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第28話 【I・H予選(12) 柊、開花】

 I・H編、第28話です。

ライト・フライ級決勝戦、柊と光子の闘い。昨年の全国大会覇者の、鉄壁ともいえるスタイルを前に苦戦を強いられる柊。だが、苦しいのは光子も同様であった。










 I・H神奈川県予選、ライト・フライ級決勝戦は、その第1R目が終了。昨年の全国大会覇者、天命館(てんみょうかん)高校の佐山 光子(さやま みつこ)を相手に一年生の高頭 柊が互角に近い好勝負を繰り広げていた事実は、またも関係者に波紋を投げ掛けていた。
そんな関係者たちの動揺など知りうる筈のない光陵陣営はというと、これまた柊の言った一言で浮き足立ってしまっていた。

「獅堂よりやりやすい、だと!?」

そう、柊の言葉をおうむ返しにしたのはセコンドの植木。

「ああ。別にアイツを立てるとか、そんなんじゃねーよ。ホントにそう思ったんだ」

訝る植木を前に、柊は態度を曲げない。そこに嘘偽りなどはなく、柊としては本当にそう感じたのである。

「高頭さん。私が見た所、佐山さんの方が獅堂さんよりも数段上に見えるわ。ポテンシャルの差はなんとも言えないけれど、少なくとも今の段階では、ね」

ロープの後ろから、サブセコンドである由起が自身の意見を口にする。それに植木も概ね同意であったようで、柊の思考に修正を加えようとした時、

『セコンドアウト!』

と間の悪い事にアナウンスが入ってしまった。

「高頭さん、はいこれ」

荷物持ちの中森 陽子がマウスピースを銜えさせていく。サンキュ、とくぐもった声で礼を述べ柊は胸元でバンッ! とグローブを打ち鳴らした。



カァァァァンッ!



 第2Rのゴングが鳴り、柊は相変わらず突進を敢行していく。当初の基本戦法……スピードを活かしてのヒット・アンド・アウェイなど今となっては忘却の彼方であった。
馬鹿のひとつ覚えの突進に対し、少し苛立った感情を抱えつつ光子は左ジャブで迎撃態勢に入っていく。

資料を見る限り、高頭 柊はアウトボクサーの筈だ。ただのスピード自慢なら、光子にとってまだ対処は容易な部類。だが、今対峙している下級生の闘い方は全くの逆。
可愛い顔をして、その様はまるで荒くれた牛か猪のよう。そう思うと、余計に苛立ちは増していくばかりであった。
大人しくアウトボクシングをしてれば、お互いスマートなボクシングが出来たのに……と、光子は柊に失望を禁じ得ない心境であった。

迎撃のジャブを掻い潜り、柊が懐に飛び込んでくる。だが、この程度は先の1Rで把握済み。彼女のスピードなら、むしろ当然であろう。光子にとっての問題は、ここからの展開にあった。
この一年生、予想以上にハンドスピードが速い。捌いてバランスを崩してからのカウンターは、いわば光子にとっての必勝パターンである。が、柊のパンチが予想を上回って速い為、ジャストタイミングでカウンターが狙えない。
一見余裕で返しているようでいて、その実彼女に余裕など一切無かったのだ。



パシッ!



柊のパンチをパーリングで払い、返す拳で打ち込む。しかし、柊の反応速度が高いからかワンテンポ遅れているからか、1Rでの相打ち以降光子のパンチが当たらない。
光子にとってこれは耐え難い屈辱であり、また重く圧し掛かるプレッシャーといえた。本来なら、たかが一年生如きは楽にあしらって当たり前の勝負。それが、今思いもよらぬ苦戦を強いられている。
しかも、たった1発の相打ちしか当てる事が叶わないのだ。昨年の全国覇者であるという自負が、まるで光子に必要以上の重荷を背負わせているかのようであった。

内心焦りを感じ始めてきた光子とは逆に、柊は焦燥感とは無縁の境地にいた。柊が狙っているのは、


いかにカウンターを叩き込んでやろうか


という、ただ一点のみであった。
辛辣かつ徹底された光子の攻撃からただ1つ、それだけを選定し打ち抜かなければならないこの状態は、さながら死と隣り合わせのロシアンルーレットをするに似ている。
だから、柊は最大限に集中力を高め光子の隙を窺っていた。ひとつ選択を誤れば、たちまち致命打を貰うかも知れないのだから……



 こうなると、もう我慢比べである。光子が焦燥感に駆られてミスをするか、柊が集中力を切らした途端めった打ちに遭うか。ただ、どちらも退く気など更々なかった事だけは確かであっただろう。
柊の右フックに身を屈めつつ左腕で上に払い上げ、光子は返す右拳を天へと突き上げていく。それに対し上体を反らす事で、間一髪かわす。
光子が左ジャブを放てば、柊はそれをブロッキングし右ジャブを刺し返す。お互い綱渡りのような、緊迫した一進一退の攻防に観客たちは固唾を飲んで見守るのみ。



ズキンッ!



(う、くッ……またか)

柊は、その“眼”をフル活用し絶えず集中力を高めている時、度々差し込むような頭痛が襲ってきたのを、実は以前から感じていた。それを明確に認識したのは、新人戦決勝でのきららとの試合に於いてである。
ただ、この症状が出てきた時は、決まってひとつの感覚を肌で感じるのだ。


相手の動きが遅く“視え”る


と。

何の冗談か、集中力を高めれば高める程その頭痛は顕著に現れ、その代価として相手や周囲が遅く“視え”てくるのである。故に、2Rも1:30を過ぎた頃には光子のパンチにも難なく対処出来るようになっていた。
実は、柊本人もインターバルできららよりやりやすい相手だ……と言ったのはただ漠然とした直感からだったのだが、その要因の1つとして『パンチが直線的で読み易い』というのが挙げられる。

獅堂 きららの速くて変則的なフリッカージャブ
都和泉(みやこいずみ)高校の中国人留学生、曹 麗美(ツァオ リーメイ)のような卓越したスピード
群司(ぐんじ)高校の時任(ときとう)みゆきのような反則行為

そういった、何かひとつ際立った怖い所が眼前の光子には見出せない。全ての部分が高いレベルで纏まっているものの、残念ながら佐山 光子という選手はそれ以上の一芸を持ち合わせてはいなかったのである。

並の相手なら、堅実に闘う限り光子に負けはない。事実それで昨年の全国大会を制したのだから。ただ、今相手にしている一年生は規格外の天才であった。

そして2R残り10秒、均衡に綻びが生じる。



ガツッ!



柊の左ストレートが光子の鉄壁ともいえる防御網を抜け、遂に一撃を加える事に成功したのだ。続く右ストレートも光子の顔面を穿ち、軽く身体をフラつかせていく。



カァァァァンッ!



更に追撃を掛けるべく迫った所で第2R終了のゴングが鳴り、柊はレフェリーに食い止められてしまった。もしこのまま追撃が続行されていたらダウンは必死……最悪KOに結びついていたかも知れない。

まさに『ゴングに救われた』といった心境であった。



 スツールに腰を下ろす両者の均衡は、どうやら下馬評と真逆の結果という形でほぼ決したように見える。柊の表情と光子の表情、それを見比べれば一目瞭然であった。

「全く……お前には毎度驚かされてばっかりだな」

呆れたのか感心したのか分かり難い表情で、開口一番呟く植木。仮にも全国覇者を相手に、今の所有利な試合展開を見せている柊。
教え子のこの会心に近い試合内容を素直に喜びつつ、植木は今の試合とは関係ない、ある仮定を思い浮かべていた。

否、思い浮かべてしまった。

(もし、今高頭とナミ坊が闘ったら……どっちが勝つだろうか?)

そう、もし柊とナミが闘う事があった場合、どちらに軍配が上がるのか? どうしても付き合いの長い分、ナミを推したい所なのは人情というものであろう。
と同時に、客観的に見た場合……6:4で柊が勝つのではないか? とも考えてしまうのだ。

「センセー………センセー!!」

いらぬ思考に思いを巡らせていた為、周囲に散漫だった植木は柊の大声でハッ! と我に返る。

「なにやってんだよセンセー。セコンドアウトっつってるぞ?」

気付けば、もうインターバルも終わりを迎えていた。しっかり仕事しろよな、とでも言いたげに柊は白い目で顧問を見つめる。

「なんか指示ねーの? センセー」

マウスピースを受け取る間際、指示を伺う柊。正直言って、現状の均衡を覆しうるような手駒を、光子が持っているとは植木には思えない。
だが、そんなものを超越した所であっさりと試合が決してしまうラッキーパンチの怖さも、植木は重々承知の上だったので

「いいか、最後の最後まで気を抜くなよ。集中力を保っていくんだ。勝利を確信した時の油断ほど怖いものはないからな」

とだけ指示し、ロープを潜っていった。



カァァァァンッ!



 最終第3R開始のゴングが鳴る。両者リング中央でグローブを合わせ、すぐさま仕掛けていく。最後の2分間となる第3R。普通よほどのポイント差でもない限り、様子見などと悠長な事は言わない。
お互い死力を尽くして最後の打ち合いとなるのがセオリーである。この2人もその例に漏れず、果敢に手を出していく。ただ、この場合は徐々にワンサイドゲームの様相を呈しつつあった。

即ち、柊のパンチのみが光子を捕らえ、その逆は空を切るのみ……という状況である。

時折襲ってくる頭痛に耐え集中力を高めていく柊は、代価としてほぼ完全に全国覇者のパンチをすら見切っていた。桁外れの動体視力、その本領発揮といった所か。
対して光子は、攻撃する悉くを見切られ焦燥感と疲労は極みに達しようとしていた。度重なる空振りで、グローブがまるで鉛に化けたかのように重く感じる。

(くッ……う、腕が。なんて娘、なの……?)

弱気に満たされそうになる寸での所で、光子は踏みとどまり手を出し続ける。自分の持つ技術を最大限に振るい、手数にものを言わせて柊を捕らえに掛かった。
だが当たらない。まるでこの怪物は、あたかも飛んでくるパンチが分かっているかのようにかわし、避け、ブロッキングしてくる。次第に、奮起させていた心が萎えていくのを、不幸な事に光子本人が1番理解してしまっていた。
そして、思ってはいけない事が脳裏を掠めてしまう。


この娘はモノが違う
勝てる訳がない


と。

弱気は自身の力に迷いを生み、迷いはそのままパンチに直結してしまったようだ。今まで実績と自信を以て放たれていた力強さは急速に失われ、喪失感と迷いに包まれてしまったそれはいかにも散漫。
そしてそれは、柊にとって絶好のカウンターチャンスを生む土壌となった。



ズシャアッ!



光子の散漫な右ストレートに、柊は容赦なくショートストロークの左ストレートをカウンターで合わせる。革の擦れる音と殴打の音が派手な二重奏を奏で、顔面にパンチを叩き込まれた光子は汗を迸らせながら大きく身体をグラつかせてしまう。
隙だらけの姿を晒す光子に、ここぞとばかり追撃を仕掛ける柊。右、左、右……肩に力を入れ、光子の頬にストレートを次々叩き込む。
だが、この状態になってまだ、光子は手を出そうと拳を握り締め腕を振りかぶろうとしていた。

それは果たして、最後まで諦めない姿と賞賛すべきなのか?
それとも、ただの悪あがきと非難されるべき事なのか……

バクンッ! と追撃4発目となる左ストレートが光子の頬を抉り、前のパンチで口からはみ出していたマウスピースが唾液を纏って宙を舞う。

「ぐは、ぁ……」

連続して打ち込まれたパンチの衝撃で視界が歪み、体勢が大きく傾く。脚が震え、思うように力が入らない為ドタドタとまるで不出来なタップダンスを踏むかのようにロープ際へ歩み寄る。
何とかロープにしがみつき身体を保とうという算段だったのだが……



ダダンッ!


脚がもつれ、お尻を天に突き出すような形で倒れ込んでしまった。尺取虫を彷彿とさせるような、みっともないダウンに悔し涙を滲ませつつも、光子は這わせていた身体を無理やりに起こそうともがく。
そこで、光子は予想だにしていなかったものを耳にする事になった。



カンカンカンカンカンカーン!



そう、立ち上がろうともがいていた光子の耳に飛び込んできたのは、けたたましく乱打されるゴングの鐘の音であったのだ。



「………え?」

 呆然とした表情で、光子はレフェリーの方を振り向く。実は最後の左ストレートが決まった時点で、レフェリーは光子のダメージを大と見て試合を止めようとしていた。
だが威力に流され身体を反転させてしまった為、光子は気付く事が出来なかった。つまり、ダウンを喫した時には既に勝敗は決していたのである。

レフェリーが近寄り、いつの間にかリングに上がってきていたセコンド共々、彼女の安否を気遣う。その奥で、ヘッドギアを外された柊がその艶やかな黒髪を植木の手により、クシャクシャと撫で回されていた。
自分の視界に広がる光景を見て、いよいよ光子も事態の結末に理解せざるを得なくなった。



ツツー……



その瞬間、ふと目元に溜めていた涙が一筋、頬を伝っていく。これが皮切りであった。

「うっ……うぅ、うぁあ…あ………うううぅう、うあぁぁああ~~」

堤防を突き破った洪水のように、止めどなく流れてくる涙がキャンバスに雫となって落ちていく。昨年の全国大会覇者にまで登り詰めた少女が、今誰の目を憚る事なくリングに伏せ大声で泣きじゃくっている。
その姿に、両陣営とも……否、会場で観戦していた誰もが言葉を失ってしまうのであった。


負けてこれだけ泣ける程に、彼女は真剣に闘っていたのだから……


暫く泣き伏せていた光子だったが、5分ぐらいで何とか収まり自コーナーへと戻る。試合の結果を発表するべくリング中央へと呼ばれた時には、しっかり自制出来る程度には回復したようだ。
醜態を晒し時間を浪費した事に対して光子はレフェリーと柊に謝罪を入れ、ようやく試合結果が会場内にもたらされた。

「ただ今の試合、3R1:29、RSCにより……青コーナー、高頭選手の勝利となります!」

左手を掲げられ、柊は大きな歓声と共に勝ち名乗りを受ける。その中には、つい今までグローブを交えていた光子の姿もあった。

「負けたわ。完敗ね、高頭さん」

降り注ぐ声援の中、光子が柊に握手を求めてきた。

「あ、いや……オレも色々勉強、させてもらいました」

どこかさっぱりした表情の光子に、逆に落ち着かない対応をしつつも柊は差し出された手をしっかりと握り返す。


なにか重たいものを託された


不思議と、柊は握手した光子の手の平を通してそう感じた。

「私が言うのも変かも知れないけど、全国は楽には勝たせてくれないわよ。くれぐれも気をつけて」

握手を終えた後、光子は鋭い眼光を放ち今年の代表に忠告する。台詞自体はありふれたものであったが、そこには昨年の大会を制した者なればこその“重み”を感じさせるものであった。



 光子に全国を託された柊は、どうにも神奈川県代表となった実感のないまま控え室へと帰ってきた。心に続き、今また柊が2人目の全国大会代表を勝ち取った事は、ナミを奮わせる。

(わたしで3人目よッ!)

幾度か体験した決勝戦という舞台を前に、ナミは静かな闘志を燃やしその刻を待つのだった。





to be continued……
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Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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