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第32話 【ナミの思惑、柊の決断】

 I・H編、第32話です。


全国大会も間近に控えたある日。ナミが植木に提案した『柊とのスパーリング』。この提案に対し、柊はどう動くのだろうか……?










 I・H神奈川県予選も終わり、これから全国大会に向け気持ちも新たにしていく光陵女子ボクシング部。言い渡された3日間の休養の後、久々の練習日となる今日。
この日、数日後に全く予期していなかった出来事に見舞われるなどと知る由もない柊が、1枚の用紙にペンを走らせていた。

「よし、こんなモンでいいか」

用紙に必要事項を記入し終えた柊は、机にペンを置き用紙をバッグの中へと放り込む。そして、そそくさとバッグを担ぎ玄関に置いてあったバスケットボールを脇に抱えつつ、スニーカーを履くや外へと出ていった。

どうにも最近はボクシングにかまけてしまって、バスケットの練習をおざなりにしてしまった……と反省がてら、女子ボクシング部の練習が始まる前に軽く身体を動かしておこうと考えたのだ。
日課のシュート100本は欠かさずしているものの、それ以外の練習は全くといっていいぐらいに出来ていない。これではダメだ、と本人にしか分からない危機感を覚え、彼女は普段使用している公園設置のバスケットコートへと辿り着いた。

(そういや、ここでアイツに勧誘されたんだっけ、オレ)

中学の頃、護身を兼ねて幼馴染みの加藤 夕貴の義兄、片山 那智に半年程度ボクシングを教えて貰った事はあった。だが、まさか部に入って選手として全国大会に出るまでになろうとは、当時の自分には想像すら及ばなかった事だろう。
それが妙に可笑しくて、つい苦笑が漏れた。そこへ、

「なに1人でニヤついてんだ? 怪しいからやめとけって」

柊にとっては聞き慣れた声と、同時に背後からぬっと現れた影法師に全身が覆われる。苦笑していた顔を瞬時に引っ込め、柊は仏頂面で影法師を形成する主の方を振り向く。
眼前には、まるで聳え立つような長身と、細身だががっしりとした体格の男性の姿。髪は明らかに手櫛で撫で付けた程度であろう、無造作な先端分け。垂れ目がちだが飄々とした風体のこの男を一瞥し、

「ンだよ、うっせーな俊作。放っとけよ」

柊は思い切り悪態を吐いてみせた。


高桑 俊作(たかくわ しゅんさく)


羽翔(うしょう)体育大学バスケット部所属で、柊の従兄妹に当たる人物である。柊に男言葉とバスケットを教えるなど、彼女にとって人格形成に大きな影響を与えた張本人であり、無自覚ながら想いを寄せる相手でもあった。

俊作はカラカラと快活な笑顔を見せ、柊が小脇に抱えていたボールを奪い取るや一気にコートまでドリブルで疾駆。

「あ! おい待て」

ボールを勝手に持っていかれた事に軽く腹を立て、慌てて追いかける。が、速い。柊が全力で走るのと大差ないぐらい、俊作のドリブルは速かった。

(くそ、やっぱ速ぇな)

身長差による歩幅の違いもあるとはいえ、俊作の脚の速さにはただただ感心してしまう。“風を切って走る”とはまさにこの事か……と。



 ダン、ダン、とボールを弾ませていた俊作が、柊の到着と同時に「それ!」とボールを高く上げる。それを見た柊、反射的に加速をつけジャンプ。空中でボールをキャッチしつつ、目前に迫るゴール目掛け……



ガァンッ!



左手をボールごとゴールリングの上から叩きつけた。バサッ! とボールがネットを通る音を耳元で聞き、柊は左手だけでゴールバーを持ったままぶら下がる。

見事なまでのダンクシュートだった。

あたかも翼が生えたと錯覚しそうな、この常人離れした跳躍力と身軽さは、彼女の身体能力がいかに高いかを物語るに相応しいものといえよう。

「おお、相変わらずバカみてーに跳ぶなあ」

ぶら下がったままの従兄妹に、拍手で賞賛する俊作。だが、その従兄妹はムスッとした顔を向けるのみであった。俊作の拍手が、あまりにもやる気を感じさせなかった為である。
トン、と身軽に着地した柊は、黙ってボールを拾い上げ右手でクイクイ、と俊作を挑発。それは、無言の挑戦状であった。所謂1on1の勝負を挑んできていると察した俊作、「OK」と舌なめずりし、柊へと走り出した。





10数分後……

「ハァ、ハァ、ハァ………」

大きく肩を上下させ尻もちをつく柊と、同じく息を切らせながらも巧みなボール捌きを見せる俊作の姿があった。

「くっそー、また負けたぁ」

心底悔しそうに従兄妹を見上げる柊に対し、

「まだまだオレからゴールは奪えそうにねーな、柊」

大人げなく勝者の余裕を見せつける俊作であった。


一息つき、俊作は柊に真面目な顔をして声を掛けた。

「それはそうと、なあ柊。お前、まだボクシング続けるつもりか?」

「ああ、そうだよ。俊作は今も反対か?」

柊がボクシングを始める際、母親とこの俊作だけは頑なに反対の意思を示していた。新人戦が終わった辺りから、母親は折れて認めてくれたのだが……

「当然。ボクシングは女のするスポーツじゃねーだろ、やっぱりどう考えても」

柊にしてみれば、偏見に凝り固まった台詞と思わざるを得ない発言。だが、未だ世情の大半が俊作と同じように『ボクシングは女のするスポーツではない』と言う。
長年に渡って培われてきた固定観念。柊には、どうにも理解不能な観念であった。


『顔が腫れようが、骨や歯が折れようが、みんなそれだけの覚悟を持ってボクシングやってるはずだもの。他人がどうこう言う資格なんてないし、言われても気になんかしないわ。逆に、そんな事言われて気にするようなら辞めた方が身の為よ』


かつて柊が女子ボクシング部の練習に参加し始めた頃、主将たる下司 ナミはそう熱弁していた事がある。当時は暇潰しに来ていた程度だった為話半分で聞いていただけだったが、今なら賛同出来るような気がする。

「悪いけどオレ、俊作がどう言おうと辞める気はないからな。ボクシング」

そう言い捨てると、柊は俊作を置いて公園を後にするのだった。

途中、

(ん? なんでオレ、こんなにボクシングにこだわってんだ?)

などと疑問を抱きつつも明確な回答の出ないまま、柊は光陵高校の正門を潜っていく。少し歩き、新校舎に差し掛かった時、柊は我が目を疑うものに遭遇した。


【祝! I・H神奈川県代表 女子ボクシング ライト・フライ級 高頭 柊(1-2)】


デカデカと自分の名前が書かれた垂れ幕。それが、屋上から風にたなびきながら提げられていたのだ。

「な……なんだこりゃ!?」

開いた口が塞がらない、といった風で柊は垂れ幕を見上げる。よく見れば、他にもナミや心、男子ボクシング部主将・桃生の名前も同じく書かれていた。

(大会から3日しか経ってねーのに……いくらなんでも早過ぎだっての)

余りに迅速過ぎる対応に、呆れた様子を隠し切れないまま柊は女子ボクシング部室へと足早に向かう。途中で誰かに、特に新聞部辺りに捕まって質問攻めに遭うのはまっぴらごめんというものだ。
どうにか無事に部室へ辿り着くと、中には主将のナミと顧問の植木、マネージャー兼トレーナーの由起の3人しかいない。どうやら早く着き過ぎてしまったようだ。

「ちょっと早かったか。まぁいいや、はいセンセー」

何やら話し合っていたのか、深刻そうな表情の植木に柊はバッグから1枚の用紙を差し出した。

「なんだ……“入部希望”?」

「そ。ほら、オレまだ仮部員だったろ? さすがに全国大会に行こうってのに仮はマズいかと思って、さ」

覚悟決めてきたんだぜ、と今更ながらに柊は入部希望書に記入してきたのであった。

「はぁ……アンタ、まだ仮部員だったのよね。すっかり忘れてたわ」

横でやり取りを聞いていたナミが、心底呆れた風で呟く。植木や由起も、概ね同意見といった視線を柊に向けていた。

「まあいい。これは受理するとして……高頭、少し話がある」

希望書を胸元のポケットにしまい込み、植木はチラッとナミの方を一瞥すると続けて柊の方を向く。いつになく真剣味を感じさせる顧問に、柊はつい半身で構え「な、なんだよ」と警戒心を露わにしてしまう。

「明後日の練習、お前と下司でスパーをしてもらう」

「………は? すぱー?」

重苦しい雰囲気を醸し出す植木から発せられた言葉に、柊はつい素っ頓狂な返事を返してしまった。実の所、柊はもっととんでもない事でも言われるものと思ったのだが、何の事はない。
ただナミとスパーリングを行うよう言われただけなのだ。呆れもあったが、何よりも身構えてしまった自分の恥ずかしさの方が遥か勝っていた。

「ンだよ、神妙な顔するからなにかと思えば……そんな事かよ。驚かせやがって」

若干の照れ隠しの含まれた苦み笑いを浮かべてみせ、柊は事も無げに呟く。

「オレは別に構わねーけど。でもいいのかよ? こういう時期って、普通スパーとかしねーモンなんじゃねーの?」

柊の言う事も尤もである。普通であれば、大会を目前に控えたこのような時期にスパーリングなどはしない。万が一選手に怪我などさせては意味がないし、またボクシングのトレーニングに於いて最も危険を伴うものの1つだからだ。

「普通はな。だが、今回は特別だ。とりあえず試合形式で行う予定だが、なにかあればすぐに止める。お互い本気でやってくれ」

植木の言葉に無言で頷くナミ、片や受けたはいいが微妙に納得のいかない風の柊。

「なぁ、どうしてもこの時期にやらねーとダメなのか?」

と、柊は植木ではなく互いに指名されたナミの方へと振り返る。

「ちゃんとしたアンタの実力が知りたいの。本気で相手してよ」

真剣な眼差しを以て柊に返すナミ。気のせいか、その双眸にはうっすらと炎のようなものが揺らめいているように、柊には見えた。

(やる気満々の目じゃねーかよ)

呆れ半分、諦め半分の心境で、柊は渋々スパーリングの件を承諾。そうせざるを得ない空気だった。



 2日後のスパーリングを受諾した後、柊はしきりに溜息を漏らし練習にもあまり身が入っていない様子。大会前という事もあって軽めの基礎トレーニングのみのメニューだったのが、不幸中の幸いといった所か。
そんな彼女の態度に、事情を知らない他の部員たちは心配そうな視線を遠慮なくぶつけていた。柊が練習前などに面倒くさそうにしているのはよくある事なので、それだけならさほど気にも留めなかっただろう。
だが、しきりに溜息が入るのは初めてのシチュエーションだった。

練習終了後、気になった越花が柊の下に寄り思い切って訊いてみる事にした。

「ねえ柊ちゃん。恋の相談なら乗るよ? お互い恋多き年頃だもんね。で……相手は誰?」



パカァァンッ!



盛大に勘違いしている天然娘の頭を思いっきりはたき、「訳分かんねー事言ってんじゃねーよ」とだけ残すと両手で頭を押さえうずくまる越花を尻目に、さっさと部室から出ていった。


人なき道を歩き続ける中、柊はまたも陰鬱な溜息を1つ。

(なんだか気分が落ち着かねー)

以前にも、これに似た感情を抱いた事があったな、と彼女は思う。ここまで顕著に現れた訳ではなかったが、確かにこんな気分の落ち着かない時があった。

「オレ……勝っちまったらヘコみそうだなぁ。アイツ」

ボソリ、ふと独り言を漏らす。勝負は時の運、柊がナミに圧勝するという展開も勿論あり得る。が、やはり長くボクシングを続けてきたナミにしてみれば新参者の柊に負けてしまう、というのは沽券に関わる一大事だと思う。
別にわざと負ける気も、敢えて華を持たせる気もサラサラないのだが……

(知ってるヤツが相手ってのも、やりにくいモンだ)

やれやれと傍から見ればとても絵になる肩の竦め方で、柊はさっさと着替えて家へと戻るのだった。その途上、夏の合宿の時に幼馴染みの加藤 夕貴とした試合形式のスパーリングに勝った時と似てるな、と気分の晴れない理由に思い至りながら……



 翌日。昼からの練習も終わり、いよいよナミとのスパーリングを明日に控えた中、当のナミから「ちょっといい?」と呼び出された。女子ボクシング部室から少し歩き、男子ボクシング部室とのちょうど中間辺りの距離で立ち止まるや、

「アンタさ……あんまりやる気ない? 明日のわたしとのスパー」

いきなり質問してきた。変化球などない、直球ど真ん中の質問。そういう、腹の探り合いのないストレートな性格は正直好感の持てる所なのだが、今回は直球に過ぎた。
実際の所、ナミとスパーリングをしてみたいという気持ちはある。今の実力がどれぐらいなのかを知るのに、ナミはまさにうってつけの相手といえよう。

だが、もし自分がナミに勝つ展開になったなら? 先の夏合宿の折、ナミが1度も勝った事のないという夕貴を、偶然にかKO。ある種、1番分かり易い勝敗の決し方をしている。
その後、夕貴が医務室で1人泣いていたと聞かされた時の、あの不快感を思い出しそれを表情に出してしまった。

やるからには全力を尽くすし、何よりも負けるのは大嫌いな性分の柊である。しかし、それによって自分の友達が泣くのは、愉快な事では決してなかった。

「わたしはね。知りたいのよ、アンタの本気の実力が」

そんな、押し黙ったままの柊に埒が明かないと踏んだのか、ナミは本音を語り出す。

「今回の件はね、わたしが四五……植木先生に頼んだ事なの。こんな時期だし、OKがもらえるとは……実は思ってなかったんだけど」

照れ隠しにペロッと軽く舌を出しつつ、ナミは続けていく。

「でも、どうやら先生も気になってたみたい。ただのラッキーが重なっただけなのか、それともアンタのポテンシャルが飛び抜けているのか。わたしはそれが知りたいの」

「お前……」

「だから、明日はわたしをKOするつもりで来なさい。わたしも本番の試合のつもりでアンタと闘うから!」

別にアンタに負けるような内容だったとしても、それはそれでわたしの力が足りないだけの話だし、とナミは実に屈託のない笑顔を柊に向ける。

(ったく、叶わねーな)

ナミの、こういう竹を真っ二つに割ったかのような考え方を少し羨ましく思いながらも、柊はこの言葉で踏ん切りがついた思いであった。

「分かったよ……本気でやりゃいーんだろ?」

漆塗りのような艶やかな髪を指で梳き、柊は右手を差し出す。それを、ナミは無言で頷き握り返すのだった。


翌日。急遽ナミと柊による、試合形式のスパーリングが発表された。何事かとざわめきたつ部員たちを余所に、ナミと柊が準備を終えリングに上がっていく。
ナミは赤コーナー、柊は青コーナー。それぞれが指定されたコーナーに向かう。

「はい、これ」

赤コーナーサイドで控えていた陽子の差し出したマウスピースを、ナミは頷き口に入れる。全国大会前の、ひとつの真剣勝負が始まろうとしていた。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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