スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第30話 【I・H予選(14) ナミvs静留、決着】

 I・H編、第30話です。

フライ級決勝戦も、残す所あと最終第3Rのみ。劣勢のナミはこの僅かな時間で形勢を変える事が出来るのだろうか? 今、最後の2分間が始まる。










 I・H神奈川県予選、フライ級の決勝戦も2Rまでを終え後は最終第3Rを残すのみ。下司 ナミと樋口 静留、共に一年生同士の対決となったこの試合は、静留が若干の優勢を保ったままの展開であった。

「ハァッ、ハァッ」

1R早々から出た鼻血のせいで呼吸の荒くなっているナミに、セコンドの植木は再び鼻孔に綿棒を突っ込み止血に当たっていく。

「よく喰らいついちゃいるが、このままじゃ逃げ切られるぞ……ナミ坊」

植木の言う通り、ポイントで負けている以上逃げに徹されればナミに勝ち目はない。本来アウトボクサーである静留も、恐らくはその腹積もりであろう。
何も殴り倒すだけがボクシングではないと、元プロボクサーの彼は骨身に染みて理解していた。無言で植木の言葉を聞くナミも、実は同様の見解を抱いている。


このままでいいのか?


と。だが、その弱い流れを断ち切るような一言が、ふと横合いからもたらされた。

「いいえ、このまま行けば1分もすれば彼女を捉えられるわ」

由起である。サブセコンドの由起が、そう自信に満ちた声で言い放ったのである。

「どういう事だ? 大内山」

「言葉通りです。樋口さん、2Rが始まった辺りから少し様子がおかしかった。そう、なにか迷いのようなものが……」

と、ここで一旦言葉を切る。自分でも上手く伝える事が出来ないのだろう。だが、この由起の言葉によってナミの弱い心は消し飛んでいた。

「ありがとうございます、先輩!」

こうなったら由起を信じて今まで通りプレッシャーを掛け続けてやる。徹底的に!

ナミが最後の2分間、一瞬たりとも動きを止めない覚悟を決めスツールから立ち上がる。

「ラウンド3、ラストラウンド……」

アナウンスの後、高らかに最終第3R開始のゴングが鳴った。



 レフェリーの指示でお互いグローブタッチを交わし、バッと構える。構えた瞬間、ナミはガードを固め体勢を低めるや、ダンッ! と思い切りキャンバスを踏み締めダッシュを敢行。

「ちッ」

惜しげもなく舌打ちを入れ、静留はバックステップしながらジャブを数発繰り出す。相変わらずモーションのないジャブだが、肩を入れていない分リーチは長くない。
ガードやサイドスウェーで直撃を避け、下がる静留に肉迫していく。その状態を続けていく内、ナミはある確信を得るに至った。由起の指摘した通り、静留の動きにキレがない。
勿論プレッシャーをガンガン掛け続けた事による疲労感もあるだろうが、どことなく迷いのようなものを感じる。


まるで、当初の目論見が外れたかのような……


まさか1R終了の時に苦し紛れで見せたあの笑み、それが引き金であったなど知る由もないナミは更に強気な姿勢で攻めに入っていった。
静留のジャブを掻い潜り、ナミはボディーブローを中心に攻勢を仕掛ける。近付いての乱打戦に持ち込むべく、退きつつパンチを打つ静留に猛追を掛けていくナミ。

「ハァ、ハァ」

逃げながらナミの追撃を食い止めようとパンチを散らす静留だったが、正直な所限界がすぐそこまで迫っているであろう事は感じていた。
いくら突き放しても、信じられない運動量で追い縋ってくる。しかも、掛けてくるプレッシャーが半端ではない。最悪、1度でもコンビネーションラッシュに持ち込まれるような状況に陥れば、自分はいとも容易く陥落する事だろう。

忌々しい限りだが、それが現実。捕まってしまう前に、何としても逃げ切らなければ……

スタミナという液体を容れた器の底が見え始め、しかも猛追してくるナミを振り切れなくなってきている静留は徐々に焦りを感じ始めていた。

いざスタミナが切れたその時、どういう結果をもたらすのか?
ナミの、あの悪夢のようなラッシュに見舞われるのではないのか?

U-15の予選決勝戦、静留はあのコンビネーションラッシュで完膚なきまでに粉砕されてしまった。育んできた、自身のプライドと共に……
あれからナミを目標として一層のトレーニングに精を出し、強豪校・洛西のフライ級出場者の枠を一年生ながらにして勝ち取った。そして勝利を重ね、今こうして念願のライバルと再びグローブを交えている。

勿論勝つ為に、だ。

その為に徹底的にアウトボウサーとしての練度を高め、ノーモーションジャブなどもモノにした。だが、苦心して身に付けたそれも蓋を開ければ通用したのは最初の2分間程度。
パンチは当たれど、ダウンさせるような芯に響く威力はどう足掻いても出てはくれないらしい。ナミの精神力が予想以上にタフだった事も、静留には誤算だった。
洛西の持つデータや映像からナミより自分のパンチスピードの方が上回ると分かった静留は、最初に敢えて後出しでの相打ちをしてみせ絶望感を与えてやろうと試みたものの、あえなく失敗。
ならポイントを奪い続け、焦りを誘ってやろうという作戦に変更した。だが、これも予想に反して焦れない。それどころか、逆にプレッシャーを掛けられてしまう始末だった。

静留としては、狙った作戦の悉くが外れてしまった事と度重なるプレッシャーにより疲労感が圧し掛かった事で、また昔の恐怖が鎌首をもたげてきたのである。



ズンッ!



そんな静留の腹に、ナミの右ボディーストレートが突き刺さる。

「かはッ」

後退の最中だった為ダメージは微々たるものであったが、それは次に待つ絶望的状況……その前触れでしかなかった。



ドンッ!



「ッ!?」

ふと背中を押す、硬く柔らかい衝撃。後退を続けた結果、静留はコーナーへ追い詰められていた。上手く誘導されたと気付いた時には、もう後の祭り。

最終3R、0:53……果たして由起の予言通り、1分以内にナミは静留を捉える事に成功していた。



 厄介なアウトボクサーをコーナー際に追い詰め、逆転のチャンスと否応なく盛り上がっていく光陵側応援席。その声援に後押しされるように全身が弾かれ、ナミは静留目掛けて両の拳を存分に振るった。

それは即ち彼女のKOパターン、コーナー際に追い詰めてのコンビネーションラッシュの開始を意味する。

左ボディーフックから左ショートフックのダブル。
右ストレートから左ショートアッパー、右ボディーフック。
左右のストレートに続き左フック、そこから右のボディーストレート……

1R目に追い詰めた時とは、まるで違うこの状況。2Rに及ぶ、ボディーブローを主体としたナミの攻撃が実を結んだ結果であった。腹を叩かれ続けスタミナとスピードを削がれた静留に、この状況から脱出する術はない。
ただひたすらにガードを固める以外の選択肢は取りようもなかった。



ガッ、ゴッ、バシィッ! バスッ、ドンッ、バァンッ!!



静留のグローブ越しに、構わず容赦のないナミのラッシュが叩き付けられていく。

「ぐ、ぅくッ」

止まる事のないパンチの連打に、ガード越しにでもダメージを受けてしまう静留。まるで弾幕を張られたかと錯覚するような拳の連打に、静留の身体が少しずつコーナーへと押し込まれる。
そしてガードする腕が痺れて下がった瞬間、狙い済ましたような左右のストレートがその顔面に打ち込まれていった。

「ぶばぁッ」

強烈なパンチで顔を打たれ、苦痛の声と多量の唾液、そしてマウスピースをその口から零すとその身体をずるずると下降させていく。



ドスンッ!



膝が折れ、お尻と両拳をキャンバスに落とす静留を見るや、レフェリーが迅速な対応で両者の間にその身を割り込ませ、

「ダウーン!」

ナミのパンチを手で遮りつつ宣告をした。その宣告でようやくラッシュを止めたナミは、大きく肩を上下させながら指示に従いニュートラルコーナーへと退く。
10数秒に渡る無呼吸運動により、その顔色はやや紫色を帯びていた。スタミナにモノを言わせてプレッシャーを掛け続け、ひたすら追い掛け回し、スタミナの消耗した所でこのラッシュ。
さすがにスタミナと肺活量に自信のあるナミといえど、軽いチアノーゼ症状に陥っていた。



 ニュートラルコーナーに凭れかかり、大きく深呼吸し呼吸を整えていく。が、銜えたマウスピースが邪魔をして上手くいかない。

(く、苦しい……こんなに息苦しいのって、いつ以来かしら。これで終わってくれたら、ッハァ、楽になれるんだけど)

心の中で呟きつつ、ナミはダウンカウントを間近で数えられている静留の方を見る。その視界には、身体を震わせながらもロープにしがみつき必死に立ち上がろうとする静留の姿。

(そう、なるわよねぇ)

予想はついていたのだろう、さほど落胆した様子も見せずナミは最後の気力を振り絞るようにパンッ! と両拳を打ち鳴らした。

きっちりカウント8でファイティングポーズを構え、レフェリーが試合再開を促す。まだ呼吸は整っていなかったが、静留も目に見えて弱っている。

こうなれば、後は気力と根性の勝負であった。
お互いスタミナが底を尽きかけ、荒々しい呼吸を繰り返しながら相手の方へと向かって突き進む。



ワァァァァーーーッ!



試合時間も残り僅かとなり、観客のボルテージも最高潮に達していた。

「ナミちゃんファイトォ~~!」
「負けんな下司ーー!」

後ろから突き抜けるような、聞き慣れた声がナミの背を押す。両者が射程圏内に相手を捉えるや、バンッ! と軽快な打撃音と共に静留の右フックがその頬を抉る。

「ぶはッ」

衝撃で汗が舞い散り、ナミは身体をヨロつかせてしまう。

「踏ん張れ、ここで押されたら終わりだぞ! 手を出せッ!!」

青コーナーからありったけの声量で聞こえてくる植木の指示。残り時間は1分を切っていた。ポイント的には……まだ僅かに負けているかも知れない。

(こうなったら、一気に仕掛けて倒してやる!)

自身がもう限界寸前である事を自覚したナミは、グッ! とグローブに包まれた拳を固く握り締め、静留に向かって最後のダッシュを仕掛けた。
どうやら静留も同様の心境であったらしく、決死とも悲壮とも取れる面持ちで間合いを詰めていく。

お互い、足を止めての打ち合いが始まった。



ゴッ、ガッ、バシッ、バンッ!



お互いがお互いのパンチをブロッキングし、モロに頬へその拳をめり込まされ、その衝撃で脚が震えても精神力と根性で踏ん張りながら、尚も手を出し続ける。

(絶対……勝つんだ!)

打ち合い始めた頃には互角だった手数も、時間が経つにつれて徐々に優劣がつき始めていた。



ドスゥッ!



一瞬の隙を突いたナミの右ボディーアッパーが、静留の鳩尾に深々と突き刺さる。

「ぐ、はぅぅッ」

身体をくの字に折らせた瞬間から、勝負を司る天秤はナミの方へと傾き始めていく。それは、同時に静留の心が折れた瞬間でもあった……



 これ以降静留は完全に失速し、ナミのパンチの雨を前に辛うじてガードを固めるのが精一杯。それを幸い、ナミはここが勝負所と上下左右に己の拳を叩き付けていく。
パンチが当たる度に身体をフラつかせ、汗と唾液の飛沫がキャンバスに撒き散る。



グシャアッ!



迫り来る猛ラッシュを前に、遂にはガードが下がりアゴが露出したその瞬間、ナミは渾身の右アッパーカットを身体ごと叩きつけていった。
アゴを打ち抜かれ、口から少量の血と唾液に塗れたマウスピースを半分以上はみ出させながら、静留は身体を大きく泳がせる。ジャストミートした右拳には、まだアゴを刈り上げた確かな感触。
仰け反る静留のその表情からは、意識の有無を確認するのは難しい。が、構わずとどめを刺すべく再び右拳を振りかぶった、その時……

「ストーーップ!」

レフェリーが両者の間に身体を割り込ませ、ナミのフィニッシュブローを強引に中断させる。そして静留の弛緩した身体を片腕に抱き止めながら、もう片方の腕を頭上で何度も左右に振った。



カンカンカンカンカンカーン!



試合終了の鐘の音が、今高らかに鳴り響いた。



 ゴングの音がけたたましく鳴るリング上、レフェリーに抱き止められた静留の口からはみ出していたマウスピースが、まるで役目を終えたかのように零れ落ち、その足元で弾んで転がる。
そんな中、ナミは未だにファイティングポーズを取ったままの姿でニュートラルコーナーに立ち尽くしていた。

「よくやったな。お疲れさん、ナミ坊」

ふと後ろから労いの声と、肩にふんわりと柔らかいものを掛けられる。

「お前の勝ちだ」

そう勝利を告げられた瞬間、苦しかった全てが報われたのだ……という事を実感するのだった。


レフェリーからセコンド陣に預けられた静留は、半ば意識のないまま自コーナーへと連れられスツールに座らされる。すぐさまグローブとヘッドギアを外され処置を受けていくのを見届け、ナミも覚束ない足取りで青コーナーへと引き揚げていった。

「ふうーー……」

静留と同様グローブとヘッドギアを外され、ウォーターボトルから少量の水を口に含ませて貰うとようやく一息つけたのか、ナミは大きく息を吐き出す。

「勝った………」

声援に包まれたリングの中で、一息ついたナミは1人呟く。ひとつ呟けば、まだ霞がかっていた現実に彩りが生まれ始めてくる。

「勝ったんだ………」

もうひとつ呟くと、ようやく実感が沸いてきた。静留を倒した、全国大会への出場権を勝ち取ったのだ、と。実感が沸いた時、ナミのその両腕は自然に小さくガッツポーズを取っていた。
仕草だけで、如何に嬉しかったのかが周囲にも分かるような、そんな小さくも大きなガッツポーズ。幾多のライバルとの、激しい闘いを制し勝ち取った全国への切符である。

大声で喜びを表現したい所であった。が、その一方でそれは出来ないと思う、冷静な自分がいる事もナミは理解していた。

ボクシングは喧嘩じゃない。相手に勝ったからといって、無制限に相手の尊厳を踏みにじっていい……などという事は決してないのだ。ボクシングは、あくまでスポーツなのだから。



 ようやく静留の方も動ける程度には意識が回復し、レフェリーが激戦を繰り広げた両者をリング中央へと招き寄せる。そして両脇に控えさせ、ナミの左手首と静留の右手首を持つ。

「ただ今の試合、3R1:49……青コーナー、下司選手のRSC勝ちとなりました」

ウグイス嬢からのアナウンスが終わったと同時に、バッ! とナミの左腕がレフェリーに導かれ、高々と天へと掲げられていった。ここに改めて勝敗が決し、ナミは大歓声と多くの拍手を受ける事となる。

「ナミちゃん、やったーーッ!」
「姉ちゃんカッコイイーー!」
「全国でも暴れてくれよーー!!」

ナミの勝利を祝福する声援の中に越花や順子やサラ、タクトら背を押してくれた人たちの声が混じっているのを聞き逃す事なく、満面の笑みでそちらの方を振り向く。
視線を周りに向けると、青コーナー側入場口に柊、心、アンナら先に試合を終えた面々の姿。他にも応援席の皆や青コーナーの植木、由起、陽子なども、一様に勝利を祝福してくれているようにナミは思うのだった。





to be continued……
スポンサーサイト

コメント

Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。