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第33話 【ある夏の真剣勝負】

 I・H編、第33話です。拍手コメントで挿絵を希望された方、以前にも同様のコメントを頂いた際に書かせて頂いたのですが、挿絵を描ける程の技量がないもので……ご期待に添えず申し訳ありません。


ナミの一言から端を発した、柊との試合形式のスパーリング。全国大会を間近に控えた2人の少女が、今本気で拳を交えようとしていた。










 夏休み真っ盛りの光陵高校。その一角、新設の女子ボクシング部室内では、今まさにスパーリングという名の真剣勝負が始まろうとしていた。

赤コーナー、下司 ナミ
青コーナー、高頭 柊

レフェリーには例の如く顧問の植木が入り、周囲で部員たちの見守る中……



ビーーーーッ!



第1R開始のブザーが鳴らされた。お互いリング中央でチョンとグローブを付ける。ただのスパーリングにしては妙に緊迫感のある空気に、声のないまま食い入るようにリング上を見つめていく各部員。
その緊迫感たるや、順子などがつい喉を鳴らしてしまう程であった。

右のオーソドックススタイルのナミと、左のサウスポースタイルの柊。キュキュッとマットを蹴るシューズの音が聞こえる中、先に手を出したのはナミの方。
クンッと左肩に力が籠もったのが見えた瞬間、鋭い左ジャブが3発柊へと放たれた。それを、足を使って距離を取りつつ避ける。下がって距離を取りジャブを避けたのを確認後、柊は退いた分踏み込んで返しの右ジャブを2発打ち込んだ。
ナミは落ち着いた様子でそれらをブロッキング、無難に捌いていく。

(ッ、速い!)
(速ぇッ)

たった数発のジャブを交換しただけで、お互い改めて相手の速さを認識し合う。だが、感心してばかりもいられない。柊の打たれ弱さを熟知しているナミは、ガードを固め一気呵成(かせい)に突進を敢行した。
一方で、本来はアウトボクサー寄りであるものの接近戦を好む柊としても、ここで退く気はサラサラない。同じくガードを固め、ナミを迎撃するべく向かっていく。

両者とも射程圏内に相手を捉えるや、パンチの応酬が開始された。ナミはキッチリガードを固めつつパンチを繰り出し、柊は集中力を高め相手の一挙手一投足に“眼”を凝らす。
そんなやり取りが10秒前後続いた時、バンッ! と柊の左ストレートがナミの鼻っ柱に突き刺さっていた。

「ぶッ」

鼻を打たれた衝撃で、ナミは目尻に僅かな涙を溜め半歩後ずさる。更にツー、と右の鼻孔から赤い一本のラインが重力に従い、地面へと垂れていった。
続けて攻勢に出る柊のパンチを、ガードを固め凌ぐナミ。1発1発は決して重くはないが、このハンドスピードは脅威の一言に尽きる。確かにカウンターに適した才能だわ、とナミは心の中で素直に褒めていた。



 一方、綺麗に左ストレートが入り鼻から出血のあったのが見えたせいか、柊は必要以上に攻めていた。ナミの実力が半端なものではない事ぐらいは、今更語るまでもない。
ディフェンスは並の同年代より上手いし、パンチ力も今の自分より高い。ハートの強さも文句なく一級品。何より、ナミをして非凡なさしめているのはそのオフェンス能力……特にラッシュに持ち込んだ時の爆発力!
ロープないしコーナーに追い込まれてからの凄まじいコンビネーションラッシュを前に、抗し切れず沈んでいった者の何と多い事か。

確かに、柊は1度夕貴を退けてはいる。U-15全国大会の決勝、また春先でのスパーリングに於いて、ナミは夕貴に及ばなかったかも知れない。
ただ、だからといってナミの方が楽な相手なのかと言えば……残念ながら違う。柊にとって、パンチ力にモノを言わせて大きい1発を狙ってくる夕貴より、間断なくパンチを繰り出してくるナミのようなラッシュタイプの方が、実はやりにくい相手といえた。


なら、その厄介なラッシュを封殺するには?


柊の出した答えは、『ラッシュに持ち込まれる前に攻めて攻めて攻めまくる』というものであった。“攻撃は最大の防御”とは良く言ったもので、柊のハンドスピードにまだ目が慣れていないらしくナミは被弾を重ねていた。

「くッ」

何発も細かいパンチを顔面に貰いながらも、ナミとてそのまま黙ってやられるつもりはない。左ストレートに焦点を絞り、飛んできたそれを右手で掴むなり思い切り左側へ振り払った。

「ッ!?」

ナミに左側へ払われた事で、柊は右側へと体勢が崩されてしまう。しかも、左腕が伸び身体の前面を覆う形で突き出している為、右手での防御も難しい状態。
そして眼前のナミはというと……既に左腕を鉤型に曲げボディーフックのモーションへと移行していた。

(やべぇッ)

攻防一体と化したナミの動き。これぞボクシングの真髄と言わんばかりの、ナミの洗練された動きに柊は見惚れる思いであった。



ズンッ!



左脇腹に焼けた鉛でもぶつけられたかのような衝撃、次いで鈍い痛みが柊を苦痛の表情に歪ませる。ナミの放った左拳が脇腹に埋め込まれ、肺に貯蔵していた酸素が口を解して放出されていった。
かはッと吐き出される空気の漏れた声は、攻守交替の合図。散々殴られたお返しと、今度はナミが攻撃に移る。左のショートアッパーを踏み込みざま打ち込み、そこから怒涛のラッシュが柊へと襲い掛かった。

「ちッ」

素早く体勢を立て直し、柊は矢継ぎ早に飛んでくる赤の流星群を前に集中力を高め、防御に当たる。抜群の動体視力を以て迫り来るパンチをスウェーバック、サイドスウェー、ブロッキング、あらゆるテクニックをこなし被弾を許さない。
だが、それでもナミの放つ拳の弾幕は柊にとっても決して軽視出来るものではないらしい。圧力に抗し切れず、徐々に後退を余儀なくされてしまっていた。

カウンターなどもっての外、といった様子だ。

そうこうしている内にロープ際へと追い詰められ、より一層のプレッシャーに晒されるものと覚悟する柊。



ビーーーーッ!



そこへ、第1R終了のブザーが鳴り植木が両者の間に割って入った。

「ハァ、ハァ……」

青コーナーに戻り用意されたスツールへと座った柊の、まだ1Rが終わっただけとは思えない息の荒さが由起には気になる所である。

「どう?」

マウスピースを引き抜き、顔をタオルで拭きながら由起が柊に感想を訊いてみた。

「ハァ、ハァ、やっぱ強ぇな。頭では分かっちゃいたけど、アイツのパンチの回転力はハンパじゃね-よ」

由起に訊ねられ、柊は感心しきりで約2分間手合わせした感想を述べる。外から見るのと実際に目の前で見るのとでは、そのプレッシャーたるや全くの別物。
更に厄介なのは、パンチを打ち込んでくるタイミングと場所であった。


『なんとなく打ち込む所が見える』


などと嘯(うそぶ)くだけの事はある。おかげでカウンターを狙う暇もなかった。

(冗談だったらよかったのによ……)

つい、声に出さず悪態を吐いてしまう。いくらスタミナが豊富にあるといえど、普通はラッシュを長時間仕掛ければ後半はスピードも鈍ってくるだろうし、フォームにも綻びが生じてくるだろうと思っていた。
だが、彼女のラッシュ力を甘く見ていたと柊は反省する思いであった。

「そろそろ2R始めるぞ」

植木が両コーナーに声を掛ける。それに合わせ、ナミと柊はスツールから立ち上がっていく。



ビーーーーッ!



 第2R開始のブザーが鳴り、2人はリング中央へと足早に向かう。1Rとは少し戦法を変え、トントンと脚を使ってのアウトボクシングを始める柊。
ナミのラッシュが予想以上に脅威だった為、下手に打ち合うのは今の自分では危険と判断して結果であった。

「シュッ」

リーチギリギリの間合いを測りつつ、柊はリードブローでナミを牽制する。動こうとする所に飛んでくる、柊のジャブはナミにとって非常に鬱陶しいもののようだ。
近付いて接近戦に持ち込みたいナミとしては、何とか突破口を開きたい所なのだが接近しようとするとジャブが容赦なく行く手を遮ってくる。
それでもナミは突進力にモノを言わせ、強引にジャブを撥ね退けて潜り込んできた。

「くッ」

さすがにジャブだけで止める事は不可能らしい。柊は舌打ちしながらナミのショートアッパーを辛うじてブロッキングする。ブロッキングしざま、左のショートフックをナミの頬へと打ち込んでいく。



バンッ!



カウンター気味に左フックがナミの顔面を捉え、頭を軽く仰け反らせる。だが、柊の左拳に伝わる感触は薄かった。

(浅かった!?)

ブロッキングしつつ放った、いわば苦し紛れのフックではジャストミートは叶わなかったようだ。その証拠に、頭を仰け反らせた筈のナミの目は柊を捉えたまま離さず、あろう事か右ストレートのモーションに移行すらしているではないか!

(くそォッ)

柊は無理を承知で上体を思い切り仰け反らせていく。



ダァンッ!



「ぁだあッ」

柊は大きな声を上げマットに仰向けに寝そべり、中空を見上げる形で伏していた。植木はナミの前に割って入り、一旦引き離す。そして、

「スリップ!」

と高らかに宣言、仰向けに倒れ込んだ柊を助け起こしていった。思い切り上体を仰け反らせながらもナミの右ストレートをかわし切れないと判断し歯を食いしばった瞬間、偶然にも足元を滑らせしまいもんどりうっていたのである。

九死に一生というべきであったろうか。

何にせよ、柊を立ち上がらせ植木は試合を再開させた。背中を打った痛みの中、どう立ち回るべきか思索しつつジャブを散らしていく。
付き合って接近戦を挑むにも、あのラッシュを捌き切るのは今の自分には結構厳しいように感じる。かといってアウトボクシングに徹しようとすると、強引な突進。
場合によってはそれで上手く誘導されて、ロープなりコーナーなりを背負わされる結果になり兼ねない。

(やっぱ攻めるしかねーか! 逃げながらってのもオレの趣味じゃねーし)

覚悟を決め、柊はダッ! とナミへと突進し思い切った接近戦を敢行した。フェイントを織り交ぜ、ボディーアッパーと見せかけてそのままアゴを掬い上げる。



ゴッ!



フェイントに引っ掛かりガードを下げた所でアゴを撥ね上げられてしまい、ナミは汗や唾液などを霧状に舞わせてしまう。目の前に火花が散り、殴られた衝撃で脳が揺さぶられる。
軽く身体をグラつかせるナミに、柊は更なる追撃を仕掛けた。ただ、1Rでもこのパターンに持っていった挙げ句、狙いすました逆転の1発からッシュへと持ち込まれてしまっている。
先程の二の舞は避けるべく、柊は細かいパンチを途切れる事なく放った。

「ぐッ……」

ガードを固めラッシュを凌ぐナミの口から声が漏れる。それは、まるで殴られる苦痛とも、反撃の糸口を掴めないでいる苛立ちとも取れた。

右ジャブ2発から左のボディーフック、更に右アッパーを放つと見せかけて左ボディーストレートなど、柊なりのコンビネーションが主将を襲う。
これに対しナミは必死のディフェンスを試みるも、何発か貰ってしまい後退。

「もしかしてナミの奴……このままやられるんじゃない?」

スパーリングを見守る部員たちの中から、このような不安に駆られた発言も出るぐらい流れは柊にあった。



ビーーーーッ!



大多数が柊の勝利を予想しつつ、第2Rが終了。だが、早くも勝負は決まったと見る流れに同調せざる者もいた。今まさに闘っている柊とナミ、レフェリーたる植木、柊のセコンドに付いていた由起である。

「ハァッ、ハァッ」

青コーナーでスツールに座り荒々しい呼吸を繰り返す柊に、深呼吸を促していく由起。実は、彼女も柊が戻ってくるまでは大方の大勢は決したものと思っていた。
が、コーナーに引き揚げてきた少女の様子を見て、その浅慮は消し飛んでいた。

ヘッドギアの奥に覗く白い肌が、薄紫色に変色していたからである。

(チアノーゼに……なりかけてる)

そんな状態だった為深呼吸を繰り返させていたのだが、今度は肌の露出した部分から噴き出る汗の量が必要以上に多い事に気付く。チアノーゼの他、スタミナも既に底を尽き掛けているように見えた。
ナミの与えるプレッシャーは、どうやら見えざるウイルスとなり予想以上の進行度を以て柊のスタミナを奪いに来ていたようである。

「まだ、やる?」

由起は未だ荒く息を吐く柊に問う。

「ハァッ、ハァッ……もうちょっとだけ…お願い。まだ…オレ……アイツの、ッハァ、全部…見てねー、し」

苦しい表情ながらも無理に笑みを作り、柊は由起の問いに首を振る。少しの沈黙の後、分かったわと選手の気持ちを尊重した由起は、珍しく気持ちのいい笑顔を浮かべていた。



ビーーーーッ!



 最終第3Rのブザーと同時にリング中央でグローブを交えるナミと柊。離した直後、ナミが電光石火の勢いで柊に迫りラッシュを仕掛けてきた。
殆ど殴られ痕が目立たない割に疲労感漂う柊と比べ、顔に痣の目立つナミにはまだ余力が残っているように見える。元々のスタミナの貯蔵量の差が、この局面に来て如実に現れているようであった。

「くッ」

第2Rの借りを返さんばかりのラッシュに、柊はたまらず守勢に回ってしまう。集中しようにも呼吸が定まらず、意識も散乱してしまっていた。
こうなってしまっては、得意のディフェンスも十全とはいかない。“眼”では見えていても、身体の反応が鈍い為ガードが間に合わず凶弾に晒されてしまった。
2発、3発、4発と次第に滅多打ちの様相を呈していく柊の形の良い頬へ、5発目となる右フックが叩き込まれた。

「ぶはぁッ」

左頬を殴打され、汗と唾液を撒き散らしながら柊は目前にロープが迫ってきているのをスローモーションで見ながら、



ドンッ!



上半身をロープに預ける形でキャンバスに尻もちをついていた。

「ダウン!」

植木はすぐにナミを遮り、ニュートラルコーナーへと退くよう指示する。ナミが退いたのを確認してから、柊の方へ振り返りダウンカウントを数え始めた。


カウントが聞こえる中、柊は震える身体に力を入れ立ち上がろうとする。しかし、これがどうにも上手くいかない。

「ハァッ、ハァッ、ぅべえ!」

天井の蛍光灯を仰いだまま、柊はその口から唾液の糸を引きマウスピースが吐き出される。ダメージよりは息苦しさに耐え兼ねて、柊がわざと吐き出したのだ。
若干呼吸しやすくなった状態で、再度身体に力を込める。マウスピースを吐き出したおかげか、ロープに預けた腕で身体を引き摺り辛うじてお尻が上がる程度には力が籠もるのを感じた。
しかし、肝心の脚にまではそれが伝達してくれない。

「くそッ!」

必死の思いでロープをよじ登るように身体を立たせていく。そうして無理やりに立ち上がった時、カウントは7を越えた辺り。何とか間に合うと、ファイティングポーズを構えるべくロープから手を離した途端、瞬く間に身体は制御を失い……



ダンッ!



重力に抗い切れず、今度は四つん這いの形で再びキャンバスへと倒れ込んでしまった。膝を突いた衝撃でパッと珠の汗が飛び散り、リングに付着し染み込んでいく様を見ながら、

「テンッ!」

テンカウントを数え上げられていた。



 勝負としてはナミに軍配が上がった形となったものの、それを額縁通りに受け取れる者はナミ本人も含め、誰1人としてこの場にはいなかった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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