが、疑われるかも知れないと思い「試合前はいつもこんなモンだよ」とそれらしい理由をつけてみせ、無理やり飲み込んだ。



 今日、明日と2日間を使って決勝トーナメントは行われる。試合は昼からという事で、午前中は若干の余裕がある。その時間をつかってのミーティングで、予め抽選で決められたトーナメント表を覗き込む選手2人。
ナミは第3試合・青コーナー側、柊は第2試合・赤コーナー側に、それぞれ名前を見出す。先日ナミと闘ってみたいとわざわざ本人の前で漏らした高校三冠・明智 奈々子(あけち ななこ)は第4試合。
一方、柊に対するリベンジの機会を誓っている加藤 夕貴も同じく第4試合。共に同じ第4試合なのだが、運がないのか夕貴の方は決勝戦まで上がらないと柊と闘う事は叶わない。
しかも、夕貴の初戦の相手がブロック決勝戦で越花の従姉妹である葉月 雪菜を破った、“格闘令嬢”こと新堂 早弥香なのである。

「あー、これはキツい相手が来たわね」

夕貴を哀れむように、由起が呟く。彼女は5.5対4.5程度の割合で夕貴に不利との分析をつけていた。各技術面や攻め幅の広さでいえば、間違いなく早弥香に分があるだろう。
だが、夕貴にはなんと言っても桁違いのパンチ力がある。1発いいのが入れば、あっという間にKOの流れに持ち込める為、格上を喰う可能性もあると考えていた。

一方、柊の初戦の相手は群馬県代表、二年生の輪島 凛(わじま りん)とある。

「センパイ、この輪島ってのはどんな感じなの?」

トーナメント表に視線を落としたまま、柊は初戦の対戦相手に関する詳細を由起に訊ねてみた。

「戦績18戦中、勝ちは15。9コのRSCがあるわね」

相変わらずどういったルートで入手したのか、皆目見当のつかない正確なデータを柊に伝えていく由起。彼女のデータによると、反則スレスレの超攻撃的ボクサーで、とにかく打ち合いに持っていくパターンがほぼ毎試合。
かといって只の猪武者なのかといえば、一概にそういう訳でもないらしい。緩急こそ乏しいものの、ちゃんと試合の波を見計らった上で攻勢を仕掛けてくる……という事だった。

「なんか、メンドくさそーなタイプだな」

畳に胡坐をかいたまま、柊は首をコキコキ鳴らす。決勝戦まで行かねーと加藤とは闘えないのか、と微かに落胆の入り混じった溜息をひとつ。
どちらにせよ、今の柊の関心はそんな決勝戦の事ではなく、ましてや今日対戦する輪島という選手の事でもなく、自分の体調でどこまで動けるのか……その一点であった。

逆に、フライ級のナミは初戦を勝ち上がれば優勝候補筆頭・明智 奈々子と当たる。が、その前に初戦で闘う相手の名前から目を離せなかった。
それは、少しばかり因縁のある相手だったからである。


地元沖縄県代表、後藤 心奏(ごとう かなで)


U-15の全国大会でナミが下した相手。夕貴ではないが、これまたリベンジに燃える選手の登場であった。

「来たかぁ」

後藤 心奏……この名前を見た時、もう1回当たる事になるのではないか。そんな、漠然とした予感を感じてはいた。根拠などありはしない。ただ、そう感じただけ。

「これも女の勘ってやつなのかしら」

メリハリの効いた、インファイトとアウトボクシングの使い分けが厄介な相手である。だが、予選に引き続きナミは自分の状態が絶好調である事を自覚していた。


負ける気がしない


不遜とも取れる絶大な自信は、この時ばかりは大きな力になる。そうナミは自分に言い聞かせるのであった。



「光陵高校、高頭選手! 準備をお願いします」

 係員の呼び出しが掛かる。柊は「おう」と小さく答え、立ち上がりざま軽く頭を左右に振ってみた。時折ズキッと鈍痛が走り、不快感のあまり眉間に皺が寄ってしまう。
見た目通り絶好調のナミと違い、本戦に入ってからの柊は調子が今ひとつ振るわない、と感じている。

“視え”ているパンチに対して身体の反応が遅れ、本調子ならよけられると確信したパンチがよけられない。
絶好のカウンターチャンスが巡ってきた時も、寸での所で決定打に出来なかったパターンが何度あった事か。

体調の悪さはもはや如何ともし難い。全国大会が始まってからというもの、妙に熱っぽいのは自覚していた……否、本当はそれ以前から無自覚の所で調子を崩していたのである。
明確に言うなら、やはり“あの時”からだろう。全国大会前に行った、ナミとのスパーリングで完敗した、あの時から。

キャリアの差から言って、受けた当初は胸を借りる気持ちの方が強かった。だが、スパーを進める内に「勝てるかも知れない……」と、正直そう思う部分も0ではなかっただろう。
だが、終わってみればほぼ完全に試合をコントロールされ完敗という結果。あの時から、彼女の中で育まれてきた小さな自信が揺らいでしまった。

それが、見えざる毒素となって体内を駆け巡り、スランプという形で熟成され、そして風邪という最悪の花を芽吹いてしまったのである。

「ふぅ」

1度軽く息を吐き出す。この段階まで来てジタバタしようが、風邪が治る訳でも、ましてスランプが解消されるなど有り得る訳がない。
覚悟を決め、柊は静かに歩み出す。ナミの見送りを横目に、柊は決戦のリングへと向かっていった。

(下司のせいじゃねえ、オレの心が弱ぇんだ。この変にモヤモヤした気持ち……この試合で吹き飛ばしてやる!)



ワァァァァーーーッ!



 会場内のあらゆる方向から、観客の声援が大音量で飛び交う。ヘッドギアで多少なりと耳を塞がれていなければ、割れるような頭痛で発狂していたかも知れない。
普段ならそこまで周りを気にする事もないのだが、やはり風邪のせいで集中し切れていないようであった。

リングシューズの底面にしっかりと滑り止めを染み込ませ、やや重い足取りで鉄製の階段をカンカンと登る。植木に広げて貰ったロープを潜り抜ければ、そこは空気の張り詰められた“戦場”。
赤コーナーマットに凭れ掛かり、柊は視線を対角の青コーナーへ向ける。そこでは、先に入場していた輪島 凛が入念に身体を動かしつつ、セコンドの中年男性の言葉に頷いていた。

一見して、上腕が太い。全体的に筋肉質な身体つきをしており、全身でパワーをアピールしているかのよう。目つきは鋭く、口の両端は吊り上っている。

自信の現れから来るものであろう事が、否応なく伝わってきていた。いかにもラフファイト上等! と宣言して回っているかのようだ。
本来、この手合いのインファイターは柊にとってまだやり易い類である。要は挑発して頭に血を上らせてやればいいのだ。
バーカ! と本当に挑発する訳ではない。ジャブでコツコツ叩いて相手の出鼻をひたすら挫いてやるだけでも、相手によっては立派な挑発足り得る。
他にも、かなりのリスクを伴う方法だが相手の得意分野……即ちインファイトで相手を退かせるなども効果的だろう。
もしこれでムキになって散漫な攻めをしてくるならしめたものだし、逆に攻め気を萎縮させ警戒した結果手数が減るようであれば、今度は攻め易くなる。

(って、そんな簡単にいくなら苦労はねーよな)

フラつく頭であれこれとプランを練ってはかき消し、柊は思考を断念した。今の状態で何か名案が浮かぶとも思えないし、戦法は優秀なセコンドに任せた方が楽だ、との結論に達したからである。

「高頭、奴さんはガチガチのインファイターだ。近距離での打ち合いはリスクが大きい、なるべく中距離を保ってひたすらジャブ……いいな?」

植木の指示を聞き、柊は無言で頷く。実は遠距離でのヒット・アンド・アウェイを指示されると思っていたのだが、意外な事に中距離との指示。
恐らく、攻め気の強い柊の性格とその特性を1番発揮出来るのが、まさに中距離だと結論づけたからなのだろう。
攻めにも守りにも対応し易い、最もスタンダードな距離。それだけに、活かし切るには高度に攻守の判断を要求される距離ともいえた。

「1Rはジャブで出鼻を挫きまくってやれ。勝負は2R以降からだ」

植木の立てた戦術は、柊の考えたプランの中にあった内の1つ……ジャブでひたすら相手の行動を抑制し、頭に血が上らせるものであった。
あの手のタイプはパンチ力に自信を持っている事が多いと踏んでの、徹底した焦らし作戦という訳だ。或いは、植木には他の狙いがあるのかも知れない。
が、さし当たっては焦らすという理由だけで柊には充分だった。

幾ら一撃で粉砕出来る大砲といえど、当たらなければ鉄砲に劣ると言いたげな顧問に、

「いい性格してるよ、センセー」

と教え子は皮肉をぶつけてみせる。が、彼女も概ね同意見だった為それ以上は何も言わなかった。上級生、しかも全国ベスト8まで勝ち上ってきた未知の強豪相手に、無策で突っ込む程柊は馬鹿ではない。
特に今は風邪やスランプといったハンデを背負っている。労力は必要最小限で止めたい心境であった。

「セコンドアウト!」

スピーカー越しにアナウンスが響き渡り、植木は柊の口にマウスピースを突っ込みロープを潜っていく。グローブに包まれた左手で位置を調整しながら、柊は対角の凛を見据え

(よし、いくかッ!)

ゴングと同時にリング中央へ歩を進めていく。高頭 柊にとって、試練ともいうべき闘いが始まろうとしていた。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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