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完結編・プロローグ(3) 『加藤 夕貴の受難(前編)』

 ご無沙汰しております、チャパロットです。猛暑日が続いてますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今回は完結編に至るまでのプロローグストーリーの最終部、ナミのライバルである加藤 夕貴のお話をお送りします。
果たして前回から間が空き過ぎてどれだけの方がご覧になられるのか……考えるだけで恐ろしいですが、出来る限り頑張って終わらせていきたいと思ってはいますので、よろしければお付き合い下さい。














「ダウンッ!」


 膠着する展開から一転してスピーディーかつ鮮やかなコンビネーションを繰り出し、ショートカットの女性はダウンを奪った赤の右拳を控えめに上げながら自身に向けられる喝采に応える。

2013年、夏。日本ボクシングの聖地とでも言うべき後楽園ホールで行われている女子フライ級・6回戦は満員とは言い難い人数ながらその熱気は会場内を余す所なく満たしていた。

「はぁ、はぁ……」

リング中央より少し青コーナー寄りで尻もちを着き、呼吸荒く天を見上げるポニーテールの女性……加藤 夕貴(かとう ゆうき)は、デビュー戦から苦しい展開を強いられていた。

一時はロンドンオリンピックの強化選手にも選ばれた彼女だったが、そこでの成績は酷いもので他の強化選手とのスパーリングはその全てがレフェリーストップ。
フライ級代表の座を射止めたのは、幼馴染みであり自分より後にボクシングを始めた高頭 柊(たかとう しゅう)だった。
そんな柊が大会で見事に金メダルを獲り国民的ヒロインとして衆目を集めていた頃、夕貴はプロボクサーになるべく気持ちを切り替えた矢先の練習中に左拳を複雑骨折してしまう。
プロはおろか、ボクシングの継続も危ういと医師が首を振るような惨状だったが、夕貴に諦めるという選択はなかった。
その盲目的ともいえる執念が疫病神を捻じ伏せたのだろう。拳は奇跡的な完治を果たし、またアマチュア時代の成績を認められてB級プロテストを難なくクリア。
晴れてプロボクサーの仲間入りを果たし、今日が記念すべきデビュー戦なのだった。

しかし、災難というものは次から次へやってくるものらしい。
夕貴にとって、2つの災難が壁として立ちはだかったのである。

まず1つ。それは今対峙している相手だった。名前は丹羽 邑綺(にわ ゆうき)。夕貴がプロを目指すに当たって出稽古を重ねたジムで、主にスパーリングパートナーとして協力してくれた女子プロボクサーだ。
年齢は夕貴より4つ上で、名前の読みが同じだからと気に入ってくれたのか、何かにつけ親身になってくれた恩人ともいうべき人だった。
そんな人がよりにもよってデビュー戦の相手となった事実に、夕貴は運命の皮肉を痛感せずにはいられない。

そしてもう1つ。彼女にとって、こちらの方がより堪えるものだっただろう。
即ち、減量苦である。
高校入学時には150半ばだった身長が今では165cmにも達し、彼女にとって頭痛の種でしかない胸のサイズも、さらなる不本意な成長(自己申告Eカップ)を果たしてしまったのだ。

ボクシングをしていながらも女性らしい立派なプロポーションになっていくのは素直に嬉しい反面、やはり必要以上に大きく成長した胸がデッドウェイトでしかないのは覆しようのない事実だと夕貴は思う。

高校時は何とか無理のない程度で済んでいたフライ級での減量が、今は厳しくなったおかげで全体的なバランスが歪になり、第3ラウンドでの打ち合いも精彩を欠いた挙句ダウンを奪われてしまう結果となった。

「スリー! フォー!」

尻もちを着いたままの夕貴へ、レフェリーの無慈悲なダウンカウントが続く。

(うう、効いたぁ。でも)

集中的に打たれた顔を小さく振ると、僅かに遅れて焦茶色のポニーテールがふるふる揺れる。
頭がクリアになった所で夕貴は冷静にダメージ具合の確認に入った。

脚は震えてないし、力もちゃんと入る。
ボディーも何発か良いのを貰ったものの、腹筋を締めるのに問題はない。
ひとつ深呼吸をしてみれば、少し荒かった呼吸もすぐに整った。

(うん、大丈夫。まだやれる!)

試合を続けるに全く問題ないと判断するや、レフェリーのカウントが7を数えた瞬間に夕貴は立ち上がりファイティングポーズを構えた。

「このダウンは忘れて。まずは落ち着こう夕貴ちゃん」

状態を確認後、レフェリーが試合再開を指示すると青コーナーからメインセコンドである義兄・片山 那智(かたやま なち)の檄が飛ぶ。
と、認識させる意味合いで言ってはみたが、実の所心配してはいない。
リング上の義妹はダウンこそしたものの、それによって焦りなど一切生じていないのが感じ取れたからだ。

親同士が再婚して以来約11年、ずっと彼女を公私共に教え支えてきた那智だけに、無意識ながらもある程度感情は読めるようになったのである。

「ふッ、はッ、ふうッ」

試合が再開され、観客たちは一気に大歓声を上げた。そのほとんどが邑綺のKO勝ちを期待してのものだ。
しかし、その期待は見事に裏切られた。

ダウンから立ち上がった後の夕貴は、実に丁寧なディフェンスで邑綺のパンチの悉くをかわし、受け、捌いていく。

正しく那智の読み通り、ダウンした事で逆に夕貴の頭は冷静さを取り戻したらしく、眼前の相手のみに集中出来ていた。
プロのボクサーとしてはこれがデビュー戦だが、アマチュアを通してリングに上がった回数で言えば邑綺より遥かに上。

比べるまでもなく場数が違った。

「シュッ、シッ!」

上体を柔らかく使って的を絞らせず、間隙を縫ってサウスポースタイルから教科書通りのワン・ツーを邑綺の顔へ叩き込んだ。

「くッ、かふ!」

乾いた音が炸裂し汗が飛散すると、それまで攻め続けてきた邑綺の動きが一気に止まる。
たった2発のクリーンヒットで動きを止めてしまった邑綺の姿に、夕貴を知らない観客たちも彼女のパンチがいかに桁違いの代物か分かっただろう。

だが、それを今もっとも痛感したのは脚を止めた邑綺本人だった。

(くっ、ギアなしだとこんなに響くの!?)

打ち下ろし気味に食らった左ストレートとはいえ、ヘッドギアありのスパーリングでは動きを止めさせられるほどの衝撃はなかった。
これまでに味わった事のない驚異的な重さのパンチ。
断続的にビリビリと顔へ浸透する鈍い衝撃は、冷静な対処をも鈍らせた。


ズドンッ!


「ぐはあッ」

失速した邑綺への次なる被弾は、抉るようにねじ込まれた右のボディーアッパーだった。
邑綺も腹筋には自信のある方なのだが、夕貴のパンチを前にしては薄い木の板に等しい。
堪らず膝を折り、口から覗かせるマウスピースの間から唾液の糸が滴り落ちた。

(まずい、このままじゃ)

続く左ショートフックを間一髪でかわすと、邑綺は体勢と呼吸を整えるべく大きく距離を開けた。
対して逃げられたのを別段悔しがる素振りを見せず、また猛追するでもなく、夕貴はジリジリと距離を潰しつつガードを上げたグローブの隙間から、チラリとリング外の電光掲示板へ視線を向ける。

(あと40秒。ここで立ち直られると長引きそうだし……)

ダウンから回復したとも言い切れない状態で、しかも減量の失敗でバランス調整、ことにスタミナ面では大いに不安が残る。
6ラウンドという初体験の試合を最後まで乗り切れるか、夕貴は正直自信が持てないでいた。
となれば、

(強引にでも仕掛けるか)

指針を僅かな思考で決定し、夕貴は一気に加速し逃げた邑綺へ追撃を敢行した。

近付けまいと繰り出される邑綺のジャブをステップイン&ヘッドスリップで丁寧にかわし、夕貴は一気に距離を潰す。
懐へ潜り回復などさせないとボディーブローのモーションに移った刹那……

「くはッ」

アゴへ小さくない衝撃が走った。

あたかも近付けまいと邑綺の散らした左ジャブ、それは姿勢を低くさせて死角から右のショートフックをカウンターヒットさせる為の周到な罠だったのだ。
これでダウンを奪えるなら僥倖だが、当てる事だけを考えたフックだけに威力は期待出来ない。
ただ、ほんの僅かでも動きを止められれば再び距離を取って仕切り直す事も可能。
まずは受けたダメージの回復を最優先、そしてリスクの高過ぎるパンチ交換は避け遠距離戦を徹底する。

(正直、不本意だけど……)

B級デビューの夕貴と違い、C級で試合を重ねようやく6回戦へ昇格した邑綺はプロでの勝ちの重さを知っていた。
負ければ待つのは長い停滞。再び昇る為にはどうしても時間を要してしまう。

遠距離でチクチク攻める戦法は得意でもなければ意に沿うものでもないが、己の節を一時曲げてでも負けるよりは遥かに良い。
そう自分に言い聞かせ、死角からアゴを打たれ動きを止めた夕貴から一足にバックステップし間合いを離す。

つもりだったのだが……

「えッ?」

後退した邑綺は思わず声を漏らした。アゴを打ち抜いたはずの夕貴が、動きを止める事なく追随してきたからである。
一瞬先にバックステップを始めていた邑綺のアドバンテージも、強靭な夕貴の追い脚の前では無きに等しい。
コンマ数秒の逡巡の後、邑綺は逃げる思考を捨てガードに切り替えた。

果たして夕貴がスムーズな体重移動から踏み込みつつ右のモーション。

(ボディー!)

瞬時にパンチのモーションを見切った邑綺は、身を屈め両肘でボディーブローをガード。
敢えてパンチにエルボーを突き立てて右拳を壊してやろうという、生き残りへの執着すら感じさせる非情の選択を邑綺は取った。
しかし、夕貴のパンチは邑綺の予想を裏切った。途中までボディーブローのモーションだったはずの右は、加速する過程で急遽軌道を変化させたのだ。

「ぶはッ」

身を屈め下げたガードの上を通り、威力満点の夕貴の右拳が邑綺の顔を吹き飛ばす。
仰け反った邑綺の顔から汗が飛沫となって舞い上がり、両足が地面に縫い合わされたかのように動かないまま重心は後ろへ掛かり……


ドスンッ!


派手な音を奏で邑綺はキャンバスへお尻を落とした。

「ダウンッ!」

第3ラウンド、1分44秒。レフェリーの宣言とほぼ同時に客席から大歓声が上がった。
刹那の瞬間に殴られた衝撃が残ったまま茫然と宙を見上げる邑綺を尻目に、まさに今ダウンを奪ったばかりの右拳を「どうだ!」と言わんばかりに上げ夕貴はニュートラルコーナーへ向かっていく。

果たして観客の何割が夕貴の放ったパンチに気付いた事だろうか。
フックともアッパーとも異なる軌道と距離……スリークォーターパンチと言われるスマッシュが、その正体であった。

(とっさに出せたのは、まあ良かったんだけど)

プロ入りを果たす以前から密かに練習を積み重ね、逆転のダウンを奪えた事は初披露としてこれ以上ない結果といえよう。
ただ、残念ながら初めての実戦投入だけにKOの手応え、とまではいかなかったらしい。

カウント4の辺りから邑綺が徐々に立ち上がる素振りを見せ始めたのだ。

(当たり、浅かったもんなあ)

カウント6で一旦立ち上がる邑綺。しかし、脚に力が入り切らないのかカクンと腰が落ちる。

「あっ、く……はぁ、はぁ。まだ、やれます…まだまだあ!」

再び尻もちの危機を乗り越え、肩で息を切りながらもカウント8でファイティングポーズを構えた邑綺はグローブを胸元で1度打ち鳴らす。
プロの先輩としての意地で試合の再開をアピールするその姿は、観客に更なる熱の籠った声援を上げさせた。

「少しでも一方的になったらすぐ止めるぞ! ボックス!!」

続行をアピールするも少しフラつく邑綺の健気さや女子の試合、ましてや6回戦とは思えない観客のヒートアップを無視出来る図太さと勤勉さを、このレフェリーは持ち合わせていなかった。

宣言通り、一方的に打ち込まれるようならその時にはすぐにでも割り込めば良い

そのような気持ちもあったのは確かである。故に、レフェリーは熱狂に背を押される形で試合を続行させた。
それが、ある1人の不幸を呼ぶ事になろうとは分かる筈もなかった。



「いいぞ、やれえーーッ」
「スリリングな試合になったぞ、目が離せん!」


 第3ラウンドで1度ずつダウンを喫し、しかしダメージの差の色濃い邑綺は残り短い時間を夕貴の猛攻に晒された。
しかし必死になって打ち返す事で辛うじてレフェリーストップだけは免れ、邑綺はぐったりと肩を落とし赤コーナーへ戻っていく。
健闘はしたがこれ以上は厳しいかも知れない、という大方の予想を裏切り第4ラウンド開始のゴングと同時にスツールを立った邑綺は、息を吹き返したのか果敢な攻勢に出た。
それが功を奏し、或いはKOを意識した夕貴と奇跡的に噛み合った結果か、リング中央で激しい殴り合いが展開されていく。
予想を裏切る激しい攻防に興奮した観客たちのボルテージは最高潮に達し、それに比例して歓声のボリュームも割れんばかりに上がっていった。

「ふぐうッ!」

渦巻く熱狂の中心で、盛り返してきた邑綺の左フックが夕貴の頬を捉える。
捩じられた顔から汗と唾液とが迸り、一瞬遅れて衝撃の波が夕貴の顔を変形させた。
だが勢いを殺すまでには至らず、意趣返しと言わんばかりの夕貴の左フックが邑綺の顔にヒット。

「ぶはッ!」

今度は邑綺の顔が大きく揺れ、付着した汗をシャワーのように霧散させると1歩、2歩と後退。パンチ力の違いが如実に現れた。

一進一退の混戦。会場内の歓声が四方を絶えず飛び交う中、各セコンドも負けじと声を張り上げていた。
やはり打ち合いは不利と見た邑綺のセコンドが、エプロンコーナーから身を乗り出すように声を放つ。

「ゆうき、一旦離れろッ!!」

無数の声が飛び交う混戦の中、邑綺サイドから放たれた「距離を取れ」という指示を受信したのは、なんと押しているはずの夕貴の方だった。
先のフックで鼓膜に軽いダメージを受けていた夕貴は、那智からの指示と勘違いし無理押しせず距離を取ってしまったのだ。
一方の邑綺はというと、夕貴のフックで刹那の瞬間ながら意識が混濁しておりセコンドの指示が届いていなかった。

仮に届いていたとしても、今の邑綺に実行出来たかは甚だ疑問ではあったが……

一方の夕貴も、乱雑に飛び交う声の数々や鼓膜へのダメージ、プロデビュー戦という緊張がなければ那智が呼び捨てにするなどあり得ないと気付いた事だろう。

「あーー! なにやってるんだ夕貴ちゃん!!」

勘違いからチャンスをふいにしてしまった義妹に、青コーナーの那智は思わず感情的に叫ぶ。
しかし、勘違いとはいえこのバックステップは意外な効果をもたらした。
たった数瞬前まであった頭の位置に、混濁しながらもしたたかな計算でカウンターを意識した邑綺の右オーバーハンドフックが通り過ぎたからである。

「ッ!?」

身の毛もよだつ大振りの1発に、夕貴はぞわりと背中に冷や汗が流れるのを感じた。
もし勘違いせず攻めに傾倒していたなら、今のカウンターフックは見えていなかっただろう。
そしてアレをテンプルにでも打ち込まれていたなら、間違いなく立って試合など続けられなかっただろう。

一方の邑綺も、必倒の気迫を籠め繰り出した相打ち狙いのカウンターが不発に終わった事に少なからず動揺した。

当然だろう。彼女には、さも“夕貴がカウンターが飛んでくる事を知っていた”としか思えないタイミングで退いたように見えたのだから。

その動揺は、邑綺にとって致命的だった。
バックステップから一転、再び攻勢に出る夕貴の動きに一瞬反応が遅れ、迫る左フックに対し強引なカウンターを仕掛けてしまう。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。邑綺より早くモーションに入っていた夕貴の足は、踏み込んだ瞬間流れ落ちた汗とワセリンとで滑ってしまった。

「うくッ」

持てる全ての反射神経をつぎ込んで、夕貴は思い切り顔を右へ引っ張る。刹那、ビュオンッ! と邑綺の右ストレートが通り過ぎていった。
耳元でブチブチと何かの千切れる音が聞こえたが、そんなものを気にする時間的・精神的余裕はない。
夕貴と邑綺はお互い空振りになったパンチを引き、今度は同時に動いた。

夕貴の右フック。
邑綺の左フック。

それは示し合わせたかのように見事な交差を描き、ズパァン! と互いの顔を跳ね飛ばした。

「んぐッ」
「ぷああッ」

邑綺の黒色ショートヘアーと夕貴の焦茶色のロングヘアーがまとわりついた汗を弾き視界が揺れる。
ただ、お互い倒すべき相手の姿だけは決して捉えて離さない。

先のストレートで千切れた、ポニーテールに結っていた夕貴の青いリボンが絡んでいた髪からスルリと流れリングに落ちた時、2人のゆうきは再び同時に動いた。

夕貴の左スマッシュ。
邑綺の右ストレート。

唸りを上げ同時に放たれた最強の矛は、またも同時に顔へ突き刺さった。
鈍い殴打音がリング内に木霊し、2人はその身体を大きく弾かれていく。

「ぶはッ」
「ぐがあッ」

防御を捨てた両者のカウンターは、運動機能どころか意識をすら断ち切らんばかりの強烈な1発だった。
顔を覗かせたマウスピースと唇との間から唾液が迸り、2人の身体はキャンバスへ吸い込まれていく。
しかし、今回は夕貴の方へ幸運の女神の手が差し伸べられた。
或いは、より勝利への執着を見せた夕貴が強引に手繰り寄せたのかも知れない。

幸運の女神の手……眼前に映るリングロープ。それを文字通りグローブで引っ掴むと辛うじてダウンだけは拒む。
対する邑綺は広がるキャンバスに縋る物もなく、汗や唾液を舞い散らせ四肢を投げ出すようにリング中央で大の字にダウンした。



「ワアアアアアーーーッ!!!」

「ダウン!」というレフェリーの宣言と観客が一気に歓声を上げたのはほぼ同時。
ダウンは免れたものの意識を繋ぎ止めるのに必死な夕貴は、レフェリーの指示をすぐには実行へ移せなかった。
ダメージも深くスタミナも遂に枯渇するかどうか、という所まで追い詰められていたからである。

「はぁー、はぁー、はぁー……」

大きく肩で息を切り、ロープ伝いに満身創痍の身体をニュートラルコーナーへ動かす。
ただその速度は緩慢を極め、中々目的地へ辿り着けない。
しかし、結局夕貴はニュートラルコーナーへ辿り着く事はなかった。

カンカンカンカンカンカンカーーーーン!!

リング中央で完全に失神してしまっている邑綺の姿に、赤コーナーからタオルが投入されたからである。
同時にレフェリーが頭上で両手を何度も交差させ、ゴングを要請し激闘の幕を下ろした。

「夕貴ちゃん!」
「邑綺ィ!」

各コーナーからセコンドがリング内へ雪崩れ込み、それぞれの選手の下へ駆け寄っていく。

「はあッ…はあッ…お義兄…ちゃん……?」

未だロープに身を預け息を切らし大粒の汗を滴らせる夕貴は、心配そうな表情で駆け寄ってきた那智によって抱き寄せられると、そこでようやく試合が終わった事を悟った。

「よく頑張ったね。本当によく頑張った。おめでとう、プロ初勝利だよ」

義妹の疲れ切った身体を抱き寄せ、スツールに座らせると那智は水を飲ませ腫れ始めていた顔をタオルで拭いてやる。

「……かてたんだ…あたし。ありがとう…おにい」

飲み込んだ水の冷たさが身体の中を巡り渡り、微睡んでいた意識が徐々に覚醒し夕貴は不器用な笑みを見せようとした、その時……

「邑綺ッ! しっかりしろ邑綺ィ!! 担架、早く担架をッ!!!」

赤コーナーのセコンドによる悲痛なまでの金切り声がその耳元へ届いた。

邑綺を取り囲む慌ただしい様子に、夕貴の脳裏にある記憶がフラッシュバックする。


――先輩、しっかりして下さいッ!!――


それは今でも夢に見るあの光景。過去のものになった筈の苦々しい記憶。
密かにライバル同士と胸に秘める下司 ナミとの初めての試合……U-15全国大会での決着の瞬間だった。

「丹羽さん…丹羽さんッ」

嫌な予感を覚え、夕貴は重い身体を引き摺るようにスツールから立ち上がり寝かされた邑綺の所へ向かう。
しかし運び込まれた担架と係員によって阻まれてしまい、遠目に様子を窺うしか出来なかった。

両手両脚を不定期に痙攣させ、右頬と目尻を大きく腫れ上がらせた邑綺は意識がないのか目を閉じたままぐったりと担架に移送されリング下のストレッチャーへ。
そして健闘を称えるように観客からのまばらな拍手に送られ、恐らくは不本意な形で花道を去っていく。

敗者となって去る邑綺の下へ駆け寄る事の叶わないまま、勝者となった夕貴はその右腕を掲げられリングの主役たるを強要されるのであった。



                           to be continued……



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コメント

No title

お疲れ様です。楽しみに待たせてもらっていました。やはり、主役のライバルが不在の状況は寂しいですからね。なんだか、トラウマが顔をのぞかせていますが、これから活躍してほしいです^_^

ナミと夕貴の再試合も
期待しています^^

Re: No title

> > 匿名希望さま>お疲れ様です。こんな亀に輪をかけた更新速度の作品を気長に待って頂きありがとうございます。ライバルと言われつつもほとんど出番のなかった夕貴ですが、それだけにせめて1本は話を書いておかないと、と思ってました。その強烈過ぎるパンチ故に自他ともに事故の多い夕貴ですが、これからも応援してやって下さい。

Re: タイトルなし

111さま>コメントありがとうございます。いつか絶対に再戦はさせますが、まだまだ時間がかかりそうです……

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No title

更新ご苦労様でした。
物語も佳境を迎えて、それぞれのヒロインみんながそれぞれの道を歩きだし、プロになる道を選んだ小さな拳の天使達も、自分の思っていた結果如何にかかわらずプロのリングでデビューしきましたね。
 すでにデビューしているナミと、今回デビューしたライバルの夕貴がどのようにリングで戦うのか。
そして、友人と戦い、見事にノックアウト勝利を挙げたアンナ。一方無残にもノックアウトされ惨敗し、失踪した越花。
 それぞれの少女たちがどのような道を歩むのか楽しみです。
 あと、個人的なことを言っても仕訳ありませんが梨佳子も試合に出てきてくれるとうれしいです。
 本当にすいません、わがまま言って。(汗)

Re: No title

HAYASE様>コメントありがとうございます。高校入学からアマチュアのリングで闘ってきた少女たちが今度はプロのリングに続々と上がっていってます。
ナミも夕貴もアンナも越花も、そして柊もプロに舞台を移しどのようなドラマを生んでいくのでしょうか? 一緒に見守って下されば幸いです。
梨佳子は……実の所出番は考えてなかったのですが、どこかで見せ場なども作ってみたいなと思いました。
Secre

プロフィール

チャパロット

Author:チャパロット
基本的に携帯サイトで書かせて頂いているもののリメイク(?)ですが、ちょくちょく文を変更してたりします(あと拙いですが自作絵なども)。
何かある方は、ckcwb305あっとまーくsutv.zaq.ne.jpにご連絡下さい。

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