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第29話 【I・H予選(13) 静留の困惑】

 I・H編、第29話です。

I・H予選、フライ級決勝戦。ナミと静留、お互いの意地とプライドが火花を散らす! 果たして、全国の切符を手にするのはどちらか……










 知念 心、高頭 柊と、2名の全国大会出場を決めた光陵女子ボクシング部。今また3人目の出場なるか!? 嫌が応にもそういった期待を一身に受け、主将・下司 ナミは堂々のリングインを果たす。
さすがに場慣れしているのか、ナミに必要以上の緊張感は見られない。程よく落ち着き払ったその姿は、修羅場を潜ってきたある種の風格をも感じさせた。

対して、赤コーナーに控える洛西の樋口 静留からも緊張感といった不安要素は見受けられない。というより、今の彼女にはナミ以外は有象無象に見えているのだろう。それほどに、静留の意欲はナミだけに向けられていた。

『狩人』という通り名に相応しい、獲物を捉えて離さぬ鋭い眼光。その視線を感じ取ったのか、ぞくりと背筋に寒気を覚えナミは静留を見つめ返す。
以前U-15の予選で対峙した時も、似たような感覚が走ったのを鮮明に覚えている。どうにも、彼女の粘着気質は肌に合わないようであった。

「ナミ坊、中学の時に1度勝ってるからって舐めてかかるなよ。奴さんがどれだけ力をつけてるのか、よく分からんからな」

青コーナーマットに凭れ掛かっているナミに、正対する植木が警戒を促す。今更言われるまでもないと、ナミは無言で植木に頷いてみせた。

「ラウンド1……」



カァァァァンッ!



神奈川県のフライ級・I・H代表を決める闘いの鐘が今、会場内に響き渡った。



 チョン、とグローブを合わせナミと静留は距離を離す。共に右のオーソドックススタイルで、相手の動きに合わせる形で静かな立ち上がりを見せていく。

「シッ」

周りの予想していた展開とは些か違った静かな立ち上がりの中、先に手を出したのはナミ。静留の動くタイミングを見計らい左ジャブを2発放つ。



ビュン、パァンッ!



1発目は、スウェーバックでパンチの届く距離から退避。続く2発目、ナミの左拳に肉を殴りつける確かな感触が伝わってくる。だが、ナミが受けた感触は何も左拳からのものだけではなかった。



ミリ……



ナミの左拳が静留の頬を打った一方で、静留の左拳もナミの顔面に突き立っていたのだ。お互いパンチの衝撃で頭が跳ね、身体をグラつかせる。左ジャブによる相打ち。ダメージはほぼ互角といった所か。
ただ、この時ナミは二重の意味で不利を感じる事となる。ブシッ! とナミの鼻孔から鮮血が噴き出したのだ。口元を伝う血は思った以上に勢いがあり、途端に鼻での呼吸が苦しくなってしまう。
ただ、ナミとて数々の激戦を制してきたボクサーである。確かにこの段階での鼻出血は痛いが、その程度で怯むようなものではない。ナミの感じた不利は、むしろもう1つの点にあった。

(わたしの方が先に打ったのに……)

そう、これこそがナミの感じた不利。ナミの方が先に放ったのにも関わらず、結果として静留のジャブと相打ち。つまり、彼女のパンチスピードがナミのそれを上回っている、という事実であった。
これが偶発的なものであったならまだ疑う余地もあるだろうが、今の相打ちは明らかに狙ってやったものだ。U-15の予選で闘った時にも、静留のジャブに手こずらされた記憶ばかりが先行して思い出される。

やはりこの樋口 静留という選手、一筋縄でいく相手ではなさそうだった。



 グロ-ブの甲で鼻血をグイッと拭うと、気を引き締め直し静留に対峙する。ジリジリと慎重に突き進み、お互いの射程圏内ギリギリに差し掛かった、その瞬間……



パァンッ!



ナミの鼻っ柱にまたも静留の左ジャブが打ち込まれた。

「ぶッ」

ガードの隙間を縫い飛んできたジャブ。ダメージより何より、ナミには防御が出来なかったという事の方がより衝撃的であった。

(モーションが見えなかった。しかも、なんであの距離から届いたの!?)

モーション(予備動作)のない、拳1つ分届かなかった筈の空間を潰して飛んでくる左ジャブ。威力こそ知れたものだったが、このジャブは厄介過ぎる程に厄介な代物といえた。

所詮は左ジャブ、威力は知れたものとタカを括り放置しておくと、後でとんでもないしっぺ返しを喰らう。確かに牽制が主目的のパンチだけに、その威力は他のパンチに比べ軽い。だが、1発貰う毎に相手のポイントは加算されていく。
更に厳しいのは、これが素手での喧嘩などではなく『ボクシンググローブを着けている』という、まさにその事実にあった。

このボクシンググローブというアイテム、競技上の安全性を考慮して生み出され現在まで着用を義務付けられている。事実殴る側の拳は保護され、素手で殴るよりも骨折などの怪我は段違いに少なくなった。

だが、ここにある落とし罠があった。

人体のほぼ7割が水分で出来ているのは、既にご存知の事と思う。ボクシンググローブはその柔らかさと殴られた際の設置面積の故に、人体に伝わる波紋が素手より強く結果として脳震盪などの異常を来たしやすく、KOなどに繋がりやすい事。
もう1つ、こちらの方が今のナミにとっては深刻な問題であったかも知れない。防ぎ難いパンチを同じ箇所に貰い続けると、だんだん皮膚が腫れてくる。
殴られるのだから腫れてくるのは当然なのだが、ここで問題なのは“防ぎ難い”という事なのだ。パンチを貰い易い状況で、しかも瞼などが腫れた時には……一方的に嬲られる事だろう。

そうなる前に試合を決める。それが叶わないまでもある程度のダメージを負わせる必要はあると判断し、ナミはガードを固めて静留へと近付いていく。
静留のジャブに対する疑念は残ったままだが、それを気にし過ぎて縮こまるのは愚の骨頂と言わざるを得なかった。

「シュッ」

静留の放つパンチを丁寧にブロッキングし、グイグイとプレッシャーを掛けていく。2~4発の纏まったコンビネーションをコンパクトに打ち込み、徐々に追い込む。
この辺りの、植木や宗観仕込みのプレッシャーの掛け方は実に巧みであったといえるだろう。



 中学時代に手合わせした時、静留は綺麗に纏まったアウトボクサーであった。まずは動きを止める必要がある。ガンガンプレッシャーを掛け、退路を削る作業に入っていくナミ。勿論ディフェンスには細心の注意を払いつつ、だ。
そうやってロープなりコーナーなりに追い詰めた、その時こそが勝負所とナミは確信している。そしてコンビネーションラッシュにさえ持ち込めれば、ナミには静留を仕留める自信があった。



ギシ……



ナミの掛けたプレッシャーが功を奏し、静留は青コーナー近くのロープに退路を遮られてしまう。これを狙っていたナミに、躊躇するべき理由はない。
ここぞとばかりに間合いを詰め、ラッシュの体勢に移行していく。
クンッと身体を低め、ナミは左右のボディーストレートを放つ。1発目をブロッキングし、続く2発目の右に対し静留は右フックで合わせる。



ズンッ!
バシィンッ!



ナミの右ボディーストレートと静留の右フックがお互いにヒットし、乾いた打撃音が響く。またも相打ちの両者。だが、今回の打ち合いは静留が制したようだ。
その証拠に、静留が体勢を立て直した時点で、ナミの方はまだガードの甘くなっている状態であった。

「シュッ」



ガツンッ!



その隙を逃さず左ショートアッパーでナミのアゴを打ち上げ、跳ね上がった顔へと追撃の右ストレートが炸裂する。

「がふッ、ぶはぁッ!」

コンビネーションブローがキレイに決まり、ナミが衝撃でたたらを踏んだその隙に静留は実にあっさりと危地を脱していた。何とか踏み止まりようやく体勢を直した時には、既にロープ際に静留の姿はない。
ナミは見失った静留を見つけるべく、その場から振り返る。その瞬間、



パンッ、パァンッ!



静留の放った素早いワン・ツーが、ナミの顔面を立て続けに穿っていた。威力こそダウンに至らない程度のものではあったが、このRだけで既にかなりのヒットを許してしまっている。
先程のワン・ツーで再び鼻血が噴き出し、口元を鮮血が伝う。正直、戦局はかなり不利といえた。

「くッ」

毎日のように繰り返したか成果か、打たれても条件反射でファイティングポーズを構えナミは静留へと向かっていった。



 絶えず身体を動かし、休む間もなくプレッシャーを与え続けていく。途中静留の左ジャブが突き刺さり、その厄介極まる突進を押さえ込む。が、ナミは根性で耐え前進を止めなかった。
鼻から流れる血がキャンバスへと落ちるのも構わず、打ち出された静留の左腕が戻り切らない間隙を縫い、懐へと潜り込んでいく。そして、ガラ空きとなった左脇腹へ右ボディーフックのモーションへ入った。



ドスゥッ!



強烈な打撃音が響き渡り、静留の身体がくの字に折れ曲がる。苦悶の表情を浮かべ、だが続く連打に晒されないよう静留はナミの両腕を挟み込むような体勢で身体を預けた。

したたかなクリンチから脱出すべく、ジタバタもがくナミ。
腕に力を入れ離れまいとする静留。

だが、脇腹に走る痛みが静留を蝕み、力の弱まった一瞬を突かれナミにクリンチを外されてしまう。

(しまった!)

クリンチを力任せに外され、バランスの崩れた静留目掛けてナミは右アッパーを放つ。絶好のタイミング……外しはしない! そういった気迫の込められたアッパー。



カァァァァンッ!



だが、不運にも第1R終了のゴングが鳴ってしまい、ピタリとアゴにくっつける形でナミは右拳を止めていた。

絶好のチャンスを不意にしてしまい、正直舌打ちの1つでも入れてやりたい心境であったが、スポーツマンシップに悖(もと)る行為と思い改める。
ニィ、と口元に笑みを浮かべて余裕のある風を装ってやるだけに留め、ナミは青コーナーへと引き揚げていく。
ナミとしては悔しさを押し殺しての、強がりのつもりでしたパフォーマンスだったのだが、これが予想外に静留を乱す事になるとはこの時は思ってもいなかった。

スツールに腰を下ろすなり、マウスピースを抜き取られ鼻に綿棒を突っ込まれる。

「ふが、ふがが」

花の女子高生らしからぬ、みっともない声を上げるナミ。そんな事など素知らぬ顔の植木は、真顔で容赦なく教え子の鼻孔をほじくり返していく。

「ナミ坊。お前、樋口のジャブの正体が分かるか?」

少々乱暴だがきっちりと止血してみせた植木が、次いでナミの顔をタオルで拭きつつ訊ねてきた。

「うぷッ、それが……実はさっぱり」

人間、素手で殴る以上普通はリーチの長さを上回って攻撃するなど不可能である。が、静留のジャブはその常識を覆しているように思う。
何か特別な打ち方をしているのは間違いないのだが、その正体を探る余裕など試合に集中している身としては無きに等しかった。

「そうか。ゆっくり説明してる時間もないからな、簡単に伝えるぞ。奴さん、“肩を入れて”ジャブを打ってるんだ」

“肩を入れて”ジャブ……何やら暗号みたいな説明だな、とコーナー下の陽子は首を捻る。対してナミと由起は、既にその暗号を解いたらしい。その表情は驚愕と納得、そして攻略法でも思いついたかのような笑みへと次第に変わっていった。

(そういう事か。どおりで連打してこない訳だ)

心中でそう呟き、ナミは軽く舌なめずりをして開始のゴングを待つ。攻略法の見えたジャブなど、恐るるに足らずというものだ。



カァァァァンッ!



 第2R開始のゴングが鳴り、両者ともリング中央へと歩み寄る。ジリ、ジリ、と間合いを徐々に詰め、リーチが届くまで拳1つ分という所まで来た瞬間……



ビュッ!



静留の左が唸りを上げて襲い掛かってきた。相変わらずのノーモーション、そして射程外からの攻撃。正体が分からなければ、これも貰ってしまっていたかも知れない。
だが今は違う。ガードを固めつつ、ナミはウィービングで静留の左をかわす。流れに乗ってスムーズに一歩踏み込み、お返しとばかりにジャブを2発放ってみせた。
が、さすがにこの程度を貰う程静留は楽な相手ではない。2発ともかわし、一旦後ろへと下がっていった。

“肩を入れて”打つジャブ……その正体は、身体を通常より右側へと開き半身の構えで打ち込む事であった。身体をより半身にする事で、左肩が相手側に出っ張る形となりその分だけリーチが増す。
そういうからくりなのである。この打ち方はリーチが増す反面、連打するには体勢に無理が生じる。正体さえ分かれば必要以上に警戒する事はないが、だがやはり彼女のパンチスピードが脅威なのに変わりはない。
ここでナミは、敢えて攻勢に出ず静留の周囲を回って様子を見る。ナミがジャブに対する警戒心を高めつつ様子見の動きを見せる一方で、静留の心の中にはある疑念が纏わりついていた。

(こいつ、さっき笑ってた……なんで笑ってられるの?)

そう、第1R終了でナミが見せたあの笑み。終盤でボディーフックを喰らいこそしたが、パンチを当てた数だけでいえば静留の方が圧倒的に多い。
もしこのまま逃げに徹されたなら、ナミの勝機は限りなく低くなるのを分からない訳もない筈。本当なら、もっと焦りを見せて然るべきなのに……


不可解でならなかった。


ポイント的に不利な筈なのに攻めてこない事が。余裕ぶった、あの笑みが。そうした不可解な疑問が脳裏の片隅に鎮座し、自然と静留の動きにも影響を及ぼしていく。



パァンッ!



ナミの動きに合わせ放ったジャブが小気味良い打撃音を響かせる。良い感じで入ったのだろう、ナミはまた鼻血を噴き出していた。続けて2~3発、静留はナミの顔を己の拳で弾く。
ぶッ、などという無様な声を上げ汗や唾液を撒き散らす仇敵。だが……



パンッ、パァンッ!



パンチに怯む事なく、返してきたワン・ツーをまともに貰ってしまった。

「ぐはぁッ」

パンチを放ち腕の戻り切っていない所に、またもナミのパンチが炸裂する。パンチスピードで劣るナミは、まともに打ち合ったのでは自分が不利だと悟り、相打ち覚悟の根性比べに持ち込む戦法を取ったのだ。
あくまで距離を取りつつ、ジャブやストレートなどの直線的なパンチを主体にしていなそうと動く静留。それに対し、ひたすらプレッシャーを掛け隙あらば被弾もお構いなしにパンチを打ってくるナミ。
状況から見れば、ナミの方がパンチを多く貰っており静留の優勢といえる。が、それでも彼女の疑念は拭い去れない。

殴られ、右瞼が少しずつ腫れてきても、鼻血が止まらなくても、眼前の相手の顔は強気な笑みを以て拳を繰り出してくるのだから。

若干静留が優勢のまま、第2R終了のゴングが鳴る。泣いても笑っても、2人に残された時間はあと2分だけであった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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