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第36話 【I・H本戦(1) 本戦開始!】

 I・H編、第36話です。


いよいよ、I・H全国大会の幕が上がる。まずはライト・フライ級、柊の1回戦……光陵高校は全国の猛者たちを相手に、どのような闘いを繰り広げるのだろうか?










 真夏の沖縄で開催される、2010年I・H全国大会。女子ボクシング競技大会のリングの上に、ライト・フライ級神奈川県代表、高頭 柊は立っていた。
フライ級の下司 ナミ共々計量をクリアし、今まさにBブロックの第1回戦が開始されようとしている。神奈川を発つ前、心にアドバイスされた通り植木がメインセコンドとして指示を出す。
が、それを聞く柊はといえば、どこか上の空といった面持ちであった。

(なんだか頭がフラフラする……人はメチャクチャ多いし、この中はメチャクチャ暑いし……)

慣れない気候のせいか、それとも別の原因があるのか。何にせよ、柊はどうにも集中力の欠いた状態で初戦に挑む事となった。



カァァァァンッ!



第1R開始のゴングが鳴り、両者リング中央でグローブタッチを交わす。右のオーソドックススタイルで構える対戦相手は、柊の見せたサウスポースタイルに対し、一瞬動揺したようにも見える。
左構えの選手と闘った経験が極端に少ないのか、それとも苦手としているのか。じわじわと距離を潰し、拳の届く範囲まで詰めた瞬間……

相手は左ジャブを
柊は右ジャブを

お互い同時に放った。



バンッ!



拳が交差するリング上、相手の左拳は柊の鼻っ柱に打ち込まれ、柊のそれは相手の顔面を僅か外に逸れてしまっていた。

「うッ」

打たれた痛みで一瞬視界が歪み、だが瞬時に体勢を整える。この、卓越したディフェンステクニックを誇る柊をしてまさかのオープニングヒットを許してしまった事に動揺したのは、実は本人ではセコンドの面々。
特に先だって心に厳しい指摘を受けていた植木は、嫌が応にも彼女の言葉が頭の中で反芻されていた。


スランプになったらって考えはなかったのか!?


(あいつ、まさか……)

反芻された心の言葉に、嫌な予感が物凄い速度で植木を侵食していく。その不安感を振り払うかの如く頭を振るや、

「落ち着け高頭ッ! 相手の動きをよく見るんだ!!」

大きな声で指示を飛ばしていった。キュキュッとマットを蹴るシューズの音が静かに響く中、柊は至って冷静だった。いや、この1発を貰った事で逆に集中力を取り戻したというべきか。

(い痛ぅ……でも、おかげで目が覚めたぜ)

柊はズキズキする鼻の痛みを押し殺し、トントンと軽快なフットワークを見せ始め一気に距離を詰めていく。イニシアチブを取った事で、力みの消えた相手から放たれるパンチの数々を避け、受け、捌き、一切のクリーンヒットを許さない。
その様は、さながら人々を魅了するダンスのよう。


力みがとれたのは、お前だけじゃねーんだぜ?


そう語っているかのような、見事なディフェンステクニックであった。



カァァァァンッ!



第1R終了のゴング。特に試合を左右するような動きはなかったものの、柊の芸術とも思えるディフェンスが皆の印象に残ったラウンドといえた。
ふぅ、とひとつ息を吐き出しスツールに腰掛けると、マウスピースを引き抜いて貰いうがいを始める。

「どうだ、調子は。大丈夫か?」

うがい水を吐き捨てる柊の正面には、少し心配そうな植木の顔。手入れを怠っていると一目で分かるぐらいの無精髭が、彼女にとっては不快に映ったのか

「どこも問題ねーって。それよりセンセー、ちゃんと髭剃れよ」

口元をグローブで拭いつつ毒を吐いていた。



 続く第2Rも柊は相手のパンチを掠らせず、逆に幾度となくカウンターを叩き込んでいった。今まで闘ってきた曹 麗美や獅堂 きらら、佐山 光子らと比べれば、今闘っている相手は全国大会出場者といえど数段劣る。
柊は相手のパンチをかわし続け、次第に打ち方の甘くなった右ストレートに対し自身も左ストレートを放った。



スパァンッ!



シャープな打撃音が響く。相手の右ストレートをヘッドスリップでかわしつつ、柊は心直伝のクロスカウンターを叩きつけたのだ。首が捩れ、口から多量の唾液の飛沫を撒き散らし、相手は殴りつけられた数瞬後、その場で大きな音を立てて倒れ込んでいった。

「ダウン!」

レフェリーの声がリング上を舞う。柊をニュートラルコーナーへ向かわせ、ノックダウンに沸き上がる歓声を背に受けながらカウントを取るべく、大の字で倒れている相手の方へと向かう。
あまりに綺麗に決まったクロスカウンターの衝撃で、口元からはマウスピースを半ば以上はみ出させ、レフェリーの方を向くその目は焦点が合っていない。
弱々しく胸を上下させているだけのその姿は、嫌が応にも意識が飛んでしまっているか、それに近い状態である事を悟らせた。流石にこれ以上の試合続行は無理と判断し、速やかに両手を頭上で交差し終了の合図を出した。



カンカンカンカンカンカーン!



要請に従い、試合終了のゴングが乱打される。第2R、0:53。レフトクロスカウンターによる、柊のRSC勝ち。
試合前から序盤にかけてあれこれと不調を心配された柊だったが、いざ蓋を開けてみれば圧勝といえる会心の試合内容で1回戦を突破してみせたのだった。
スランプやら不調といった不安は、どうやら取り越し苦労だったか……と、コーナーに戻ってきた柊を労いつつ植木は胸を撫で下ろす。

否、撫で下ろしたかっただけなのかも知れない。

「ンだよ。オレの顔になんか付いてる?」

どうやらあれこれと考えてしまい、柊の顔をまじまじと見てしまっていたようだ。

「ん……いや、なんでもない。戻るぞ」

1度頭を軽く振ると、植木は教え子たちを引き連れ花道を引き揚げる。その道すがら、

「さすが、神奈川県の代表になっただけあって強いんだね……高頭さん」

通路の脇にいた葉月 雪菜が間延びした声を掛けてきた。

「別に。たまたま上手くいっただけだよ」

壁に背をついた姿勢の雪菜に軽く手を振り、柊たちはその場を悠然と通り過ぎていく。

「じゃ、私もそろそろ……まずはブロックを勝ち残らないとね」

通り過ぎた後、背後から雪菜の呟きが聞こえたのを最後に彼女も姿を消していた。



「そうか………まさか葉月にあんなそっくりな従姉妹がいたなんてな」

 雪菜の存在を知らなかった植木に簡単な説明をし、柊たちはナミの待つ控え室へと戻ってきた。

出番まで待ち切れず、しきりに身体を動かす者
目を閉じ静かに集中する者
試合を終え歓喜の表情で治療を受ける者
一方で頭からタオルを被せられ力なく肩を落とす者

などなど、実に雑多な空間が一同の視界に広がる。ある意味で乙女の園ともいえそうな空間だが、決定的に違うのは皆が一様に殴り合いをする者たちである、という事であろうか。
予選時と違い、控え室の中には少数ながらちらほらと男性の姿も見受けられる。これは恐らく各高校の顧問なりコーチなり、といった所だろう。
ただ年配の者が多く割合を占めている事もあってか、植木としてはどうにも肩身の狭い気分を味わうのは避けられなかった。

そんな顧問の気など知り得る筈もない部員たちは、室内で待機中のナミの所へと向かっていく。

「あ、おかえりー」

邪魔にならないよう隅の方でシャドーボクシングに勤しんでいたナミは、一同の姿を視認すると動きを止め声を掛けてきた。表情から察するに、柊の勝利は間違いないとタカを括っているようだ。その癖、

「結果はどうだった?」

だのと聞いてくる。柊は何だか無性に「負けた」と答えてやりたい衝動に駆られたが、嘘でも「負けた」などと言うのは彼女のプライドが許さなかったので、無難に「勝ったよ」とだけ言うに止めた。
柊の1回戦突破に表情を綻ばせるナミであったが、由起に試合準備を促されると即座に引き締まったものへと変化する。緊迫感を漂わせる、まるで戦場に赴く前の兵士を連想させた。

それもその筈、ナミの1回戦の相手は優勝候補の一角として名を連ねている、由起からも要注意選手として挙がっていた人物だったからである。


千葉県代表、阿刀田(あとう)高校三年・尾崎 玻璃子(おざき はりこ)


彼女が、ナミの1回戦の相手であった。

「まさか1回戦目でこんな強敵と当たるなんて……」

グローブを着けテーピングを施す由起の口から、沈む声が紡がれる。それは、どこかナミのくじ運の無さを哀れんでいるかのよう。

「まぁ、やるからには全力でぶつかるつもりです。上手くラッシュにさえ持ち込めれば、倒せる自信はありますから!」

戦闘準備が整い、椅子から立ち上がって軽くワン・ツーを放った際に係員から入場の合図が入った。

「じゃあ行ってくるわ。わたしもアンタに続かないとね」

ナミは、控え室を出る際に長椅子で横になっている柊へと振り向く。試合内容の割には疲れた様子であったのを気遣い、植木が横になっているよう促したのである。
「おう」とだけ答える柊から視線を離し、ナミは全国大会1回戦のリングへと歩を進めていくのだった。



 通路を歩く間に逸る心を抑え、集中力を高める。相手が誰であろうと、負けるつもりなど毛頭ない。気後れした時点で負けだと、ナミは自身に言い聞かせた。
大歓声の中、ナミはリング上で玻璃子と邂逅する。ニヤついた彼女のその表情は、どことなく真剣さを感じさせないものであった。

(一年生だからって甘く見てるわね? もう勝ったような顔して……)

そういう油断が命取りになるのよ! とでも言わんばかりにコーナーで両のグローブを思い切り打ちつけると、由起からマウスピースを嵌めて貰う。

「とにかく相手のペースに付き合っちゃ駄目。逆に自分のペースに持っていきなさい」

由起の指示を受けひとつひとつ頷き、



カァァァァンッ!



ゴングと同時に中央へと歩み寄っていった。ポフッとグローブが軽くへこみ、挨拶を交わす。離した直後、ナミは先手必勝の手本でも見せるかのようなダッシュを敢行した。
優勝候補にも挙げられる程の実力である。さぞ自分のペースに持ち込むのが上手い事だろう。なら、そんな時間的余裕など与えず一気に勝負を決めてやる!
ある意味で、この即決断・即行動こそがナミの真骨頂ともいえた。

「ッ!?」

そして、どうやらこの果断は良い方向へと傾いたらしい。まだ完全に迎撃態勢の整っていない所に、ナミのワン・ツーから左フック、右ボディーアッパー、左ストレートと連打をまともに浴びてしまった。

「がッ!」

たかが一年生と甘く見ていた事に対するツケは、予想だにせぬ大ダメージとなって玻璃子へと返ってきた。パンチを連打で貰った事で、自然ガードが甘くなっていた所を……



ズバンッ!



下級生の右ストレートが見事にそのど真ん中を捉えた。

「ぶはぁッ!!」

強烈な殴打の音が響き、威力に仰け反らせられた玻璃子はそのまま膝を崩す。そして、



ダァンッ!



派手な音と共に背中からキャンバスへとダイブしていた。

「ダウン!」

その一部始終を間近で見ていたレフェリーは、一瞬事態の把握に手間取ったもののすぐに大音声でダウンを宣告。ライト・フライ級の柊に引き続きナミもダウンを奪った事で、観客席は大きく沸き上がっていく。

(よし、上手くいった!)

充分な手応えを感じたナミは、ニュートラルコーナーで小さくガッツポーズを見せる。このまま決まれば言う事無し……なのだが、さすがに全国大会でそれは些か高望みと言うものか。
レフェリーのカウントが進む中、玻璃子はゆっくりと上体を起こし立ち上がってくる。カウント8にはしっかりと立ち、続行の意思を見せていた。

「ボックス!」

試合続行の合図が出され、ナミは玻璃子へと向かう。


イニシアチブは完全に取った。このまま一気に押し切る!


強気の表情でナミは射程圏内へと踏み込むや、左右のパンチを打ち込んでいく。それに対し、玻璃子もまた負けじと応戦した。



バシィッ!



ナミの右頬を玻璃子の左フックが横薙ぎに打ち抜く。

「ぐぅッ」

ジンジンと痛む頬を我慢し、返しの右アッパーを放つ。が、それはスウェーバックでかわされてしまいナミは空振りの上、体勢を崩してしまう。上体を後ろへ反らした玻璃子は戻りざま、またも左フックを叩きつけナミの顔をブレさせた。

「ぶぇッ」

立て続けに左フックを貰い、衝撃で目から火花が飛び散るような錯覚を覚える。やはり優勝候補の肩書きは伊達ではないらしい。打ち合いの技術に於いて、口惜しい事ながら玻璃子の方に軍配が上がるようだ。
だからといって、ここで一旦退いてしまっては玻璃子に回復の猶予を与えるだけで、せっかくの奇襲も水泡に帰してしまう。ナミとしては、ここは強気に攻めの一手を貫く方針を取った。

再び打ち合いが始まる。お互いパンチを貰わないようディフェンスを行いながらの攻防だが、接近戦である以上多少は被弾してしまう。割合にして、玻璃子が3発当てるのに対しナミが1発ぐらいであろうか。
アマチュア公式戦30戦以上という老獪さが、ここで活きているように観客には思えた。だが、ナミ不利と思われたこの打ち合い、先に音を上げたのは意外にも玻璃子の方。



ドスッ!



右脇腹にナミのボディーフックが突き立てられ、苦悶の表情を見せる。拳を引いてもう1発、更にもう1発と左の3連打をコンパクトに、だが的確に玻璃子の右脇腹へと叩き込んだ。
同じ箇所を3発も連打され、玻璃子の苦悶の表情はより表面化し口から唾液と呻き声が漏れる。確かに打ち合いの技術は玻璃子の方が上かも知れない。
だが、パンチの回転力なら負けない! と息を止め殴られるのも我慢しつつ、ナミはひたすらに手を出し続けた。もし少しでも逃げる素振りを見せたなら、一片の容赦もなく追撃を仕掛けるつもりであった。
が、足を止めて打ち合いに来るというのは、案外最初の奇襲によるダメージが予想以上に大きかったのだろうか。

打ち合いが続く中、ナミがストレートを打つべく右腕を振りかぶった瞬間、玻璃子も同様に右ストレートの発射態勢に入っていた。ナミの背筋に嫌な汗が流れる。

玻璃子の方が、若干速かったからだ。

しかし既にナミの方も発射態勢に入っているだけに、ここで止める事は出来ない。相打ちも辞さずと思い切り右拳を打ち抜いた。



グシャアッ!



肉を潰す不快な音が響く。ナミの拳に確かな感触が伝わり、一方で自分の頬に痛みは伝わってこない。打つ最中に体勢でも崩したのだろうか、玻璃子の右ストレートはナミの横を逸れていた。
偶然が導いてくれた、ナミのカウンター。だが、玻璃子は殴られながらも尚左拳を打ち出してくる。物凄い執念だった。

「ぬぁぁッ!」

先程のカウンターは偶然の産物だったが、今度は狙い定めた左ストレートを玻璃子より速くその顔面へと叩きつけた。



ズバァンッ!



またも不快な殴打音が鳴り、玻璃子は左拳を突き出した格好のまま急速に力が抜け、顔を天に向けた姿勢で前のめりにキャンバスへと沈み込んでいく。
レフェリーはダウンを宣告し玻璃子の顔を覗き込む。だが、2度に渡るカウンターによってその表情は消し飛んでおり、僅かに四肢をヒクつかせてしまっているとあっては、もう即座に試合終了のゴングを要請する以外に出来る事はなかった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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