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第34話 【勝負の後……心の一喝】

 I・H編、第34話です。


ナミと柊、2人の勝負はナミのKO勝ちという形で幕を閉じる。とにかくも無事に終了した事に安堵する部員たちの中、心だけはどこか不信感を募らせるのだった。










ジリジリジリジリ……



 夏の風物詩ともいえるセミの合唱が木霊する中、光陵高校の女子ボクシング部室では1つの勝負が終了していた。

「ハァッ、ハァッ……」

レフェリー植木によりテンカウントを告げられた柊は、四つん這いの姿勢からゴロンとキャンバスに寝そべっていく。そしてそのまま、暫くの間肺に酸素を補給する作業へと没頭した。

「大丈夫?」

声を掛けられふと横を見ると、そこにはヘッドギアを外され汗で前髪がべったりと額に貼り付いたナミの姿。

「ああ………別にどうって事、ねーよ」

胸を上下させ息を整える作業はそのままに、柊はぶっきらぼうな口調で主将の問いに答える。実際、殴られたダメージで立てない訳ではなかったので、あながちただの強がりという訳でもない。
ある程度治まってくると、よいしょという掛け声と共に上半身を持ち上げ、差し出されたナミの手に掴まって一気に立ち上がってみせた。

その後2人はお互いリングを降りそれぞれ処置を受け、大事を取って軽いストレッチのみを植木から指示された。続いて越花とアンナがリングに上がりスパーリングを開始していくのを眺めながら、

「やっぱ強えーな……お前」

柊がナミに聞こえるかどうかという声量でボソッと呟いた。

「なにか言った?」

どうやら聞こえなかったらしく、ナミは柊の方を向く。

「なんでもねーよ」

越花がアンナに一方的に攻められているのを視界に捉えつつ、柊は首を振った。

(何度も言えるか! こんな事)

柄にもなく人を褒めた事が恥ずかしくなったのか、柊は照れ隠しも兼ねてキョロキョロと周りの様子を見回していった。

ひたすらにシットアップ(腹筋運動)をこなす順子や都亀、サンドバッグを叩く心などに視線を通した後最後に再びリングの方へ視線を向ける。その途端、バコッという大きな音と共に、黒髪の少女が身体を揺らし倒れ伏していた。

「あ、倒れた……」





「よぉし! 今日の練習はここまでッ」

 PM4:00。植木は部室内によく響く声で練習終了を告げた。最後にクールダウンを兼ねたロードワーク3kmをこなし、部室の清掃後各自解散の流れとなる。

「帰りになにか軽く食べて帰らない?」

などと、練習が終わるや年相応の女子高生の会話が交わされる中、

「あ、高頭はちょっと残ってくれ」

何故か名指しで植木に呼び止められ柊は頬を膨らませた。実は皆と一緒に食べる甘味を、密かに楽しみにしていた為である。すぐ済むからと植木に促され、仕方なく皆を先に向かわせると柊はパイプ椅子を引っ掴み、顧問に向かい合う。

「で、なに? センセー」

居残りで面談させられているような感覚を若干覚えつつ、柊は植木に訊ねる。実の所、どんな話をされるのか何となく分かってはいるのだが、敢えて確認してみた。

「ん、今日のスパーの事…なんだが……」

やっぱりその事か、と自分の読みが当たっていた事にも喜びを見出すには至らず、軽く溜息を漏らす。

「下司と闘(や)った感想でも聞きたいの?」

どうやら柊のこの返答は正鵠を射ていたらしく、植木は驚きの表情を覗かせていた。

「ああ。お前から見て、あいつはどんな印象だった?」

「強かったよ」

訊ねてみた柊から帰ってきた答えは、実にシンプル過ぎるものだった。

「そうか。他には?」

あまりに呆気ない柊の感想に、植木はつい更なる感想を促してしまう。

「他にはぁ? ねーよ、ンなモン」

どこか不機嫌さの増した雰囲気を纏い、柊は肩を竦めながら言い放った。

「周りがどう見てたのかは知らねーけど、あの勝負は完敗だよ。オレは下司のヤツに“いいようにやられた”。それ以外に語る事ないって」

憮然とした表情を見せ、試合の内容を思い返しつつ柊は植木に鋭い視線を投げつけていく。

「逆に聞くけど、あんな試合展開で相手の事語れって言われて、センセーだったら語れるか?」

痛烈な彼女の言葉に、植木は返す言葉もないと押し黙ってしまった。彼の目には、実の所柊の言った通りナミの圧勝であったように見えていたからである。
確かに柊が押している場面もあったかも知れない。が、試合全体という流れで見た場合、場を支配しコントロールしていたのはナミの方であったと言わざるを得なかった。

はっきりとナミに完封されてしまった柊の姿を、自分自身に重ねてみる植木。

「いや、悪かった。俺が無神経だったようだ」

自分のした行為が配慮に欠けるものと理解した植木は、椅子から立ち上がり謝罪と共に頭を下げる。

「お前の言う通り、語る事などなかったのかもな。いや、わざわざ時間を取らせてすまなかった。今日はもう帰っていいぞ」

気をつけてな、と見送り付きで柊を退室させると、植木は軽く室内を清掃し鍵を閉め職員室へと向かう道すがら、赤く照らされる夕日を眺めつつ深い溜息を吐いた。

(はあ。今回のスパー、どうも失敗だったかも知れんな。今更思っても仕方ないが……)



 植木とのやり取りを終え、柊は大急ぎで皆と合流するべく走っていた。その途中、「高頭ぉー」と自分を呼び止める声が聞こえた為辺りをキョロキョロと見回してみる。
それなりに通行量のある人通りの中で、一際長い髪を揺らし左の口元にほくろを浮かべた美少女が、柊に手を振り近付いてくるのが見えた。

「知念?」

柊を呼び止めた声の主、それは皆と一緒に先に甘味処へと向かっていた筈の知念 心であった。女子ボクシング部に入部してからは以前のような刺々しさも緩和されてきた心。
だが、切れ長の目や艶やかなストレートヘアー、メリハリの効いたプロポーションなど、周囲の目を惹く存在感は損なわれてはいないようだ。

「やっと来た。ずっと待ってたんだよ、あんたを」

風に吹き付けられ頬に掛かった髪を指で分けながら、心は柊に近寄ると横に並ぶ。150cm弱の柊と170cmに届こうかという心、2人が並ぶと嫌でも身長差が目についてしまう。
身長にコンプレックスを感じている柊としては、出来る限り避けたい構図といえた。

「大内山先輩から店を案内してくれって頼まれたんでね」

そんな柊の葛藤など露知らず、心は隣に陣取り歩を進めていく。人の行き交う歩行路を少し歩き、心は小さな溜息をひとつ吐くと隣の相方へ振り向いた。

「ホントの所、道案内っていうのは建て前。高頭、あんたに訊きたい事があったから、理由をつけて待ってたの」

また質問か、というウンザリした気持ちと、心をいちいち見上げなければならないという忌々しさが融合し、柊はまたも不機嫌そうな表情を作る。
そしてまたも素知らぬ顔で、心は自分の意思に忠実に質問を始めた。

「今日のスパーなんだけどさ。一体どういった意図でやる事になった訳?」

普段以上に厳つい目つきで、心は柊の方を見る。今日のスパーリングに関して、彼女は彼女なりに違和感を感じたらしい。

「さぁ……オレもセンセーにいきなり言われただけだからな。成り行きでスパーって事になったんだよ」

心から目線を外し、正面を向きつつ柊は答える。彼女としては、こう答える以外に言葉が見当たらなかった。


事実、本当に理由を知らなかったのだから。


「そう。下司か植木…先生なら知ってる訳ね?」

そう言うや、心はこの事に関して他に質問はしてこなかった。



 その後、甘味処で柊はさり気なくあんみつ5杯、どら焼き3つを平らげるなど小さな身体に似合わぬ胃袋の強靭さを見せつけたりしていたのだが、どこか胸の中に貼りついたモヤモヤした感覚を払拭出来ずにいた。
本人も半ば無自覚であったのだが、ナミに呆気なくKO負けを喫してしまった事に対して、幾多の強豪を打ち倒して形成されてきたプライドに揺らぎが生じていたのである。

そんな一方で、心は一緒に来ていたナミにあれこれと何やら質問を繰り返していた。今回のスパーリングに関してナミから色々と聞いた心は、その2日後に行動を起こす事となる。

翌日は家の事情により練習を休んでしまった為、不在。その次の日、心は部を驚愕、或いは悲観させる一言を植木に申し出た。

「なに……棄権させてくれ、だって!?」

練習前に心から植木に伝えられた一言、それは『I・H全国大会を棄権させて欲しい』というものであった。

「心ぉ……」

植木の一言で何となく状況を理解したのか、アンナを始めとして部員たちが心配そうに心へと近寄ってくる。心曰く、病弱の母親がまた体調を崩して入院してしまったのだという。
女子ボクシング部に入部してからは体調も安定していたのだが、夏風邪を引いてしまい念の為に、という次第であった心の母親孝行は部員内では有名になっていた為、今回の棄権もやむなしと誰もが納得せざるを得なかった。


1番悔しいのは、間違いなく心本人なのだから。


植木も、事情が事情だけに彼女の棄権を承諾した。その後練習も滞りなく終えた後、

「先生、あと下司も。後でちょっといいですか?」

棄権の一件ですっかり今日1番の話題を奪っていた心から、植木とナミは呼び止められる事となった。



 他の部員たちが全員引き揚げ、まだ熱気の余韻を残す部室には植木、ナミ、心、3つの影。

「で、どうしたんだ? 知念」

植木は真剣な表情で心と正対する。呼び止められた事について、漠然とではあるが察しがついているような悔恨の表情が、そこには浮かんでいた。

「一昨日、そこの下司から高頭とのスパーの理由、大体の事情は聞きました」

そう口火を切り、心は冷たさを多分に孕んだ視線を2人に向ける。そしてスゥ、と息を吸い込むや、心は胸の内を乗せ一気に吐き出していった。

「一体なに考えてんの!? 今がどういう時期か分かってる? 高頭も下司も大事な全国大会を控えてる身だろッ! それをなに? あのスパー……どう見たって真剣勝負じゃないか!! 高頭の実力が知りたかったから? それをわざわざこの時期に選んでやる意味がどこにあんだよッ! あいつが滅多打ちに遭って、文句のつけようもないKOなんて事になって、それが理由でスランプになったらって考えはなかったのか!?」

それは逆にあんたにも言える事なんだよ、と心は思いの内を連ねていく。その後も心はナミへ主将としての責務を忘れ無計画なスパーリングを提案した事などへの非難を浴びせていった。
次々に飛び出す言葉を聞いていく内、ナミの顔色は僅かに青褪め目尻には涙が溜まっていた。心の言う通り、自分が勝つ事で柊がスランプに陥るかも知れないという配慮など、微塵もしていなかったからである。


ナミが柊にスパーリングを申し込んだ時、彼女の反応はどのようなものだったか。あまり乗り気ではない……そういった反応ではなかったか?


だが、ナミは自分の欲求を満たす方をこそ選んでしまった。柊の実力を知りたい、というのはただの方便。本当は驚異的なスピードで成長を遂げ、数々の強敵に勝ってきた彼女に対し無意識ながらも嫉妬していただけなのかも知れない。

公的には主将としての判断を誤り、大事な時期にスパーリングを持ち掛けてしまった。
私的には自身の感情をコントロールし切れず、欲求に身を委ねてしまった。

つまり2重の意味で、ナミは心に指摘されたのである。

「わ…わたし、は……」

自然と涙が頬を伝い始め、ナミは両手で顔を押さえその場に崩れ落ちていく。

「それと先生。あんたにも非はあるんだよ?」

座り込んで肩を震わせるナミをそのままに、心の視線は次なる標的に向けられていた。

「先生の犯した非は2つ。まず1つ目は下司と高頭のスパーを認めてしまった事。理由はさっき言った通り。こんな時期にわざわざする必要はなかったのと、スランプの可能性を考慮に入れてなかった……ってやつ。2つ目はレフェリーとしての仕事を放棄してた事」

2つ目の非を打ち出された時、植木の肩がピクッと微かに反応したのを心は見逃さなかった。

「その様子だと、大体は察してるみたいですね。そう……第2Rが終了した時点で、本来ならスパーを止めるべきでした。素人目にはともかく、第2R終了時で勝敗は9割方決してるように見えました。あれ以上続けたら、ハッキリ言って逆に選手に悪影響を及ぼしかねないと思います」

第三者から痛烈且つ的確に自分の非を指摘され、後悔にむせび泣くナミをそっとパイプ椅子へと座らせつつ、心は年上の男へ容赦のない正論を叩きつけていく。
その間、当の植木はただ黙って一番新参の教え子の言葉に耳を傾けていた。ナミの情熱に負け今回の勝負を許してしまったとはいえ、彼とて自責の念に駆られない訳ではない。
特に、あのような結果になると分かっていたならば、心に言われるまでもなかっただろう。そういう意味では、心の言う事も結果論に則った過剰非難とも取れる。

だが、結果として今回の責任は女子ボクシング部の長たる自分が取るべきものだと、植木は思っていた。

「ああ。今回の責任は全部俺にある。駄目な指導者だな、俺は……すまなかった! 知念」

心の口上が終わったのを見計らい、植木は自分の非を認めた上で10も下の小娘に頭を下げる。


余計な気を揉ませて辛い事を言わせた


そういう意味を込めて、植木は頭を下げたのだ。それを理解したからか、心は張り詰めていた表情を和らげ植木の肩を軽く叩く。

「で、ちょっと提案。全国大会の時なんですけど、先生は下司のセコンドに入らない方がいいんじゃないですか?」

どうも下司が絡むと正常な判断が出来ない時があるみたいだし、と付け加え心はひとつの提案を口にしてみた。全国大会の際、

柊には植木
ナミには由起

それぞれ専属でセコンドに就いてはどうか? と。

「ん……そうね。その方がいいかもね」

心の提案に対し即答しかねて唸っていた植木をよそに、泣き止んだナミが頷く。

「付き合い長いからね。お互い甘えちゃう所はあると思うし」

そう答えるナミに、植木はしょうがねえな……とナミの頭をわしゃわしゃとかき回していく。髪をくしゃくしゃにされ怒るナミを無視して、植木も心の提案に承諾。その日のうちに由起への連絡と段取りを済ませていった。



 一方で、植木は柊にも今回の事を謝罪しどこか優れない所はないか等、主に精神面でのケアを試みた。が、

「別に問題ねーって。結果は結果として受け止めてるし、最終的に勝負を受けたのはオレの意思なんだから」

と、実にいつものぶっきらぼうな態度と口調で返されてしまった。この、変わらぬ彼女の姿を見て植木とナミは心の心配が杞憂に終わった事を安堵したものだったが、それが間違いであった事を後に思い知らされる事となる。

そして、全国大会開催地である沖縄県へ出発する日が来た。部員たちや激励に訪れてくれたかつての対戦相手たちに見送られ、ナミたちは気持ちも新たに全国への一歩を歩み出していくのだった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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